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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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一年365日を私にください 4






そして今宵もまた。


これだけ豪華なメンバーが集まって、

和やかに慎ましく食事会を終えるなんてことは到底不可能なのである。



無意識なる刺客はこの国において最高権力者であるが、ここはある意味治外法権的な魔術師団副団長の屋敷。尚且つある人物に対してだけはその権威も無力に過ぎず、お得意の舌戦すら効かずに犠牲者になり得るのだと後に彼は語った。


そしてその標的となるのは『表』だけの人物とは限らないことも伝えておこう。




「いやあ、助かったよ。ガダン力作の詰め合わせ。ユフィちゃん、ありがとう」



心の底からほっとしたように息を吐くドルニドに礼を言われたユフィーラは首を横に振った。



「いえ。ドルニドさんが自慢したくなるくらいガダンさんのお料理を称賛していただけて、私は胸を反らしたいくらい嬉しいですし、奥様と共に召し上がって会話も弾んだらより嬉しさが増します!」



王妃からの短くも心情をこれでもかと表した返事に戦々恐々としていたドルニドを見兼ねて、ユフィーラはガダンに本日のご馳走の詰め合わせをお願いしていた。ガダンは快く承諾してくれて、可愛らしい木目の箱に料理の数々を詰め合わせてくれたのだった。



「これで奥さんも何とか納得してくれるといいなぁ。あ、そういえばユフィちゃんは僕が持ってきたお酒は飲んでみた?」

「確か王家御用達の葡萄酒と蒸留酒でしょうか?ガダン飯ばかり堪能していて、まだいただいてませんでした」

「そうなのかい?とても良い物だから是非飲んで欲しいな……ん?」



お薦めだと自分が持ってきた葡萄酒と蒸留酒を持ち出したドルニドに何故か数人の視線がぎゅっと集まった。



「まぁ、ありがとうございます!ただ私あまりお酒が強くないみたいで眠ってしまうこともあるので、濃度の少ない葡萄酒をいただけますか?」

「う、うん。じゃあ少しだけにしとこうか…?」



誰も口を開かないが、何故か察しろ的な真顔でドルニドを見つめている。

些か異様な光景にドルニド自身不思議に思いながらも、歪な空気を読みあまり飲ませない方が良いと咄嗟の判断で少量にするような流れに持っていった。


ユフィーラの酒癖を知る…その成果を受けてしまった者はいつも弱めのお酒を進め、元々食事をメインにするユフィーラが酒に靡かずガダンの食事に常に惹き寄せられるように、いつも皆が無意識の行動をしていたのだ。


しかし今宵はユフィーラのための食事会である。

持ち寄られた酒を真っ向から飲むなと誰が言えよう。

だが遂行された暁には己の繊細な部分をこれでもかと愛でられる羞恥心の可能性があることもまた然りなのだ。


四方八方からの視線が痛いドルニドはユフィーラの酔った姿を勿論知らないので首を傾げながらも、グラスの半分に満たない量を注いだ。

同時にあちらこちらからほっとするような溜息が漏れ聞こえ余計に首を傾げることとなるが、その理由を本人は身を持って知ることとなる。



「ドルニドさんと乾杯するのは初めてですね。ではご賞味させていただきます。乾杯!」

「う、ん。乾杯」



もしかして飲んだらパタンと寝てしまうくらいなのではと不安になりながらもドルニドはユフィーラに倣いグラスを軽く掲げた。



「…ん!濃厚な甘みを感じるのに、しつこさが無く後味がさっぱりですね。流石王家御用達のお酒ですね、とても美味しいです!」



異様な空気感を感じていたドルニドだが、ユフィーラの美味しそうに微笑む表情に笑みが溢れる。



「それは良かった。濃度は普通の葡萄酒よりも少しだけ薄めなんだけどさ。それを感じさせない深みのある甘さと爽快感が僕は気に入っているんだよ」

「そうなのですね。きっと作った方の惜しみない努力と経験や知識があったからこそ、ここまでの出来栄えになったのかもしれませんね」

「そう思うかい?嬉しいなぁ。これを作った醸造家も喜ぶよ。しかもこの葡萄酒はね、熟成されたチーズを一緒に食べると少ない量で酔いやすくなって、しかも悪酔いをしないんだ。だから少量でゆっくりのんびり楽しめるんだ。だからチーズは食べ過ぎないようにね」

「まあ。こんなに美味しい上に同時に量も節約もできるなんて、なんて良心的な葡萄酒なのでしょう!…あ、そういえば先ほど三つほどカマンベールチーズをいただいてしまいましたが、少し前ですし葡萄酒も少量なので大丈夫ですね」



ここで数人の息を呑む音がドルニドの耳に入る。



「フィー、果実水は?」

「ユフィーラ、お姉さんもその葡萄酒一口欲しいなー」

「ユフィーラ、ナッツ」



テオルドを先頭に、パミラとブラインが俊敏にユフィーラの元へ来て何故か葡萄酒から遠ざけようとする行動にドルニドは再度首を傾げた。



「テオ様、ブラインさん、ありがとうございます。パミラさん心配性ですねぇ。ではあと一口だけいただいて、お譲りしますね!」



くいっと葡萄酒を一口飲んだユフィーラは残った葡萄酒をパミラに渡し、テオルドから果実水を、ブラインからナッツを受け取りにこにこを微笑む。


心配性と言われたパミラ始め誰もが声を大にして言いたかった。

心配なのは自分達の心の方なのだと。

だがそれをおくびにも出さずに対応するしか今はない。



「摂取して酔いやすい食材があるなら事前に言え」

「どのくらい前にチーズを食べたんだかねぇ…」

「分からないわ…沢山美味しそうにどれも食べていたもの」

「あーあ。これ大丈夫なのー?」



更にドルニドの側に来た甥や使用人、元影から発せられる言葉にドルニドは何故こんなにも皆が怯えるような表情をするのかと不思議であったが、それは時を経たずして自身の悶絶な経験として刻まれることとなった。




ユフィーラから葡萄酒を奪取できた面々は少し安心したのか各々酒や食事を楽しんでいたが、半刻が過ぎた頃、眠れる獅子がゆっくりと目を覚まし標的を定めた。


その標的となろうとしている人物は先ほどの違和感も徐々に薄れ、美味しそうにデザートを頬張っているユフィーラに話しかけた。



「本当に美味しそうに食べるね。そういえばね、僕の奥さんが保湿剤のことをとても褒めていてさ。ユフィちゃんに一度会ってみたいと言っていたんだよ」



その言葉にユフィーラは目を丸くしながらにこりと微笑んだ。


いつも通りの変わりない笑顔である。


表面的には。


誰もが騙されるポーカーフェイスである。



「まあ。恐れ多いことではありますが、奥様にそう言っていただけることは薬師として何よりの励みになります!きっと奥様はドルニドさんが普段から王妃としてだけではなく、一人の女性として、大切な伴侶として真摯に対応しているからこそ、何でも思ったことを伝えられるのでしょう」

「え…うん、そうなのかな?」



急に妻だけでなく自身をも褒められたドルニドは、これがユフィーラ節のほんの序章に過ぎないことを…実際目の当たりにしたことのない数名を含め知らないのだ。



「以前街でお会いした時、奥さんと仰っていたドルニドさんの言葉に違和感は微塵も感じられませんでした」

「ん?…そうかい?」

「はい。きっと公務以外の場所では呼び慣れた、奥様としては婚姻してから変わらない…きっとお名前でずっと呼ばれていることが何より幸せなのでしょう」

「…え」



ここでドルニドはようやくユフィーラの異変に気づく。

まるで近くで見ていたかのような真実に近い話。


ドルニドがさっと周囲を見るとテオルド始め皆がほらやっぱりとでも言うかのように溜息を吐いたり肩を竦め首を横に振る姿が見られた。


ドルニドは再度ユフィーラを見るが、赤みも増していない瞳もとろんとしていない、いつも通りの素の状態ユフィーラが微笑んでいる。

変わりない姿だ。


だが、その姿に騙されてはいけないという典型的な例である。



「ドルニドさんは一国の王であり、常に様々な責を抱える日々。私など想像もつかない程の苦労や息苦しさがあるのでしょう。ですがその中で唯一心を許す奥様が傍にいることで、国の現状とその未来を担っていらっしゃる」

「あれ…僕のことどこかで―――」

「街で装飾品を見るドルニドさんのお顔は本当に…本当に!奥様を愛しく想う旦那様そのもので、甘くも穏やかで優しい表情でした!」



全くもって酔った状態に見えない笑顔のユフィーラがドルニドに一歩歩み寄る。

そして何故か反射的にドルニドは一歩後ろに下がってしまったことに、王として男として愕然としてしまった。



「ゆ、ユフィちゃ…」

「そして奥様とはお会いしたことはありませんが、普段は誇り高く在られるドルニドさんを見ながらも、公の場以外では自分の前だけ一人の男性として、一人の人間として奥様を信じ慕っていることを日々感じて幸せに思っているのでしょう」



ユフィーラが一歩近づく度にドルニドが一歩下がり、ついには料理が並べられているテーブルの椅子に膝の裏が当たり座ってしまった。逃亡不可能となる。



「ちょ、落ち着い…」

「一国の王、ですがとても愛しい旦那様のドルニドさんに、奥様はきっと抱擁だけではなく内心は私のように飛びついて頭からぎゅぎゅっと抱き締めて頭を撫で回したいこともあるかもしれませんね!」

「「!」」



ここでドルニドだけでなくテオルドにも流れ弾が当たり、ドルニドはユフィーラから何故か心臓…心を守ろうとしたのか咄嗟に胸に手を当て、テオルドはピシリと表情が固まっている。


あと一歩でドルニドの膝に当たる手前でユフィーラは微笑みながらその場にちょこんとしゃがんで見上げた。


目線的に国王として敬ったつもりであろうが、強烈な一撃手前の姿がこれである。周りからすると完全に獲物を追い詰めた猛獣そのものである。



「人前では厳禁ですので、よしよししてあげるのは奥様の役目!ですが内心ではしてあげたくても躊躇してしまうかもしれません。勿論ドルニドさんからは恥ずかしくて言えないでしょうから、遠くから見守っている方からお伝えしてもらえれば問題ないですかね!」

「…そう、だ、ね。……え、何が?」



すくっと立ち上がったユフィーラは周囲を見渡すように―――僅かに目線が上であったことに気づいたものは少数だけであった。


ドルニドは何とか対応しようとするが、いつもの饒舌な口調はがたがたであり、最終的に何が何だかわからなくなり、更によしよしされる未来を想像してしまい、ついには両手で顔を覆ってしまった。


そして流れ弾で己もよしよしされていた事実が露見してしまい片手で目元を覆っているテオルドと、恥じらいを優に超える経験を味わったメンバーはやはり今回もか!と絶望に落とされた。



「事前に情報を共有するのは必要だろう…」



顔を覆った隙間から声を引き絞るように出したドルニドは王としての威厳は欠片もない。



「そもそも酒を勧めるからだ」

「まさかこんな風になるなんて誰が想像できたというんだ…!」

「しなよ。一国の王なんだからさ。常に先を読みなよね」

「無茶を言う…」



自身も以前全く読めていなかったが、それを微塵も出さないハウザーとギルの容赦ない返しにドルニドは心の底を柔らかく、だがしっかりと触れられた衝撃も相まってテーブルに突っ伏した。


図らずもユフィーラは大国の王を打ち負かしたのである。



「まあ…お酒を摂取した時点である程度覚悟はしていたけどさ」

「チーズの件を聞いた時に腹は括ったけどな」

「今夜は初心者多いし」

「そっち方面で終えることを祈るしかあるまい」



パミラとダン、ブラインとジェスがそれぞれに呟く。


そして一連の出来事を驚愕の表情で見ていたのはアリアナ始めエドワード、リカルドとビビアン、そしてリリアンだった。







不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。

助かります。

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