表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
134/148

一年365日を私にください 3






「ユフィーラ」



一刻程経った頃、男性陣一同何故か本能的に身震いするような慈愛の笑みを湛えたパミラと企み満点な美しい微笑みのアビーがユフィーラに声をかけ目配せをしてきた。



「はっ…!美味しい食べ物に囲まれてすっかり忘れてしまうところでした。皆さんに改めて是非ご紹介したいものがあるのです!」



ユフィーラがぱっと無邪気な笑みを見せた。

だが男性陣の中で数名はその天真爛漫な笑みに戦慄を覚えたのは本能的には間違っていないのかもしれない。


ユフィーラの頷きに、颯爽と食堂から去り扉のすぐ外に置いてあったのか直ぐ様戻ってきた素敵な微笑みのお姉様達が運んできたのは、白い布に被せられたワゴンだった。

もうこの時点で既に男性二人の目には光が灯らなくなっていた。


そんなことはお構いなしに、ただただ進化した『彼ら』をお目見えをしたいだけのユフィーラは、慈愛と笑みと神々しい歩き方…パミラとアビー直伝の所作をかましながら皆を見渡せる位置に移動した。



「これは私がとある街である素晴らしいものを目にしてしまったことから始まりました」



まるで物語の序章のような静かな切り出しに男性二人の瞳が虚無に変わる。



「そこには以前私が手に入れたものの進化した彼らが…!……ですが私は本来数を増やすことより、一つのものを大事にしたい派なのです。それでも進化した彼らをどうしても諦めきれず…。それをある二人に相談したところ、何と素晴らしい魔術で…!私の大事にしていた彼らが見事な進化を果たしたのです!」



悪気はないのだろうが、この時点で目の死んでいる男性二人以外の『元魔術師』に絞られてしまったことにユフィーラだけが気づかない―――――これっぽっちも悪いと思っていないのだろう。本人はその技術を褒め称えているだけなのだから。


ユフィーラはゆっくりとワゴンに近づき、白い布に手をかける。



「それではご覧ください。ただその場に鎮座するだけではなく四肢が自在に動けるこの様を!いでよ!テオヒョウ!ハウジャガー!そして新たな仲間のギルニャン!」



ユフィーラはワゴンから白い布をバッと取り去った。




白い布が取り外されたワゴンの上には少し縦長のガラスケースがあり、その中心の周囲には以前使用人達から送られた渾身の出来のミニチュア版台座や花や敷物が飾られており、中央には少し尖ったまるで木を模倣したかのような艶やかなグラデーションのある茶色い石。


その茶色い石に御わすのは進化を遂げたテオヒョウとハウジャガーであった。


元魔術師の手腕により進化した四肢は石にしっかりとへばりついていて、きりっとした勇ましいご尊顔、それと裏腹に丸太にしがみつく様の可愛らしさとのギャップはユフィーラからしたら全て萌え要素でしかない。


石にしがみつきながらも顔を横に向け『何か?』と気高く勇ましい表情。動物界隈では上位に君臨するであろう二匹だが、あざとくも可愛く石にしがみつきながらも、きりっとした様のテオヒョウとハウジャガーはひたすらに愛らしいだけである。


四肢だけでなく尻尾も魔術によって自由自在に動かせる為、嬉しそうに喜んでる風にくるりんと上向きに丸まって表現しているので、より可愛さが爆発的である。



そして土台を求めて先日街へ行った時、ぬいぐるみを売っていた店の店頭に丸太のような木を真似た石を見つけてこれだ!と即座に購入しようと思ったのだが、そのすぐ側に佇んでいたのは気高い眼差しをしながらも、あざとくも完璧な猫座りをしていた『ツンデレ』の権化のような手の平サイズの猫のぬいぐるみが鎮座していたのだ。


その出で立ちを見て、ユフィーラの脳裏には一人の人物しか思い浮かばなかった。


真っ黒の毛並みに瞳はグレー。つんとしながらもその靭やかな体格と風貌がどうみても彼にしか見えなかったユフィーラは、こちらも即決で胸に大事に抱いて石と共に購入し、直ぐ様『ギルニャン』と名付けた。


帰宅後すぐに二人の元魔術師に相談し、前回の件で己の魔術の技術の向上を確信していた彼らはものの半日もかからずにギルニャンの進化を成し遂げてくれた。


気高くもすました顔で佇んでいたギルニャンだが、元魔術師達の改造で四肢が自由になったことによって、ユフィーラは尊くも可愛らしさを表したくて石の左右にしがみつく先輩達を上部から見守るようにへばりつかせたのだった。



「「「「「「ぶはっ」」」」」」

「改造に携わった二人一歩前に出ろ」

「片割れに隠れた奴と体ごと向きを変えた奴で面が割れているだろうが」

「「っ…!!」」

「くっ…ぶふっ」

「ぷっ…うふふっ…!」

「ははは!」

「…成長したなぁ」

「っく……ぷふふっ…ぷははは!」

「あーっはっはっはっは!はーっはっはっはっは!」

「ははは!見事なミニチュア版だなぁ、素晴らしいよ!そっくりだ!」

「……は?」

カタタッ



数名の使用人は誰もが口元を覆うが、誰一人噴き出す音を抑えられず、

国を揺るがす程の能力を持つ二人の男性の瞳からは一筋の光さえ完全に消え、

己の魔術を試してみたかった二人の元魔術師は全力で存在を消そうと試み、

隠れた片割れを背に受け止めた元暗殺者は腕に己の口を埋めたが全くもって間に合わず、

普段のツンデレを即解除して好意を向ける相手に顔を埋める令嬢も笑いは止められず、

その令嬢を難なく受け止めながらさも愉しそうに笑う某料理長。

相変わらずそれらを本人と勘違いしたまま感動に涙ぐむ魔術師団長に、

淑女の鑑を暫しの間彼方に投げやって大笑いする魔術師団長夫人。

体を折り曲げながら腹の底から大笑いする元公爵令嬢の主治医。

国の最高権力者はその出来栄えに笑いと共に称賛を与え、

王家の懐刀と呼ばれた男性は、自分が標的になると露ほど思っておらず愕然となり、

食堂の人の居ない箇所からは僅かに音が鳴った。



「三人…いえ、三匹共四肢が自由になったことによって、更には肉球までぴたりと留まれるように進化し、勇ましく気高いだけでなく、愛らしさも兼ね備えるという至上最強の姿になったのです!」



ユフィーラとしてはただただ元々お気に入りのぬいぐるみ、しかも三匹とも大切な人達に似ているという付加価値があるからこそ、より進化を遂げたことの嬉しさを皆に伝えたいだけなのだ。



テオルドとハウザー、ギルの凍えるような視線が二人の元魔術師に突き刺さる。



「…ネミル。責任を取りたまえ」

「お言葉ですがジェスさん。頼まれた時に悩んだ振りをしつつ己の能力を試すために模索し始めていたきらきらした表情を僕は忘れていませんよ」

「お前の戯言など誰が信じるんだ」

「改造の照らし合わせをした時に、向きを変えつつ小さくガッツポーズをした瞬間を僕は見ましたし、女性陣も近くにいました。証言はとれますよ、直ぐに」

「いつからそんなに生意気になったんだ!」

「奇しくも共に行動することでジェスさんに慣れたんです」



始めこそ自分の立場や境遇に恐縮する様子が垣間見えたネミルだったが、日々周囲の人間の影響や自身を前に出して良いという環境の中、少しずつネミル本来の気質が構築されていった。


相変わらずユフィーラ同様とても聡い部分はあるが、自分を押し殺すことがなくなったネミルの表情は晴れ晴れとしている。



「確かに二人の嬉々としたやり取りは見たなー」

「ネミル良いわね!段々思ったことを前面に出せるようになってるじゃない」

「はい。ジェスさんが正面から遠慮なくずばずば言ってくれるおかげで鍛えられました!」

「何故さも私が原因かのように言うんだ!」



なんやかんやと揉めている感じではあるが、ジェスの以前ユフィーラを疑っていた頃の心から嫌悪するような表情では無いことから、ネミルとの掛け合いも本人も気づかぬうちに楽しんでいるのかもしれない。


そしてわいわいと話をしながらも、憮然とした表情で睨みつけるテオルド達の方を二人の元魔術師は何が何でも見ることは一切なかった。



そしてまさかの自分が強制参加をさせられているとは夢にも思わなかったギルはやさぐれた眼差しでユフィーラを見る。



「ちょっと…何で僕が参加しているわけ?」

「ギルさん!テオヒョウとハウジャガーのしがみつける土台を探し求めていた時に運命的な出会いがあったのです。グレーの瞳と漆黒の毛並み…もう一目見た瞬間に脳内にギルさんのことしか思い浮かばずに値段も見ずに手に取ってしまいました!」



ユフィーラとしてはテオヒョウ達の仲間が見つかった、更に言うならばこの二人…二匹に溶け込めるのはギルしかいないと勝手に思い込んでおり、ただただ仲間が増えたという喜びを皆と分かち合いたかっただけなのである。


こうなった時のユフィーラは相手の真意を慮る心遣いは基本皆無となる。



「見て下さいな。崇高な見た目と裏腹にひしっとしがみつく爆発的な愛らしさを醸し出しているこの姿!」



そう言いながらユフィーラは満面の笑みで改造されたギルニャンの首を少しだけ動かした。先輩二匹を見守っていた状態から正面に向き直り少しだけ首を傾げ、あざとさ全開である。


再度あちこちから噴き出す声や隠すことすらなく爆笑している面々。更に睨めつけるような目付きのギルに対し微塵も臆する様子のないユフィーラはある意味誰よりも最強の精神を持つ。



「この綺麗な色合いの石を主軸に、三方向から守護するかのような勇ましくも可愛らしい彼らを見て、改造に携わってくれたお二方を始め屋敷の皆さんが汚れたり壊れてしまうことがないようにお守りの魔術まで施してくれました!」



そしてこのとどめの一言で屋敷内使用人の全員が素早く視線を動物に模倣された御三方と合わせないように逸らし、動物に扮した…扮された三人の瞳から光が完全に消えた。


個々秀逸な能力がある動物ミニチュア化されてしまった三名が一切触れることすらできないくらいの接触阻害魔術の重ね掛けがかかっていることは間違いないだろう。



ここで直ぐ様国の最高権力者であるドルニドがとても良い笑顔で「とても素晴らしい出来栄えだねぇ、ユフィちゃん」と言いながら魔術の重ね掛けを施した。


続いて「立派になって…」と目頭を押さえながら団長直々にリカルドが魔術をかけ、「リッキー、私の分もよろしく」とビビアンは美しい淑女の笑みで魔術の上乗せをさせていた。


更に「皆の魔術ほどではないけど、気持ち的にね」と優しげではあるが面白そうな表情で件の三者を見渡したリリアンがさらりと魔術をかけ、「…ユフィーラの為だ…ぶっ」とユフィーラを思ってなのかもしれないが最後の噴き出しで台無しになったイーゾも続けて魔術を施してくれた。


そして何よりも幸せそうにきらきらと目を輝かせ微笑みながら語り続けるユフィーラを見て、己の魔術を駆使して強固にかけられた魔術を打破する術を彼らは持てないだろう。



「薬を精製する時にすぐ側で見える位置に居てくれるので、ついつい笑みが溢れてしまうくらい嬉しくて仕方ないのです!」



ユフィーラの決め手となるこの言葉で三者撃沈である。








不定期更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ