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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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一年365日を私にください 1

最終話となります。






一年のうち、トリュセンティア国の梅雨の時期は短い。

多湿ではない国だが、この時期だけは少しじめじめするような日々が続き、それが過ぎると夏の本番の始まりだ。


だいぶ外気の湿気がなくなりつつある、まだ陽が昇りきらないある日の朝。



ユフィーラは魔術によって管理されている部屋の寝室でぱちりと目が覚めた。



目の前には黒いシャツ。シャツに流れる出逢った時より伸びた藍色の髪。胸元近くまで釦を緩めたシャツから見える細身だが必要な筋肉がちゃんとついている胸元と腕。


その腕に囲われ、安心感と心が満たされる大好きな匂いに包まれている。


ユフィーラはふと契約婚姻当時の記憶が遡る。


あの時も勿論幸せだったが、今の幸せとは次元が違う。

不治の病と隣合わせだった時はどこか刹那的のような気持ちもあったのかもしれない。

今のように互いに通じ合い心からほっとする温かな気持ちは無かった。



(なんて…幸せなのだろう)



ユフィーラに巻き付いている黒のシャツから伸びている腕。見上げると出逢った時には見られると思っていなかった、寛いだ安らぐ空間でないとまず無いだろう無防備な寝顔を見せる最愛。


少し寝乱れた前髪に長い睫毛と僅かに開いた口元。

その姿さえ神が自ら作ったかのような精巧さ。男性なのに美しいという形容詞が似合うが普段の表情や動き、艶やかな低音や性格は男性らしい。


こんなに綺麗なのに凛々しくもあり、格好良く有能な魔術師が自分の旦那様なのだ。


男爵時代を経て、まさかこんな未来が待っているなんて露ほどにも思わなかったし人生とは本当に何が起こるかわからないものだ。



(…その後も色々あったけど、今こうして在ることに幸せを、そして日々に感謝を)



何気ない日常がどれだけ大事で貴重なのだということを実感し、それに慣れてしまうことなく生きようとユフィーラは改めて己の胸に刻む。



(一日5秒…から一日24時間になって…なんて贅沢なのかしら。でもその幸せに傲ることなく、時には初心に戻って見つめ直すの。…一日一日を…それでも足りないくらい―――)



思いに耽けていると腕がぴくりと動き、ユフィーラを抱えて眠っていたテオルドの瞼が微かに震え、ゆっくりと美しい漆黒の煌めきがユフィーラの視界に広がる。



「……フィー…?」



まだ寝惚けているのかユフィーラが目を開けていることを何故か不思議に思ったのか、僅かに首を傾げる様がとてつもなく可愛く見えて悶えそうになり、ユフィーラは思わずテオルドの頬を包んで顔を寄せ口づけをする。


ユフィーラから進んですることが滅多にないからか、テオルドが目を丸くして固まった。その姿により気を良くしたユフィーラは再度口唇を合わす。



「おはようございます、テオ様。陽が昇り始めたばかりでまだ早い時間ですよ」

「…覚醒した」



驚きつつもそう答えたテオルドが「おはよう」と言いながらユフィーラにしか見せない蕩けるような表情になる。今度はユフィーラがぐっと息が止まりそうになるが何とか持ち堪える。



「少し前に目が覚めてしまって。何気ない日常の幸せを噛み締めていました」

「…そう」



腕の中にいるユフィーラを自分の方に引き寄せたテオルドが抱き込んでから満足気な溜息が聞こえ、ユフィーラも幸せに拍車がかかる。



「その何気ない幸せな日常が当然のことなのではなく、日々感謝しながら生きていきたいと実感してました。―――それでも…私は日に日に我儘にもっと欲が出てくるのです」



背中を優しく擦っていたテオルドの手が止まりユフィーラを覗き込んでくる。



「フィーが我儘?今まで一度も見たことないな」

「まあ、テオ様。私はとても強欲なのです。前にも言いましたでしょう?毎日数秒だったのが毎日沢山の時間になり、…それでも私は満足できなくなるのです」



様々な彩りに輝く漆黒の瞳を誰よりも贅沢な位置で眺めながら、ユフィーラはテオルドの頬を撫でながら額を合わせて目を閉じた。



「テオ様は私にとって唯一で何にも代え難い存在」



大事な、大切な人や居場所が出来た時。

それを失う恐怖というものを初めて知った。

それは過去の男爵時代とは比べものにならないくらいの絶望感。


脅威に晒されること、失うことは恐ろしい。


だからこそ、失わない為、悔いの無い為、継続させていく為の術を日々模索して己自身を精進することに全力を注ぐようになった。



一秒を。

一日を。

一年を。

ずっと。

テオルドと共に。


最後のその時まで。



「一日5秒ではもう足りなくなってしまいました。一日24時間でもまだ足りない」



ユフィーラは目を開けて漆黒の美しい瞳を捉える。



「一年365日を…テオ様の残りの全てを私にください。この先ずっと共に在りたいのです」



テオルドの漆黒の瞳に様々な色合いが散りばめられ、鮮やかに彩られる。



「目を閉じて耳を塞いで諦観していた私はもう居ないのです。今の私は誰よりも欲深くなりました」



ハウザーに出逢い、テオルドに出逢い、使用人達と出逢い、そのまた周囲と出逢い。


ユフィーラは大きく変わった。

人生も。

生き様も。

初めの一歩は自ら動いたが、それ以降は一人では成し得なかったもので。

運や出逢いによって変化していった。


今度はそれらを守るために強くなるのだ。

欲しいもの望むものを求めても守れるくらいに。




静謐な眼差しに変わったテオルドが口づけを落とす。

頭に。

額に。

頬に。

口唇に。



「フィー。俺はもっと強欲で貪欲だ」



静かな眼差しの中に獰猛さが見え隠れするテオルドの漆黒の瞳。



「何も興味が無く何も欲さなかった俺が唯一心の底から焦がれるほど独占したいと思った。フィーの毛先から足のつま先どれをとっても、心の僅かな隙間すらも誰とも共有させるつもりは毛頭無い」



テオルドの視線がユフィーラの全てを捕らえる。



「俺の全てをくれてやる。代わりにフィーの全ては俺のものだ。お前が居なくなったら周辺が、下手したら国が焦土と化す。逃げられると思うなよ?」



なんて物騒でなんて熱烈で心に響く言葉なのだろう。



「ふふ。私は迎撃が得意ですが、時には突撃もするのですよ。全身全霊でどんと来いなのです!」



その言葉にテオルドがふわりと微笑んだ。

それはとても幸せそうに。


その表情にユフィーラの心と体が歓喜に包まれ暫し至福の時間を享受した。










「おいふぃ!」

「相変わらず良く伸びるな」

「テオルド様、頬伸ばしたら飛び出ちゃいますよ!」

「私はそれでも負けじと食べ切ると予想しますね」

「確かに!主様と良い勝負しそうです!」

「食べ物と同一扱い…末恐ろしいな」

「その調子でずっと旦那様を翻弄させてねー」

「はは!ガダンの食事は偉大だなぁ!」

「俺の料理もここまでくるとは感慨深いねぇ」

「我が主と食物を一緒にするなど…!」

「その皿の中にあるフルーツタルトを見なよ」

「ユフィの一途さは食べ物にも繋がるのね」

「お嬢さんも俺の作る物には一途ですよね」

「私はビビだけに一途だな!」

「リッキー、ホイップバター取ってくれる?」

「相変わらず尻に敷かれているんだな」

「流石お前の妹だな」

「ねえ、それ取って」

「僕を使うのも程々にしてくれたまえよ」




テオルドとの幸せな時間の後、夕食の時間に近づくにつれユフィーラはいつも以上に食堂付近でそうろうろし始めていた。


何故なら今夜はユフィーラの二度目の誕生会という名の食事会が開催されるからだ。



食堂にはブラインが選定した花々、ダンが立食用に作ったテーブルに、ジェスの繊細な作りのテーブルクロスが彩られ、食堂全体に華を添えていた。


カウンター半分には飲み物や酒類、普段食事をするテーブルにはガダン力作の食事の数々が並び、本日のデザートは敢えて整列し並べられていて、菓子店に来たかのような嬉し過ぎて乱舞したくなる光景である。


乱舞は何とか我慢できたものの、ユフィーラは両拳を掲げ、ぴょいんっと飛びながら目をきらきらさせ、その様をテオルドが優しい眼差しで見つめ、それらを使用人一同は温かい目で見守っていた。



今回はリカルド夫妻を始め、アリアナとデザートの半分を持ち込んでくれたエドワード、ハウザー一家とリリアンを招待した。先日食事会招待の話をし即座に了承したドルニドは、誰よりも早く訪れたのには些か驚いた。とても楽しみにしていてくれたのだと思う何だかほっこりしてしまった。


ドルニドは一人で訪れたのだが、テオルド曰く見えないところで誰か一緒に来ている筈とのことなので、きっと王家の影がどこかに潜んでいるのだろう。


その後リリアンが、そしてアリアナとエドワードが馬車に乗って訪れ、最後にハウザー達が来て、いつもの夕食より少し早い時間に待ちに待った食事会が始まったのだった。




今回も人数が多いので立食メインのビュッフェ形式となる。



今回はユフィーラの誕生を祝う名目での食事会ではあるが、贈り物関連は全て辞退させてもらっていた。ユフィーラとしては以前の誕生会の贈り物で十分過ぎであるし、大好きな皆が集まってくれたことが何よりの贈りものとして嬉しいことだったからだ。


テオルドによる相変わらずの最短の挨拶と、それに併せてユフィーラも手に持った酒を早く飲みたい陣営のことを考慮し、短めの挨拶をさせてもらい、食事会が幕を開けた。



「今回ガダンさんに我儘を言って昔通っていたお肉屋さんのクリームコロッケの再現を熱望してしまったのです…そして私の中で史上最強コロッケ三本指に堂々と入ることに…!」

「フィー、口から少しソースがはみ出てる」

「あれは俺も唸らせるくらいに美味かったからなぁ。再現出来たようで何よりだねぇ」

「あら。前にユフィから聞いた街のお肉屋さんのこと?私も一ついただこうかしら」

「このベシャメルソースのコクと深みやばいな。俺にもレシピ教えてくれ。屋敷で再現したい」

「いやあ、ユフィーラ好物の卵揚げも相変わらず美味い!揚げ物全体最高だな!」

「ダンは揚げ物と麦発泡酒の組み合わせが一番って良く言っているわよね」

「それも良いけどさ。海老と牛のタルタル。この二つは強い蒸留酒に最適だわー」

「パミラさんは蒸留酒が基準の組み合わせをいつも大事にしてますよね」

「海老がたっぷりのシーフードグラタンが一番美味い」

「相変わらず好きなんですね。例の至極のコンソメスープもありますよ」

「え?何それ。至極のスープ、僕も是非いただきたいな」

「気に入って入り浸るなよ」

「宰相や側近、何より僕が大迷惑だからね」

「いつの間にか生野菜が私の器に…!」

「すぐに俺を見るの止めてくれる?」

「リリアンは相変わらず男顔負けのよそい方をするのねぇ」

「ビビアン、自分の皿を見てくれ。社交界でないからってそこまで盛るか?」

「はは。改めて姉妹だなぁ」



それぞれが好き好きに食事や酒を楽しみ、所々で会話に華が咲く。



「あ…美味しい。濃厚なのにくどくないソースなんて。エドワード、これ再現して欲しいわ」

「だよな。ガダンからレシピは聞いたから多分できる」

「例の牧場からのバターの詰め合わせ出されたからねぇ。教えるしかないだろうよ」



アリアナが目を瞠らせて視線を向けると、わかっていると言う風にエドワードがぽんと優しくアリアナの頭に手を乗せて撫でた。エドワードの流れるような動作にアリアナがさっと顔を赤らめ視線を外すのを、内心口を盛大に歪ませながらにやにやしたいのを我慢してユフィーラはその分口をめいっぱいもぐもぐと咀嚼した。



「ふふ。お肉屋さんのクリームコロッケも勿論美味しかったですが、ガダンさんのクリームコロッケは愛情も盛々なので最強なのです!」

「同じレシピでも作り手によって味わいが変わるのはそういう意味もきっとあるのね。モニカも来れなくて残念だわ」



アリアナに声をかけた時にモニカも勿論誘っていたのだが、ちょうどモニカの弟と共に隣国に赴き、生地の染色料を入手する時期と被ってしまっていた為に参加できなかったのだ。



「今までやりたかったことを率先してできる現状がとても幸せだと言っていましたので、モニカさんが日々充実されているなら何よりですね!」

「そうね。最近はリリアン様みたいに動きやすい服装が楽だと言って隣国に赴く際には着ているそうよ」

「まあ。綺麗に編み込まれて束ねられた髪と凛々しい服装の姿を想像すると顔がにやけてしまいますねぇ」

「そうなの。淑女って感じの女性らしいイメージだったのだけど、その姿が思った以上に似合うのよ」

「是が非でも見たくなりました!」

「皆で同じ格好してお茶会も楽しそうね」

「あーお嬢さんは何でも似合いそうだけど、やっぱ派手過ぎないシンプルなドレスが一番似合うよな」



話の流れでさっとエドワードが言った言葉にアリアナの頬がさっと染まる。



「な、に言ってるのよ…どうせドレスに着せられているとでも言いたいのでしょう?」

「ん?そんな風に聞こえたか?」

「アリアナさんは男装のような格好良い服装も勿論着こなすでしょうが、装飾が凝っている華美なドレスよりも、豪華過ぎないドレスこそアリアナさんの元々の素質が物を言うのでしょう!」

「おお、そうそう。流石だな。そう言いたかったんだが、言葉は難しいなぁ」

「それはエドワードさんだけにはついつい勘ぐってしまう乙女な心の顕れなのだと思います!」

「ユフィ…!」

「へえ。なるほどねぇ」

「…!エドワード、からかわないで頂戴…」

「からかったことなんて一度もないし本音なんだけど」

「…もうっ」



エドワードが少し目を丸くした後に少しからかう笑みをしながら背を屈めて伺う姿をするのだが、その瞳はとても優しい。アリアナは恥ずかしそうに彼から目を逸らしたが、ユフィーラの勝手な憶測ではエドワードの視線は妹や雇い主の娘への眼差しではないように見えた。







不定期更新です。

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