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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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希望の連鎖と偲びの時 2






「薬のことだが」



ハウザーとの一戦を終え、満身創痍なユフィーラを見ながら何事もなかったように珈琲を飲んでいたハウザーが話し始めた。



「薬、ですか?」

「ああ。お前が以前作っていた不治の病専用の痛み止めと、魔力の増減解除薬」



ハウザーには痛み止めの薬のレシピを伝えているし増減解除薬に関してはユフィーラが専売特許を取ったとはいえ、ハウザーも共に精製したものだ。



「はい。そのお薬が何か…もしかして不具合でも…?」

「いや、そこは何の問題もない。双方の良薬が他にも用途がないか試薬を重ねていてな」



ハウザーには以前よりユフィーラ一人で発明したものではないし、一人だけ知る者よりも今後そこから更に新たな薬や効能が拡がっていく可能性があるなら広めてくれて構わないと伝えていた。ユフィーラは頷きのみで先を聞く。



「ちょっと前に王宮に赴いた際に、ランドルンに会った」



ハウザーが視線を向けるとランドルンが頷いた。



「解除魔術の件で登城してましてね。ハウザー氏に会ったので、その件の進行具合をざっと説明したのです」



ランドルンはこの屋敷に雇われてから、時間のある限り書庫で不治の病に関する解除魔術を行う際に術者への負担を少しでも緩和できないか模索していたと聞いていた。そして魔石を併用することにより緩和ができるかもしれない方法をテオルドに提示し、今では特殊魔術班と共に煮詰めながら、来年あたりには法案に通りそうだとのことだった。



「その時にふと閃いた。お前が作ってきた薬とランドルンが考察していたものを合せて薬として同じようにできないものかと」



ハウザーから何度か医師として時折り虚しさに包まれる話を聞いていたユフィーラは、それでも諦めずどこかでいつか何かに繋がるかもしれないという希望を捨てきれていないハウザーの気持ちに感銘を受ける。



「ちょうどその後に医師関連の会合でハウザーに会った時に軽く聞いてね。私も協力させてくれと頼んだんだ」



リリアンが少し眉を下げながら微笑む。

リリアンも医師としてできる限界の話を聞いたことがあったので、他人事に思えなかったのだろう。



「リリアンと共に最近まで試行錯誤しながら模索していた。それで先日希望の種のような試作薬が出来上がった」

「出来上がった…え、もしかして…」



ユフィーラが目を丸くしながら聞くと、ハウザーが一つ頷いた。



「ああ。不治の病全般の緩和、周期による激痛の軽減。病そのものの進行を遅らす…ではないな。進行を妨げながら僅かに消滅させることに成功した。とはいえまだまだ完全にも満たないし、更に練り上げる要素は山積みだ」



その言葉にユフィーラは更に目を見開いた。



「ハウザーが今までユフィちゃんと共に在って、やってあげたかったことがようやく具現化できる一歩を踏み出したんだ」

「お前も妹のことがあっただろ。だからこそ外国で学んだ知識を活かして俺への的確な指摘と疑問を都度投げかけてきたからこそ、ここまで進められた」



リリアンの妹、リカルドの妻ビビアンもその昔ユフィーラと同じ天使と悪魔の天秤に罹ったことがあった。中期の壮絶な痛みにのたうち回る姿は生涯忘れることは出来ないとリリアンは言っていた。


ユフィーラが精製した薬がきっかけではあったとしても、医師としての立場の二人のスキルと忍耐力、継続がついに不治の病に立ち向かえ躍進したのだ。



「これが進化すれば間違いなく専売特許どころか、国間の政治にすら大きな影響を及ぼせるレベルになるだろう。元はお前の薬からヒントを得て拓けた。ユフィーラはどうしたい?」



ハウザーの真摯な眼差しと言葉にユフィーラは胸が熱くなる。

テオルドとはまた違う何よりも大事な家族のような存在。

いつもユフィーラを第一に考えてくれる大切な人だ。



「…なんてお礼を言ったらいいのか。きっかけが何だったとしても、それは一縷の望みに挑み続けた先生とリリィさんのもの。私の薬がどうでなく、二人が諦めず、二人が進み続けたからこそ新しい可能性の薬にたどり着けたのです」



ハウザーとリリアンが瞠目しお互いに目を合わせる。



「二人の思いと知識、経験があったからこその発見したもの。それは私は関係するものでなく、先生とリリィさんの功績。それに私は一介の薬師ですからね!難しいことと大きな勢力関係には真っ向からお断りしたいのが本音です!というか課さそうな流れから全力で逃げます!」



二人のことを称える言葉を並べていたつもりが後半は若干己の願望が混ざり合ったが、ユフィーラとしては、保湿剤も作れるただの薬師で在りたいのが本音であった。


胸を反らせて存外に国そのものとは関わりたくないユフィーラを見てそれをしっかり汲み取ったハウザーは眉を僅かに下げて微笑む。



「だろうな。お前はそう言うだろうとは想定していたが」

「残念だな。研究員として一緒に居る時間が増えると思ったんだが。まあ主治医という立ち位置で満足するとしよう」



肩を竦めながらもユフィーラをこれ以上勧誘するつもりがないリリアンの様子に安堵を得る。


ユフィーラとしては共に何か同じものに立ち向かうというよりも、一人の人間として姉的な存在で側に居て欲しい願望があった。記憶が逆行した時、初めにその場に居たリリアンがその時のユフィーラに一番適した対応をしてくれたからこそ、この屋敷から逃げよう、心を閉ざそうという選択を排除できたのだから。


ユフィーラは国に守られる逸材にも、何某の栄誉を受ける立場にもなりたいと微塵にも思わないし、ただの薬師で居て、テオルドの妻で居たいのだ。



「今後のお二人の活躍を柱の影から覗いてますね!」

「何で隠れながらなんだい?」

「柱に隠れたら見えなくなりそうだな」

「背は関係ないではないですか!」

「背のことは言っていないが」

「片方の口角が上がっていることが何よりの証拠!」

「小柄なユフィちゃん可愛いだけだけどなぁ」



話が弾み始めた流れで厨房から芳しい匂いが漂い、ガダンが焼き立てのパウンドケーキを持ってきてくれ、ユフィーラは拳を掲げた。それに併せてアビーがケーキに合う紅茶を淹れてくれて、その後は穏やかな時間を過ごした。








日中は少し汗ばむ陽気になりつつあるが、陽が真上に昇る前はまだ幾分か涼しい時期の日。


ユフィーラはテオルドと共に転移でトリュスの森に来ていた。


さくさくと草を踏みしめる足音と草木が風に凪ぐ音だけが耳に届く。テオルドに手を引かれながら、ユフィーラは片手に数本咲いている花を抱えていた。



数日前にブラインから「育ったよ。出来は完璧」との知らせを受けた。屋敷の花壇には無かったものだったのだがブラインに相談したところ、苗を購入してくれて花そのものに悪影響を及ぼさないように緻密な魔術で促進して育ててくれたのだ。


その花は花束ではなく根のついたもので、ブラインにより魔術で土も纏わせて崩れないように施してくれているのを包装したものだ。



ネリネ。


白に近い淡い桃色の花でカールされた花びらの光沢が優美だが、どこか繊細さも思わせる美しい花だ。


中心部に向かいながら歩いていくユフィーラの心は思ったよりも凪いでいた。周辺にはちらちらと七色の蝶が飛んでいる。景色を見ながら時折りぐっと切なくなる時はあるが、思いのままに任せる。


テオルドと共に中心部まで歩いて行き微かな木漏れ日が入る場所に出て、人一人が座れる窪みがある大きな木が見えてきた。


少し薄暗い森の中、その大きな木の部分だけに陽が差していて相変わらず幻想的な風景だ。


弔いに一人で来た時は感情すら動かずに歩いていたが、今は凪いでいる心に徐々に様々な感情が溢れてくる。それでもその感情に左右されるわけではなく、受け入れて流しているような感じだ。



「フィー」



テオルドがユフィーラを誘い、窪みの直ぐ側まで連れて来る。

ユフィーラはそこから木漏れ日の差す上を眺め、視線を戻して木の窪みのすぐ近くの地面の草が少ない箇所に目を留めた。



「テオ様、ここに。お願いしてもらって良いですか?」

「ああ」



一つ頷いたテオルドは手を繋いでいない手で魔力を指先に集中させ軽く振った。すると地面の草の少ない場所に小さな竜巻が顕現して土が掘られていき、小さめの窪みが出来た。



「ありがとうございます」



ユフィーラはお礼を言ってからその窪みの場所にしゃがみ、持ってきたネリネの花の包装を外し、その窪みに根から植え、周囲に舞った土を被せていった。


木の窪みから然程離れていない所にあるネリネの花。

これは天に召された我が子へ贈る花だ。


ユフィーラは促進魔術を少し組み換え、土が馴染むように水の魔術も加えて、この土地に合いますようにと願いを込めながら魔術を編んだ。


しゃらんとネリネの周辺にユフィーラの魔力の織が纏い、ふわっと消える。



「あなたに心を込めて贈るわ。私を助けてくれてありがとう。――――――私達の元に舞い降りてくれて、…幸せにしてくれて…あり、がとう」



言葉にし難い色々な想いが混ざり合い語尾が少し震えてしまったが、ユフィーラは涙を浮かべずに心から愛しい想いを乗せて微笑む。



あの時は涙の姿しか見せられなかった。我が子に悲しい顔だけでなく、出逢えたからこそこんなに愛しい気持ちを持てたことを少しでも伝わってくれればと願う。



ふとすぐ側に陰りができ、ネリネの前にしゃがんでいるユフィーラの隣にテオルドが跪いた。


静謐な、でも温かみのある眼差しでネリネを見つめ片手を軽く動かしてユフィーラとは異なった温もりのある穏やかな織の魔術をかけた。



「いつ何時でも…再会を希う」



その言葉が耳に届いた瞬間、ユフィーラはぶわりと視界が歪んだ。



記憶が融合してからも、その後も。


テオルドから直接子に対しての想いも、どのような気持ちだったのかも。

テオルド発信で聞いたことはなかった。

いつもユフィーラの言葉を聞いてそれに対して返してくれていた。


本当にあっという間の出来事で。

瞬く間の出逢いと別れ。


上手く表現出来なかったのかもしれない。

何よりユフィーラの気持ちを最優先で考えてくれていたのだろうことも理解している。



それでも。


テオルドにとっても子との別れが悲しくないわけがないのだ。

テオルドにとっても初めての自分の分身だったのだ。


そしていつか、また逢えることを願ってくれているのだ。



ネリネの花言葉。




『幸せな思い出』

『また会う日まで』




ユフィーラはネリネとその花言葉を知った瞬間、すぐにブラインにお願いしにいった。

勿論次に授かった時に再び出逢える可能性は限りなく少ないのかもしれない。

それでもという想いが、心の底の願いが間違いなく選んだネリネの花に託したかったのかもしれない。


そしてテオルドも同じ気持ちでいてくれたであろう言葉にユフィーラは涙が止まらなくなってしまった。


我が子に涙を流す姿ばかりを見せたくないと、何とか止めようと試みたができなかった。それでもと目元を擦っていると、ふわりと体が浮いた。


テオルドがユフィーラを抱き上げて、直ぐ側の木の窪みに座り自分の足の間にユフィーラをすっぽりと同じ向きに乗せて、後ろから腰に手を回してきた。



「感情そのままに身を任せろ」

「…テ、オ様」

「流す涙も微笑みも全て俺達の子を想っているからこその感情の顕れ。そのどれもが子にとっては弔いになる。それに俺はとても身勝手なんだ。再度出逢えることを高慢にも願う。それほどにこの想いが正真正銘の本心だからだ」



そう言いながら一度片手をユフィーラの腰から離し、虹を描くようにざっと手を大きく振り翳した。様々な色合いの静穏で美しい織が円を描くように広範囲にぶわりと拡がっていく。



それはまるでテオルドと初めて出逢った時の魔術のよう。



テオルドの言葉と、魔術の織の神秘的な空間がユフィーラのまだ血が滲む心にじわりと染み込む。

ユフィーラは湧き出る感情に身を任せて、嗚咽が喉から震え出ながら腰に回されたテオルドの手を握った。




ふわりふわりと七色の蝶が舞い降りてくる。


数匹がユフィーラの直ぐ側に。


数匹はネリネの花の近くに。



ユフィーラの膝下に止まった七色の蝶はまるで慰めてくれるかのように眩い美しい羽をきらきらと動かしている。



「…まだ…私を受け入れてくれるの?」



その言葉に、膝からふわりと飛んだ蝶がテオルドの手を握っていたユフィーラの手に止まる。まるで『勿論だよ!』とでも言ってくれているかのように。


そしてネリネの花に止まり、まるで花の間で井戸端会議をしているかのように向かい合わせで羽を動かしている数匹の蝶にユフィーラは思わず微笑んだ。



「ふふ。その花はネリネという花でね。我が子の為に選んだの。気に入ってくれた?ここで育ってくれたらいいなって勝手気儘な思いで植えさせてもらったの。ここの環境が合ったら増えてくれるかしらね」



まるでユフィーラを元気づけてくれるかのような七色の蝶達の動きに自然に頬が緩むのを感じながら、テオルドの手を弄りながら座っている大きな木の頭上に目を向ける。


大きな木々の間から差す陽の暖かさを感じながら、ふと我が子が昇った時の神々しさもだが、その時もとても暖かで優しい色合いであったような気がして笑みが深くなる。



「あなた達が共に弔ってくれたおかげで私は…堕ちずに這い上がれたの。―――私も、今後授かれた時、…新たに出逢う子も……また、再会できるかもしれない子も、…強欲の私は全てを願うわ。見守っていてね」



上を向きながら、そして視線を七色の蝶にも向ける。微かに視界は滲むが、それを止めることなく思うがまま言葉に、感情に乗せる。


七色の蝶たちは『いいよ、いいよ』とでもいうように軽やかに舞っている。


頭頂部に最愛の熱が落ちてくる。


ユフィーラはゆらゆらと満たされていく様々な想いを馳せながら、テオルドと共に暫くの間トリュスの森で時を過ごした。







不定期更新です。

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