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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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一個人としての思い 1






「いやぁ、このコンソメスープは至極の一品ですね。我が王宮の料理長にも是非覚えてもらいたい味だ」



お替りを所望した二杯目のコンソメスープを香りを楽しんだ後、口に含み首を振りながら絶賛している人物がほうっと溜息を吐いている。






登城した日から翌週のとある昼下がりのことであった。



ルードのお世話始め馬房のお手伝いをしていたユフィーラは、屋敷に向かって軽やかに駆けてくる一頭の馬に乗った男性に目を向けた。門に向かって一直線に駆けてくる様子に、この屋敷に『入れる』人物なのだとユフィーラは判断する。


肩あたりまでの癖のある橙色がかった赤い髪は国特有の布を巻いておらず、綺麗に後ろに撫でつけられ風に靡いて柔らかに揺れている。少し垂れ目の朱色の瞳は異母兄のガダンの色気のある雰囲気ではなく爽やかで優しげだが、有事にはその限りではないのだろう。今はその鋭さも潜められ、まるで楽園に到達したかのようにきらきらと輝いていた。



「ごきげんよう!もしかしてあなたがユフィーラさんかな?」



そう声を駆けながら華麗な手綱さばきで馬を止め、軽やかに飛び降りた。



傍に居たルードがじっと見据えているが、特に行動を移さないので大丈夫なのだろう。


服装はジャバル国特有の長い上着に幅のあるトラウザーズではなく、トリュセンティア国内でも目立たない軽装である彼がガダン命的な話は聞いていたが、ここまでたった一人で来て大丈夫なのだろうかとユフィーラは首を傾げながら思う。



「ああ、これは失礼を。ようやくある程度目星が付いたと判断して急いで飛び出して来たものですから礼儀を欠いてしまいました。まずは私から名乗らねばですね」



そう言った彼は改めてと背筋を正して両手を交差させ、それぞれの肘を持ち軽く頭を垂れた。



「私はジャバル国新国王のマウノ・ジャバルと申します」



人の良さそうな柔和な笑みでそう挨拶をしてくれたマウノにユフィーラはぱちぱちと瞬きをした。



「まあ…国王様に先にご挨拶させてしまいました」

「いえ、先に貴女の名前を呼びながらもそれ以前に私が名乗らないのは失礼にあたると判断したまで。お気になさらずに。何より兄者…ガダン兄者の大事な妹分なのだと聞いておりますので是非実際にお会いしたかった」




にこりと微笑むマウノの垂れた目元はガダンの色気のあるものとは系統が違うのに、何故か似てると思ってしまうのは異母とはいえ兄弟だからだろうか。



「私こそ社交のルールというものに疎いことをお詫び致します。改めまして、ガダンさんの人となりと類まれなる手先が織りなす絶品料理の信者ユフィーラ・リューセンと申します」

「ふはっ」



隠すつもりもない本音ダダ漏れのガダン料理狂信者を開けっぴろげに伝えるユフィーラの挨拶に思わずといった風にマウノが噴き出した。



「いやぁ、兄者から少しだけ聞いていたけど、予想以上に魅力的な方だ。そして雰囲気がソニアにとても良く似てます」

「ガダンさんの妹さんですか?」

「おや、知っているのですね。兄者にとって心から信頼できる貴女方と共に在る場所が出来て嬉しい限りです」



そう言うマウノの表情は微かに寂しそうな、それ以上に安堵するような心から思ってくれているように感じた。



「ふふ。皆さんガダンさんが大好きで器の大きさと繊細な手先から生まれる料理の虜なんですよ」

「そんなことを言われてしまうとますます我慢が効かなくなって何度も屋敷に突撃したくなってしまいますね」



マウノの一般人への気さくな話し方はとても国王には見えない。ユフィーラもついつい話が弾んでしまう。



「あれ。早いなぁ。来るのは夕食前じゃなかったのか」



ユフィーラとマウノで話に華が咲いていると、屋敷からのんびりとガダンが歩いてきた。



「兄者!面倒な段取りの目処がようやくついたので、居ても立っても居られずに一人で馬を奔らせてきてしまいました」



ガダンを見たマウノはパッと明るくする表情は一国の王ではなく、ただただ兄を慕う弟のよう。



「いやお前さ。王子時代…でもか。国の王なんだからせめてここまではお付きくらいつけろよ…」

「トリュセンティア国との締結の時に譲っていただいた認識阻害の魔石をここで使わずに何時使うんです?」

「お前なぁ…」



恐らく今後立場的に時と場合によっては使用する場面も来るだろう希少な魔石を己の欲の為に堂々と使うマウノにガダンも呆れ気味だ。



「ふふ。今回だけではないでしょうか?王様の立場を放りたいくらいガダンさんとその料理を熱望してくれるなんて、料理人冥利に尽きますねぇ」

「それは勿論!トリュセンティア国王にも今回のみ使用許可を得てから来てますので。今回だけです!」

「やれやれ」



ガダンが肩を落としながらも苦笑して、屋敷に促す仕草をする。



「兄者。ここに訪れた時だけは私は兄者を慕う弟。間違っても目上の対応は禁止です。顎でやってください、顎で指示を」

「俺はどれだけ高慢なんだよ…」



そう言いながらも顎で屋敷を指示するガダンは妹始め慕ってくれる弟にも甘いのかもしれない。マウノは満面の笑みで駆けてきたダンに馬をお願いしてガダンの側まで走って行った。


それは本当に兄を慕う一人の弟のようで。


立ち位置が変化しても、国籍が違っても母親が違っても繋がるものはあるのだなとユフィーラもその光景に微笑んでしまった。




ちょうどアフタヌーンティーの時間であり、ユフィーラ始めマウノとガダン、馬房にマウノの馬を連れて行ったダンにお茶を用意したアビーが集まり、フルーティー香る紅茶をお供にガダン作の色とりどりのお菓子がティースタンドに盛られていた。


マウノは王とは思えないぱっと無邪気な表情でティースタンドを見つめている。



「兄者がこんなにも細やかで可愛らしく美味しそうなお菓子を作るなんて…」

「そうなんです!ガダンさんの手先の器用さと繊細な手法による至極のこの時間は毎日の私の癒しであり楽しみなのです!」

「羨ましい限りです。…私も即位せずに出奔してればもしかしたら…」

「いや無理だろ。誰が王になるんだよ。他の兄妹すら知らんが」

「まあ。マウノさんをそこまで言わせてしまうガダンさんに私は自慢どころか、どうだと胸を反り返したくなる勢いですね!」

「ふはっ。ユフィーラさんの兄者自慢を聞いてると私も胸を存分に張りたくなりますね。そして残念ながら私より有能な兄妹は居ないのですよ」

「流石のガダンさんも認める程の弟さんなのですねぇ。色々な柵がある中で、マウノさんがどうにかしてでも会いたくて来てしまうのは料理だけでなく、ガダンさんの人柄がものを言うのでしょう!」

「それはもう。他とは比べることすら烏滸がましいくらいです」

「体中痒くなるから止めてくれ」



元々これでもかと使用人達を自慢し褒め讃えるユフィーラに、ガダン命なマウノが更に上乗せベタ褒めしてしまうので、ガダンは苦笑しながら居心地の置きどころが彷徨い気味になっている。



「マウノさんはもう即位されたのですよね?今はある程度自由に動いて問題ないのですか?」



ユフィーラの向かい側で嬉しそうにティースタンドからガレットと取り出すマウノが視線を合わせて微笑んだ。


応接間へ案内する間、マウノからはこの屋敷だけでは固有名詞の呼び名でなく名前で呼んでほしいと再度ユフィーラ始め皆にお願いされていた。公の場では流石に憚られるが、今後自分の名を呼ばれることは極端に減るだろう未来に、マウノとしてはガダンは勿論、ガダンが大事に思っている周りにも同じ様にして欲しいのだと開口一番に言われたのだ。



「大体がおおよそ目処がつき私の周りが上手く纏めてそれぞれ動いてくれているので今だけは。今後は立場上どうしても動き辛くなりますが、それでも何かに理由をつけてはどうにか兄者に会いに来たいと思っているのです。私が一個人でいられる唯一の相手ですので。それにここの防壁魔術の素晴らしさは私の宮殿以上ですしね」



そう答えながらマウノはガレットの香ばしいバターの香りを楽しんだ後、サクリと口に入れてより微笑みが深まった。



「兄者や私の風貌の色合いが他国に意外に知られてないことでご理解されていると思いますが、今までがあまりに閉鎖過ぎたんですよ、我が国は。無駄に周りを警戒してるのに詳しく調べることもなく、なのに自分の国が一番なのだと信じて疑わない……ああ、このバターの深みが素晴らしい」



残りのガレットをひょいっと口に入れたマウノが「兄者、これ余っていたら持ち帰っても良いですか?」と目をきらきらさせながら尋ねている姿が、まるでイーゾのようだとユフィーラは微笑ましく見てしまう。



「多めに作っているから好きなだけ持ってけ。確かに排他的な国ではあったからなぁ」

「ええ。ですがこれからは変わります。賠償の支払いを終えたら、今後はトリュセンティア国と特に良好な関係を築かせていただきたいものです。その為に私は今以上に精進しなければ」

「まあ」

「おいおい。そんな急にあれこれ変われるもんかね」

「兄者が居る国だから、だけではないですよ勿論。トリュセンティア国王の穏やかな風貌から発せられるそれだけではない王の器が私が目指す王たる思考ととても似ているからというものもあります。そして兄者の慕う人々が居る国ということが後押しですね。兄者の慧眼は間違いないですから」

「信者の私よりも奥が深いですねぇ」

「いやぁ、恐れ入ります」

「おいおい…」



ガダンがわざとらしく肩を落としながらカウンターに肘をつく。



「マウノは元々聡明だが、併せて周りを動かす行動力と強靭な忍耐力、人を導く力が加わればあの国もやっと変われるだろうよ。数多の理不尽や不当な出来事を減らしていってくれ。出奔した俺が言うのも何だがな」

「はい。当然です。私が度々ここに訪れても、それを文句言わせないくらいは導き続けますよ。それに今回の件を掲げて膿を片っ端から引きずり出しましたからね」

「そうかい」



普段ゆったりと時折り間延びするようなガダンの口調が対マウノだと無くなるのだなと、もしかしたら元々はこのような話し方だったのかもしれないとユフィーラは思いながらフィナンシェに舌鼓を打つ。


その後はアビーの淹れる紅茶の種類やダンと馬の話で盛り上がり、途中参加のランドルンとは魔石と魔力に関しての談義が繰り広げられた。


始めこそ使用人達は最低限の敬意を払ってはいたが、マウノの屈託のない話し方と対応で元々癖の強過ぎる彼らはあっという間に打ち解けて賑やかな場となった。







不定期更新です。

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