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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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切り札降臨 1






ユフィーラの記憶が戻り数日が経った頃。

王宮より登城の通達が来た。


その通達はテオルド宛ではなく、ユフィーラ個人ということで首を傾げていると、テオルドと連絡が来たことを聞き訪れたハウザーから七属性に纏わる事の顛末を聞いたのだ。



「まあ…そんな仰々しい扱いになってしまうのですねぇ」



頬に手を当てながらそう答えたユフィーラの第一声にハウザーが肩を竦める。



「お前は相変わらずだな」

「他にこれといった感想が無いもので」



手を当てていた頬と逆の頬にテオルドが触れる。



「俺も勿論共に登城する。あいつが国王の権力を行使するなら、この国から出るまでだ」

「その時はここの使用人全員も一緒よ!」



アビーが拳を握りしめながら満面の笑みで言い、ユフィーラが目を丸くして周りを見渡すと皆が一様に頷いている。



「この国が一気に廃れるな」

「そんなハウザーも出る気満々の癖にー。僕もだけどねー」

「俺もだ。ネミルから離れてまでここに居る理由はない」



ハウザーと共に来ていたギルもにんまりと三日月型に目を細めるがその目は全く笑んでおらず、イーゾも無表情で同意している。



「なら私も専属医という名目で共にさせてもらおうかな」



今朝ユフィーラの定期往診で訪れていたリリアンですら、優雅に紅茶を飲みながら微笑んで言う表情は冗談ではないようだ。




ユフィーラとて、テオルドの傍から、そしてここから離れるつもりは毛頭ない。


だが、国王始め重鎮の一部にしか知られていなかった法とはいえ、テオルドが言うように半ば脅すような形で遮断してしまう方法しかないのかと考えるとユフィーラは何となく気分が落ちてしまう。


今回の件ではジャバル国の王族を早々に引き摺り出し国問題を早々に終結させたことは王国側の迅速な対応が功を奏したのは事実だ。


ユフィーラの脳裏にふと微笑んだ時の目尻の皺が素敵な国王の顔が浮かんだ。


正直なところ、テオルドと離れるという選択肢は無い。

それでも何とか双方しこりのない方向で上手く纏まる方法はないだろうか。


王妃を『奥さん』と優しい笑みで呼ぶ国王が褒めてくれた保湿剤への称賛。

婚姻式にも個人的に祝いたいとわざわざ転移して来てくれた。



その流れでとあることを思い出す。

ユフィーラの頭の中に一つの解決の手段になるかもしれない考えが思い浮かび、一つ頷いた。



「多分、そう揉めることなくご了承いただけるかもしれません」

「フィー?」



少し首を傾げながら聞いてくるテオルドにユフィーラはピンと人差し指を立てた。



「項目には入っておりませんでしたからね!」



その言葉に今度は全員が首を傾げた。










「やあやあ、久しぶりだね」



そう声をかけてくれるドルニドの微笑む目尻の皺が相変わらず魅力的だなとユフィーラは思った。


通達が来た翌日、ユフィーラはテオルドと共に王宮に登城した。更に共に行ってくれると言ったハウザーとギルに正門前で会い、揃って謁見室に向かった。


謁見室の玉座に座るドルニドの姿は国王に相応しい豪奢な装いであるが、微笑むその姿はユフィーラにとってはあの街で出会った時の表情と変わらず同じだった。


貴族式のカーテシーができないユフィーラは、ゆっくりと深く頭を下げた。



「ご無沙汰しておりました、国王様。此の度は迅速な対応で収束していただいたと聞いております。ありがとうございました」

「いやいや。それでももっと事前に予測して早く動いて把握するべきだった。ユフィちゃんには大変な思いをさせてしまって申し訳ないね」

「いえ。相手は兵器とまで言われていた魔石、尚且つ人の目を避ける魔石すら所持していたのです。範囲が国単位にならなかったことがせめてもの幸いと考えます」

「ユフィちゃんがそう言ってくれることで、私を少しでも気持ちを軽くしてくれるんだね、ありがとう」



ドルニドが困ったように微笑む。



「そんな君に対して私や一部の重鎮しか知らない法を行使するのは非常に心が痛むんだ」



ドルニドの言葉にユフィーラも笑みで返す。


テオルド曰く今回の件でギルよりは劣るものの、それなりの工作員を増やして対応していれば、ゲイルが事を起こす前に止めることは可能だったのだと言う。それでも一国の王の立場として、ある程度確実な情報を元に動かなければならない。しかしテオルドにとってはそれは関係ないことで、元王族であるハウザーも同様の意見ではあった。


だがこれは今回矢面に立ったのがユフィーラだからこその意見だ。


とはいえ、この二人…併せて元精鋭魔術師の使用人と元懐刀のギル、そしてその界隈で奪い合いする程の名を売っていたイーゾが離れるとなると痛手どころの話ではないだろう。


もしこちら側が脅迫に近い流れで国王が条件を呑んだとしたら、今後何某かの蟠りが残るのではないだろうかと考えるとユフィーラとしてもすっきりしない。



だからこそユフィーラは今手元にある手札と自分の穏健な部分をユフィーラらしく最大限に活用しようと国王―――ドルニドの顔を正面から見据えてにこりと微笑んだ。



「その件をお話する前に、確認したいことがあります。お尋ねしても宜しいですか?」



ユフィーラの言葉にドルニドが「いいよ」と鷹揚に頷いた。



「国王様並びにトリュセンティア国の重鎮の方々は私の身に起こったこと…今回だけでなく、この国の国民となる以前のことも踏まえて何処までご存知なのかをお聞きしたいのです」



王座の肘掛けに肘をかけて頬を支えていたドルニドが、体を真っ直ぐにして胸元下で手を組んだ。



「それはユフィちゃんの経歴みたいなものかな?」

「はい」

「大体は把握しているよ。イグラス国出身、元男爵家の嫡女ながら約十六年間不遇の環境を強いられてきた。逃亡後トリュスの森でハウザーと出逢い、後見人のような形としてトリュセンティア国の平民として登録し国家資格の薬師になった。そして病を経てテオルドと婚姻」



ドルニドは流暢にユフィーラの過去を話していく。

ハウザーやテオルドといった国の要である人物達との関わりのあるユフィーラを調べないわけはない。ざっと大まかに説明してくれたが実際はもっと詳しく知っているのだろう。


ユフィーラが頷くと、ドルニドは人当たりの良い微笑みで続ける。



「だけど今回のことに関してはね、途切れ途切れなんだ。ジャバル国潜入の報告を聞いている時にテオルドが飛び出していった。ハウザーも続いて出て行き、連絡魔術でゲイルが奇襲したことを聞いてすぐに私も影を向かわせた」



ドルニドが組んだ手の指先をとんとんと継続的に動かす。



「影が追いついた時、防壁魔術によって施された認識阻害の影響で普段は全く見えないテオルドの屋敷の一部が見えて、これは緊急事態だと思った矢先、今までに感じたことのない巨大な魔力の顕現に体中が怖気立ったと言っていたかな」



国王の影が辿り着いた時はユフィーラがもう覚醒した時だったということだ。



「透視魔術の応用。それを使用して何が起きているかを確認すると、…ユフィちゃんがゲイルに制裁を加えている場面で、周りを見ると皆が呆然としていたと。ゲイルがユフィちゃんの魔力を狙っているという話を聞いていたから、皆が傷つけられたことで箍が…他にも今までの色々な思いが弾け飛んだ感じなのかな」



ドルニドが少し眉を下げて微笑む。



「少し後に国王軍が追いついたことで、影は現状を鑑みて自分が出張る必要はないと判断し、国王軍に後を任せて報告に戻った。これが僕が知っていることだね。テオルドもハウザーも皆何もその後の話をしてくれないから困ってたんだ。でも二人がそういう対応をとるということはユフィちゃんの状態が芳しくないと判断して時を待っていたんだ」



ユフィーラは傍にいるテオルドを見ると、軽く首を横に振られた。その後のユフィーラに起きたこと、記憶が逆行したことを知らないということなのだろう。ハウザーを見ても同じくという感じで頷かれた。



ユフィーラは向き直りドルニド…トリュセンティア国現国王を見つめた。



温和な笑顔と聞き心地の良い声音だけをみると、とても国王には見えない。

誰にでも気さくで貴族のような出で立ちに見えるドルニドの姿はほんの一部であり、その実態は温厚そうな風貌とは真逆の位置にあるとハウザーとギルは言う。


狡猾で老獪。常に何通りもの策を頭の中で組み立て状況を鑑みながら選択し笑顔で制裁を下す冷酷無比で非情な一面を持ち合わせるドルニドは一国を統べる王なのだ。優しげな見た目に騙された人間は後を絶たないと言っていた。


ユフィーラが今まで関わったドルニドは、王ではない人間らしい部分だけなのかもしれない。今から対話するのは、その彼でなく国王ドルニドなのだ。



それでも。


ユフィーラはゆっくりと瞬く。


ユフィーラはユフィーラでしかない。


相手が平民だろうが貴族だろうが王族だろうが、言葉遣いや言い回しは変わっても伝えたいことは同じだ。



ユフィーラが望むことはたった一つ。



テオルドの傍にいて共に生きること。

心を許せる元精鋭魔術師達や恩師と共に歩むこと。



それを阻む者は。

誰であれ回避する。



ドルニド…国王には絶対に折れてもらわなければならない。

遺恨を残さず何が何でも穏便に。



ユフィーラは淡く微笑みながら口を開いた。



「ジャバル国元第一王子が襲撃に来た際、私はリリアン医師の診察を受けていました」



診察と聞いたドルニドが僅かに首を傾げた。



「とてつもない地響きと何かが破壊される音。窓から外を見ると強固な防壁魔術の一部が壊れていて、その先に元第一王子が居ました。私は皆が止めるのを振り切って対峙しました……あの時の行動に後悔はありません」



胸がぎしりと軋み眉を寄せそうになるが耐える。



「旦那様からいただいた装飾品を始め皆さんの迎撃のおかげで何度か攻撃は防げましたが、相手の魔石の威力と数に太刀打ちできなくなり、私は彼に捕らえられ暴行を受けました。――――お腹への強烈な打撃と魔力吸収です」



ドルニドの眉が寄り、ユフィーラは知らずのうちに視線が下に下がりそうになるのを鼓舞して正面に戻す。



「旦那様や先生も駆けつけてくださり応戦してくれましたが、禍々しい魔石攻撃の連続に皆が重症を負い、その衝撃的な現実に私の中の何かが砕かれて覚醒したのです。…そこからは影の方がみた通りです」



ユフィーラは胸が引き絞れそうになるのを今は見ぬふりをして言葉を続けた。



「国王様。私は覚醒している間、神経は研ぎ澄まされていましたが、…人としての配慮は完全に抜け落ちていて、通常の私ではありませんでした。それと使ったことのない様々な魔術が何故使えたのか……どのように操作したのか記憶が不明確なのです」



ドルニドの瞳が僅かに開いた。ユフィーラの言葉の真偽を確かめているのかもしれない。


ユフィーラが学ばずしては会得できないだろう魔術が使えたのは、精神的に追い詰められたことの覚醒と、膨大な魔力顕現によって魔力の在り方を知ったのだろうとハウザーは言っていた。綺麗だという理由から魔術の織をいつも追っていたことが脳裏に記憶されており、それがどう動いて魔術を生み出すのか限定的に理解できてしまったのだろうと。


だが今のユフィーラには潜在的な魔力がまだあったのだとしても、それを巧みに操る術も方法も思い出せなくなっていた。


恐らく喪失。


共に消えてしまったのだろう。




「記憶はともかく膨大な魔力は未だに潜在されているのではないのかな?」

「確証はありません。そもそも魔術そのものを使えないのならば宝の持ち腐れではないでしょうか。私はしがない薬師であり、それは今後も変わりません」

「そうだとしても可能性がある限りは国で保護という形になるんだ」



まるで幼子に優しく諭すように話すドルニドにユフィーラは笑みを崩さずに返す。



「七属性と膨大な魔力がある限り、ですね」

「うん、そう。それが存在する限り国で守り、君の秘めた可能性を見守る義務があるんだ」

「私が望まないものだとしてもですか?」

「そうだね。国の法がそう定めている限りは」

「そして何より大切な人達と居場所から引き離されてしまうのですか?」



ユフィーラの直球の言葉にドルニドが苦笑する。



「住む場所は王宮にはなるけど、伴侶や大切な人達には何時でも会えるよ」

「そうだとしても王宮からは出られない、と」

「そうなるね。君はそれほどに国にとって希少な存在となってしまったから」



すぐ傍に居てくれているテオルドと近くに居るハウザーが微かに身じろぐ気配を感じ、ユフィーラは僅かに首を横に振った。


謁見する際、本当にどうしようもなくなるまではドルニドとさしで話させて欲しいという我儘を二人が配慮してくれていることにユフィーラは心から感謝をする。



「その希少な存在の心境は加味されないのでしょうか」

「王宮から出ない、以外ならば殆どが可能だよ」

「実体も心境も隔離と何ら変わりません」



ユフィーラは優しい表情ながらも国王の顔をしているドルニドから目を逸らさずに笑みを消した。



「ようやく掴んだ、…自身で勝ち取った幸せを、……何であっても誰にであっても奪われたくはありません」

「…それでもなんだ。君も―――」

「男爵時代と何が違うと言うのでしょう」



国王の言葉を遮ることは不敬であることは承知していたが、それでも会話の舵を取られるわけにはいかない。



「望まない場所。望まない扱い。望まない生き方の強要。私にとってそれは綺羅びやかな王宮の中でも黴の匂いが蔓延る納屋でも変わりないのです」



男爵時代に寝起きしていた場所が部屋ではないことに驚いた様子のドルニドから視線を逸らさずにユフィーラは続けた。



「覚醒後、私の七属性は記憶を含めて潰えたと感じています。潜在魔力に関しては未だに秘めているものがあるのか確証はありませんが、七属性が使えなければ魔力は宝の持ち腐れです。国宝を使用して属性を調べてもらっても構いません」

「それでも潜在しているかもしれない魔力を顕現させてみないことには七属性の有無の確証も無いよ」

「では何れその魔力を引き出す手段を施工されるのですね」

「そうだね」

「その方法は恐らく一つしかありません」

「一つだけかい?」

「はい。それは私を精神的に極限まで追い詰めることです」



その言葉にドルニドだけでなく周囲の重鎮達の息を呑む声が耳に届く。



「約二十年間、色々な出来事があっても魔力を秘めていたことすら知らない状態で過ごし、一度も顕現することはありませんでした。奇しくも過去の経験が精神を鍛えていたのでしょう。私はもう一度あの辛い仕打ちを受けるのでしょうか」



それは暗にまたユフィーラの心を壊す、即ちテオルドや皆を窮地に追い込ませるということになると同義だ。

今までどんなに理不尽に酷い扱いをされてもユフィーラの潜在した魔力が滲み出ることはなかったのだ。


それにその内容を実行する相手が相手だけに実質的に困難で不可能に近いということを、ドルニド始め重鎮達も理解したのだろう。



「…それは君に対しても勿論だけど、相手に対して施工することも難しいかもしれないね。でも方法は他にあるかもしれない」

「もう一つ。七属性が喪失しただろう理由があります」

「もう一つ?」



ドルニドの返しにユフィーラは頷く。



「国王様は私がトリュスの森からの加護を受けていることはご存知ですか?」

「ああ、聞いているよ。というか婚姻式の時のあの幻想的な場面に遭遇したら信じるしかないだろうからね」



あの現象はユフィーラだけでなく、ハウザーが魔術を展開してくれたことも理由の一つであるだろうが、敢えて言わないでおく。言葉が足りないことは嘘ではないのだ。



「私も今まで確証めいたものは無かったのですが、婚姻式始め病の時、そして今回のことでトリュスの森の加護というものを改めて実感しました」

「今回?トリュスの森に行ったのかい?」



ドルニドが首を傾げる。



「今回の襲撃で私は覚醒したと同時に精神的な暴走の気配も見せてました。…きっと今まで溜めていたもの…ずっと秘めていた様々な思いが噴き出したのでしょう。それを…一つの命が、」



まだ塞がらない心の傷口から流れ出る血を感じて目元が潤むがユフィーラは下を向いてお腹に手を触れ撫でることでやり過ごし、再度視線を戻す。


もうここには居ない、とても愛しい存在。



「ここに居た…私の元に舞い降りてきてくれた命…がお腹への攻撃で致命傷を負いながらも、暗闇に堕ちていく私に光を射し救い出してくれました。―――私の暴走を抑えてくれたのです」







不定期更新です。

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