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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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最愛の誕生の祝い






朝晩の寒さもだいぶ緩和され春の息吹がそこかしこで芽を出し始める頃。



今日は以前ハウザーから聞いたユフィーラの誕生の日だ。


事前にハウザー始め屋敷の皆にも声をかけ、盛大ではなくユフィーラを慕う皆で食事会をしようという話になっていた。



今ユフィーラはアビーとパミラと共にアリアナ嬢の元へ行っている。


ユフィーラが逆行した直後にたまたまアリアナ嬢から手紙が届き、今の現状を大まかに伝えた。


過去のことを鑑みて、アリアナ嬢から暫く自分は会わない方が良いのではと言われた。


というのも、過去男爵時代に異母姉からの虐待の話を本人から聞いていたらしく、思い起こさせることが忍びないとのことの理由だった。



だが最近になって、ユフィーラがアリアナ嬢という友人がいることを知り、自ら会いたいと希望し、ちょうどアビーあたりに一度外出してもらう手筈を頼もうとしていたので、その機会に乗らせてもらった。



数刻後、夕方になる頃にユフィーラは帰ってきた。


何故か着て行った服装とは異なるワンピース姿で帰ってきたのだ。


少し興奮していた様子で「初めて出来た友人ということで、緊張しましたがとても楽しかったです」と目をきらきらさせながら報告してくれた。


何でも訪ねた時に伯爵令嬢だと聞いていたのに、出迎えたのはワンピース姿のアリアナ嬢ともう一人の友人モニカ嬢だったのだと言う。


今では昔の自分のことを聞くことに躊躇いがないユフィーラは色々とアリアナとモニカから話を聞き、いつか三人でお揃いのワンピースを着ようという話題から、ようやく出来上がったワンピースに関しての手紙を送ったとのことだったのだ。


そして三人で同じ形の色違いのワンピースを着ながらお茶をして話を沢山したのだという。


終始話すユフィーラの瞳には憂いが見られなかったので、本当に楽しんだのだろう。



「じゃあ、折角だから贈られたワンピースで祝うとしよう」

「祝う、ですか?」



首を傾げたユフィーラの手を取り、テオルドはそのまま食堂へ連れて行く。



「お、来た来た」

「ユフィーラさん待ってましたよ!」

「何時もよりめかしこんでるな」

「遅いよー待ちきれなくて飲み始めちゃってるよ」

「へえ。似合うな」

「素敵なワンピースだな。とても良く似合う」



食堂にはダンやネミルの他、何故かハウザーやギル、イーゾとリリアンも居た。



「あ…こんにちは。…皆さん今日は何かの集まり、でしょうか」



ユフィーラは何故皆が集まっているのか分からず頭の中が疑問符だらけのようだ。



「はいよーこれで全部ね」

「久々のビュッフェ」

「ですね。酒の種類も豊富で楽しみですね」

「おい、満遍なく並べてくれ」



厨房からはガダンがどんどん料理を運び、それをブラインとランドルン、ジェスが運んでいる。



一度部屋に戻ったアビーとパミラも戻ってきた。

食堂に居る皆を見渡したユフィーラがテオルドを仰ぎ見た。



「テオルド様、今日は何かの催し物なのですか?」

「そうだな。皆が集まってくれた」



そう言って、テオルドはユフィーラを食堂中央に誘う。


ユフィーラはテーブルに並べられた大皿の料理の数々や、テーブル中央に小さなケーキが大きなケーキを表現するかのように並べられている状態に目を煌めかせながら見ている。


中央に進んだテオルドがユフィーラと視線を合わせた。



「今日はユフィーラが誕生した日だ」

「…え」



誕生という言葉にユフィーラが目を見開く。



「お前自身ちゃんとした日付を覚えていないかもしれんが、俺がユフィーラに会った時に数日後に十六歳になると言っていた」



ハウザーの言葉にユフィーラが更に目を丸くする。



「私が、…」

「ああ」



テオルドは握っていない手でユフィーラの頬を撫でる。



「今日がユフィーラの誕生日だ。―――――誕生日おめでとう」



ユフィーラの綺麗な紺色の瞳が割れんばかりに見開かれる。



「テオル、ド様…」

「何より俺と出逢ってくれてありがとう」



重ねた言葉にユフィーラの瞳がぶわりと潤んだ。



「ユフィーラが生まれてくれたことを祝おうと皆が進んで集まってくれた」



テオルドの言葉に、周りから一斉におめでとうと言う言葉が溢れた。




直後だった。


ユフィーラの紺色の瞳からぼろぼろと涙が流れる。

それはまるで今までの流したかった、でも耐えてきた涙が湧き出てしまったかのように。



「あ、あり、がとっ…う、ございま、す…!」



ユフィーラの顔がくしゃりと歪む。

それは今のユフィーラからは有り得ないくらいの感情の顕れだった。


ひっくひっくと嗚咽を抑えられない中でも、何とかお礼を言葉にしようとするユフィーラに一同の胸が潰れそうになる。



「私、なんか……いえ、私の、為に…っ…こんなに、素敵な場、を、設けて下さ、…って…心から、嬉し、い気持ち…でいっぱいです」



そう言って頭を深く下げた。


周囲からも鼻を啜る音が聞こえたが、テオルドはぐっと堪えながらユフィーラの目線に合わせて屈み、優しく頬を撫でる。



「生まれてくれてありがとう。俺と共に居てくれてありがとう」



その言葉にユフィーラは再度目を見開いてくしゃりと顔を歪ませながら頷き、ひっくひっくと涙を流す。後方からジェスにハンカチを渡されたので、ユフィーラの目元にそっと当てる。



「さあ、乾杯しよう」

「っく…か、んぱい、ですか?」

「ああ」



その言葉にジェスとアビーが皆にグラスを渡していく。


テオルドとユフィーラも受け取り、テオルドは皆にグラスが行き渡ったことを確認してグラスを掲げた。



「今日はユフィーラの為に集まってくれて感謝する。ユフィーラの誕生に、乾杯」



周囲から乾杯の言葉が重なる。



「か、乾杯。…ありがとうございます」



そう言ってユフィーラも皆と同じ様にグラスを僅かに上げてから口を付けた。



「さあ、ここからはいつもどおり無礼講だねぇ」



ガダンが発した言葉を皮切りに皆がわらわらとそれぞれ食べたい物の場所へ移動し始めた。



「テオルド様、これは…」

「ああ。ビュッフェと言って、自分で皿を取って好きなものを好きなだけ食べられる食事の形式なんだ」

「好きなものを好きなだけ…」



テオルドの言葉を繰り返すユフィーラは瞳をきらきらと輝かせる。



「俺達も食べよう」



テオルドはユフィーラからグラスと受け取って、手を引いた。一月前のように手順を踏まなくても強張ることが殆どなくなったユフィーラは少し恥ずかしそうにしながらもテオルドの手を微かに握って付いてくる。テオルドは笑みを溢しながらカトラリーの場所へ移動した。



「チキンの唐揚げのバリエーションやばいね。白葡萄酒に合いすぎる」

「タルタルソースが最強だな!肉がより上手い!」

「シャキッと葉野菜とシーフードのプリプリ感が絶妙だわー」

「ディップの上に生野菜を乗せるな!」

「ドレッシングと変わらないからいけるでしょ」

「ほう。敢えて高級な肉を揚げるとは…」

「しかも串に刺さっているから野外感があって新鮮ですよね!」

「あーこの発泡葡萄酒ちょっと癖が強いのに、喉越しが爽やかになるとか、なかなかやるねぇ」

「グラタンが五種類…どこから攻めれば…」

「蒸留酒とこのカナッペの組み合わせ良いねー」

「凄いな…ビュッフェ形式がこんなに楽しいものだとは…!」

「どれだけ皿に盛るんだ、お前は」



彼らは相変わらず好き放題飲み食いして楽しんでいるようだ。ユフィーラもそわそわしながら、テーブルに並べられた様々な料理を眺め、ちらっちらっと周りを見ながらも、食べたいものを取っていく。



「お、ユフィちゃんのお皿もこんもりだね」

「っ…つい、美味しそうで、あれこれ乗せてしまいました」

「はは!私もだよ、見て。これでも我慢したんだ」



リリアンはユフィーラより更にこんもりと乗せられた結構な量が乗った皿を見せ、ユフィーラはその量に驚いていた。



「リリアンさん、とてもスリムなのにそんなに食べれるのですか?」

「ああ。しっかり食べるね。もしかしたら一般男性の量と大差ないかもしれないな」



スラッとした体型のリリアンがにっこりと微笑んで、ユフィーラの皿を指差す。



「ユフィちゃんも沢山よそっているが、食べ切れるのかな?」

「…いける、はずです」



ユフィーラの皿には卵揚げと海老のサラダ、数種類のサラミ、そしてチキン揚げにたっぷりタルタルソースをかけている。中身が以前のユフィーラの嗜好とほぼ変わっていないことにテオルドはつい微笑んでしまう。


共に椅子に座り、相変わらず小さな口を大きく開けてもぐもぐと頬を膨らませて食べる仕草は堪らなく可愛い。



「美味いか?」

「っはいっ、おいふぃ、です…!」



いつもユフィーラが美味しそうに口を動かしながら、つい口に出して喜びを紡ぐ言葉と同じことに、嬉しくなるのと同時にテオルドは切なくなった。


ユフィーラは目をきらきらさせながら食べ、皆が談笑しながら食事をしている風景を満たされたような表情で見つめていた。




賑やかなで穏やかな時間が過ぎた頃だ。パミラがテオルドに目配せをしてきたので、頷く。



「じゃあ、先ずは私からね」



側まで来たパミラにユフィーラは首を傾げた。



「ユフィーラ、お誕生日おめでとう。はい、誕生日の贈り物」

「…贈り、物…?」



パミラが差し出した少し大きめの包装された包みを反射的に受け取ってしまったユフィーラが目を丸くする。



「そう。誕生日には皆から心の込もった贈り物って相場が決まっているの」



微笑むパミラにユフィーラが目を見張る。



「心の、込もった…」

「うん。開けてみて」



パミラの言葉にユフィーラはまだ良く理解できていないようだが、言われるがまま包装を丁寧に開けていった。



「……夜着、ですか?」

「当たり」



それはユフィーラが好んで着るクリーム色よりも少し淡い色の滑らかな生地で出来た夜着だった。



「今着ているのは温かさ重視だけど、これからは暑くもなるから、ちょっと薄手のものもと思ったんだ」

「……」



ユフィーラは頭が追いついていかない様子ではあるが、その夜着に触れる仕草は大事な宝物のように触れている。


テオルドは首を傾げてユフィーラを見た。



「ありがとう、で良いんだ」

「…ありがとう?」

「ああ。それだけで十分思いは伝わる」



ユフィーラは綺麗な紺色の瞳を瞬かせながら、パミラを見る。



「あの、…パミラさん。素敵な、夜着を、ありがとう、ございます」

「うん」



パミラは微笑んでふわりとユフィーラの頭を撫でた。



「じゃあ次は俺だな。ルードとお揃いだ」



そう言ったダンからは、目の粗さは違うが同じ木目調の柄の櫛と馬専用のブラシだ。


ブラインからは薬草に合う肥料と小さなブーケ。


アビーからはちょっとしたお出かけの際に口元を彩る色付きリップのセット。


ジェスから華美過ぎないレースが絶妙な加減で入ったポーチ。


ガダンからは厨房を使用する時の使い勝手の良さとセンスの良いエプロン。


ランドルンからはお気に入りの書物を保管するための伸縮性のあるブックカバー。


ネミルからは劣化してしまう大事なものを保管して入れておけるガラスケース。


ギルとイーゾからはテオルドとお揃いの紺色と黒のグラデーションが美しいマグカップ。


ハウザーからは防御魔術が組み込まれた紺色に薄茶色の縁が美しいリボン。


リリアンからはユフィーラが好んで履くパンツスカートに合うアイボリー色のブラウス。


次々に手渡される贈り物にユフィーラは驚嘆といった表情であった。



「ユフィーラ。これは俺からだ」



テオルドが少し細長い箱をユフィーラに差し出した。


それは紺色の箱に薄茶色の花模様が入った包装紙、そして淡いアイボリー色のリボンで飾り付けられてある。これは包装せず箱だけを渡そうとしたテオルドにジェスが物申して作ってくれたものであった。



「テオルド様まで…」



皆からの贈り物でいっぱいいっぱいのユフィーラが胸を押さえた後、そっと両手を伸ばして受け取る。包装紙を丁寧に外してぱかりと蓋を開けた。



「っ…こ、れは…首、飾りですか?」

「ああ」



細い白金の鎖にユフィーラの小指ほどの魔石。紺色をベースに自分の黒色を魔術で混ぜたテオルド渾身の作品だ。


箱から取り出して自分の目線までユフィーラは掲げて見つめる。



「…濃い青なのに透明感があって、漆黒の割合が絶妙で…なんて、…なんて美しいのでしょう」



透き通る魔石よりも美しい紺色の瞳で見るユフィーラが目を瞠る。



「こんなに素敵な物をいただいて良いのでしょうか」

「勿論。つけてくれないと寂しいかもしれないな」



そう答えてテオルドは自分の襟元に手を入れてあるものを引っ張り出す。



「…!お、揃いですか?」

「ああ。お揃いだ。付けてくれたら嬉しい」



ユフィーラは目を見開き、テオルドの首飾りと同じ貰った首飾りを見つめ、そしてもう一度テオルドに向き直る。


驚きに混ざって歓喜が隠せない綺麗な瞳は潤んでいた。



「ありがとう…ございます…!あの、今付けても良いですか?」



その言葉にテオルドこそ歓喜が沸き起こる。周囲は温かい眼差しで二人のやり取りを眺めていた。



「勿論。留め具は首の後ろだから俺が付けようか。首に手を回しても大丈夫か?」

「はい。大丈夫、です」



それはユフィーラが急所の一つと言われる部分を曝け出す、つまりテオルドを信用しているから返ってくる言葉だ。テオルドはついつい表情を緩ませながらユフィーラから首飾りを受け取り、ゆっくりとユフィーラの首に手を回した。


ユフィーラは終始体を強張る様子はなく、テオルドはかちりと首の後ろで留め具を留めた。


当初は修復させたブレスレットと耳飾りを渡そうと思っていた。


だが、あれらは前のユフィーラがテオルドから贈られた大事なものを投げ売って皆を守った証。『本人』に渡したかった。


そして『今の』ユフィーラにも渡したかった。

大事なのだと、大切なのだと。

テオルドの唯一なのだと知って欲しかった。


少しひび割れた指輪は未だにユフィーラの手元に収まっている。これは後に二人で話し合って決めようと思っていた。



ユフィーラは下を向き首飾りにそっと触れ、きらきらと輝いた瞳でテオルドを見つめた。



「…素敵。…テオルド様とお揃いで嬉しいです。ありがとうございます」

「ああ」



少し頬を赤らめたユフィーラの頬に触れながらテオルドは微笑んだ。その笑みを見たユフィーラはより頬を染めながら恥ずかしそうに俯く。その仕草にテオルドは余計蕩けるような表情になってしまった。







不定期更新です。

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