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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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最愛と皆の新たな生活 2






「いただき、ます」

「はいよー」



ユフィーラの食事の挨拶にガダンが軽く答える。


早く目が覚めてしまったユフィーラが降りてきて、そっと食堂を覗いてきた。

元々男爵時代には日が昇る前から起きていたと以前聞いていたが、部屋でゆっくりしてから食堂に降りて来るという習慣は今のユフィーラにはまだわからないのだろう。


ガダンも元々早い時間から動くのが癖になっているので、覗いていたユフィーラに声をかけて朝食を提供した。


まだ早い時間なので食堂にはユフィーラ一人だ。ガダンはいつもカウンターから皆が食事をする様子を見るのが日課であるが、流石にユフィーラ一人を観察するようで食べにくいだろうと思い一度厨房に入った。


そして一通り準備と片付けを終えた後にそっと食堂を見てみると、ユフィーラがミルクパンを千切って口に入れるところだった。


千切ったパンがそこそこ大きめだったのだが、ユフィーラは一口で口に入れ、柔らかそうな頬を膨らませながらもぐもぐと一生懸命動かしている姿が爆発的に可愛い。


ごくんと飲み込んだ後に、ふと口元に手を当てながら、口元を緩めている顔を見たガダンは何だか目の奥がツンとしてきて、さっと厨房に戻った。

それでもやっぱり見たい気持ちが勝って、もう一度そっと見ると今度は少し大ぶりなソーセージをまたもや大きめにカットして口に入れ、今度は大きかっただけでなく中の肉汁の熱さも相まって、顎を上げながらはふはふ空気を取り込んでいる姿にまたしてもガダンはささっと厨房に戻って頭を抱えて悶えた。



(わかっていて、何であんな大きい一口で挑むのかねぇ…)



噴き出しそうな口も手で覆いながら何とか堪える。



(ああ…ユフィーラは何も変わらない)



今の『ユフィーラ』になってから初めて提供した料理は以前ガダンが風邪を引いた時に作ってもらったお粥だった。消化が良いからということは勿論だったが、今のユフィーラと前のユフィーラが共に在れと言う、何となくガダンの願掛けのようなものだったのかもしれない。


ユフィーラが『初めて』ガダンの作った食事を食べた時の表情は生涯忘れることはないだろう。


温かい食事自体の経験がない為、すぐに口に含もうとしたのを熱いから息を吹きかけてからと教えると、今度は息の吹きかける加減がわからず、それでも四苦八苦しながらふうふうと吹きかけて、一口食べた時の瞳の輝きと思わず綻びそうな口元、美味しいと言った後の潤む瞳にガダンは歓喜で叫びそうになった。


この顔を今までも、そしてこれからもずっと見ていたくて、ガダンはレパートリーを増やしたり食材にこだわったり、今まで以上に心を込めて作ろうと思ったのだ。




ガダンは覚醒したユフィーラから「目的は私だった」と伝えられたとはいえ、今回の件において巻き込んだ一因だと当然思っているし、この先ずっと己を責め続けるだろう。それでもそれを背負って後ろ向きでなく前を向いて全部受け止められるように努めようと誓う。



食堂の方から数名の使用人の声が聞こえてきた。


ガダンはしれっと食堂に戻り、他の皆に声をかけてから食事を提供するため厨房に戻って準備を始める。今度は堂々と皆の食事風景を眺めようと考えていると、「言っておいでー」とパミラの声が食堂から聞こえた少し後に「…あの」と厨房近くから声を掛けられたので振り向くとユフィーラが入口付近に居た。



「ん?どうした?」

「えっと…皆さんのご飯…食事を用意する、際に、もしスクランブルエッグが残ったら、…お代、わりが欲しい…です」



最後の方は尻窄みになり俯きながら頬を染めている姿にガダンは強面の顔をこれでもかと緩めてしまう。



「ああ、勿論。卵料理の中で一番好きか?」

「はい。…あ、オムレツ…マッシュルームとベーコンとチーズの入ったのも、好きです…あ、半熟卵も…」

「はは!」



もうガダンは畏まりながらも好きな卵料理がどんどん増えていくユフィーラを抱っこしてくるくる回したくなるくらい可愛過ぎて仕方なかったが、ぐっと我慢しながらも思わず手を伸ばしてよしよしと撫でてしまった。


ユフィーラはその手を見つめても凝視することなく頬を染めたまま、俯き加減に撫でられるままだ。



「量は多めに作っているから問題ない。明日はどの卵料理にしようかねぇ。…ユフィーラが決めてくれるか?」



その言葉にぱっと顔を上げて瞳を輝かせながら「い、良いのですか?」と聞いてくるので微笑んで頷くと、「お、オムレツでっ」と悩まず即座に出た要望に噴き出してしまった。



「ふはっ。了解。マッシュルームとベーコンとチーズ入りだな」

「っ…は、はいっ。よろしくお願いします」



更に瞳を輝かせながらユフィーラはぺこりとお辞儀をした後にガダンを改めて見た。



「ガダンさん、が撫でてくれる時、何か甘い香り?みたいな優しい、感じがします。先生、と似ています」



ガダンはぶわっと目元が湧き出るような感覚に焦り、「そうかい?ありがとねぇ。じゃあ今から作るからちょっと待っててな」と早口で答え、目を逸らしながら割った卵を高速でかき混ぜ、同時に高速で瞬きをした。



(あー…やばかった。ガツンときた。俺も年なのかねぇ)



そう思いながら、ガダンは泡立つ手前まで卵を混ぜ過ぎてしまった。




****************************************




「あ。ここに居ました」

「…!」



その日ネミルが昼食を摂りに食堂へ行くと、ユフィーラがまだ来てないとガダンから言われ、ユフィーラと共に食事をしようと屋敷の外へ探しに出た。



(…以前の僕と同じ状態、なのかもしれない)



ネミルがこの屋敷に来た当初、皆からの対応に嬉しい反面どうしたら良いのかがわからずに心がいっぱいになって苦しく感じることがあった。その時に一人に慣れる場所――――屋敷にある小屋の裏に避難していたことがあったのだ。


もしかしたら同じ場所に居るのかもしれないとネミルがその場所に向かうと、案の定小屋の裏の観葉植物がある所にユフィーラがしゃがんでいた。



「なるほど…鬼の気持ちがわかったような気がします」

「鬼、ですか?」



ユフィーラがバツの悪そうな表情をしながらも首を傾げていたので、前にユフィーラから聞いた鬼ごっこという遊びをそのままネミルは話した。



「そんな遊びがあるんですね…」

「らしいですよ。僕はしたことないですけど」

「そうなんですか?」

「はい。僕はちょっと特殊な環境だったんです。ある意味ユフィーラさんと似ているのかもしれない」

「私と…」

「閉鎖的な場所で生まれて育ち、自分の意思では何もできませんでした」



ネミルは自分の環境を話し始めた。



「――――結果、僕は沢山の人を傷つけて、犯罪の片棒も担いでいた。それでも主様の配慮でこの屋敷に雇ってもらえることになったんです」



ユフィーラはまさかと言う風に目を丸くしながらも、ネミルの話を遮ることなく頷いて聞いていた。そこには侮蔑や嫌悪の眼差しは一切無い。


ユフィーラは直接関わった上で、今の根本のネミルを見て判断してくれているのだろうと思う。



「僕もここに来て屋敷の皆さんと関わって、…心が嬉しくていっぱいになってしまって、それをどう対処したらいいかわからなくなってしまって、ここに隠れて自分の心を落ち着かせていたんです」



ユフィーラはまるでわかる!とでも言う風に何度も頷く。



「その時に、迎えに来てくれた人に言われました。―――皆初めてがあるんだから悩んで当たり前。それでもと思う時は、それをそのまま言葉に、態度に出してしまえば良い!と言われました」

「言葉と態度…」

「はい。初めてばかりで嬉し過ぎて、言葉に上手くできなくて困ってますって言えばいいんです」

「っ…」



ユフィーラの驚愕な表情をしながらも頬が染まっている姿がとても初々しいと思ってしまったネミルは、いつかユフィーラが『私まるでお姉さん風を吹かしているようで偉そうですねぇ!』と笑いながら胸を張って言っていたのを思い出して今の自分はそんな感じなのかもしれないと、つい微笑んでしまった。



「それだけ今まで動かなかった心と沢山の初めての経験でいっぱいいっぱい。ユフィーラさんの思うまま伝えてしまえば良いんです――――って受け売りなんですけどね、僕も。ちょっとお兄さん風吹かせてみました」



そう言いながらネミルは、ゆっくりと手を伸ばしてみた。

実はネミルは今までユフィーラの頭を撫でたことがなく、いつも貰うばかりだった。恥ずかしくも嬉しかった思いを少しでも伝わって欲しいとユフィーラの頭に優しく手を置いてさりさりと撫でた。


ユフィーラは少し驚いた様子だったが、反射的に避けることも体を強張らせてしまうこともなく、すっと目を伏せながらも少し口元をもごもごさせながらしゃがんでいた土を弄り始めた。



(くっ…これが皆さんが言っていた悶えるという感覚…!心がもぞもぞして何か叫びたくなる)



ネミルは初めての経験に自分も口元をもごもごさせながらもゆっくりと柔らかいミルクティー色の髪を撫で続けた。




****************************************




ハウザーが屋敷に訪れる度に、テオルド始め使用人達による奮闘が目に見えて垣間見られていた。


内心ではハウザーも毎日来たかったのだが、屋敷内の出来事で毎日沢山の経験をしているだろうユフィーラからすると気持ち的にいっぱいになるかもしれないと思い、一日置きに一刻程度会いに行っていた。


ハウザーは見た目がどちらかと言うと威圧的な容貌だと自負しているので、初日はリリアンを同席させて対話した。ハウザーは前と同じ流れでユフィーラに近づき、立ったまま敢えて目線を合わせることをせずに「手を動かすぞ。良く見てろ。叩かない。殴らない」と掌をみせてユフィーラが手を凝視するのを見ながらゆっくりと伸ばす。


途中で止めながら「怖いならここで止める」と聞くと、「…大丈夫です」とユフィーラが答え、ハウザーは頭にふわりと手を乗せた。初めこそびくりと体を強張らせたのだが、そのまま頭に乗せた手の範囲を拡げながらさらっとした柔らかいミルクティー色の髪を撫でた。


ユフィーラはハウザーの手をずっと見ていたが、徐々に力が抜けていくのがわかり、凝視していた目もゆっくりと伏せて合わせてた両手が恥ずかしそうにもにゅもにゅと動かし始めるのを見てハウザーは眉を下げて微笑んだ。


それを近くで見ていたリリアンが「…人間らしくなって…」と鼻を啜りながら最早定型になりつつある言葉を呟いた。その言葉に首を傾げたユフィーラが「せ、んせい?は人間なのでは…」と当然の疑問を抱く。



「お前な…」

「ああ、すまない。ついハウザーの成長を見守る家族のようになってしまった」



本当に思わずといった様子で口に出してしまったリリアンがユフィーラに向き直り「私とハウザーは旧知の仲でね。彼が良い方に変わっていくのが嬉しくてつい漏らしてしまったんだ」



リリアンが本当に嬉しそうに微笑むものだから、ハウザー的には昔の自分はどれだけ非人道な人間だったんだと些か納得がいかない。



「そうなんですね。あの、…今、先生に撫でてもらっています、が、とても体格が大きいのに、始めはびっくりしたのですが、すぐに…なんと言うか、ほっとする…?落ち着く?感じがするのは、前の私が先生が人間…人間です、よね?」



途中からユフィーラも言っていることがわからなくなってきたようで、首を逆に傾げてしまい、リリアンはお腹を抱えて笑い出した。



「リリアン…」

「っはは!すまないすまない。何だか訳わからなくなってしまったね」



ハウザーはリリアンに苦言を溢したが、内心ユフィーラから聞いたほっとして落ち着くという言葉を聞けたことに胸が温かくなった。



「うん。勿論人間なんだけどね。ユフィちゃんとの関わりが彼にとってとても良い方向に向かったということなんだ」

「私、…」



その言葉の後に、『なんかが』と付きそうな表情をしているユフィーラに対して、ハウザーとしてはすぐに否定をしたかったが、今の彼女にはまだ難しいだろうと思い、違う言葉で伝えることにする。



「まあ、そこは否定はしないがな。ユフィーラと会ったことによって俺の考えや行動が色々変わったのは確かだな」



撫でる手を止めずに紺色の瞳を見ながら伝える。手と声色からユフィーラはきっと真偽を判断するものだと願って。


ユフィーラのハウザーを見返す瞳が揺れる。

そして口元をもごもごしながら「頭を撫でられて落ち着く、理由と同じなの、かも、しれない…ですね」と言い、そのまま頭撫でを享受している姿にハウザーはまた眉が下がってしまった。



それに対して「…人げ…―――」とまたもや口から出そうになったリリアンが口を覆っていた。








この日ハウザーはユフィーラを初めて診療所に招待していた。



ハウザーの素性と医師の話、そして元王族なのにどう出逢ったのだと悩まれても何なのでざっと二人の馴れ初めは説明し、時折ユフィーラからの質問にも答えていた。


掌を見せながらゆっくりと頭を撫でる回数もユフィーラの口数も増えてきた頃、ハウザーはユフィーラが住んでいた部屋とその下にある診療所に来てみるかと尋ねたところ、頷いたのだ。


今はイーゾが使ってはいるが、当初と殆ど変わらない状態の部屋を見せると、ユフィーラは「ここで二年間お世話になっていたのですね」と感慨深い声色で微かに口角が上がった表情をハウザーは内心嬉しく思っていた。


その後診療所に降りて奥のキッチンで飲み物を淹れることになった。



「紅茶と珈琲、砂糖とミルクはどうする?」



ユフィーラは少し悩みながらも、「紅茶の、砂糖入りで、ミルク多めが嬉しい、です」と辿々しくもちゃんと自分の要望を伝えられていることに、ハウザーは安堵しながら頭をまた撫でた。



「ここから選んで良いのですか?」

「ああ。どれでも好きなのを選べ」



キッチンに備え付けられた食器棚を開け、好きなカップを選んで良いと言うと、ユフィーラは幾つもあるカップの中から、少し丸みを帯びた取っ手の持ち易いクリーム色のものを選んだ。


それはユフィーラが薬師になった時に記念でハウザーが買ってあげたカップだった。



「それで良いのか」

「はい。持ちやすくて、丸いのがちょっと可愛いなと、思いました」

「そうか」




『持ちやすさと丸みの加減が最高なのです!』



以前言っていたユフィーラの声が重なって聞こえてきそうで、思わずハウザーは頬を緩めた。




紅茶を飲みながら出掛けに持たされたガダンの一口パイをお供にして話していると、ふとユフィーラが真剣な表情でハウザーを見た。



「私が、ここに居た時のお話を聞きたい、です」



今までは話のついでに聞く程度だったのだが、ユフィーラが過去の自分について聞きたいと言葉にするのは今までにないことだった。


ハウザーは片眉を上げながらも「…構わないが」と答えるとユフィーラは自分の要望を受け入れられたことにホッとした様子をみせた。


ユフィーラがここに来てから、まず生活そのものに慣れること、薬師になる為に勉学に励んでいたこと、始めこそ一歩引いた態度ではあったが、自分がずっと居て良いのだと理解すると、少しずつ自分を主張するようになり、ハウザーと食事やお酒などを共に楽しむようになったり、薬師になってからはハウザーの診療所に薬を卸して自分で生活を立てたりと日々謳歌していたという話をした。


ユフィーラは始めそんな風に自分のことを第三者目線で聞いていることに新鮮な感じで聞いていたが、途中からは自分が歩んできただろう軌跡を真剣に聞きに入っていた。



「私は、ここで第二の人生を、歩んでいたのですね」



一通り聞き終えたユフィーラが診療所を見回しながら、少し頬を緩めていた。



「ユフィーラが自分で行動して自分で判断して自分で作り上げた場所と人脈だ」



ハウザーは前のユフィーラの時も何度も伝えた言葉だ。

ユフィーラが自身で積み上げて築き上げたものなのだと。

成してきた過程に自信を持って生きて欲しいと常に願っていた。


ユフィーラは瞠目しながらもハウザーの真摯な言葉が伝わったのだろう。少し頬を染めながらも「人と…ちゃんと接することができていたのですね」と話していた。


昔の自分のことを聞く姿勢に不安な様子は見られず、きっと屋敷の方でも今の自分を認められて余裕が出ているのだろう。



その時、扉がドンドンと鳴った。ハウザーは扉を見て溜息を吐く。



「あの、出なくて良いのですか?」

「ああ」

「でも、もし具合が悪い人、だったら…」

「あれはそんなんじゃない―――」



何だか前にもこんな会話をしたなと思った直後、バンっと扉が開かれた。



「また居留守を使っているのはわかっているんだ、ハウザー!」

「わかっているなら、普通に入ってくれば良いだろうが」

「やっぱりユフィちゃんがいるじゃないか!私は毎日往診に赴いているんだから、出かける時は連絡の一つでもくれればいいのに!二度手間になってしまっただろう!」

「結果ここに来たんだから一緒だろうが」

「全然違う。ユフィちゃんとの時間が短くなってしまったじゃないか!」



リリアンの相変わらずああ言えばこう言う返しにハウザーは溜息を再度吐きながら、「そっちが本音か」と呟く。


ユフィーラは二人のある意味軽快で気安いやり取りを見て目を丸くしている。リリアンはそんなユフィーラを見ながら苦笑した。



「これでも昔婚約していたんだ」

「婚約…」

「今は腐れ縁だな」

「腐れ縁…」

「忖度なく言い合える仲みたいなものだよ」



ユフィーラは更に大きな瞳をくるくる動かしながらハウザー達を見比べている。

こんな状態だが意外に気が合っていたんだという説明をリリアンが始め、ハウザーが横から介入して最後の方はいつもの如く、お互いにお前お前の言い合いになった。


最終的にユフィーラから出た言葉は「腐れ縁って気兼ねなく仲良くできて心を委ねるような感じなのですね」と少し違う方向に向いていったので、二人で訂正したが「なるほどと思いました」と何故か受け入れられなかった。





***************************************




ユフィーラが何度目かのハウザーの診療所に来た時のことだった。


ギルは最近まで直接診療所に顔を出していたのだが、今のユフィーラがハウザーとどんなやり取りしているのか興味があったので久々に天井に向かう。


気配を消しながらユフィーラ達が居る場所に移動してギルは息を潜ませていた。



「どうした?」

「…上、…天井に誰か…」



飲み物を用意したハウザーがカップを持ってキッチンから戻り、ユフィーラが天井を見ているような言葉のやり取りが耳に届き、ギルは相変わらずなんだなと僅かに目を見開いた。



「…どうしてそう思った?」

「気、配?というか何となく、ですね」



前もそうだったが、今のユフィーラが男爵時代直後の状態ならば、より気配に敏感なのだろうかとギルは気配を消したまま様子をみる。



「なるほどな。どんな風に感じる?」

「気配、が、ですか?」

「ああ」



ユフィーラは「どんな風…」と言葉を溢しながら少し考えているようだ。



「私を、というよりは先生、を見ている感じでしょうか」

「俺をか」

「はい。好意的な気配です。そのついでに私を、観察しているような…」



ユフィーラの着眼点は相変わらずのようだ。



「呼んでみるか?」

「え、会えるのですか?」

「ギル」



ハウザーに呼ばれてしまっては降りるしかない。

ギルは物音させずに移動してキッチン側に降り、ハウザー達が居る部屋へ入ると、ユフィーラは目を丸くしていた。



「あ…私が目覚めた後に一度お会いしてますよね」

「うん。そーだね。僕はギル。よろしくねー」

「ユ、フィーラです。よろしくお願いします」



ユフィーラはギルの瞳をじっと見て僅かに目元を緩ませた。



「どーかした?」

「え、あの…」

「言いたいことを言って構わない」



ハウザーが助け舟を出し、ハウザーを見たユフィーラがギルに再度目を向けた。



「ギル、さんはやっぱり先生を慕っているんだなと、思いました」

「「は?」」



思わず出た言葉がハウザーと重なり、ユフィーラがびくりと肩を揺らす。



「あ、ごめんごめん。怒ってるんじゃなくて、何でそう思ったのかなって」

「好きに言って良いぞ」



ユフィーラは持っていたカップをコトンと置いてギルの方に向いた。



「初めて、お家…屋敷?の方でお会いした時も、ですが、今もギルさんが先生を見る目がとても、優しいな、と思いました」

「え。屋敷でも?」

「はい。初めてお会いした時ですね」

「何だ、ギルが俺をそんな目で見ていたってことか」

「はい、まあ、そんな感じ、ですね」

「…ちょっと、止めてくれる」



ギルはつい目を逸らしてしまう。

何だかギルばかりが攻められていている感じが悔しくて、ユフィーラから少し離れた位置に椅子を持って座った。



「お嬢ちゃん。僕の顔って整っていると思わない?」



口元の布を外して少しだけ顔を近づけながら、存分に己の容貌に魅力があると理解しているギルは人受けの良さそうな表情でユフィーラを見た。


ユフィーラは目を丸くしてハウザーを見て、そして再度ギルを見つめる。



「は、い。とても綺麗な顔で整っているなと思います」

「綺麗?格好良いは?」

「格好良い…」



どうやらユフィーラには格好良いの基準が良くわからないようだ。



「旦那様とどっちが良い?顔」

「顔…」

「おい、あまり困らせるな」



ハウザーが苦言を呈すが、ギルはギルなりのユフィーラとの関わり合いをしたいのだ。



「考えることも必要だよ。皆は優しく甘やかしてあげているから、僕は思考を巡らす系」

「お前な…」

「…ギルさんのことをまだあまり知りませんが」



ユフィーラが話し始めたので、ギル達は口を閉じる。



「顔だけ、だと、それは単に好みだけの問題になると思います。私にはどっちが良いというものは、…美味しい食べ物とかはありますが、人を比べるのはまだわからない部分が多いです。ギルさん、はお話していないので、ギルさんさえ面倒でなければ、これからもお話、してくれると嬉しいです」



ギルと話したことがない分辿々しさが残るが、その中でも頑張って言葉を重ねて、ちゃんと思っていることを言えたと満足したのか、少し頬を染めながら俯き加減になる姿にギルは柄にもなく呻きそうになった。



「…僕の顔っていうよりも僕自身を知りたいの?」

「そう、ですね。逆に顔だけで何かを判断することが、私にはちょっと難しいかもしれません」



そう答えるユフィーラの表情に嘘は一切見られない。前からだがテオルド始め屋敷の面々は魔力量が多いことで全員特段に容貌が整っている。


ユフィーラ自身も容姿は整っているのだが、本人は整っていると露ほどにも思っていないのだ。過去の産物もあるだろうが、己の自己肯定感が低めなのだろう。だが、それを卑下していないのがギルとしては好ましい。


だからこそ惹き付けられるものがあるのかもしれない。

顔や容貌でなく、自身を求められるのは存外嬉しいものだ。


それはギルだけでなく、テオルドや他の皆もそうであり、居心地良く感じるのだろう。



「仕方ないなーじゃあお嬢ちゃんが知りたいこと教えてあげるー」

「ユフィーラ、こんな言い方しているが、そこそこ嬉しそうだぞ」

「…そうなんですか?」

「…ちょっと、止めてくれる?」



ギルの表情を面白そうに片眉を上げながら話すハウザーにギルは内心腹立たしい思いになりながら、キッチンに飲み物を取りに一旦移動した。



「ユフィーラ、質問沢山して良いぞ」

「沢山…はい。…ではギルさんが先生の、傍に居たいと思った理由、が聞きたいです」



初っ端から直撃的な質問を何の思惑も悪気もなく、純粋に気になっただけで聞いてくるユフィーラにギルはしまったと後悔した。以前にユフィーラが酔っ払った時もそうだったが、本能的に無意識に人の心の一番柔らかい部分を優しく撫でるような、それ以上に恥ずかしい質問やある意味真実を紡ぐユフィーラはここでも健在だったのだ。



そしてそこから、ギルは今までにない羞恥の質問を受け続け、最終的には顔を覆いながら「もう終わりにしようね」とユフィーラの口元に人差し指を添えるまで続けられた。



終始ハウザーの面白そうな表情がこの上なく憎らしかった。





**************************************




「ああー…疲れた――――って、ユフィーラ?」



イーゾはその日のギルから割り当てられた仕事をこなし診療所に顔を出した際、診療所の奥にユフィーラがハウザーとお茶をしながら話していた。



「イーゾ、さん、こんにちは。お疲れ様です」



ぺこりと頭を下げながらユフィーラが挨拶する。



「お疲れ。遊びに来てたんだな」

「は、い。遊びに…お話、話し遊び…?しに来ました」



遊びの概念がちょっとわからなかったのか、ユフィーラは首を捻りながらも言葉を作っている仕草が可愛らしくてイーゾは目を細めてしまう。


イーゾが視線を奥に向けると、診療台にギルがうつ伏せでだれていた。



「あれ。ギル兄どうしたの」

「…放っておいてくれる?」

「ユフィーラの質問タイムでやられただけだな」

「…ちょっと黙って」



ハウザーが足を組みながら悪い笑顔で言うのを、顔をうつ伏せの状態のままギルが反論してくる。


そんな珍しいギルにイーゾはついつい悪戯心が湧いてくる。



「ユフィーラ。ギル兄の髪ってさらさらしてると思わないか?」

「え、はい。そうですね。テオルド、様のさらさらした髪に似ているなと思ってました」

「撫でてみたくない?」

「ユフィーラ、テオルドと比べてみろ」

「「え」」



ユフィーラとギルの声が重なる。



「テオルドの頭は撫でたことあるか?」



ユフィーラは頬を染めながら目を伏せて「あ、ります」と答える姿に、イーゾはテオルドとの関係がぎくしゃくしていないということが垣間見えて嬉しくなった。



「ねえ、何でそこで僕の――――」

「テオルドとどっちがさらさらしているか試してみるのもいいぞ」



ハウザーがギルの言葉を遮ってくる。ユフィーラはギルとハウザー達を順に見ながら眉を下げて答えた。



「確かに、ギルさんの髪はテオ、ルド様の髪と似ているなと、思います。でもギルさん、本人が触れられることを、望まないなら、それをすることを、私自身、望みません」



ネミルと連絡魔術でやり取りする中で、ユフィーラの話題も当然あり、少しずつ打ち解けられて自分の意見をちゃんと言えるようになってきていると聞いていた。


今もだが、辿々しい言葉の中でも自分の意見をちゃんと言えているユフィーラを見て、イーゾは勝手に妹を心配する兄になったような気分になる。



「そうなんだな。ちゃんと自分の気持ちを言えて偉いな」



そう言ってイーゾは少しだけ近づいて手を伸ばした。じっとその手を見ていたユフィーラだが、イーゾ始め皆が自分に向けて伸ばす手が怖くないものだと、段々心身が理解してきているのか、すっと目を彷徨わせて、口元をもにゅもにゅさせながらも撫でられるのを待つ様子に、イーゾはネミルが言っていた悶えそうになる気持ちを初めて実感した。



(くっ…可愛い妹を持つとこんな感じなのか)



そう思いながらも表情はお兄さん風を吹かせた状態を保って、ふわりと柔らかいミルクティー色の髪の頭に手を乗せてゆっくりと撫でる。


そしてギルにとって更に余計な一言を足すことにした。



「撫でられると何か擽ったい気持ちがあるけど嬉しい感じか?」

「…はい。もぞもぞして、でもじわりと嬉しい気持ちが湧き上が、ります」

「だよな。ギル兄も同じ気持ちになるかもしれないな」

「ギルさんも…ですか?」

「もう皆それぞれいい歳だからさ、そんなこと言えないじゃん。でもこういう機会があっても良いんじゃないかと思うんだよな」



ギルが鋭い視線で睨んでくるのがわかるが、イーゾは絶対に目を合わせずにユフィーラを見続ける。



「ユフィーラ、ギルに直接聞いてみれば良い。嫌なら嫌だと言う奴だ」



最早とどめとも言える無慈悲なハウザーの追い言葉にイーゾは噴き出しそうになるが、耐えてハウザーとイーゾを交互に見てくるユフィーラに頷きで返す。


ユフィーラが立ち上がり、ギルの傍まで近づくが、気配で分かっているだろうギルは意地でも顔を上げようとしない。



「ギル、さん。頭を撫でても良いですか?駄目ならはっきり、言って欲しいです。嫌なことは、したくないので」



人として好んでいる相手から眉を下げながら恐縮気味に言われて断れる人間がいるのだろうか。それはギルにも当て嵌まったようだ。



「…良いけど」



イーゾは口元を押さえて笑いを抑えるのに全力で取り組む。



「じゃあ、失礼しますね」



ユフィーラは断りを得て、ゆっくりと手を伸ばして艷やかな漆黒の髪に触れた。ぴくっと動くギルにイーゾは爆笑したいのをここ一番腹と声帯に圧をかけて耐え続ける。



「さらさらしてます…するするっと流れて、艷やかな髪が光るような、…ギルさんの瞳が先生を見る時のような煌きな感じ――――」

「もう感想は大丈夫。好きに撫でて良いから」



ギルの参りましたの台詞にイーゾは勝手に勝利の拳を心の中で掲げる。ハウザーを見ると口元を覆いながら顔を背けていた。


その後も暫くユフィーラの頭撫でを受け続けたギルは診療台上で力尽きていた。




そして翌日の仕事量がいつもの二倍強になっていたイーゾも力尽きた。







不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。

助かります。

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