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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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最愛の覚醒と暴走 2






「ハウザー!―――――…我が主!」



大声を出すところを聞いたことがない元影の声。



「主!しっかりしてください!!」



いつもテオルドを我が主と慕う側近の声。



(……ろ……起き、…ろ…!フィー……フィーが……!!!)



霞む頭の中で己を奮い立たせるが体は言うことを聞かない。



「しっかりしろ!おい!――――この…ふざけた真似しやがって!!!」



初めて聞く彼の怒り心頭の罵声。



「我が主!目を開けてください!薬を!主!!」



口元が無理やり開けられ、液体を流される。

半分飛んでいた意識がぼんやりと目覚めるが、とてつもない激痛が体中を襲う。


くぐもった周りの喧騒が少しずつ耳に入り、ハウザーも使用人の皆も相当な怪我を負っているようだ。



「あははは!ざまあない!」



そしてこの中で誰よりも弱いのに、誰よりも偉そうにほざいている元凶。


ゲイルへの憎悪が限界を難なく超えるが、それよりもまずユフィーラを救うことが最優先だ。




俺の唯一だ。

俺が救わなくて。

誰が救う。




朦朧とする意識の中から、テオルドはカッと目を見開いた。あらゆる箇所の骨や内臓が損傷しているだろう体に気付かぬふりをして痛みを流しながら何とか支えながら起き上がる。


先ほどジェスに飲まされた薬は回復薬と魔力薬だろうが、それでもこの程度しか戻らないということは、下手したら瀕死手前になっていた可能性が高かったのかもしれない。


起き上がる際にチャリンっと地面に落ちる音がして、目を向けるとユフィーラと共に作ったブレスレットが色褪せていた。



(これが守ってくれなければ…俺も含めて皆即死、だったのかもしれない…)



一体ゲイルの持つ魔石の力はどの程度なのかと、一瞬考えたテオルドは即座に打ち消した。それを聞いたところでユフィーラを助ける選択肢は消えないからだ。



「ハウザー!僕が行くから!…我が主!聞け!」

「黙れ。俺と奴が行かなくてどうする」



耳に入る二人の会話がハウザーも重傷なのを知らせてくる。当然テオルドも全く同じ思いだ。



「主!無理です…!」



ジェスが叫んで止めようとするのを聞かずにテオルドは力を振り絞って立ち上がる。



「主!!」

「―――ふざけるな…フィーを救わなくてどうする……!!!」



声も掠れてがらがらだと思った瞬間、胃の方から湧き上がるものに耐えられず吐き出す。



それは大量の血だった。



そしてそれを見たユフィーラが目を割れんばかりに見開いている。



(ああ…フィーを悲しませてしまう…心配させて…だがこれは流石にまずい、か……それ、…でもユフィーラ、を腕に取り戻すことは諦めない…)



ぐらっと揺れそうになる体を死に物狂いで奮起させる。






その時だった。





ぐぉんと、先程凄まじいと思ったゲイルの持つ魔石の力の比にならない位の重く禍々しい魔力が顕現し、テオルドは思わず身震いをする。



(な、んだと………まだそんな悍ましい魔石が…―――――――っ)



そう思いながら額から流れる血が目に入るのを拭い顔を上げた時、テオルドは驚愕した。



魔力の在処はゲイルの持つ魔石ではなく、彼に首を抱えられ下を向いていたユフィーラからだった。


そしてユフィーラの髪の色が淡い七色。そう、正しく七色だった。


ユフィーラのミルクティー色の柔らかな毛先から頭部にかけてグラデーションのように七色に変化していたのだ。




(ま、さか……)




テオルドは以前にハウザーから聞いた言葉を思い出す。


自分の身を守れ、と。


テオルドが魔術師団の前で倒れていた時、ユフィーラが魔力暴走のようなおかしな魔力の動きがあったと言っていた。もし今の状況でユフィーラの心が限界に達し潜在していた魔力が蠢いたとするなら。


テオルドは勿論、屋敷の皆やハウザーまでもが瀕死の重傷を負っている現状。


これらによってユフィーラの心に多大な衝撃を与えたとするなら。




ゆっくりと顔を上げるユフィーラを見てテオルドは瞠目した。




何も映さない黒。

ユフィーラの綺麗な紺色の瞳はどす黒く真っ黒になっていた。


紺色の瞳が覆われたような。


全てを塗りつぶしたような黒。


そして何よりも驚いたのが。




ユフィーラの無の表情。


何の感情も見出さない能面の顔。


まるで精巧にできた人形のような一切の生気のない顔。


正にそれだった。




テオルドは覚悟をした。

これから何が起きるかを。

すぐに救うことができなかった当然の覚悟を。




ユフィーラが大好きだと正面から伝えてきてくれるテオルドと屋敷の住人が傷めつけられる現状と。


『幸せですねぇ!』とユフィーラが満面の笑みでいつも言っているこの場所が。




一人の愚か者によって壊されている。

それはユフィーラの心を十分に限界突破させたのだろう。



「…テオルド」

「当然だ。俺が行かなくてどうする」

「なら良い」



ハウザーもユフィーラの変化に驚愕しているが思うことは一緒らしい。


ユフィーラの心に住み続ける内心小憎たらしい相手ではあるが、彼が居なければユフィーラに出逢うこともなかった可能性、そして何よりユフィーラを第一に考えるこの男は認めざるを得ない存在だ。


そしてそれは立場が違えどハウザーも同じ思いだろう。



「何で俺に防御をかけた」

「お前が俺にかけた理由と同じだろうよ」



ハウザーの予想通りの返答にテオルドは咄嗟の判断をそれぞれがしていた事実が、こんな状況なのにふとおかしく感じた。瞬時に行動に移した理由はお互いに一つしかないからだ。




ユフィーラが悲しむから。


それだけだ。




回復薬と魔力薬を飲んでも微妙なこの状態で、どこまでユフィーラの暴走を止められるかと思った矢先のことだった。


ユフィーラの腰回りが淡く七色に光り、どす黒いユフィーラの魔力が緩和したのだ。



「…あれも七色?」

「何だあれは…まさか」



ハウザーが眉を寄せながら呟いた時だった。


ドゴンッと鈍い音と同時に、テオルド達に恍惚と蔑む言葉を連ねていたゲイルが宙に舞い、強かに地面に叩きつけられた。続けてユフィーラの腕に付けられていた腕輪が真っ二つの状態でゲイルの目の前に放られる。



強度が強そうな装飾品をどうやって、と思う間もなく、ゲイルの苦悶の声が続く。



ユフィーラが軽く手を動かし、夥しい魔力の織を顕現させて、重力魔術を顕現させ操っていた。

重力魔術は闇と土の魔術をある程度極めた者でもなかなか取得が難しいとされているのに、ユフィーラはいとも簡単にゲイルにかけていた。


そして足蹴にしたゲイルから袋らしきものを奪った後、防壁魔術を全体にかけた範囲に鑑定魔術が施される。


一体何が何だかテオルドもハウザーも呆然としているうちに、ユフィーラが目の前に現れた。



転移だ。



何故使えるのか。いつ覚えたのか。



何故という言葉が頭を飛び交う間に真っ黒な瞳のユフィーラが跪いて血だらけのテオルドの口に躊躇なく自分の口を合わせてきた。



「…、フィ…っ」



名を呼ぼうとした瞬間、凄まじい量の、そして愛しいと伝わる慈愛に満ちた優しい魔力が物凄い勢いでテオルドの体中を駆け巡る。そしてゲイルから受けたあらゆる体の損傷の箇所が恐ろしい速さで回復していくではないか。


テオルドでもこんな速度と正確な回復魔術を施せたことはない。


怪我も内部の損傷も痛みも全てが無くなり、ユフィーラがすっと顔を離す。



「っ…フィー…」

「私の唯一」



その目は真っ黒なのに、何も映していないのに。

それでも何かいじらしく切なく、痛々しく感じて。



ユフィーラは口元に付いたテオルドの血を舐めてから立ち上がり、ハウザーの元へ向かう。

その際に小さな回復魔術の塊を後ろにいたジェスに投げて。


ユフィーラは他の使用人全員の所へも転移で周り、全ての負傷を完治させていた。


更には屋敷からここ周辺一体に防壁魔術をものの僅かな時間で、以前テオルド達が施したものとほぼ同じ状態に作り上げるのだから、テオルド始め全員が唖然とせざるを得ない。



それに。

ユフィーラは何度も回復魔術、転移、そして巨大な防壁魔術を使っている。

それなのに魔力が一切枯渇した様子が見受けられないのだ。


これがゲイルが狙った要因か。


ユフィーラが転移でゲイルのいた場所に戻っていく。

魔力暴走の気配は薄れ覚醒したかのように明確な意思を持って動くユフィーラ。

そしてゲイルとその周辺だけに恐ろしいほど強固な硬い防壁魔術が施された意味は。




そこから行われたのは基本平和主義のユフィーラからは想像できないほどの凄惨な行動だった。


強固な防壁魔術からも漏れ出るゲイルの絶叫、それに対しユフィーラの表情は一切動くことはなく淡々とテオルド達が受けたことを模倣して行っているのだ。


何の感情もなく、ただただ無表情で、ユフィーラは遂行していく。



その様子を唖然としながら凝視していたが、周りを見る余裕がようやくできてきたテオルドは気づく。


初めにユフィーラが居た場所の地面に血溜まりができていることを。


そして改めてユフィーラを見ると、足元から血が流れていることを。




テオルドはぞっとした。

転移してユフィーラの状態に激昂し重症を負い、ユフィーラが覚醒して彼女に助けられた。

その後もゲイルへの惨い報復と凄まじい魔力と魔術を使うユフィーラに驚愕していて、彼女の状態に気づくのが遅れたのだ。



ゲイルは既に許しを請うことも逃げることもできないほど、王子とか大の男だとかいうプライドをかなぐり捨てて泣き喚いている状態になっていた。


それでもユフィーラが報復を止めることは微塵もなく、右手を操作して鋭利な魔術を編み、まるで剣のような形を作り上げそれを標準をゲイルに合わせる。


その時にまたもや重々しく悍ましい魔力が蔓延り始めた。



「…俺の…い、もうと…の分まで、かよ…ユフィーラ、もう良い…もう…」



ガダンが悄然とした表情で呟いている。


もう良い。

もう戻っておいで。

テオルドも願う。


それは覚醒したユフィーラが非情な恐ろしい行動が理由などではなく、怒りを超えたユフィーラが何の感情もなく無表情で淡々と行うゲイルへの粛清の原因が全て自分たちが攻撃されたから。



ユフィーラの大事な場所と大切な人たちを脅かされたからだ。



今までのユフィーラからは考えられない無慈悲な攻撃をし続ける姿に、心が引き絞られるような、痛ましい気持ちを皆感じたからなのだろう。


屋敷の皆も口々にもう止めよう、もう良いんだよと叫んでいる。

だが強固な防壁魔術の中のユフィーラには…いや、今のユフィーラには届かない。


そして蔓延り始めた魔力の禍々しさが次第に膨張し始めた。



(っ!駄目だ!向こう側に行くな!!!)



テオルドは渾身の攻撃魔力を放ち、防壁魔術に僅かな隙間を作って叫んだ。



「フィー!!!」



テオルドが叫んだのと同時に、何故かまたユフィーラの腰回りが七色に微かに灯っている。

そしてゆっくりとユフィーラが振り返る。真っ黒な瞳と目が合う。



「フィー!もう十分だ!……おいで」



テオルドは人形のようなユフィーラの目をしっかりと合わせながら両手を広げた。

そして何より今一番心配していることを伝える。



「フィー…足元から血が流れている。どこに怪我をした?おいで」



もう一度呼び掛ける。


ユフィーラの漆黒に塗り潰されていた瞳に微かに光が灯る。





しかし。





何を思ったのかお腹に手を当てて見つめ、下に流れる髪を見て。




その場から転移して消えてしまった。




「フィー!!!」



ユフィーラがその場から消えたことで、ゲイルを覆っていた硬い防壁魔術が解除されたが、ゲイルは精神的に堪えているようで、風前の灯火状態であった。



そんなことよりも、ユフィーラが一体どこに行ったのか。


その時屋敷からリリアンが飛び出して駆けてきた。



「テオルド!ユフィちゃんを追ってくれ!すぐに診ないと!」

「…何?」



リリアンの言葉にテオルドの全身が粟立つ。



「どういうことだ?」

「訳は後で話すから!ユフィちゃんはどこに行ったんだ!?」

「分からない」

「え?」

「俺を見てから何故か目を逸らした」



何故だ。


何故消えた。



『私の唯一』



なら何故テオルドの元へ戻らない。



ハウザーがハッと何かに気づいたようにテオルドに声をかける。



「…テオルド、トリュスの森だ」

「…っ」

「あいつは髪の色の変化に、さっきようやく気づいた感じだった。それを見た直後に転移した」

「トリュスの森…まさか…!っリリアン!」

「違うよ、不治の病とかじゃない。…確証はないけど、往診の最中にあの事件が起きた。先ずは彼女を診たいんだ。早く連れ戻して欲しい」



リリアンの表情から嘘は言っていないように見える。

彼女は診て何を確認しようとしている?


でも今はユフィーラを連れ戻すことが先だ。



「…トリュスの森に行ってくる」

「ああ。こっちは俺が対処しておく。防壁外に国王軍が来ているからな」



テオルド達が飛び出した後に動き始めたのだろう。


テオルドは一つ頷いて周りを見る。

ユフィーラのおかげで全員が元の状態に戻っていて、皆一様に頷いた。


テオルドはジェスから渡された魔力薬を持って転移した。






そしてトリュスの森の中心部に向かって駆けていくと。




中心部はいつも以上に幻想的な空間になっていた。

大きな木の窪みには陽の光が微かに当たり。

その窪みにはユフィーラが座って目を閉じている。

七色の蝶達が、ユフィーラの周辺をふわりふわりと飛んでいた。



その姿が。

あの時と重なって。



「フィー!!!」



リリアンからはそうじゃないと言われていたが、テオルドはそれでもあの時の記憶が蘇り、ユフィーラの元へ駆けつけた。


目を閉じているユフィーラの顔色は悪くない。

口唇も白くない。


そして何より。


胸元が継続的に動いていた。


テオルドは心の底から安堵してその場に座り込んだ。




だが。


ユフィーラの目元には涙が流れた後。


まだ乾いていない。



「何を、…そんなに泣いていた…?」



テオルドはユフィーラの頬に触れる。

ユフィーラが起きる様子はない。



木の窪みだけに陽の光が当たる。

それが何故か天からの迎えの場所のような錯覚に陥る。


まるでここから天に還るような場所に。



「…させない」



テオルドは誰にでもなく無意識に答えていた。

テオルドの唯一は誰にも渡さない。

テオルドはゆっくりとユフィーラを抱き上げる。


足元には乾いた血の跡。

それを見た時に何か…そして再度木の窪みに当たる光を追って上を見上げ、何某かの喪失感を感じた。




それが何なのかテオルドはこの時わからなかった。

それは、後のリリアンの言葉で明らかとなる。







不定期更新です。

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