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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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身勝手な蹂躙






急に突き飛ばされたことでユフィーラも驚いたが、それ以上に驚愕したのは放った焔の塊が何故かガダンに向かっていったのだ。



ゴドォォォォォォンン!!!ボォォォォォォ…!!



そしてその紅蓮の塊がガダンに直撃した。



「が、ガダンさん!!!」



塊の勢いもさながら劈くような激しくぶつかる音と、鮮やかな紅い魔術がそこかしこに飛び散り、ガダンは数メートル先に吹っ飛んだ。


ガダンは呻きながら右腕を押さえていた。

恐らく右手で咄嗟に防御魔術を放ったのだろう。


ガダンの右手は肩に近い腕まで焼け爛れて真っ黒になっているのを見てユフィーラは戦慄した。

繊細で細やかな動作の手の動きをするガダンの右手がまるで炭のようにどす黒くなってたのだ。



「ガダンさん!!」



ユフィーラがガダンに駆け寄ろうとするのを邪魔するかのように肩をぐいっと引き寄せられた。



直後だった。




「ぐあっ!」



バチバチと火花のような音と、ユフィーラの肩付近に閃光のような光が散る。


振り向くと、ゲイルが右手を押さえていた。

肩を掴んだことで、ユフィーラの装飾品の防御魔術が発動したのだろう。


ゲイルの指輪のついた右手は焼け爛れた痕。

以前も見たが、きっとガダンの妹が最期に放った魔術の痕跡なのだろう。


目の前にいる彼を見ると、ユフィーラはガダンの妹に称賛を贈りたくなった。



「その痕はガダンさんの妹さんが放った魔術で、ですか?当然の報いですね」



何も考えずに出た言葉だが、ユフィーラはちょっとだけ後悔した。




もっと煽りを含めた言葉にすれば良かったと。




それくらいユフィーラは屋敷に、ダンにそしてガダンにしたことを怒っている。

ユフィーラの言葉に痛みに歪んでいたゲイルの顔が更に険しくなった。



「あまり調子に乗るなよ、小娘が」

「調子に乗っているのは貴方でしょう。人様の家を壊しに来たのですから」

「私は王になるんだ」

「王になる人が他国で暴れるのですか?随分と野蛮な国なのですね」

「黙れ!」



ゲイルがユフィーラを掴もうとするが、先程のことを思い出したのか留まり、だがせせら笑った。



「お前もガダンの妹のようだ。弱い癖に口だけは達者だったからな」

「その言葉そっくり貴方にお返しします」

「その口を閉じろ!」

「貴方が閉じてください」



ゲイルが眉を吊り上げた。



「ガダンと言い、副団長と言い、どいつもこいつも次期国王の私に対して無礼も甚だしい。―――――考えが変わった。そこで転がっている負け犬と副団長にお前の亡骸を見せてやろう。運が良ければ魔力源として使ってやる!」



そう言って、長い上着に隠れていた幅の広いトラウザーズの腰の部分に付いていた白い袋から拳大の魔石を取り出した。


それは禍々しいほどの濁った黒い魔石。



「自分の口を恨むんだな。無礼者が!」



そう言って魔石を翳すと、どす黒い悍ましい魔術の織が顕現し蜷局を巻いたかと思ったら、物凄い勢いでユフィーラに向かって突撃してきた。


後方から使用人の、近くに居たガダンからユフィーラと叫ぶ声が耳に届くが、ユフィーラは気に喰わないと言った眼差しのままゲイルを見据えた。



(大丈夫。テオ様が施してくれた防御があんな魔石に負けるわけがない!私の思いだってこんな人間に絶対負けるわけがない!!)



そう念じながら、ブレスレットの付いた手で指輪の嵌まった手を握る。そこに非力ながらもユフィーラの魔力も込める。


そして両手を合わせたまま、前に突き出した。




ギュワァァァァァァァァン……ガリガリガリズゥゥゥゥゥンン!!!!!





耳の鼓膜が破れるのではないかと思うほどの爆音。

目の前にどす黒い夥しい光り、装飾品から放たれるテオルドの魔力の金色と銀色、七色のような閃光がぶつかり合い迸る。



ビキィィィ……ィン



何か金属が切れるような音に、眩しさに目を細めていたユフィーラは手首を見るとブレスレットが切れて落ちそうになった。


壊れたことにショックで驚愕の目になりながらも咄嗟に掴んで耳飾りと共にポケットに仕舞い込む。



「…こんな膨大な防御を…私の、……私の貴重な魔石を…この糞女!!」



最早一国の王子の言葉遣いではないが、端から王子の器でもないとユフィーラは心から思っている。



「ユフィーラ!こっちに走って!」

「ユフィーラ!そいつから離れろ!」



使用人達の声が後方から聞こえ、顔を上げて振り返ろうとする前にゲイルの酷く歪んだ笑みをユフィーラは見てしまった。



「!っ皆さん、逃げてください!」

「まだあるぞ。今の魔石よりは効力は小さいがな」



手に持ったのは毒々しいが小ぶりな魔石。

ゲイルはそれを素早く翳しこちらに駆け寄ってきた使用人―――アビーとランドルンに放った。


二人はハッとなりすぐに防御魔術を展開したと同時にドォォォンと二人に向けて赤黒い閃光が襲いかかった。



「あ、アビーさん!ランドルンさん!!」



周囲の植物が焦げたような嫌な匂いにユフィーラは怖気が立つ。

黒煙の向こうに見えたのは、立ちはしているが髪が乱れ引き千切られたような服装でよろめくランドルンと、膝をついている傷だらけのアビーが目に入りユフィーラは目を見開く。



「さあ、次はあの屋敷の中央とその周辺に居る二人かな」



また違う魔石を取り出して攻撃しようとするゲイルに、ユフィーラは今までにない溢れる怒りを抑えられない。後方を見やると、そこには屋敷に防壁を施しているジェスとパミラの姿があった。


そして同時にこちらにも手を翳し何か放ってくれようとしている。



(こんな身勝手な人間に…何故私の大事な場所と大切な人達が踏みにじられなければならないの…!)




ユフィーラはテオルドに常に危ないことはするなと再三言われていた。

勿論自虐的なつもりも自己犠牲するつもりはないが、元々が底辺から始まった人生において、自分の身を削ることに抵抗はない。そして自虐とそうでない境界線が未だにはっきりわからないのだ。


時たま無意識にそういう行動をすると、テオルド始め皆が悲痛な表情をする。

それからは知らない部分は都度教えてもらうように今はしていた。



だけど。



今もそうなのだろうか。

既に皆から心配することをしてはいるのだが、この事態で何もせずにいるのは違うと思う。

他の皆もユフィーラと同じ立場ならば同じ様にするのではないだろうか。



何より。

ユフィーラの本能が。

この目の前の男を今すぐ止めなければと警告を出しているのだ。



今までユフィーラはこの直感を信じて行動してきた。


そしてそれは今でも進行形だ。





ユフィーラは効力の残っているだろう指輪の付いている左手を、魔石を持っているゲイルの右手に伸ばして飛びついた。



「っおい!この、離せ!」



ゲイルが引き剥がそうとするが、ユフィーラは離すものかと爪も立てる。




ギュイィィィィィィン……!!




迸る赤黒い光と光り輝く指輪から放たれる閃光がバチバチドォォンとぶつかる。



ピシッ



指輪から微かな軋む音と違和感を感じて見ると、色褪せてしまった指輪の一部分に亀裂が入っているのを見つけた。


ユフィーラはテオルドとのお揃いの大事な指輪の破損に泣きそうになるが、それでもゲイルの手は離さなかった。


眩くぶつかっていた光が、すうぅっと失われていく。

後ろを見ると、魔石の攻撃は免れたようでユフィーラはほっと息を吐いた。




直後であった。




「!!!っぐぅ…!」




お腹に猛烈な衝撃が奔り、ユフィーラは立っていられずに蹲った。



「何度も何度も邪魔しやがって!!」



激怒したゲイルに思い切りお腹に膝蹴りを入れられたようだ。

更に蹲った背中にも真上から踏みつけられる攻撃が加えられた。



「っ…!!!」

「もっと呻け!跪け!!下等な女など傅いて媚を売って子供だけ産んでいれば良いんだよ!」



そう叫んだゲイルがお腹を抱えていたユフィーラの右腕を引っ張り上げてその手首にカチャンと何かを装着させた。



「お前如きがこの私に反抗するなんて百年…いや、一生無い!」



傲慢な人間のうんざりする暴論。

そして右腕に付けられた何かが鈍く光るのを見ると腕輪だった。




と思った瞬間だった。





「っう!!……ぁぁああああ……!!!」



手首からとてつもない悍ましい感覚と共にユフィーラの体中にある魔力、まるで血を強制的に吸い取られるかのような総毛立つような気持ち悪さと激痛が全身に迸った。



「ユフィーラ!!」

「…っユフィーラ!!!!」

「貴様ぁ…!!!」



使用人の皆や重傷の筈のダンやガダンの声も聞こえるがユフィーラは衝撃に何も反応することができない。



「ははは!!やっと生意気な小娘がのたうち回る苦悶の声を聞けたな!もっと喚け!この私に命乞いをしろ!」



全身が震えるような、ずずず…っと魔力を根刮ぎ吸い取られるような感覚と、蹴られた下腹部の痛みが壮絶で息もままならない。



「…ああ、凄い。凄いぞ!想像以上だ。魔石の全てが復活した!小娘如きだが、魔力はやはり一級品だったな!三桁を超える人数でないと埋まらなかった魔石が一瞬だ!」



まるで物扱いをするゲイルが蹲ったユフィーラの背中を体重をかけてぐりぐりと踏みつける。

それがユフィーラの抱えているお腹にガンガンと響く。



(…ぐっ…い、っったい!痛い!!お腹が…)



今までにない下腹部への継続する痛みにユフィーラは目も開けられない。





その時だった。





「フィー!!!」

「ユフィーラ!!」




ユフィーラの心が無意識に綻ぶ、最愛と、安心する二人の声が耳に届いた。



(テオ様……!先生…!)



声を出すのも苦しい状態で、ユフィーラは意地でも目を開けて、何とか首だけを動かして声のした方を見た。


屋敷近くに転移したテオルドとハウザーが物凄い速さで駆けてきた。

後方にはそれぞれ散らばるギルとイーゾ、ネミルの姿も見えた。


そしてユフィーラの現状を見たテオルドからは凄まじいほどの金色とどす黒い漆黒の魔力の噴出。

ハウザーからは漆黒と銀色の悍ましいほどに重々しい魔力が溢れ出てきている。



「糞野郎が…!!」

「小僧が!」



滅多に声を張り上げたり相手を罵る言葉を発さない二人から出た言葉。

それでもユフィーラは二人の存在に安堵から目が滲む。



だが、伝えなければ。



テオルドが強大な魔力を放出して明らかに人を害するように編まれた魔術を顕現させ、ハウザーもかまいたちのような鋭利な織の魔術を巧みに操っている。



「おやおや。遅いお着きだ、待ちくたびれたよ」



そう言いながらも枯渇したが、ユフィーラの魔力を含んで復活した赤々しい魔石をにやつきながらゲイルが掲げた。



「っ…テオ様!先生!この男は無効化と跳ね返しの魔石を持っています!!攻撃したら駄目です!!!」



何とか声に力を込めて大声で叫ぶ。

力の入った下腹部に物凄い痛みが迸った。


二人がハッとした瞬間、ゲイルの魔石から膨大な力の悍ましい波動が二人に向かって襲撃した。




シュイィィィィィン!!!!バリバリドォォォォォォン!!!




何かがぶつかるような爆音と、その周辺が火花が散ったように光同士が弾き合う。

その眩しさにユフィーラも耐えられず目を瞑った。


光りが消え始め、目を薄めながら開けるとテオルドとハウザーが咄嗟に防御の魔術を張ったのか、二人は無事な様子でユフィーラはほっと息を吐いた。


と同時に横っ腹に衝撃が奔った。



「ぐっ…!」

「何度も邪魔をするな!!小生意気な女が!!!」

「…っ!うぁぁぁぁ…!!!!」

「フィー!!」

「ユフィーラ!!」



そして体中から再度ぞわりと毛穴も全開になるほどの引き絞られるような血の気が失くなるような魔力を吸い取られる感覚にユフィーラは蹴られたお腹を抱えながら痛みに耐える。



(こんな苦しみ…あの病に比べたら…!)



ここまで魔力があったのだろうかという程に吸い取られているが、これが潜在という魔力ならばどのくらいあるのかすら自分でもわからない。




それよりも。




先程から痛みが続く下腹部に違和感が起こり始める。

段々と下の方に痛みが進んでいき、何かが滴り落ちるような感覚にユフィーラは本能的に何故か慄いた。



「フィー!!」



テオルドが駆け寄ろうとするのを、ゲイルが「そこを動くな!!」と言い、ユフィーラの髪を掴んで引き上げた。ぶちぶちっと髪が数本引き千切られる痛みと皮膚を引っ張られる感覚にユフィーラは微かに呻くが、下腹部の痛みで足に力が入らずに立て膝になってしまうのを、ゲイルが舌打ちしながら腕で首元を締め上げるように持ち上げた。


テオルド達はゲイルのすぐ側にユフィーラがいる為に手が出せないでいた。



「っ…フィー!!貴様!!!」

「テオ様にフィー…か。そうかそうか。ガダンとだと思ったが、二人が相思相愛なのかな?君の魔力が愛する者を傷つけたら、どれだけ悲しみ囀ってくれるんだろうね…?」



その言葉にユフィーラは血の気が引いた。


そうなのだ。今ゲイルが攻撃している魔石の源はユフィーラの魔力なのだ。

それでテオルド始めハウザーや皆が傷つけられる。

それを実感すると、ユフィーラは震えが止まらなくなった。



「っはは!強がる君が怯えるのは気分が良いね。その姿をこれからも眺める為に持ち帰って、沢山魔力をもらってあげるよ―――――さて、そろそろおしまいにしようか」





そう言ってゲイルが取り出したのは手に余るほどの特大の真っ黒に光る魔石。





「これはカールが妻を蘇らせる為に何人もの人間を犠牲にして作った高濃度な魔石だ。あいつも馬鹿だよね?蘇りなんてあるわけないのに、あたかも本当のように語る私の戯言を本気にして沢山魔石を贈ってくれたんだから。妻が妻がってさ。魔術の技術は凄かったが、人として阿呆な男だったよ」



ゲイルには勿論だが、ユフィーラはこんな魔石を作ったカールをこの時ほど憎んだことはないだろう。



「さあ、大詰めだよ。君は魔力源として今後も生きていく。ガダンもお前の最愛の彼もここで命が潰えることになるんだ。―――終わりだ!!」

「止めてーーー!!!!」




ユフィーラの叫びも虚しく。

ゲイルの持つ特大の魔石から赤黒い毒々しい閃光が、今度はあらゆる方向に飛び散って次々と放たれていった。



それは四方八方という言葉に相応しく。



一つは植物の植えられたブラインの守る庭園方面に。


一つは屋敷のパミラとランドルンが守る玄関正面に。


一つはアビーが足を引き摺りながら行ったダンのいる馬房を目掛けて。


一つはガダンに一直線に。



そして複数が一番近くに居たテオルドとハウザーに襲っていった。





それはまるで戦争とは名ばかりの何も手が出せない相手への一方的な蹂躙だ。





そこかしこで轟音と砂煙が蔓延り、全く綺麗ではない悍ましい光が次々に霧散していくのをユフィーラは首を半ば締められた状態で見ていることしかできなかった。





植物園周辺は所々燃えたりしているが、大半は無事のようだ。

それはブラインの決死の防壁魔術によって。

ブラインの膝がどさっと力を落として、手を着いたその姿は見るも無惨で。




「どうして庇ったの!!」



そう叫ぶのはパミラだ。

まるでパミラを覆うようにして倒れているのはネミルだ。

その背中にはイーゾからもらったこげ茶色のローブの真ん中にどす黒い穴が開き煙が立っていた。



「ネミル!!しっかりしろ!」



側に駆け寄ったイーゾが直ぐ様治癒魔術を施している。


そしてそのすぐ近くで屋敷全体を守っていたランドルンがどさりと倒れた。

まるで糸が切れた操り人形のように動かない。



「ランドルン!回復薬を!!」



パミラが叫びにランドルンの手が微かには動くが体は全く反応しない。







「お前…肌ぼろぼろだろう」

「…時、には…そんな、こと気に…せず、突っ走、るこ…ともある…のよ」



そして馬の嘶きが轟いている馬房にはダンを庇いながら馬房全体に防壁魔術を施した満身創痍のアビーが。ダンも何とか魔術を編んで対抗したようだが、今にも意識を失いそうな表情だ。



「ガ、ダン…ガダン!今、回復…薬持って、行くから!」



ふらふらになりながらも立ち上がってガダンの元に行こうとするアビーだが、どさっと膝をついてしまい、動けないようだった。





「痛っ…糞…やれやれ…左手もかよ…」



ガダンがぼやきながら、だらんと全く動かない左腕を見る。

右腕同様に真っ黒に焼け爛れていた。

もう動く気力はなさそうで座り込むのが精一杯な様子だった。






そして。




「ハウザー!―――――…我が主!」



ギルの叫ぶ声が。



「主!しっかりしてください!!」



ジェスの声が耳に届く。



ユフィーラは緩慢な動作で首を向けると、そこには恐らくお互いに防御魔術を張り巡らせただろうテオルドとハウザーだが、魔石の威力が凄まじく防ぎきれなかったのか傷だらけの状態で倒れていた。



「しっかりしろ!おい!――――この…ふざけた真似しやがって!!!」



聞いたことのないギルの怒号。



「我が主!目を開けてください!薬を!主!!」



悲痛な、でも何が何でも起きてもらおうとする意気を感じるジェスの声。



「…ぁ…」



声を出したくても喉が詰まって何も出てこない。

はっはっと浅い息だけが漏れる。

ユフィーラは瞬きもせずにその場を凝視していた。



「あははは!ざまあない!」



頭上から腹立たしい人間の嘲笑う声が聞こえた。



「私に歯向かうからこうなるんだ!この魔石さえあれば全土制覇も夢じゃない!強国と言われたトリュセンティア国も大した事ないな!」






そんな理由で。



こんな理不尽な蹂躙が。



許されるのか。



たった一人の個人の王族の。



身勝手な理由の襲撃。



ユフィーラの魔力を使われて。



皆に危害が加えられている。





ふと立膝になっている足元に何かが流れ落ちるような感覚にようやく気がついて、ユフィーラは下を見た。



ユフィーラの足から流れ落ちていたのは。





血だ。






それも結構な血溜まりだった。


確かにお腹は蹴られたが、刺されたわけではない。


それでも結構な量の血が足元から滴り落ちている。





その意味とは。




ふとユフィーラは悟った。





(……ああ、そうか。そういう、こと、だったのか)




ユフィーラはここ最近の不調をようやく理解した。

それしかこの流れる血の理由はないからだ。






「ハウザー!僕が行くから!…我が主!聞け!」

「黙れ。俺と奴が行かなくてどうする」



恐らく両腕の骨が砕けているのか、ハウザーの腕は全く動いていない。左足だけで立とうとするハウザーは恐らく右足も折れているのだろう。それでもユフィーラの為に立とうとしてくれている。




「主!無理です…!」



ジェスの悲痛に叫ぶ声。


そこには額から、手から、目元から血を流すテオルドが、顔を歪ませながらも立ち上がろうとしていた。下には夥しい量の血が滴っている。



「主!!」

「―――ふざけるな…フィーを救わなくてどうする……!!!」



テオルドがそう叫んだ直後にごふっと咳き込んで口から赤い液体が噴き出した。





血だ。





ユフィーラの息が止まる。


そしてその光景に目を割れんばかりに見開いた。


そして。




「やれやれ。案外粘るなぁ。魔石が勿体ないよ。まあ、でもこの女がいるから幾らでも補給はできるから付き合ってあげようか」



間延びした小馬鹿な言い回しをする今回の元凶。






大事な場所が理不尽に壊され



大切にしていたものが蹂躙され



大事な人達の満身創痍の姿





そして





最愛の人の


血だらけの姿




ユフィーラがようやく掴んだ幸せな空間を


たった一人の身勝手な思いで破壊される






ユフィーラの。

血が。

体が。

脳が。

焼け付くように熱くなる。



何も考えられなくなる。



頭がおかしくなる。



目が滲む。



心臓が熱くなる。






(こんなことが…――――――こん、な……最愛、の……ゆ、…ユル――――)








ユ ル サ ナ イ












不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。

とても助かっています。

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