最高峰の諜報と特殊任務
「そうだ。ねー元羊飼いの使用人はどのくらいで戻って来る?」
皆でお茶をしながらブレスレットの話などをしていると、ふとギルが思い出したようにユフィーラに尋ねた。
「あと…二刻ほどでしょうか。夕方を過ぎるかもしれないと言っていたので」
「じゃあ、僕と一緒にこれから転移で戻ろう。ちょっとテオルドと元魔術師達に共有したいことと、お願いがあるんだよねー」
ギルの言葉にユフィーラはこてんと首を傾げる。
「お願いごとでしょうか」
「うん。ほら、最近僕とイーゾが離島関連で動いていることは知っているでしょ?」
ユフィーラが頷く。
「ちょっと進展があったから、さっき国王には連絡魔術飛ばしておいたし、テオルドには直接会っておきたいんだ」
「国王様は連絡魔術でいいのですね…」
「あっちは良いんだよ。あの権力使わせる時だけ赴けばいいんだから」
そんなことが言えるのは国王ですら命令できないギルだけなのだとユフィーラは思っている。そして恐らくテオルドもその部類に入りそうだ。
「さて、じゃあそろそろ私も戻るとしよう。ユフィちゃん、来週末に往診で伺うよ」
「はい!リリィさん、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「まるで医師みたいだねー」
「紛うことなき医師だけどね」
ギルの軽口を軽く躱しながら、良い子良い子とユフィーラの頭を撫でくりまわしたリリアンが帰っていった。
ユフィーラはハウザーにお願いして、ダンに事情を説明し連絡魔術を飛ばしてもらった。了承の返事が来ると、テオルドにもギルから聞いた主旨の連絡を飛ばしてもらう。
テオルドからは、そろそろ戻るからとの返事をもらい、ユフィーラはギルの転移でイーゾと三人で戻ることになった。その際にイーゾが小声で「夕飯時だな…」という呟きが聞こえたので、是非大好きなガダンご飯を食べていってもらおうと、ユフィーラはほっこりした気持ちになった。
「あー美味しかった。じゃあ、お茶しながらで良いから耳だけ傾けていてね」
ガダンの美味しい食事に舌鼓を打ち、皆で食後の紅茶と珈琲を飲んでいると、ソファに寄りかかって珈琲を飲んでいたギルが立ち上がった。
テオルドが一つ頷き、使用人の皆も口を挟まずそれぞれ聞く体勢になる。
「まず、僕とイーゾは離島に行っていたから関わってないんだけど、普通の出来の影達がジャバル国の第一王子、ゲイルを捜索したけど見つからなかった。恐らく動かずに潜伏しているんだろうね」
王国の影を普通と言えるのも恐らくギルくらいだろう。
「同時進行で僕達はちょこっとだけバレン国へ行ってからジャバル国の王宮の動きを調べていた。無能な第一王子は行方不明。それを無能な側近達が必死に隠している。無能な周りはそれに気付かずにいたね。国王すらゲイルの不在を知らないんだから」
もう全部纏めると、ギルだから言えることだとユフィーラ始め他の面々も思っているに違いない。
「ゲイルが出国した理由は、玉座にぎりぎりまで居て好き勝手したい女好きの国王がなかなか次期国王、王太子だね。それを決めないことについに業を煮やしたみたい。ジャバル国は生まれた順番で王は決まらない。正妃が幾ら権力的に強くても…強いからこそかな。内心では強く言えない正妃への反発心も含まれているのかもしれないね。加えてその息子のゲイル個人も横柄で傲慢。そして王の器ではないって国王もわかっているのかなー自分もなのにね」
そう言いながらギルが珈琲を一口飲んでテーブルに置く。
「テオルドが以前バレン国相手に小競り合いしていたのも裏でゲイルが動いていたね。でもテオルドが出動したから思った以上に損害が出た。バレン国からも反感を買ったみたいで暫くは静かにしていたんだけど、そろそろジャバル国で色々と動きがあって大人しくしている暇はなくなったみたい。第二側妃の息子、病弱と言われている第二王子が何故か動いている節がある。でも公の場には一切出てこない。あらゆる手段で第二王子を葬ろうとしたけど、第二側妃の宮殿は強固で刺客も毒も通れない。事がうまく進まず苛々しただろうね」
ギル曰く、テオルドがバレン国にこちらの力を見せつけた後、バレン国はゲイルに対して不信感を抱いたらしい。何故ならばトリュセンティア国が衰退しているって偽りの情報をゲイルが流したらしいから。
「そしてそんなゲイルにバレン国側は不信感を持つわけだ。だけどゲイルはこんなことを言いながら大丈夫だと諭していたらしいよ。『私には魔力以上の力を持つ物を持っているから、いざという時はそれを使う』と」
その言葉にネミルとイーゾが反応するのをギルが一つ頷く。
「魔石だろうね。でも前回はこれ以上深堀りするのは得策ではないと途中で思ったのかな?上手いこと言ってさっさと退いたらしい。自分の立場を考えてこういう時だけ引き際を得てるとか質悪いよね」
ギルの話を聞く限り、ゲイルは何年も前からこちらに侵攻しようとしていたことは明白だ。しかも国ではなく個人の王族が動くという、下手したら国際問題にもなりかねない。
「無駄に退避能力はあって隠れているだろうに、お国柄の高貴な服装は譲れないとか結果自分の首締めるとか本当に無能だよね。彼は自分の宮殿には戻れない。捜索されているのを警戒しているだろうから」
「側近やお付きの人間は居なかったのか?」
テオルドが尋ねる。確かに一国の王子ともなる人物に居ないとも思えない。だがユフィーラが遭った時はゲイルは一人だった。
ギルがテオルドを見て三日月型に瞳を細めて微笑む。
「勿論居たよ。潜伏しているのは恐らくゲイルだけ。彼らは囮として宿に放置されていたみたい。捕縛…じゃなかった、丁重に王宮にご案内しているらしいよ。でもお付きの人間はただの観光だとしか言われていなかったみたいだね」
確かに現時点ではゲイルがトリュセンティア国に対し何かを仕掛けたわけではない。
とはいえ体の良い軟禁であることは間違いないのだろう。
「ジャバル国に本人が居ない、もとい帰れないんだったらそれを上手く使わないとね。ゲイルの宮殿を調べるには絶好の機会。まあ居てもあまり変わらないけど。あれだけ権力権力って煩いのに、護衛も影も隙あり過ぎてがばがば。僕とイーゾが片手間に出来たくらい。宮殿内で働く者の中で、数人の消えてもあまり問題のなさそうな、でも多少ゲイルや側近近くに居た人間をちょこっと捕まえてお話を聞いたんだ」
とても穏やかな口調で話してはいるが、イーゾが「普通に拷問レベルだったけど」と呟いているのをユフィーラ始め数人がしっかりと耳に届いていた。
「側近の一人にはある程度魔石の話はしていた。でも詳しい使い方やどこにあるかとか一切聞いていない。その側近が周りにぼやいていて、薄ーく周知されている程度。その側近も当然魔石に触ったことはなくて、ゲイルは常に自分の元から手放さなかったらしいよ―――――袋ごとね」
その言葉に空気がぴりっと張り詰めた。
「袋ごと…ということは」
ネミルが愕然とした表情で言うのをギルが頷く。
「そ。確実に一個ではない。袋に入れるくらいの数があるってこと」
「…あの人はっ…!」
只でさえ、トリュセンティア国に大きな損害を与えただけでなく、更には外の国のゲイルに渡していたカールにネミルが拳を握りしめて唸るように声を絞り出す。
「イーゾからざっとカールの話を聞いたけど愚かも愚か。僕個人としては愛っていうのは場合によっては破滅の序章になるんだなーって思っちゃったよ。まあカールがちょっとあれだけなのかもしれないけど」
ギルは完全に蔑むような口調で言うが、イーゾは勿論のことネミルの瞳にも、カールへの父親としての思いを憂う様子は微塵も無かった。
「死んでからも迷惑な奴だな」
「本当です!」
「だよね?それでさ、その愚か者の尻拭いって訳じゃないんだけど、ネミルにはちょっと手伝って欲しいことがあるんだよね。というか君にしか出来ないと思う」
ギルの言葉にネミルがハッとした表情で顔を上げる。
「そのことでテオルドにお願いしに来たんだよ」
「内容は?」
「ネミルをジャバル国に連れて行きたい」
ネミルが瞠目する。テオルドの表情はそのままで、「理由は」とだけギルに返す。
「ゲイルが持っているだろう魔石なんだけど、もしかしたら今持っているものが数的に全てではないかもしれないんだ。拷も…じゃなくお話を聞いた一人が、ゲイルが部屋の奥で隠れるように何かしているのを覗いちゃったんだって。その時に丸い何かを二つの袋に分けているのを遠目から見たらしい。恐らく魔石の入った袋をね」
ギルがこのくらいと言い、指先から肘手前までを指しながら袋の大きさを示した。
「ゲイルがカールからそれなりの数の魔石を受け取っていたと仮定して、この国に来る際に全て持っていくことは多分難しかったんじゃないかな。ということは当然どこかに隠しておく。でも自分以外を信用しない彼は誰にもそれを伝えない」
確かに魔石も大きさもあるが、幾つも持っていたのならばそれなりの重さにはなるだろう。
ゲイルがどこに隠したのかわかれば、脅威を減らすことができるかもしれない。
「ネミルが現地に赴く必要があると?」
「うん。例えば僕とイーゾがゲイルの宮殿に再度潜入してそれを探し出したとするでしょ?もしかしたら余計な魔術とか絡んでいて、ゲイル以外が触れたらって何かあっても困るじゃない。そこで魔石製造していたネミルの出番ってわけ」
「ネミルに魔石の精査をさせるわけか」
「せいかーい」
ギルがにんまりと三日月型に目を細める。
「…主様」
ネミルが強い眼差しでテオルドに声をかける。
「僕に行かせて下さい。誓約魔術でも国宝でも何を誓約しても良いので。…僕は元父親の仕出かした残った残骸を一掃したいです」
ネミルは覚悟を持った表情だ。
それは父親であったカールの後始末という気持ちもあるだろうが、自分が過去に行ったことへの贖罪の意味もあるのかもしれない。
「魔石が反応していない時の危険度は?」
「殆どありません。ですが、ジャバル国王子が持っている魔石に何が仕掛けられているかは未知数です。それを触れる前に解析して調べることは可能ですし、許可をいただけるなら赴く前にある程度想定して準備したいと思います」
それに頷いたテオルドは次にギルを見る。
「ネミルはお前たちと違って、諜報に長けた能力はない。対応は?」
「それは大丈夫。事前にネミルでも潜り込めるように数人の側近周辺を掌握させてあるから。イーゾが居て良かったよ」
そう言うギルにどういうことかとテオルド始めユフィーラ達がイーゾを見ると、「良くわからんが俺を神格化する人間がジャバル国に居た。そいつらを使う」とのことだった。
孤高の暗殺者という名は他国にも轟いていたようでユフィーラは驚く。
「許可しよう」
「主様…ありがとうございます!」
「助かる」
「そうこなくっちゃねー」
テオルドは一つ頷き、ネミルを見据える。
「ネミルには特殊任務を言い渡す。お前の持つ知識を全て使って最後までやり切れ。そして怪我など絶対するな。必ず五体満足で戻れ」
「…はい!」
「俺が居てネミルが怪我なんてするわけない」
「だよねー僕もいるしね」
その後日程などの話を詰めて、ギル達は明朝に出発することになった。
「あ。それと、料理人さんにも聞いておきたいことがあるんだ」
「ん?俺か?」
ガダンが自分を指すと、ギルはうんうんと頷く。
「あんたの無能な血を分けた奴の部屋なんて入ったことはないだろうけど、参考程度に教えて欲しいんだ」
諜報に秀でたギルがガダンの素性を知らないということはないのだろう。ガダンは特に驚く様子もなく片眉を上げる。
「…俺の意見が参考になるかねぇ…もう何年も前の話だし、奴の部屋なんざ位置くらいしか把握してなかったなぁ」
「まあ、そうだろうけど。自分以外信用しない男が大事な魔石をどこに隠すかなぁって思ったんだよね。まあ部屋中を破壊しても良いんだけど、周囲を無駄に警戒させるのも何だし、出来れば穏便に済ませたいのもあるんだ」
拷問している時点で穏便も何もないのだが、そんな思いを気取られることなくユフィーラはすんと済まして話を聞く。
ガダンはカウンターに肘をつきながら、人差し指でとんとんと頬を叩きながら宙を見る。
「あの男が他の誰にも見せない…行かせない場所、ねぇ…――――――ああ」
何かを思い出したのかガダンが叩くのを止めてギルを見る。
「今現在あるかは知らない…って俺も聞き齧っただけなんだがね。奴は希少な酒の収集癖があってさ。部屋の奥の方にその酒を保管しておく場所があるらしいが、誰も入らせない、触れさせないって聞いたことがあるなぁ」
「へぇ。―――イーゾ」
「あった。部屋の奥。寝台近くの鍵付きの棚」
イーゾの答えにギルが頷く。
「そこで決まりっぽいね」
ギルがにんまりと微笑んだ。
その後ギルとイーゾが一度帰る支度をしている時、ギルが思い出したようにユフィーラ達に向かって言う。
「あー、あとこれだけ。ゲイルは自分が能力に秀でていないことを無能なりに理解はしている。でも己が誰よりも王の器だと思っている。ここで結局無能が冴え渡るんだけどね。……『魔石を最大限に使えるのは俺だけだ』と。これは国を揺るがすレベルのものだと言っていたそうだよ。『一個に数百人分の魔力が入っている』てね」
ギルの言葉に周囲の空気がスッと冷える。
「…そんなに溜め込んでいるのか」
「一つ二つならいいけどさ。幾つもあったんだとしたら結構厄介。しかも所持者は無能なのに悪知恵だけは働く己絶対主義者だから。魔石一つでもかなりの力が想定される。それを放出されたら、僕でさえ怪我をする可能性は大きいよ」
そう言って去っていった。
そしてイーゾは去る間際、こそっとガダンの元へ行き「もし余っているなら今夜のミートグラタンの残りを…」と若干もじもじしながら話しかけている姿を見て、ギルの最後の言葉でちょっとざわついていた皆が何だかとてもほっこりした瞬間だった。
不定期更新です。