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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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元王族の使用人の過去






夕食時、ユフィーラは今日起きたことをざっと皆に共有した。



「頭に布を巻くのはジャバル国特有だよな、確か」

「そうですね。長い上着と緩やかな下履きもそうでしょう」

「それを聞く限り内密に来ている感じじゃないわよね」

「変装するプライドが許さないとか」

「そっちっぽい。傲慢な奴なら」

「ユフィーラさんが本能的に反応したなら可能性はありますね」



使用人の皆が口々に感想を言っていると、ずっと黙していたガダンがカウンターからゆっくりと片手を上げた。



「旦那。報告が」

「ガダン」

「あんた…本当に俺を信用しているんですねぇ」

「しない理由がないからな」



即座に返すテオルドにガダンは苦笑しながらも罰が悪そうな、でも照れくさそうに頭を掻きながら顔を俯けた。



「はあ…あまり気持ち良い話ではないんですけどねぇ」

「遅いよ。待ちくたびれた」

「本当よねー元よりその髪から大体察してるってーうちら優秀だから」



ガダンの言葉にパミラが言い返し、アビーが腕を組んで椅子の背に凭れる。



「あんたが何者とかどうでも良いし」

「そうそう。屋敷の料理人ガダンには変わりないしなぁ」



ブラインとダンも続く。



「仲間である以上元何者でも何ら問題ないんですよ」

「そうです!そんなこと言ったら僕なんてってことに!」



ランドルンも言葉を重ね、ネミルに関しては自虐ネタ全開だ。



「今更だ、何の問題もない。明日はフルーツ多めで頼む」



ジェスに関しては後半は単なる要望である。


それらを目を丸くして見ていたガダンが眉を下げて微笑む。



「…本当に。敵わないねぇ」

「敵うと思っていたのならばガダンさんは目論見が甘かったのです!それこそマドレーヌに蜂蜜をたっぷりかけるくらいには!」

「ふはっ…そりゃ甘過ぎだわ…」



ユフィーラもだが、誰もが己の過去、特に心に重く伸し掛かる内容を話す時には一抹の不安が湧くものだ。


もしかしたら皆の見る目が変わるかもしれない。

今まで通りにならないかもしれない。

今がとても満たされているからこそ、誰しもが同じことを思うだろう。


だからこそユフィーラ始めテオルドや使用人全員はこうやって態度と言葉で示す。



なめるなよ、と。



伊達に共に過ごしてきた訳ではないのだ。

色々あった過去程度で揺るぐものかと思いを真っ直ぐ伝えることは大事なのである。


ガダンはカウンターから離れ皆のいるテーブルの一つの椅子に座った。



「まあこの見た目から推測は簡単にできたんだろうけど…俺は元ジャバル国の人間でね。……元王族なんですよ。そしてユフィーラが会ったのは、ジャバル国、正妃の息子で第一王子のゲイルでしょうね」



ガダンが髪を掻き分けながら話し始める。



「もう随分前の話になるなぁ…俺は現国王の第三側妃の子供だった。あそこの国は完全な一夫多妻制でね。国王一人に正妃一人、側妃は四人、妾なんて何人居るかすらわからない」



トリュセンティア国は一夫一妻制であるが、隣国含め一夫多妻制は未だにあるらしい。



「母親は後ろ盾の無い子爵家の娘で、国王が見初めて半強制的に召し上げられた。ですが日々怯えていましたね。特に食べる物や刺客なんかを。警戒心が強かったから何とか逃れていたが…それでも程なくして毒殺されたんですよ。俺が当時十二歳、妹が八歳だったかなぁ」



ガダンが椅子に凭れながら宙を見る。



「うちの国は正妃の権力が凄まじくてね。誰も何も言えないし、国王すら強く言えない。まあ息苦しい毎日でした。それなのに国王は女好きが興じてあっちこっちと彷徨うもんだから、どんどん死人が出てくる」



吐き捨てるように言うガダンの瞳には国王への軽蔑の思いしかないようだ。



「俺の王位継承権は五番目でした。順番で言えばまあ滅多なことがなければ王にはならない、普通は。でも子供は俺含めて十人以上いてね。俗に言う継承権争いなんてものが妃同士や子ども同士で勃発するわけですよ。日々食事に毒を盛られたり刺客を送られたりと、まあどこぞの物語のような出来事が日常だったんです」



ガダンが言うようにまるで物語に出てくるような王位継承権を巡る争いが実際日常茶飯事で遭ったのだ。



「そんな中で俺は、まあ見た目もですが魔力や魔術、簡単に言うと全体的に優れていたわけです。俺からすれば正妃の子供が予想以上に無能過ぎたってくらいなんですが」



ガダンの能力が突出しているのは間違いない。

テオルドが模擬戦の時に順番の最後にガダンを置いていたことが何よりの証拠だ。

そんな彼だからこそ正妃やその子供達からすれば脅威になったのだろう。



「元より俺は王位なんざ興味なくてね。母親を殺され、それに対して国王は大した反応もなく、俺達を慮ることさえしない。上っ面だけの言葉と表面だけの対応。わかってはいたがうんざりしましたよ。俺にできることは血を分けた妹を守ることだけでした」



ガダンの瞳が昏くなる。



「そんな時、正妃と第一側妃の争いが激化した。正妃の息子、ゲイルはまあ無能で傲慢なのに悪知恵だけは働いてね。正妃の権力を存分に利用して次々に第一側妃の子供たちを葬っていた。それが第二側妃の子供や俺達にも飛び火してくるのは時間の問題だった」



同じ血を分けた子供同士の争い。

それを煽る権力に固執する母親。

それに関与しない父親こと国王。



「俺の妹は溌剌として元気が良くてね。いつも俺も守るんだって姫様のように殆ど着飾りもせず、日々魔術の練習に明け暮れているような子でした。俺が良くゲイルの標的になっていたからねぇ。ほら顔も能力もあいつより上回って目立つから」



ガダンは自分のこと卑下するように投げやりに語る。



「俺に何しても大して痛手を与えられないとわかったゲイルは、矛先を変えた…妹の方にね。――――俺の目の前で殺したんですよ、妹を」



誰かの喉がひゅっと鳴る。ガダンの朱色の瞳が微かにどろりとした赤い色に変わっていく。



「俺の目の前で妹に剣を突きつけてね…んで俺が動けないのをいいことに部下に散々傷めつけさせた」



ガダンが右目尻の傷を指して「これそん時のやつ。呪いみたいなもんが含まれていたから治らなくてねぇ」といって片方の口を上げる。



「…だがそれに我慢ならなかったのは…俺の可愛い妹だった。今までの集大成の如く、渾身の魔術をゲイルに向けて放った。…奴は避けはしたが手に直撃して二度と元に戻らないくらい焼け爛れた」



ユフィーラが見たゲイルの手の爛れはガダンの妹の最後の攻撃の証だったのだ。



「女を最下層の如く見下している奴は、まさか攻撃されるなんて思ってもみなかったから、当然激昂してね。その場で妹の胸に深々と剣を突き刺したってわけですよ」



唯一守りたい妹を目の前で惨い殺され方をしたガダンの心情は計り知れない。



「俺は魔力暴走さながらにその場を焼き尽くして、妹の亡骸を手に取り戻した。勿論奴ら全員跡形もなく殺すつもりだった。……なのに、その場を止めたのは国王とその側近達だった。正妃の報復が怖くてかな…?とんだ最高権力者だ」



ガダン曰く、正妃の生家を始め発言力や勢力が強いらしく、国王は自分の地位を守るために結果、子供を犠牲にしたということだ。



「母親も妹も居ない国なんざ何の価値もない。すぐに絶縁を申し出た。留まったところで遠からず暗殺されるだろうからね。なかなか首を縦に振らない国王を説得したのは第二側妃の頭は良いが病弱な息子の一人だった。俺が居ると国王の立場が悪くなるとかまあ上手いこと適当に言ってくれてね。俺はようやくあの腐った国から出られたってわけですよ」



そう言って苦笑するガダンだが、妹への復讐を成し遂げられなかった悔恨の思いも間違いなくあるのだろう。



「その後はあちこち放浪しながら腕が磨かれていきました。というのも絶縁したってのに俺の息の根を止めようと奴の刺客が次から次へと、ね。勿論全員この世には居ません。んでここ数年は自分の国でもあれこれ忙しいのか、それらもなくなった。それで魔術師団に入ったって流れになりますね」



ガダンの魔術の技術、特に火に関してはずば抜けているとテオルドが言っていた。

それはジャバル国の王族だったという血筋もあるのかもしれないが、だからこそ正妃の息子ゲイルにとっては自分の地位を脅かす存在になっていたのだろう。その証拠に最近までしつこく狙われていたのだから。



「俺の過去はそんなところです。…それで、旦那から先日聞いた内容から自分なりにちょっと動いていたんですよ。俺には情報屋みたいな知り合いが居ましてね」

「ああ」

「ユフィーラの話との照らし合わせのようなものができますよ」



そう言って、ガダンが座り直す。



「俺の情報屋の話だと、つい一月前まではジャバル国で流行っていたと言われる病が蔓延していた時期、ゲイル王子様が周辺に良く訪れていたようで」



その言葉にざわりと食堂内がざわめく。


ガダンは情報屋に以前から定期的にゲイルの動向を探らせていたらしい。最近までは自分に矛先が向かなかったとしても、いつ何時再度向くかもしれない懸念は持っていたと。

それくらいゲイルのガダンへの執着、基脅威は去っていないのだろう。



「それが最近になって治まり、奴は今この国に居る。理由はわかりませんがね。…ユフィーラが言っていた指輪の話ですが、ユフィーラ」



ガダンから呼ばれ、ユフィーラは背筋を正して頷く。



「その指輪の石の色は覚えているか?」

「色…」

「ざっとで良い。赤とか黄色とか無色透明とか」

「金色の指輪に…赤、透明…でもなく、黄色…っぽく見受けられました。でもさっと見ただけです。例えば赤色や他の鮮やか色ならば、もっと記憶に残っていたと思います」



ユフィーラの答えにガダンが一つ頷き、今度はネミルに視線を向ける。



「ネミル」

「っはい」

「カールが魔力の質を見極められる装飾品を作っていた可能性はあるか?」



ガダンの言葉にネミルは目を丸くしてから、考え込むように視線を下げる。



「魔力の質……見極められる―――あ、そう言えば」



ネミルがはっとしたように顔を上げた。



「これがそうだという確証はないのですが、彼が捕縛される数週間前に僕の所に来た彼の手に見たことのない新しい指輪を付けていた記憶があって。石は、…くすんだ黄色?のような…それを填めながら僕を見て『お前の魔力は最近濁り気味だな』と言われたことがあります…!」



その言葉にテオルドもガダンの言いたいことが理解できたのかはっとする。



「旦那。恐らくゲイルの指輪はカールに贈られた物の可能性が高い。そしてそれは人の魔力の質を見極められるもの。…質の良い魔力を求めて、しかも魔術技術の最先端で豊富な魔力を持つ者が多いこの国に来たということかも知れません。魔力を蓄えて何を成そうとしているのか…阿呆の考えはちょっとわかりかねますが、どうせ碌なことではないでしょうよ」



ガダンの言葉に周囲の緊張感が増す。



「カールが生成した魔石からの指輪…それだけでなく他の用途がある魔石も持っているかもしれないな」

「ですね。どんな経緯でゲイルがカールと関わるようになったか、カールが何かを頼もうとしていたのかは、ネミルが以前言った話につながるかもしれません」



ネミルが驚愕の表情になる。



「蘇り…」

「ああ。だがね、うちの国にそんな禁呪は無い。この国と同様に伝説紛いで伝えられているくらいだ。だがもしゲイルが、最愛を亡くしたカールに対してあたかも本物の禁呪が存在するかのように話していたのなら」



恐ろしい予想に怖気が奔る。



「あいつは無能だが、人の弱点を見抜く能力は無駄にあった。逆に阿呆だからそこにしか突出できなかったか。カールを上手く転がして魔石をせしめていた可能性は高い。そして濃度の高い希少な魔石が奴の手の内にある可能性も」



とんでもない予想事態に部屋全体に重苦しい空気が漂う。



「旦那。ゲイルは無能だが、自分以外は基本一切信用しない。猜疑心の塊のような男です。魔石の話だけなら側近に伝えてはいても所持させること、ましてや使わせることなんざまずないでしょう。そして俺と一緒に居たユフィーラを見て魔力が豊富だと言った」



テオルドが頷く。ユフィーラは疑問に思い首を傾げる。



「私の魔力量は多い方ではありますが、魔術師の皆さんと比べれば平均も良いところなんですよね?」

「ああ。だが潜在的なものということならば、どれくらいかなのかは不明だ」



潜在的なものと言われ、ユフィーラは更に首を捻る。



「フィーが色々なことに耐えていた時代に無意識に魔力も押さえていた可能性も十分にある。それは俺や専門の者が調べても解らないことが殆どだ」

「魔力そのものの源、潜在するかもしれない力は、所詮人間の私達には計り知れないものがあるのですよ。私が何年も書庫に籠もって書物を読み漁っても大した解明もできず未知数なことばかりです」



テオルドの言葉を更にランドルンが足してくれて、ユフィーラはなるほどと頷く。


過去の経験からユフィーラは約十六年間無意識の中で全てにおいて諦観と我慢を重ねていた。その中で当然使えない、そもそもあると思ってもいなかった魔力すら知らぬ間に常に抑えていたとするなら、それが実際に自分でもどれほどのものなのか全く想像がつかない。



「国王には共有しておく。諜報に彼の捜索と周囲を探らせることにしよう。…ガダン、お前の過去と…、情報の提供を感謝する」



テオルドの言葉にガダンが目を見開く。



「止めてくださいよ。旦那が俺を信じ切っているなんて言うんだから全部言っちゃうしかないでしょうに」

「だよね。旦那様のあんな言葉を聞いたら私も言わなくていいことまで言っちゃいそう」

「当たり前だ。私は我が主に常に全開だからな」

「あんたは少し閉じた方が良いよ」



使用人のいつも通りの応酬に周囲の空気が和らぐ。ガダンはその様子を見ながら安堵したような表情をしていた。







不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。

とても助かります。

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