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一日5秒を私にください  作者: あおひ れい
一年365日を私にください
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離島の不穏な動き






その日の夕食後のこと。

皆が食後の紅茶と珈琲で寛いでいる時にテオルドから話を切り出された。


ご機嫌斜めで登城したテオルドだったが、呼び出された内容がどうやら少し込み入った内容らしく、使用人…ではなく今夜は特殊魔術班達に話があるようだ。



「皆そのままで聞いて欲しい。今日国王から呼び出しがあった。何でもここ最近離島の動きがきな臭いらしい。以前俺が隣国の遠征に出たことがあっただろう」



テオルドの突然の国の情勢の話に、ユフィーラ始め使用人一同は言葉を発さずに頷きで返す。



「あの時、隣国…バレン国にしては小賢しい真似をするとリカルドと言っていた。それでもある程度こちらの力を提示してからは暫く静かだったんだが、最近また不穏な動きがあった。それを国の影が調べていくうちに、どうやらバレン国に裏でけしかけている国がいるようだということがわかった」



トリュセンティア国は広大な大陸の上部の位置にある。国から西方面は小賢しいと言われているバレン国、そして東方面はユフィーラの母国イグラス国だ。


更に北方に進み海を隔てて離島があるが、ユフィーラは地図でしか見たことがない。



「東はイグラス国で、西はバレン国。北方の離島と言えば…ジャバル国だね」



パミラの言葉にテオルドが頷く。



「当時鎮火させたバレン国は元々好戦的な国ではなかったのにと国王も言っていた。だが最近になって些か妙な動きをしているからと諜報が動いていたらしい。あの男を使っていたと国王が言っていた」

「それは…ギルさんでしょうか」



ユフィーラの言葉にテオルドが頷く。



「周りに一切気取られずに動けるのは彼しか出来ないそうだ。それに最近ではとても優秀な弟子が居るからと精度が更に上がっているらしい」

「それってもしかして…イーゾ?」



ネミルが目を丸くして尋ねる。



「ああ。僅かにでもやり辛い使えない相手とは二度目が無いと言われているくらいだ。だがイーゾと何度も共に動いているということは、何だかんだ言いながらも連携も出来て相性が良いんだろう」

「そうですか。イーゾも良くこき使われているって愚痴を零してはいますが、任務自体はとても楽しいみたいです」

「二人の動きでかなり効率が上がっているようだ。それで隣国の方を色々調べさせてわかったことが、ジャバル国が隣国を煽っている節があるらしく、バレン国はそれに対して困惑している。その理由が国ではなく、焚き付けているのがジャバル国の王族の一部だからとのことだ」



国対国の話ではなく王族の一部という何とも言えない状況だ。



「それってジャバル国自体はそれを求めていないのに、一部の王族がやれやれといっているってことです?」



ダンの言葉にテオルドが再度頷く。



「隣国としては、もうトリュセンティア国とは争いたくないらしいが、その王族の一部が無駄に煽っているらしいな」

「なにそれ。王族とはいえ、王ではないわけでしょ?そんなことして何も制裁を受けないのかしらね」



アビーが信じられないといった感じでいう。



「国にも寄るんだろうが、ジャバル国はどうもそうらしいな。全てではないが、王族の中には好戦的な者もいるようだ」

「王がちゃんと統制取れてないとそうなるんだね」



ブラインが蔑むような言い方をする。



「王の権力以上にとある王族…ということは、王の兄弟、又は王妃といった感じでしょうか。そしてその周辺の貴族も」

「恐らくな。今その辺りを調査中だ」



珈琲を一口飲んだテオルドが話し続ける。



「それでここからなんだが。最近までジャバル国ではちょっとした病が流行していたらしい」



その言葉に全員の視線がテオルドに向けられた。



「倦怠感と魔力の枯渇。それ以外に症状はないそうだ」

「…主、それはまさか」



ジェスの言葉にテオルドが一つ頷く。



「そうだ。あの時の状況と良く似ている現象が、ジャバル国でも起きているらしい」



その言葉にネミルの顔がさっと強張る。



「魔石…ですか」

「多分な。ネミルは魔石を幾つか所持していたが、カールが実際どれだけの魔石を持っていたかの確証はなかったんだな?」



その言葉にネミルはすっと背を正す。



「はい。僕が知る限り、父…いえ、カール元魔術師団長の専用研究所にも幾つか置いてはありましたが、効力的には低いものでした。…僕が忍び込んだ屋敷の彼の部屋にあったものは記憶の限り全て持っていっています。それらは主様も知っての通り提出済みです」



ネミルが以前の件で所持していたカールの作った魔石を全て国に差し出している。そしてそれらに関して国宝を使い偽りが言えない状態で誓約しているため、ネミルの言葉は全て真実となるのだ。



「ネミル。話しづらいだろうが皆に聞かせてくれるか」



テオルドの言葉にネミルが眼差しを強くして頷く。



「遠慮は無用です。何でも聞いて下さい」



ネミルは自身で乗り越えたのだ。その決意がしっかりと眼差しに灯っている。もう彼は迷わないだろう。



「魔術師団に埋められた魔石は所持していた物の中でどれくらいの価値がある?」

「あの魔石は大きさこそありませんでしたが、魔石そのものの質は高かったです」



そういって親指と人差し指を使い丸を作る。大きさ的にはネミルの手に収まるくらいだ。



「質が高ければ、その分魔力が蓄積されやすい。だからあれだけの…効力を発揮しました」

「カールが生成していた物の中で、あれよりも大きいものを見たことがあるか?」



ネミルが首を首肯する。



「はい。ですが、魔石の質という話を先ほどもしましたが、大きさだけではなく魔石の良し悪しも重視されます。研究所内の魔術師達が扱っていたものは、大きさは拳大くらいで普通の質の魔石だと聞いていました。…僕は手に収まるくらいの、魔石の質がかなり良い物を取り扱っていました。人よりも魔力量が多かったので」



ネミルが少し目を伏せるが、すぐにさっと視線を上げた。



「良質の魔石、そして大きさもあるものは恐らく全て元魔術師団長自身が担っていたのではと僕は考えています。それをどれだけ彼が所持していたか、何に利用しようとしたのか……」



ネミルが唇を噛んで俯く。



「彼は良質で大きめの魔石には誰にも触れさせませんでした。それをもし誰かに渡したとするならば、渡すほどの何か理由があったのかもしれません」

「あの魔石は誰にでも扱えるのか?」

「いえ。使用するにはそれなりの魔術の技術が必要になると思います…ですが、元魔術師団長が魔石に…簡単な操作だけで使える方法を作ったという可能性は有り得なくはないです。…あの人はその辺の閃きが異常なほどありましたから」



ネミルはそう言うと、強い眼差しでテオルドに伝える。



「彼はあれでも魔術師としては有能でした。誰かに奪われたとは彼の魔術師の能力からいっても考えにくい。彼が自ら誰かに渡したのならば相応の理由が………実は、―――」



ネミルが話すのを皆が言葉を挟まずに耳を澄ます。



「イーゾから聞いたことがあります。僕達の母親のことを。僕達が生まれたことによって、母親は産後の肥立ちが悪く亡くなったそうです。それを彼は僕達が彼女を殺したものだと思っていたようです」



そんな無茶苦茶な話がと誰もが思っただろう。それをわかっているのか、「母親に異常な執着があったようです。彼女以外は皆塵に等しかったのでしょう」とネミルが苦笑しながら答える。



「元魔術師団長は国にも魔術師団にも特に興味が無く、僕には願いを叶える為としか言いませんでした。権力や莫大なお金も良質な魔石を購入する術の一つに過ぎなかったのです。その彼が僕達の母親が亡くなった後に、明らかに魔石に魔力を詰め込むことへの執念に身をやつしていたと仮定するなら―――」



その先の話が何となく予想できるが、そんなことが果たして可能なのか。



「母親のことをイーゾから聞いた時、…僕の勝手な推測になりますが、彼はもしかしたら母親を生き返らせようとしていたのではないかと」

「禁呪か」



テオルドの言葉にネミルが頷く。



「普通では考えられませんよね。あれは昔の戯言として伝えられているくらい確証のないもので、それこそお伽噺として認識されているくらいです」



その言葉に一同が首肯する。



「…それでも、確証もないのに僅かな可能性にでも賭けたいくらいに、彼は母親を取り戻したかったのかもしれないと…イーゾから彼の母親への固執具合を聞いた時には戦慄いたほどでした」



何でも人と、特に異性とはどの年齢でも会わせずに、外にも一切出さず、子を身籠ってからは部屋からすら出さなかったくらい、彼は一人の女性に囚われていたらしい。



「ネミルには悪いが、そこまでの異質な想いをずっと持っていたのならば、蘇りの禁呪という噂だけ蔓延っていたものに縋ってもおかしくなかったのかもしれないな」

「いえ、もう僕は大丈夫です。捕縛される前の彼は何かに取り憑かれたように良質高濃度の魔石を作っていましたから」



カールは一体幾つ魔石を生成していたのか。

そしてそれを亡くなったネミル達の母親を蘇生させる為という逸脱した目的の為に、もし誰かに渡したとするならば。


ネミルも言っていたが、魔石の確実な数はわからない。

屋敷や研究所から押収した物、ネミルから押収した物、それらで全てなのかすらわかっていない。


そして誰もが想定しただろう。

その魔石が誰かの手に渡ったとして、カールの亡き後、彼の望みではない違うことに使われているかもしれない可能性が起こっているということを。



「主様、もしあの魔石が彼から誰かの手に渡っていたとして、しかも質の良い濃度の濃い魔石とするなら。それが離島で流行っているものと付随していて、魔力を吸収されているとする…そしてそれを持っている者が、何かを企んでいるとなると、下手したら凶悪な兵器にもなり得ます」



ネミルの口から出た恐ろしい予想。



あの流行紛いの症状が蔓延している状況。

それが何を示して今後どのように動くのか皆目検討がつかない。


そこでブラインが何かに気づいたように話しかける。



「テオルドさん。最近までって言ってたよね」

「ああ。離島での症状がここ数日で少し治まっているらしい。病でないとするならば、その魔石の持ち主が移動している可能性がある。離島内の他の場所に行っているのか、はたまた隣国や他の国に渡っているか」



空気がピリッと帯びる。



「そうなるとこの国に来る可能性も十分にある。今後外出時にこの国にはあまりない風貌や服装、気になる人物が居たら知らせて欲しい」



テオルドの言葉に皆が一斉に頷く。



「ネミル。イーゾから連絡魔術は来ているか?」

「はい。ちょっと詳しいことは言えないけど暫く諜報で離れるとだけ。この件だったのですね」

「ああ。悪いがイーゾは暫く諜報の任務に付くだろう」

「いえ。本人もなんだかんだ言いながらも喜んでついて行っていると思いますし、お役に立てるなら」



ネミルが微笑みながら返す。テオルドは一つ頷き「何か気になったことがあった場合は報告してくれ」と〆てこの話は終わった。



その間、ユフィーラはずっと気になっていた。


いつもこういう話題になると、誰よりも意見や質問を尋ねる使用人が一言も発さなかったのだ。

少し俯き加減で僅かに眉が寄り何か思案するような表情を終始していた。


その後解散して各々部屋に戻る。

ユフィーラもテオルドと共に部屋に戻り、このことを伝えようとテオルドを見ると、テオルドもユフィーラを見ていた。



「分かっている。ガダンだろう?」



テオルドはユフィーラが懸念していた人物の名前を出してきたのだ。



「…テオ様、気づいていたのですか?」

「ガダンは恐らく離島出身だ。しかも貴族以上」



テオルドの言葉にユフィーラが目を見開く。



「離島、ジャバル国は元から好戦的な国ではない。だがここ数年一部の王族が勝手に動いて無駄に活発らしいと国王が言っていた。以前俺が遠征に行っていたバレン国との小競り合いも、ジャバル国の一部の人間が関与していたんだろう」



ユフィーラは頷き、質問はあとだとそのまま黙って聞きに徹する。



「ジャバル国の王族には赤系統の髪や瞳の色が多い。自ずとガダンがそっち出身だということは以前からわかっていた。だけど彼はここに来た当初に言っていた。全部削ぎ落としてきたと」



その言葉にユフィーラは首を傾げる。



「国籍を抜いた、それか絶縁でもしたんだろう。流浪状態から現在この国の国籍を取れていることが偽っていない証拠だ。調べられるからな。ジャバル国は閉鎖的とまではいかないが、進んで王族自ら表に出ることもないから髪の色が王族色だと知るものは多くはない」



確かにガダン本人も外国出身だとは言っていたが、トリュセンティア国には珍しい赤系統の色合いの髪と瞳。それは離島のジャバル国、しかも王族系統の人間に多いという話なら、ガダンの魔術が異常に高く精密なのも納得してしまうほどだ。



「諸々わかって俺は彼を雇った。これでも人を見る目はあると自負しているからな。ガダンの目を見る限り嘘偽りは言っていない。彼は魔術師団の頃から適当な言い訳や偽りを只の一度も言ったことはない」



テオルド自身、魔術師団でガダンとの関わり、彼の人となりを判断してここの屋敷に呼んだのだろう。



「もしガダンさんが何か思うことがあって、一人で―――」

「フィー、大丈夫だ。それも無い」



またしてもテオルドが言い切った。



「ガダンの身内か知り合いが関与してるか否かは現段階ではわからないし全く関係ないかもしれない。恐らく彼が自分の伝手を辿って調べるだろう。その結果が何であったとしても何も言わずにここから去ったり、こちらに不利な状況を作ることはまずない」



テオルドが真っ直ぐな瞳でユフィーラを見る。



「そんな奴を俺が雇うわけがない」



その言葉にユフィーラは心が震える。


ガダンから前に聞いた話だと、魔術師団時代はたまに一言二言交わす程度だったらしいが、ここに呼ばれたきっかけの一つは、退団を前提として、テオルドの存在を無駄に気にしない、諸々を利用しない、そしてお互いを詮索し合わない人間が選ばれたんじゃないかと言っていた。


だがテオルドの中では元はそういうつもりではなかったとしても、ここに呼び寄せた時点で無意識の中でも信用という形はあったのではないかとユフィーラは思っている。


だから今こうやって言葉にして問題ないと断言できているのだ。

テオルドのガダン始め使用人への思いがユフィーラはとてつもなく嬉しく喜ばしい。

そしてテオルドに信用されている使用人の皆が誇らしい。



「テオ様はガダンさんに何かあった場合でも単独で動いたりここから居なくなったりせずに必ず報告、相談があると思っているのですね」

「ああ。疑ったことはない」



テオルドは彼らへの信頼をしっかりと確立しているのだ。そして彼らもそうなのだろう。

ユフィーラは一つ頷き、にこりと微笑む。



「テオ様と使用人の皆さんの結束力はこの屋敷の防壁魔術よりも強固ですね!」



そう言って淡く微笑むテオルドがとても愛しくて仕方がなくなる。ユフィーラは思わず手を伸ばして頭をレノンやルードを撫でくりまわすかのようにわしわしと髪を梳きながら撫でる。



「っ…」

「流石私の最愛の旦那様です!テオ様は本日も最高に格好良い!」



そう言いながら今度は丁寧に髪を撫で梳かして最後に頭ごとぎゅっと抱き締めた。その時にテオルドの耳や顔が赤かったことは当然抱きかかえていたので気付かずじまいである。



その後は今日見てきた装飾店でのブレスレットの話をしてどんなものにしようか相談し合いながら夜が更けていった。







不定期更新です。

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