二匹の進化
「儲けましたねぇ!」
「ユフィーラはその言葉が好きだねぇ」
その日ユフィーラは一人で街へ来ていた。
以前ギルとイーゾから婚姻式のお祝いに贈ってもらった黒と紺色の美しい原石を加工しようとテオルドと話し合っていて、装飾品店にどんなものがあるか見に行こうということになっていたのだ。お互い華美なものは好まないので、邪魔にならない大きさの細めのブレスレットにしてはどうかという話が出ていた。
しかし休息日だったテオルドが急遽国王からの招集を受け、かなりご機嫌斜めな様子で登城して行った。
ユフィーラはどのようなブレスレットがあるかだけでも一人で見に行って、テオルドと次回行くときの参考にしようと街へ向かった。
まずは加工肉店でお薦めのサラミをしっかりと買った後に装飾店にちょこっとだけ寄り、ちょうど出たところで市場に向かっているガダンを見つけ、爆速で駆け寄ったのだ。
また色々な美味しい食材が見られると当然そのままガダンにくっついていき、市場の乳製品の店で美味しいミルクアイスを奢ってもらって更にご機嫌になった。
そして今夜夕食に使う予定の牛肉塊の質がかなり良かったようで、それを見たユフィーラも目をきらきらさせながら店主の前で肉の艶と霜降りの螺旋が素晴らしいと絶讃したことで、気分爆上げの店主からおまけとしてシチュー用の肉もいただいたのである。
「本来手に入れることはなかったシチュー用のお肉ですよ!これでガダンさん特製のクリームかビーフなシチューが食卓に出る未来ができました!」
「あの店主相当嬉しかったみたいだねぇ。霜降りの件で、熱い語りをユフィーラに始めて、更にユフィーラも乗っかるもんだから、客がぞろぞろ集まってきてたな」
ユフィーラは購入した肉の素晴らしさを店主と話していただけだが、ガダン曰くユフィーラの分かり易い肉の説明が客の想像を上手に掻き立てられたようで、ユフィーラ達が離れた後に行列ができていたらしい。
「あれは、店主さんが霜降りへの熱いこだわりを伝えたことで周りの方がそれに反応しただけなのですよ?私はひたすら美味しそうだとしかいっていませんねぇ」
「その内容が周りの買う意欲を沸かせたんだろうけど、ユフィーラは自分が食べたいとか美味しい内容を伝えてるだけだもんなぁ」
「ですね。ガダンさんの作る姿とそれが織り成す美味し過ぎる料理を頭の中に浮かべながら話してはいましたね!」
「本当に料理人冥利に尽きるなぁ」
そう言ってガダンがゆっくり優しくユフィーラの頭を撫でてくれる。
にこにこしながら頭撫でを存分に味わい、内心これで連日美味しいお肉料理にありつけるとユフィーラは邪な食い意地の張った考えを張り巡らせていた時のことだ。
「!」
ふと雑貨店を通り過ぎようとすると、見覚えのある動物の形をしたぬいぐるみを見つけた。
「ん?どうした…あ」
ガダンもユフィーラが思わず立ち止まってしまった理由に気付いたようだ。
以前アビーと出かけた際、この雑貨店で獰猛な動物なのに可愛いという合せ技な小ぶりなぬいぐるみ、伏せの形をしたテオヒョウとハウジャガーに運命的に出会ったのだ。
その二匹のぬいぐるみはユフィーラの手の平サイズよりも少しだけ大きめで、精巧に作られてはいるが、生々し過ぎないように可愛く煌く瞳で牙は少し丸みを帯びている、子供でも危なくないように作られている。
「…が、ガダンさん。これは…」
「おお。家にいるテオヒョウ達と同じ作りだけど、形が変わっているねぇ」
そう。伏せの状態ではない。
雑貨店の店頭に飾られていたのはテオヒョウとハウジャガー始め他の動物もあったのだが、なんと新しい形態が出現しており、太すぎない丸太にしがみつく抱きつき型のテオヒョウたちだったのだ。
「きゃ…きゃわわって叫びたいのは山々ですが…これでも人妻なのです」
「ぶっ」
「それに…獰猛な動物達が木にしがみついているとか…どれだけの萌え要素を…」
ヒョウやジャガーの他にも数種類動物が同じ様に丸太にしがみついているのだが、ユフィーラにはこの二匹しか目に入らない。
しかもしがみつきながらも顔を横にしてしれっとした表情で何か?みたいな勇ましくも円な瞳でこちらを見つめているのだ。ガダンはわなわな震えるユフィーラを生温かい眼差しで見つめながら、ちょっと含み笑いをする。
「もう一目惚れ状態な感じかねぇ。家に居るテオヒョウ達の家族として迎えてあげたら?」
そう言われて一瞬即答しそうになったが、ユフィーラはぐっと耐える。
「…確かに、ほぼ一目惚れ状態です。…ですが、私個人の思考の話になってしまうのですが、同じ物や似た物を揃えて楽しむことが好きな方もいますが、私は一つだけ派なのです」
例えば装飾品や食器、ぬいぐるみなど、沢山集めて並べたり飾っておきたい人はいるだろう。
ユフィーラは一つ、その一種類をずっと愛でていたいのだ。
以前パミラ達がテオヒョウ達を婚姻式仕様にしてくれたように既存のものに足していくことは良いのだが、そのものの数を増やしていくことをあまり好まない。
「あーなるほどね。数を増やすよりも、あるものをもっとグレードアップさせていきたい感じなのか」
「はい。もしこの子達を買ってしまったとしたら、既存のテオヒョウ達が少し霞んでしまうような錯覚がして、あまり好ましくないという私の身勝手な思いなのです」
それでもこの二匹からなかなか目が離せない。表情も大きさも一緒なのだが、形だけが違うのだ。きりっとした顔でくきっと首を傾げているのが、堪らない。
唸っているユフィーラにガダンは苦笑しながらも、ふと思いついたようにユフィーラに顔を寄せた。
「今家にあるテオヒョウ達の体がああいう風になれば、それで解決な感じかねぇ」
「…え?」
ガダンの最強な提案にユフィーラが瞬きをする。
「家に居るテオヒョウ達は伏せの状態ですが…」
「うん。それをさ、例えば魔術で自由自在に動かせるようにできたとしたらどうする?」
その言葉にユフィーラは魔術とはそこまでできるのかと瞠目する。
「そんなことが…可能なのですか?」
「普通は無理難題に近いだろうねぇ。ただ屋敷に居る手先が器用な魔術師ならもしかしたらいけるかもしれないと思ってさ」
ガダンにそう言われてユフィーラの脳内で器用な数名の魔術師の顔が浮かぶ。
「俺も出来なくはないが完成度は微妙だなぁ。でも彼らに聞いて見れば案外いけるかもしれない」
ユフィーラの表情がぱあっと明るくなるのを、ガダンがにやっと片方の口角を上げながら笑む。
「ユフィーラは一つのものを大事にするんだな」
そう言って頭をぽんぽんとしてくれる。
「沢山持つことに慣れていないのもありますが、どちらかと言うと数少ない手元にあるものをずっと大事にしていきたい気持ちが強いのかもしれません」
「なるほどね。それは人に対しても同じようだねぇ」
「ふふ。かもしれません。存外私の器は大きくはありませんからね!定員オーバーです!」
そう言って、飾られている抱きつき版テオヒョウ達の形を良く覚えておこうと観察しているユフィーラをガダンが優しい顔で見守っていた。
その日の夜、内密に二名の選ばれし使用人に相談してみると、一人は「出来ると思いますよ!保管魔術の応用を使えばいつでも好きな形に変えることも可能かもしれません」と快い返事をもらい、もう一人は「…これは主には、内密な任務だろうか…でも、これはきっといつか主の為になると無理に思えば…!」と苦渋の決断をする勢いだったので、無理せずに断ってもと言おうとしたのだが、何気にやる気があるようだったので、ユフィーラは遠慮なくお願いすることにした。
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