第八話 編み笠の男
「快抓住那個傢伙。要是又讓他逃走,都是你的責任。 (早く奴を捕まえろ。もしまた逃げられたりしたら、全てお前の責任だからな)」
男はガチャリと静かに受話器を置くと、窓のそばにツカツカと歩み寄る。しばらくジッと外の景色をその赤い瞳に映すと、考え込むようにグッとまぶたを強く閉じる。
意を決したように椅子の背もたれに掛けられたうぐいす色の上衣をパッと取り、それをハラリと羽織ながら急ぎ足で部屋を出た。
侠輔は太陽の光にくすぐられるような感覚に目が覚め、うっすらと目を開いた。
腹の上に重みを感じて見れば、ぼんやりとみえる丸い影。
「よ、松之助」
侠輔は寝ぼけなまこで挨拶をするのは……。
「ふあぁ」
と鳴く謎の丸い物体。フワフワと全身茶色の毛に覆われ、背中には白い斑点模様。猫のような大きさ、細い目じりはトロリと垂れさがり、丸ほっぺ。まるっこい体に短い足。そして頭には小さな角が二本ニョッキリと生えていた。
そう、鹿である。城に迷い込んでからというもの、まったく大和公園に帰ろうともせず、今ではすっかりとここに馴染んでいた。
「そうかそうか、寝室にまで入ってくるなんて、よっぽどオレが好きなんだな。仕方ねぇ、メシでもおごってやるか!」
松之助をムギュっと強く抱きしめると、意気揚々と自室を出た。
ザワザワと次第に賑やかになってゆく城下街を、見慣れない四人の男が横並びになって歩いていた。
「本当にこの辺りにいるんでしょうかね。情報を入手してから、もう何日も経っているのに……」
そう心配そうな表情をする黒髪の青年。太い眉以外はこれといった特徴も無い。
「あの情報が正しければいるはずだよ。焦らないで捜そう」
穏やかな口調の彼は、寝癖なのか銀色の髪があちこちに、あらゆる角度にピョンピョン捻じ曲がっている。さらには牛乳瓶の底のような、分厚いぐるぐる丸めがねを掛けていた。
「だが神出鬼没で、逃げ足も速いという話も聞けにける」
変わった言葉遣いの、背の高い男は青い長髪にキリッとつり上がり気味の目。
「だったらオレの出番! この世でオレより速い奴なんて亀ぐらいッスから」
「全く期待できないんですけど!」と太眉青年の突っ込みを受ける、十代半ば頃の少年。黄金色の髪は 前髪が大きく左に跳ね、あどけない顔にひときわ目立つクリッとした大きな瞳をしていた。
「え~っとそれより特徴はどんなだっけ? 七十歳位の金髪の老婆ッスよね?」
「いやいや、全然違いますよ!」
「そうだぞ。金髪ではない、老婆の染髪といえばムラサキなり!」
「どこを訂正してんですか!! だから赤……」
「……い唇?」
「うるさい! 話が進まんでしょうが!」
「奇遇ですね。こんなところで鉢合わせするなんて……」
袋を持った孝太郎が憐の横を歩く。
「ちょっと色々見てみたい所があってな」
そう言うとチラリと孝太郎の手元にあるものを見る。
「それにしてもお前のご両親も、なかなかの好学家でいらっしゃるな。城下の子供の遊びに興味がおありとは」
孝太郎の持つ袋の中に詰め込まれた、剣玉やベーゴマ、お手玉に水あめ。
「これを興味深そうに手に取られる姿が目に浮かびます」
とにこやかに笑う。
「だからですね?! 赤……」
「……い鼻」
「赤……」
「……いお尻」
「赤……」
「……いニキビ」
「もーお前らぁあ! いいかげんにしてくれよ! 頭の血管引きちぎれるわぁあ!!」
ギャーギャーと騒がしい四人組みと、すれ違う孝太郎と憐。
「おい、何なんだあいつらは……?」
「戦にでも行くつもりなんでしょうか」
二人はガチャガチャとうるさい音を立てながら、遠ざかる謎の戦国武将集団を黙って見送った。
「待ってろ? すぐに飯用意してやっからな?」
楽しそうに懐の松之助に話しかける侠輔。松之助も「ふあぁ」とそれに答える。
鹿せんべいしか食べない贅沢者の松之助の為に、大和公園まで足を運ぶ侠輔。以前は家来に買いに行かせていたが、気晴らしもかねて侠輔が世話を焼いていた。
ただ、時々憐も大量にせんべいを買い込んでくることもあり、仏頂面に隠された意外な一面をみることもある。
「あいつも本当は絶対お前の事好きなんだぜ?」
松之助に鹿せんべいを与えながら話しかける。
「あ、やべ。ちょっと厠に行きたくなってきた。松之助、ここでちょっと待ってろ」
松之助を公園の長いすの傍にポッと置いておくと、侠輔は林の中へ足を踏み入れる。
「えーっと……厠はドコだ?」
言いながら、チラチラ後ろを気に掛ける様子をみせる侠輔。
林の中程まで来ると、ピタリとその歩みを止めた。
「おい、誰だよお前。街からずっと付けて来てただろ」
その声に答えるかのようにスッと現れる、編み笠の男。
腰には刀を差しているが、衿元に武士の階級章である衿章のない、浪人の装い。鼠色の着物に紺色の袴を身に付けていた。
顔は確認できないが、キンとした静かな敵意を向けられていることに侠輔は感づく。
「侍を装うなら、基本ぐらい勉強したらどうだ?」
男はそれに答える様子はない。侠輔は男の腰の刀にゆっくりと目線を向けた。
「侍はな、そんな風に真っ直ぐには刀を差さねぇ」
侠輔は自分の愛刀の鍔に親指を掛け、ぐっと体に寄せた。
「柄頭はヘソ前になるよう斜めに差す。何かありゃ、すぐ右手が柄に届くようにな」
そこまで聞くと男は初めて口を開いた。
「そうか。そこまでは知らなかった。お前は随分と、この街になじんでいるようだな」
「何のことだ」
「捜したぞ」
侠輔は男の不可解な言葉に眉をひそめる。
「人違いじゃねぇのか」
「お前の正体は分かっている」
その発言に侠輔は目を見開いた。
(正体って……まさか……)
「お、お前……」
コイツはオレの正体を知っているのか……? 侠輔は口の中がカラカラと乾くのを感じた。
一言:
原付に乗っていたら、腕に鳥のフンが落ちてきた(泣)
翻訳が間違っていたら、教えてください。
閲読ありがとうございました。