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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
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第五話          体の異変

 侠輔は刀の柄をグッと握りしめると慎重に男との間合いを計る。男は剣の腕事態たいしたことは無さそうであったが、何せ身体能力が普通ではない。

 ジリジリとお互いを探るようなキンと鋭く冷たい時間が流れる。


 侠輔は体を男に対しスッと斜めに構えた。

 相手をグッと強く見据えると同時に腰の脇差をサッと男に投げつけ、相手がそちらに気を取られている一瞬の隙にザザっと一気に間合いを詰める。刀を男の胴めがけて左から右へ振ろうとしたその瞬間――侠輔はその動きをピタリと停止させた。


「おいおい冗談じゃねーぜ……」

 自分の眼前にグッと突き出された刃物……紛れも無く先ほど自分が相手に投げつけた脇差。

 男は驚く侠輔を見てニタニタと笑っている。

 隙を突くつもりがこの男に新たな武器を与えるだけの結果になるとは、侠輔も全く予想していなかった。

 タラっと背中を嫌な汗が流れる。


 男はニタリと笑うと左手に持っていた刀を振り上げる――

大殺(だいさつ)疾風(しっぷう)!!」

 どす黒い紫色に包まれていた刀はその光をより一層強くすると、ズアっと強風が巻き起こり侠輔を直撃した。刀から発生する自然超越的な力、これが融心石の特殊能力。

 風の属性を惜しみなく発揮していた。


 強風の煽りを受けた侠輔は、背を再びドっと木に打ちつけられる。

鎌風(かまかぜ)!!」

 再び男が剣をサッと振り切ると、シュルシュルと風が刃物のように襲い掛かった。

「やっべ……」

 とっさに木の後ろに身を隠すが、幹の周囲がバリバリと削られ、ピッピッと肩や頬をかすっていく。


「んー。やっぱ剣の実力は大したことねーんだけどなぁ」

 体内の釘気と融心石が呼応しあって一つの技を出す。融心石の量も関係するが、それでも釘気が少なかったり、融心石との波長が合わなければ大きな技は出せない。

 男の刀の光具合から推察される融心石の量と技の大きさ、それと実際の技の威力に乖離があるため、侠輔は相手がさほどの手練ではないと判断した。 


 だからこそこんな状況にも関わらず、侠輔はいたって冷静に頭をポリポリとかいてどうしたものかと考えをめぐらせることができている。


「がははははは!! 隠れても無駄だああ!! 」

 男が更なる攻撃を仕掛けようとしたその時、今まで気を失っていたヒゲの侍が「ウッ……」と目を覚ました。


 途端に男は侠輔から目を離し、ぴたりと攻撃の手を休める。


「ぬっ!?」

 

 男は元々この侍を狙っていたのだ。


「マズイ!」

「お前……まだ生きてたのかあああ!!」

 男は侍の下へダッと駆け出すとグワッと刀を振り上げ、その頭上めがけてザンっと刀を振り下ろした。


(えん)(せい)(りゅう)!」

 侠輔がサッと木の陰から飛び出しながら叫ぶ。持っていた刀がスッと緋色に輝きを放ち、まさに斬りかかる寸前だった男の元へとゴオッと炎の渦が襲い掛かり、男をグワッと軽く吹き飛ばした。

「ぐわっ」

 男が攻撃を受けて負傷しひるんだ隙に、侠輔は侍の傍へ駆け寄ると、

「立て!!」

 と侍の肩にぐっと手を回して無理に立たせ、森の奥へとタッと走り出した。


「はあ、はあ、はあ、くっそおおぉぉ!! 待ぁてぇぇぇ!!」

 怪我は大したことが無かったとはいえ、侠輔のこの攻撃に男は完全に怒りで全身の血液を沸騰させていた。



 侠輔は侍を抱えて男の目から離れると、そばにあった岩の陰にスッとかがんで身を潜めた。男の怒声が迫ってくる。

「やっぱこの刀に含まれる融心石量じゃ大した威力が出ねぇか……。ケドオレの刀だと逆に量が多すぎて一発で身分がばれちまうしな」

 つぶやきながら手の刀をチラッと眺める。


 

「す……まない……」

 ヒゲの侍がふいに謝罪の言葉を口にした。

「何を謝る必要があんだよ」

 力なくダラリと寄りかかるヒゲの侍に侠輔はそう告げたが、彼は次なる言葉をつむぐ。

「拙者たちが、金に眩んで……手出し無用の者に手を出してしまったがゆえ……」

「お前らが悪いんじゃねーだろ? 元々悪事を働いてたのは向こうじゃねーか」

「危険すぎる……たくさんの者がやられた……お主も拙者を置いてゆけ」

「今は余計なことを考えるな」

「コレが最善策だ……早く」

 侠輔が男の目をみると、辛そうな表情から強い意志が感じ取れた。

 侠輔ははハッと浅いため息をつくとこう言った。

「却下」

 侍のはバッとはじかれたように侠輔を見る。

「お、お主……正気か!?」 

 侠輔は「さあな」と笑って答えた。



 その時すぐ傍で男の足音がスッと止まる。

「そこかあああ!!」

 怒りに満ちた男の目がギロリと二人を捕らえた。

「見つかったか……!」

 男が怒りに任せてブンと刀を振ると、再び突風が吹き荒れて二人に襲い掛かる。

 侠輔は再び侍の肩にグッと腕を回して立たせると、男に向き合った。


「許さん……許さああああん!!」

 まるで飢えた獣のような顔で二人をにらみつける男。

「お前もしつけーよなぁ」

 口調は軽いが、その表情は至極真剣だった。

「もう……だめだ……」

 侍はそう言うと自分の脇差にスッと手を伸ばす。

「おい、何やってんだよ!」

 侍は刃をグッと己の体へと向けていた。

「あのような輩の手にかかるくらいなら……」

「自刃でもする気か? ……っ諦めんなよ! あんた家族がいんだろ?」

「だが……」

「ここにいろ! オレが何とかしてみせる!」

 侠輔は男を肩からどさりと下ろすと、傍らの木に寄りかからせた。


「お、お主……一人、で……」

 侍は力なく侠輔を見上げる。

「大丈夫だ。絶対に死なせやしねーから」

 そう言って笑みを見せた。



「…………貴様ら……もう許してやらんからなぁ!!」

「だったら何だってんだよ」

 侠輔は侍を巻き込まないよう、距離を置いて男と対峙する。

「くらえ……鎌風(かまかぜ)!!」

 風が刃のように襲い掛かってくる技。侠輔は「またか……」とつぶやきながら構える。

 しかし――

 男は侠輔など狙ってはいなかった。鋭い風はグングンとヒゲの侍の元へ一直線に飛んでいく。侠輔はチッと舌打ちすると、ダッと男の元へ駆け寄って己の技で侍への攻撃を防いだ、その時。


「他人の心配などしている場合か」

 男はそう言ってニタリと笑う。侠輔が先ほど男に投げつけた脇差が、今度はズアッと自分のほうへと向かっていた。


「くそ、そんな知恵があったのか。技を出すと同時にオレにそいつを……」

 技を放ったばかりで体制を立て直せない侠輔を、脇差の刃がギラリと襲う。


 ドスッと刃物が何かを切り裂くような音が響き渡った後、あたりの落ち葉はまるで紅葉したかのように赤く染まった。

 

 胸に突き刺さる刃、体はドカリと地に崩れ去った。

「くっ……」

「あっははははは!」

 男の下卑た笑いが辺りに響き渡る。


「“絶対に死なせない”と言ったのはどっちだ。そのお前が護られてどうする、はっはははは!! ヒッヒッヒッヒッヒー!」

 侠輔の足元には、ヒゲの侍がグッと胸を押さえて倒れこんでいた。

「お前!! 何で!」

「お主、のよう、な若き者が……このような、とこ、ろで、散ってはなら、ん……」

「逃げろ」と侍は言った。


「無駄だ。逃がさん……これで、最後にしてやる!!」

 男がスッとと刀を振るとスルスルと空に浮かぶ雲のような紫色の煙が出て、侠輔たちの周囲三百六十度をぐるりと取り囲んだ。


「これでくたばらなかった奴はいない……」

 そう静かに語られた言葉に、侍の体がわずかにぶるぶると震えだす。

「逃げ、ろ……早……」

「逃げるんならお前も一緒だ!」

 そう言って侠輔は男の腕をぐっと掴もうとする。

「い、い。拙者は……足で、まとい、になる。ただ……妻と娘に、すま、ないと伝え、てくれ……」

 そうかすかに笑いながら言うと、侍はすっと静かに目を閉じた。

「おい……ッおい!!」


「ククク……一人くたばったか。心配するな。お前もすぐに後を追える……」

 その声に侠輔はゆっくりと立ち上がると、男のほうに向き直った。

「後を追うのはテメーだろ? ……いやいや、お前は地獄だから別の道か」

 侠輔は、笑っていた。

 


 男はその様子にわずかに動揺を覚え、

「消えろおおおおぉぉぉぉ!!」

 と叫ぶとブンと刀を振る。

 紫色の煙からはナイフのような風がザっと四方八方から侠輔に降り注ぐ。地面からはブアっと土が巻き上げられ、周りを包み込んだ―― 


「がはははははは!! これを受けて生き残った奴はおらん!! 当然だ、かわしきれるもんじゃないからな、はははははは!! 俺を侮辱する奴は男も女もガキも年寄りも皆みんなミンナこうなるんだ!! 思い知れ!! ははははは!!」


 一体誰に向かって言っているのか、大声でそうわめき散らす男――


 再びねっとりとした笑みを浮かべ、そろそろ終わった頃かと未だにフワッと土埃の巻き上がった状態のそこへ近づこうとした。


「ぐっ……」


 瞬間男は急に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。苦しさのあまり胸をグッと押さえ、体も半身になる。


 ――何だ、コレは……息が……苦しい……!!


「グハッ……ぐ……」


 男がふと見上げると埃の間から、鋭い眼がキッと男を睨みつけていた……


「な……あい……つ……生き」


 さっと風が静かに砂埃を吹き飛ばすと、驚くべきことに赤毛の男はほとんど傷を受けず、そこに静かに佇んでいた――キンとした氷のような冷たい光をその瞳に湛え、そして顔全体から首筋、胸にかけて見たこともない赤い光の模様が浮かび上がっている。それはまるで鳥を描いているように見えた。


 侠輔はそのまま男に近づく……それにつれ、男の胸のぐりぐりとした苦しさは増していった。


「な……何なんだ……」

 冷徹な双眸。

「何で……生き……て……」 

 口元に浮かぶ笑み。

「来る……な……こっち……来」

 握られた刀の輝き。

「よせ……やめろ、いや……」


 男は自分でも気づかないうちにハラハラと涙を流していた。


 男が見上げると、ぼやけた視界に映る侠輔の顔。風が巻き上げたその表情は目だけでぎろりと男を見下ろし、奇妙な文様の浮かんだ顔をゆがめ、口元ににやりと残忍な薄い笑みを浮かべている。頭の頂を狙うように、フッと緩慢な動作で静かに刀を振り上げた……。


 まるで女子供でさえ表情一つ変えることなく凶刃を振るえるような……そんな無慈悲で陰惨な空気を纏っている――本当に先ほどまで一人の男を必死に護ろうとしていた者と、同一人物なのだろうかと思えるほどに違う、その身に纏う空気――



 侠輔は、振り上げた刃を躊躇することなく振り下ろした――



「うぅぁぁぁぁぁぁあああああ!!」



 




 耳を劈くような叫び声の後、響くギイインという金属音。





「!?」


「……よせ。こいつにはまだ聞くべきことがある」


 ハアハアと少々息の切れた憐がその刃を己の刀で受け止めていた。その声にハッとする侠輔。

 その瞬間辺りは静まり、スッと体の模様も消えた。


「え……? あ、ああ! わ、分かってるっての!!」

 侠輔は動揺したように目を泳がせる。


「は、はあ、は、はあ、はあ、はあ……」

 未だにガタガタ震えが治まらない様子の男を、憐がぐっと腕を引いて無理に立たせた。

「一緒に来てもらおうか」

 男の腕を引っ張って歩き出す憐。

「なぜ……だ……なぜ……俺は選ばれし者選ばれし……」

 そう言ってすっかりと力を失い、ボロボロ涙を流し続ける男と共に侠輔たちは下山した。



「っつーかヒトが危ない目に遭ってるってのに、お前らどこにいたわけ?」

 屋敷への帰り道、オレンジ色に染まる道を歩く。侠輔は頭の後ろで手を組みながら二人を問いただした。

「別に置き去りにするわけではなかったのですが、あの方々を放っておくわけにもいかなくて……」

 そう申し訳無さそうに語る孝太郎。


「あの後すぐ、森の茂みから登山口で会った方々に出くわしましてね。皆さん錯乱状態で、自傷行為や暴走行為を止めるのに手一杯になっていたんです」

「ま、確かに怖ぇ奴だったからな」

 侠輔は思い出すかのように眉をひそめる。


「凶刃に倒れた者もいたが、お前を助けたあの侍は一命を取り留めたようで良かったな」

「まあな。気を失ったから焦ったケド、致命傷には至ってなかったみてーだ。ホント、どっちが護られてんだか」

 何のことだ、と問う憐を侠輔は「別にー」と軽くかわす。


 そんな侠輔に不審そうな目を向ける憐は、思い出すかのように口を開く。

「そういえばお前、アレは一体何だったんだ?」

 あの赤く光る模様のようなもの……。融心石の光でもなさそうだったと憐は思った。


 憐の唐突な質問にパッと顔を上げる侠輔。

「アレ? アレってなんだよ」


 憐の横顔を見ながらじっと訝しげな視線を送る侠輔。


 その顔には、本当に憐の質問の意味が分かっていない様子が窺えた。


「……いや、なんでもない」

「気になる。言え」

 言葉を濁す憐に責めかかる。

「なぜオレがお前の命令に従わねばならん」

「テメーから振った話じゃねーか。言えよほら。気になって寝れねーだろうが」

 

「寝られないだと? 嘘をつけ。お前はいつでもどこでも寝ているだろうが」

「お前はオレの何知ってんだよ、あ?」

「単細胞は行動が読みやすい」

「テンメ、この……」

 そこで「まあまあ」と孝太郎が制止する。

「それにしてもあの“鬼”は何だったんでしょうね」

「さあな、後は役人の仕事だろ。オレ達の役目はここまでだ」

 三人は夕日に照らされた道を歩きながら、まっすぐ前を見据えた。

 

 


 このとき彼は知らなかった。コレが単なる始まりに過ぎないことを――。

 全ては仕組まれたものであることを――。





 真夜中。監視の者が見回りの為に薄暗い留置所をスタスタと歩く。拘束され檻に入れられている者たちのグーグーという寝息とリンリンという虫の音だけが響いていた。


 監視は薄暗く、何とも不気味な留置所の見回りを早く終わらせてしまおうとタタタタと足を速める。その時ふと見ると檻にもたれたままひざを抱え、丸くなって眠っている者の姿。

 先ほど連れてこられた、“鬼”と呼ばれた男……。


 監視の男は声を掛ける。


「おい、何をしている。ちゃんと布団で寝ないか」

 

 一向に起きる気配は無く、ピクリとも動かない。


「おい、聞いているのか? おい、お……お前……」


 見回りの者が異変に気づいてダッと走り出す。


「おい!! 誰か医者を呼べ!! 誰か!!」


 男は檻の中ですでにプッツリと事切れていた。



 冷たい夜風がザワザワと木の葉を揺らす。そんな木の間に光る二つの眼……、一段と風が強く吹くとニャアと鳴いてどこかへ去ってゆく。

 その後ろの枝に見える人間の足……その二人の人物は、男が収監されていた檻の方角を見ながら静かにつぶやいた。


「う~ん、長持ちはしないけど、実験はまずまず成功と言ったところですかね」

 そう言って笑う若い男の声。

「“まずまず”で満足するようじゃ成長しないぜ」

 それに答える低い男の声。

「もちろん分かってますよ、”旦那様”?」 

「あほ。もうその呼び方はやめろ、気色悪い」

「これは失礼。あまりにも老人の演技がお上手だったもので……」

「あの侍どもはいい指標になった」

「あいつらでも何かしらの使い道はあるんですねぇ」

「要はどう使うか、だからな」

 その言葉に細メガネを掛けた若い男は、くすくすと笑った。


 遠くでバサバサとたくさんの鳥の羽ばたきが聞こえたかと思うと、すでにその声の主はそこにはいなかった―――― 


一言:

 取りあえずの一区切り。”長ぇんだよ!”等、ご指摘お待ちしております。


 閲読ありがとうございました。

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