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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
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第四話          ”鬼”の力

「おおおおおーい!! 何だよコレ!! 何しやがんだぁぁ!!」

 侠輔は両手首を頭上の太い木の枝を介してしっかりと縄で縛られ、身動きが取れなくなっていた。

「鬼に会って早く帰りたいんだろ。だったら囮作戦が一番だ」

「何でオレが囮になんなきゃなんねーんだよ!! テメーの案なんだったらテメーが囮になれや! それとも何か? お前こんなシュミあんのか? オレはどっちかっつーとやられるより、やりたい派だ!」

 縛られた両の手を下にグイグイ引っ張りながら憐に向かって叫ぶ。すると憐はフッと振り返って"何言ってんのあいつ"と目で語るとスタスタと立ち去ってしまった。


「何か言えー!」

 ピッとこめかみに青筋を立てる侠輔。

「まあまあ、その辺に隠れてるんで何かあったら呼んでください」

「呼ぶ!? いやいやちゃんと見張っててよ!! ねぇ!?」という侠輔の叫びは聞こえたのか分からぬまま、孝太郎もガサガサと藪の中へと消えて行った。



「畜生、あいつら他人事だと思って……!」

 侠輔は手首を縛られたまましばし辺りを窺った。薄暗い以外は何の変哲も無い森のはず……だがその暗さが侠輔の妄想力を加速させる。

(ま、まさかコレなんかあれでコレでそれだったりは……ね)

 とわけの分からない事を考え始めた。


 木々の間に人の顔のようなものが見えたような気がしたり、ハラリと舞い散る木の葉が人の動く気配に思えたり、ウーッと風の唸る音が人間の声に聞こえたり……。アオーンという野犬か狼の遠吠えが、より一層不気味な雰囲気をかもし出す。

 侠輔はむやみに目に見えないものを信じ、それを恐れるようなことはしないつもりだったが、これだけの状況が取り揃えられれば、多少の恐怖心は顔を出す。

 その上頼りになるのかならないのか分からないツレは、全く姿が見えなかった。

 

「た、楽しいことを考えよう。えーっと何かあったかなぁ……。そういやぁ昔伯父上から刀のつばもらうことあったなぁ。けど……けどオレが欲しかったやつをあの野郎が先にとりやがって、それなのに……! ”フン、お前と同じ趣味とはオレも大したことはないな”って馬鹿にしやがってあの野郎……! やっべ、楽しいどころか腹立ってきた!!」



 侠輔は怒りに任せてもう一度グッと思い切り手首を捻ってみたが、やはり一向に解ける気配は無い。よほどきつく結ばれているのであろう。「あの馬鹿力……」と諦めてふと正面の木をみると、何やら視界の端にチラリと動く物体が見えたような気がした。

 懐に氷水を入れられたかのような、ヒヤリとした感覚が襲う。


「ないない、まさか……ね、アレなんてことは……ねぇ」

 やはり視界の端に何かちらついているような……と侠輔は心臓が急激にバクバクとその鼓動を早めるのを否応にも感ずる。

「ないない、ないっすよ。ありえなーい」

 だがどんなに否定しようと、やはり何かが近づいてくる。ザッと草を踏み分ける音がすぐそこまで聞こえ、侠輔は意を決してその音の方を見やった。

「だ……すっけ……助け」

 傷だらけの男が侠輔にグワッと右腕を差し伸べてくる。


「うぅーぎゃあああああ!!」


 ものすごい叫び声があたりに響き渡った。

 その男が刀をその手からすべり落とし、侠輔の足元に崩れ落ちるようにドサリと倒れこんで侠輔はハッと気づく。

「お前、さっきの……」

 登山口で会ったヒゲの侍だった。

「おい、大丈夫か? どうした。熊でも出たのか?」

「……に」

「何? もう一回言ってくれ」

「に……お、に……」

 鬼。ヒゲの侍はそう言った。


(……まさか)


「そいつをこちらに渡してもらおうか」

 別の男の声がする。侠輔がそちらを見やると、頭巾付きの茶色い羽織を身に付けた”鬼”というには何とも軟弱で小柄な男がそこにいた。衿章は最下級武士のそれ。

 頭巾からかろうじて見える口元にはねっとりとした笑いを浮かべ、侠輔の方を見ている。

 左手には刀、刃は融心石からフワリと発せられるどす黒い紫の光に包まれていた。”風”の属性。


「もしかして“退治隊”で仲間割れしたか? だったらもうこの辺でやめとけ」

 侠輔が男の様子をジッと窺いながら声を掛ける。

「侍同士の争いに部外者が口を挟まないでもらいたい」

「侍同士の争いなら情けもあんだろ」

 その言葉に男はギリっと苦虫をつぶしたような顔をして、侠輔の足元にいる男を睨み付ける。

「そいつは“選ばれし者”であるオレを愚弄した。制裁を加えなくては」

「“選ばれし者”? よく分かんねぇけどもう十分加わってるって。反省してるよな、お前」

 ――うん、めっちゃ反省してるー――と侠輔の裏声がむなしく響く。


「貴様……貴様も俺を侮辱するかぁぁああ!!」

「何!?」

 侠輔は今身動きが取れない状況にも関わらず、男はバッと刀を振り上げザザザと襲い掛かってくる。

「おい! 孝太!! 憐!!」

 二人の名前を呼んでも返事が無い。

「クソッ」

 侠輔は足元に転がっているヒゲの侍をぐっと蹴り飛ばし、自分から引き離す。

 男が刀を左斜め上から振り下ろそうとする瞬間、侠輔は腕を曲げるのと同時に木の幹を足でざっと蹴り、その反動で木の枝の上にヒラリと飛び乗った。

 

 しかし男が刀を振り下ろした際、侠輔の代わりに木をすっぱりと斬りつける。

 ベキベキと木がへし折れるような音がしたかと思うと、木の幹は真っ二つになってズリズリと崩れてゆく。枝に乗っていた侠輔はひとたまりも無い。

「マジかよーー!!」

 上から落ちてきた侠輔を、今度こそと男が刀で剣の先でザッと突いてくる。その動きに合わせてすっと左へかわすと、パッとヒゲの侍が落としていた刀を拾ってブツリと縄を切った。

 男は突きをかわされたことに腹を立て、ズオッと勢いよく斬りかかる。侠輔はかがんだまま男の刀を受け止めた。


 キインと重い金属音を立てて合わさる刀と刀。

 瞬間、侠輔の目が驚きにカッと見開かれる――


「く……なんちゅー力だ……!」

 小柄な男の力とは到底思えないほどの力強さ。


「”鬼”みてぇじゃねぇか」

 

 こめかみをタラリと汗が伝う。


「お前……お前も許さない……!! 俺を侮辱する奴は誰であろうと許さない……!! 許さなーい!!」

 男の顔は憎悪に満ち溢れていた。その瞳孔は萎縮し、興奮したようにゼイゼイと肩で息をする。

「ああそう、悪かったな」

 侠輔は男の異様さに驚きながらも、冷静を装って対処する。


「許さない許さない許さない……」

 男は同じ言葉を繰り返すばかりで、その目には異様な光がギラリと宿っている。


 侠輔は「ちっ」と苦々しげに舌打ちした。


(こいつ、頭の線が完全にキレてやがる)


「お前、何者だ」

 言葉が通じるかは分からないが一応尋ねてみる。

「俺は選ばれし者……」

 依然ギチギチと刀を軋むようにかち合わせながら答える男。

「だからどこの誰だってんだよ」

「俺は……選ばれたぁぁぁ」

 駄目だ、通じない……侠輔は木の傍でぐったりとしているヒゲの侍を横目で見やる。このままここでやり合えば巻き込んでしまうと判断した侠輔は、両手に渾身の力を込め、グッと一気に男の方へと押しやる。


 男が少々体制を崩した隙に、すっと離れようとした侠輔。しかし――


「何……!?」

 男は一瞬のうちに体制を建て直し、侠輔の右腕をぐっと掴んでいた。

 グリグリと食い込む男の指。そのまま引きちぎられるのではないかとすら思えた。


 男はあらん限りの力で侠輔の腕を引っ張ると、目に止まった木の一本に打ちつけるように侠輔の体を放り投げた。

 ズンと背中に走る衝撃、とっさに受身はとっていたものの男の力は人間離れした強さ。口内にジワジワ広がる鉄の味。

 それを横へプッと吐き出せば、やはり赤い色をしていた。


「逃がさんんんンン」

 黄色い歯をむき出しにしてグルグルとうなる男。

「どうなってやがんだ……」

 小柄な体からは想像もつかないほどの怪力、異様に優れた反射神経、理性を完全に失ったかのような目。

 侠輔の目の前にいる男は、明らかに何かがおかしかった。


「お前……お前が“鬼”なのか?」

 侠輔が相手の目をキッと力強く見据えて言い放つ。

 その問いに男は答えなかったが、大層可笑しそうにハッハハハハと高らかに笑った――


一言:

 最近五本指靴下にハマりました。(……今?)


 閲読ありがとうございました。

 

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