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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
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第四十一話        覆われた真実

              


「来るなぁぁぁあああッ!」

 憐の絶叫がこだまする中、侠輔はひるむことなくダダダダッと突き進む。


「侠……!」

 後を追いかけようとした孝太郎の手を「お待ちください!」と一輝が掴んだ。その瞬間、ドォンと音がして入り口付近がガラガラと崩れ去り、一瞬にして目の前を塞ぐ。

 ブアッと舞い上がる砂ぼこりの中、孝太郎は袖で口元を覆いながら強く眉をひそめた。

「……ッ。この洞窟に入る、別の入り口はありませんか」

「ここから少々離れたところにもう一つ。ですが恐らくそこにも奴らの手の者が」

 一輝がグッと両手を握りしめて答える。

「この瓦礫を無理にどかせば、不安定になった洞窟内が崩れる可能性があります。憐や侠が脱出するためにも、どの道そこへは行かなくては」

「分かりました。ではご案内いたします!」

「いえ、一輝と満はこの近辺にある村へ向かってください。村民にも危険が及ぶ可能性があります。双葉は引き続き僕と共に」

「御意」

 孝太郎の命に従い、それぞれの忍が動き出した。




「でやぁぁぁぁあああッ!!」

 背後で入り口が閉じられたことにも臆することなく、侠輔はリュウの元へと突っ込んでゆく。リュウはそんな侠輔を迎えに行くかのように、ダッと駆け出した。

 火花と共にギィィィンという金属音が鳴り響き、二人は刀をギチギチとかち合わせてにらみ合う。

「そこを……ッ、どけぇぇッツ!!」

 侠輔はキンキンッと風のような速さで剣を振るが、リュウはそれら全てを的確に読み取る。侠輔はサッと間合いを取って、剣にグッと力を込めた。

炎獄(えんごく)(せん)!」

 いくつもの炎線が渦を描くようにグオオォォッとリュウに襲い掛かる。リュウは左手に持った柄をスッと真一文字に横にし、右手を刀身に当てた。

「cиleдo(シェルド)

 その瞬間剣は白銀の光を放つと同時に、地面からゾゾっとリュウの体を護るように壁が次々現れて炎を防ぐ。侠輔は地を蹴って突き進むと、壁ごと粉砕するように剣をズァッと横へなぎった。バコッと壊れた壁の向こうに人影は既に無く、侠輔の頭上でリュウが剣を振り上げている。

 侠輔はリュウの落ちてくる速さに合わせて剣を振った。だが――

「……残像ッ!?」

「どこヲ見てイる」

 背後でした声に振り返ろうとした瞬間、リュウは剣をザッと地面に刺すと同時に、それを支えに侠輔の腹部をドガッと蹴り上げる。

 侠輔は側壁にドッと叩きつけられた。

「侠輔……!」

 憐が不安げに声を上げた。

「くッ、大した体術だぜ……ッ。それに融心石まで持ってたとはな」

「とっサに鞘で体を庇い、直接の攻撃ヲ免れタか。だガ問題は無い」

 少々壁にめり込んだ体を起こそうとした瞬間、侠輔は異変に気づく。壁がまるで糊のようにドロリと絡みつき、身動きが取れない。まるでクモの巣のように、動けば動くほどまとわり付く。

 見ればリュウの突き立てた剣が光を放ち、地面を伝って壁を変形させていた。

 侠輔の握りしめていた愛刀にもズルズルと絡み付き、徐々に覆い隠されてゆく。

「くそッ!? あんだよこれ!」

「お前の属性ハ“火”。土に覆わレていては、そノ力を発揮できマい」

 懸命に手足を動かそうとする侠輔に、リュウは静かにそう告げた。

「チキショウ……!」

 ドロドロだった壁は硬性を取り戻し、侠輔はまるで(はりつけ)にされたかのように、手足を大の字に封じられた。


「いや~さすがはリュウさん、こうも手早く動きを封じるとは。これで、目的を果たせそうです」

「なら後ハそっちノ仕事だ」

 己槻の言葉にそう言い残すと、融心石の力で壁に新たなトンネルを作ってキンと剣を収める。

「待ってください」

 己槻はリュウを呼び止め、銀色の小さな笛を吹き鳴らした。すると洞窟の奥からゾワゾワという怪しげな音が響き、何十匹ものチェンシーがその姿を現す。

「あまりやりすぎないでくださいよ?」

 己槻は風雅に憐の刀を渡すと、リュウの後を追って新たなトンネルの中に足を踏み入れた。

「では憐様、侠輔様。お元気で~」

 二人の姿が見えなくなると同時に、スッとその入り口は消え去った。


 二人がいなくなると、風雅は意気揚々と侠輔の元に近づく。数十匹のチェンシーが前のめりになるように侠輔を取り囲み、鍵盤でも弾き鳴らすに指を怪しく動かしながらグルルルッと威嚇する。長い牙の見える口元から、ボタボタとヨダレが零れ落ちていた。

「初めまして侠輔様。よくもまあ、こちらの予想通りの動きをしてくれますね」

 単純な方でよかったですよ、と半笑いを浮かべる。

「うるせぇ。早く憐を放せッ!」

「そうはいきません。あなたから朱雀をいただくまではね」

「朱雀を!?」

 風雅の言葉に眉をひそめる侠輔。

「ええ。憐様から聞きましたよ? 何でも怒りによって発動するとか。大いにご立腹なさってくださいね」

「は?」

 訳が分からない、といった顔で風雅をにらみつける。

「侠輔! 何があっても……何を見ても決して心を乱すな! いいなッ……!」

 侠輔の方へ視線を向け、必死に訴えかける様を見せる憐。

 そんな憐を見て、侠輔の脳裏にとある可能性が浮かぶ。


「おい、お前ら……まさか……」

 サッと顔色を一変させ、小刻みに体を震わせ始めた。

「へーあなたにも、我々のしようとしていることが読めたんですか」

 刀を担ぐように肩に乗せ、ハハハハと小ばかにしたような視線を送る風雅。

「人間って、どのくらいの失血に耐えられるんですかね?」

 風雅が憐の傍にいた一匹のチェンシーに、憐の刀を放り投げて「やれ」と命じた。チェンシーは剣先をゆっくりと憐の肩に差し込む。

「……うぐッ」

 傷口からダラリと溢れ出す赤の液体。

「やめろ……やめろぉおッ!」

「憐様はすでに、頭から結構な出血をなさっていますからね。いつまでもつやら」

「違う! ほとんどオレの血ッぐああ……」

 本当は見た目ほどの出血はなく、浴びせかけられた動物の血液であると伝えようとする憐。だがチェンシーが柄を左右に動かしたことで、痛みに言葉が途切れた。


「憐ッ! やめろ! やめろよぉおッ!!」

「だったら早く朱雀を発動させてくださいよ。侠輔様」

 目の前でニタリとした笑いを浮かべる風雅。

「うッるせぇよ、この腐れ外道がッ!」

 その言葉に風雅はフッと笑顔を失くす。

「自分の立場をわきまえろッ!!」

 そう言って侠輔の顔をゴッと殴りつけた。口元から緋色のしずくが垂れる。


「へッ、自分の立場をわきまえろだ? お前みてぇなクズに言われる筋合いねぇよ! どうせ女にも相手にされねぇんだろ。あ、もしかしなくても童貞か? 悪ぃこと言ったなぁ。猿にでも仲良くしてもらえば? まあ、向こうもお前なんか嫌がるだろうけどな。ハハハハー」

 風雅は般若のような形相で侠輔の髪を掴むと、ゴッゴッと壁に頭を打ち付けた。

「この僕を……ッこの僕を侮辱するなぁああッ!!」

「侠輔……ッ!」

 目をギロッと見開いて、頭に血を上らせる風雅に「風雅さん」と矢出彦(やでひこ)が声を掛ける。

 頭からツーッと血を流す侠輔を前に、風雅は苦々しげな視線を送った。

「侠輔様は、憐様から我々の注意をそらそうとしているだけですよ」

ハアハアと興奮気味に息をしていた風雅は「……そうですね」と口元にニタリとした笑みを浮かべる。

「は? おい、モジャモジャ頭、お前の攻撃は生ぬるいんだよ。もっとしっかりやりやがれッ!」

「えぇ、もちろん」

 そう言ってゆっくりと憐に近づいてゆく。

「おいッ!」

 侠輔の呼び止める声も聞かず、腕を組んで憐を見下ろす風雅。

「忠告通り、しっかりやらせていただきます、ヨッ!」

 言いながらドガドガと憐を蹴りつける。

「ガハッ……!」

「憐!」

 侠輔は悲痛な面持ちでその光景を瞳に映す。体中から沸き上がる激憤に、ワナワナと唇が震えだした。

「侠輔……ダメだッ! オレは殺されはせん……! 本当だ! だから……ッ」

 憐は痛みに耐えながら、手探りで足かせの鍵穴へ拾った眼鏡のつるをさし入れる。侠輔を目の端に映しながら、これが開錠できるまではどうかそのままで耐えてくれ、と願った。

「ハハ、あのバカにそんなこと言ったって、無駄なんじゃないですかァ?」

 風雅が見た先にいた侠輔はカッと目を見開き、今にも飛び掛らんばかりの形相。誰の声もその耳には届いてはいない。

 風雅はもうすぐ朱雀も現れるだろうとほくそ笑み、矢出彦も侠輔の傍へ寄って発動に備える。

 

「“そのフタ”を開けるな! “お前”を見失うんじゃない! 侠輔ぇッ!」

 憐の苦しそうな表情は、体に走る痛みから来るものでは無かった。






 月が浮かぶ明るい夜。侠輔の剣の師、平群(へぐり)(あさ)(とき)は縁側でひとり静かに酒をあおっていた。

「何の用だ」

 独り言でない、確実に誰かに向けて発せられた言葉。

「フン、オイラの気配に気づくなんてのは、お前くらいなもんだぜィ。朝時」

 シュッ、とどこからともなく現れた黒い忍装束の男。覆面で顔は確認できないが、落ち着いた深みのある声をしていた。

「世辞より酒持って来いよ。上様御付の忍のクセに、相変わらず気の利かねぇ野郎だな、鉄司(てつし)

 鉄司と呼ばれたその忍は、「酒ならもう飲んでんじゃねぇか」と腕を組んで朝時の横にあぐらをかく。


「……見つかったのかィ? 侠輔様の発動条件」

 鉄司は前を見据えたまま、静かに尋ねた。ヒンヤリとした風が頬を撫でる。

「いや――」

 そう言って朝時は、酒を喉の奥へ押し流した。心地よい熱さが通り過ぎる。

「命の危険がある時にゃ、若干発動しやすくなるみてぇだが。核心には」

「“核心”ねェ」

 鉄司の何か含みを持たせたような返しに気づかぬ振りをして、朝時は言葉をつむいだ。

「オメーも陰ながら、あの三人の青ガキどもの様子探ってたんだろ」

「そうだな。だが侠輔様以外は発動したところを、オイラは見たことがねェ」

「あいつは発動しやすい体質でも持ってんのかもな」

 酒瓶から湯飲みへトクトクと酒を注ぐ。

 その様子を黙って見ていた鉄司は、鋭く朝時の目を捉えた。


「本当に分からなかったのかィ、朝時。なぜ侠輔様は、他のお二方に比べて発動頻度が高いのか。死の淵に際してなぜ発動しやすくなるのか――」

 探るような視線を送るが、朝時は何も答えない。

 鉄司が重々しく口を開いた。

「それはその “条件”があん方の強い意志によって、“かろうじて押さえつけられている”に過ぎないもの……だからじゃねぇのかィ?」

「何言ってんだ、オメェ」

 湯飲みを口元に当てたまま、山を睨み付けるように前を見据える朝時。

「朝時。お前さん本当は気づいてんだろ? あん方が六つの頃から、一番近くで見守り続けてきたオメーなら――」

 朝時は静かにクッと酒をあおる。

「それとも親代わりだったお前さんだからこそ……見たくもねぇ事実に蓋してんのか。現実を受け止めずにすむようによ」

「歯にもやし挟まったような言い方すんなよ、テツ」

 言葉ではそう言っても、その表情から朝時には鉄司が何を言わんとしているのか、分かっているかのようだった。それでもあえて鉄司は続ける。

「たとい四神石が発動しても、多少理性はぶっ飛ぶが、決して残忍な殺し屋なんかになったりはしねェってことさ」


   ――師匠を……殺したくなった――


     ――相手の血を浴びたくなる――

      

       ――今いい気分なんだ……思いっきり殺り合おうぜ、師匠……――

     


 朝時は侠輔の言葉を思い出して、奥歯をギリっと噛みしめる。

「お前さんの知っている侠輔様は、本来の侠輔様じゃあねェ。ご本人も無意識にそんなご自分を否定していらっしゃるようだが、あん方は……」






 カチッと音がして、足かせの鍵が外れる。憐はその音がやけに大きく聞こえてドキリとしたが、幸い誰にも気づかれてはいないよう。

 とりあえずこれで自由に……、と侠輔を見た憐は、その様子にハッとする。

「間に合わなかったか……」

 憐は悔しそうに顔をしかめた。


「おい……テメーら」

 侠輔は血濡れた顔をゆっくりと上げる。

「そんなに苦しみを味わいてぇ、ってんなら期待に応えてやるよ。ただし……」

 その目に宿る鋭く異様な光。口元に浮かぶ、歪んだおぞましい笑み。


「どんなにせがんでも、殺してやらねぇから……」

 狂気の滲むその顔のどこにも、朱雀の姿はなかった。


 




「あん方の四神石が発動するんは、仲間を護りたいと思った時じゃねェ。自分の命を護ろうとした時でもねェ。欲求……大量の血を受ける殺戮(さつりく)の快楽、相手にむごい苦しみを与える苛虐(かぎゃく)の喜び。“怒り”や“命の危機”によって意思が制御できなくなり、押し隠されていたその残虐性が顔を出したその時、朱雀は現れる」

 その言葉に朝時はダンッと湯飲みを置いて、鉄司の胸倉をグッと掴み上げた。

「違うッ! アイツはそんな男じゃない!」

「おそらく幼少期からご両親の仇に抱き続けていた果てしない憎しみが、あん方を(しゅう)()へと変えた」

「あ? 何言ってんだよ。朱雀が……朱雀があいつをそうさせているだけだ! お前にアイツの何が分かる! 何も知らないお前が何でンなこと言えるッ!!」


――オレは大切なものを護れる男になりたい。もうあんな思いはしたくないから……――

 悲しげでまっすぐな瞳。


      ――師匠……ごめん……ごめんなさい――

       苦しみにうち震えるその体。


           ――師匠みてぇな……立派な侍になってみせるから――

            強い意志を携えた無邪気な笑顔。 


 朝時の記憶の中にある侠輔の姿が、渦のようになって駆け巡る。

「テメェは何も……何も知らないじゃねぇかッ!!」

「朝時。お前さんともあろうもんが冷静さを失い、真実を見誤るとはなァ。表面上でどう抗おうと、どんだけ隠そうと、本質は変わるもんじゃねェ。それを認めねぇと、あん方をもっと苦しめることになる。違うかィ?」

 熱くなる朝時とは対照的に、鉄司はあくまでも冷静だった。

「テツ……ッ」

「朝時、お前さんはまた逃げんのか。あん時のように」

 そんな鉄司の言葉に、「チッ」と舌打ちして乱暴に手を放す。

「今日はお前さんに釘を刺しに来たんだよ、朝時。それだけだ」

 鉄司はそう言い残すと静かに立ち上がり、フッと闇夜に消えた。


「釘を刺しに来ただ? 余計なお世話だ、バカヤロウ」

 誰もいなくなった縁側で、そう苦々しげに呟く。朝時は傍に置いていた酒瓶をそっとその手に取った。以前侠輔が持ってきた酒。そこへ重なるあの生意気な顔。

「結局オレは、お前を何からも護ってやれなかったな。侠輔……」

 その瓶をゴトリと置き、小さくため息をついて、丸くなる様に右手でクシャリと前髪を握った。


一言:

 友達が山中で宇宙人を見たそうです。全身真っ黒の。

 ……どう返せってんだ。


 

 閲読まことに感謝いたします!


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