第三十九話 憐の行方
[Warning]
えーっと念のために警告を。R-15のタグを入れました。(今更)
そして、今回の話には少々BL的要素(?)と取れる表現が含まれます。……いえ、自分ではキャラ立ての一種のつもりで全くそんなつもりで書いたものではないのですが、”貴様の意図など知るか””そういうのちょっとでも嫌だ”と思われる方は †††††††† 以降はご覧にならない方がよろしいかと思います。はい、では一応警告したんで(笑)
「憐! れぇえーんッ!!」
侠輔と孝太郎は大きな岩がゴロゴロとしている川辺で、目的の人物の名を叫ぶ。あの二股道の別の側を通って行ったとなれば、この川へとたどり着いているはず。
だがそこに人影はなく、ただサラサラと水が流れるのみ。
「くそッ……。一体どこに」
侠輔がアゴを伝う汗をグッと拭う。
「侠っ!」
孝太郎の焦ったような声にそちらを見やる。川の縁に屈み、何かを手にしていた。
「どうしたッ」と急いで駆け寄る。
「これ……」
孝太郎の手には侍の階級を示す衿章。漆塗りに金で描かれたその家紋は、間違いなく河合家のもの。
この衿章の持ち主はただ一人。
「憐……」
「それとここに血痕も」
小石に付いた紅い斑点模様。
「新月ッ……!」
「待ってください」
駆け出そうとした侠輔を、孝太郎が立ち上がって制する。
「何だよ! 早く探さねぇと!」
「焦るのは分かりますがどこを探すのですか。確かに身長のある憐を遠くまで運べるとは思えませんから、この辺りに潜んでいる可能性はある。ですがもうじき日が暮れてしまいます。そうなれば、憐を見つける前に僕らがこの深い森にのまれる可能性が高い」
「じゃあどうすんだよッ!」
「今のうちに一番近くの村まで下りましょう。そこで電話を借りて、一輝たちを呼び寄せる。忍なら夜目も利きますし、このような森にも慣れています」
「今からンなことしてたら、時間がかかりすぎんだろがッ! 早くしねぇと憐が……!!」
「我々の体内には四神石が封印されていて、呼吸が止まればそれは永遠に姿を消す。そしてそれは月鹿にも影響を与えます。ですから、憐が殺されるようなことはありません」
「はあ? 殺されなきゃいいってのか? 随分と薄情じゃねぇかッ!」
「落ち着いて判断すべきだと言っているのです。これがワナだったらどうするんですか? 我々三人ともが揃って組織の手に落ちたりしたら……!」
「ハッ、上等じゃねぇか。来るなら来いや!」
「ダメです、侠!」
侠輔の手を引っ張る孝太郎。
「うるせぇッ!!」
バキッと乾いた音が響き、殴られたその衝撃で体が倒れる。
「……うッ」
口元に薄く流れる血を手で拭った。
「さっきから何言ってんだよ……。憐を本当に助けたいんならな、“確実に”助けられる方法を考えろよッ!」
怒りにまかせてそうぶちまける。
「……孝太……」
侠輔は殴られた痛みも忘れ、呆けたように孝太郎を見上げた。
「我々が遭難して……捕まって……じゃあ誰が憐を助けるっていうんですか。本当は僕だって今すぐにでも……ッ」
侠輔を殴った右手を左手で包み込み、眉をひそめて目を伏せる。
「……悪ぃ。オレの勝手な行動のせいでこうなったかと思うと……自分に腹が立っちまって」
そう言ってゆっくりと立ち上がった。
「侠のせいではありませんよ。僕らだっていつも誰かと行動しているわけではありません。たまたまそれがこの日この時だっただけ。……その対象が憐だっただけ」
「……行くぞ」
二人は即座に一番近い村落へと向かった。
「……ぐッ」
憐はゆっくりと重いまぶたを開け、霧がかったようにぼんやりとした世界を見渡す。
「あ、お目覚めですか? 憐様」
次第にはっきりしてくる視界に、急いで体を起こした。
「うッ……!」
ズキッと後頭部に鋭い痛みが走る。
それでも構わず、必死に自分の身に降りかかった状況の把握に努めた。
後ろ手に掛けられた手錠と鎖で繋がれた足輪。床に正座をするしかない状態で起き上がる。
「……何のつもりだ」
「ちょっーと協力していただきたいんですよね」
周りはコンクリートに囲まれた、それほど大きくはない、オレンジ色の電灯に照らされた薄暗い部屋。机と椅子以外の家具や窓もなく、今が昼なのか夜なのかも分からない。
「協力?」
椅子に逆に座って背もたれで頬杖をつく己槻と、その後ろに置かれた机上の自分の刀。その横で腕を組んで佇むリュウの背後には、唯一の出入り口と思われる薄い鉄の扉。
膝裏に挟み込まれた角材が、自身の体重でグッとふくらはぎや太ももに強く食い込む。
「将軍はどちらへ?」
今大和城にはいらっしゃいませんよね? と何もかも見透かしているかのような笑みを浮かべる。
「知るか」
「そうですか。ま、それはいずれこちらで突き止めます。では質問を変えましょう。こちらが本当に聞きたいことなんですけどね。上照侠輔の四神石発動条件……教えてくださいよ」
驚きに目を見開く憐。
「知るか……」
「嘘はいけませんねぇ。あの貧乏長屋での一件、聞きましたよ? 化け物になったあの女を始末したそうじゃないですか」
怪しく光メガネのレンズ。己槻は口元を大きく歪めた。
「……大正解ですよ。まさか“アレ”に気づくなんて、あなたの洞察力は天才的ですね」
その言葉に視線をそらす憐。
「そんなあなたなんです。本当は見抜いているんでしょ? 朱雀の発動条件。教えてくださいよ~」
「知らんと言っている」
憐はキッと睨み付けるように己槻を見た。
「吐ケ」
リュウが憐の頬を拳でドッと殴りつける。ドサッと床になだれ込むように倒れた憐の髪を掴んで膝でアゴを蹴り上げ、顔をドッと床に投げつけた。
「ぐッ……」
口角からツーッと血が流れる。
「言う気になりました?」
「……くッ……知らんと言っている」
その言葉にリュウが憐の胸倉を掴んで、右手を振り上げた。
「待ってくださいリュウさん。それでは当たり所が悪ければ死んでしまいます」
憐の衿元を掴んだまま、ならどうするんだ、という目で己槻を見やるリュウ。
「手っ取り早く、かつスマートにこれを使いましょう」
ジャーン、と己槻が取り出した注射器。
憐の目が鋭く細められた。
「心配しないでください、あの女に打ったものじゃありませんよ。ただの自白剤です、僕オリジナルのね。ちょっと痛いですけど我慢してください」
注射器を持って近づく己槻に、憐はその場を離れようと体を動かす。リュウはそんな憐の髪を掴んで俯かせるように床へグッと押さえつけた。
「……くッ」
憐は首筋にチクリとした痛みを感じたかと思うと、その瞬間にガンと頭を強く殴られたかのような衝撃が走る。
「く……あッは……ッ」
全身を駆け巡る得体の知れない感覚。まるで脳内を熱湯がかき混ぜてゆくかのような熱さが走る。全身の毛穴からドクドクと大量の汗が噴出し、血の混ざった唾液が零れ落ちていった。体がまるで他人の ものになったかのように制御を失い、霞がかってゆく頭は自分の状況すら分からなくなってゆく。
リュウは目の前で床をのた打ち回る男を冷静に見つめた。キッと目の見開かれたその顔は、必死に薬に抵抗しようとしている様が窺える。
「ほらほら、ちゃんと座ってくださいよ」
肩で息をする憐の着物を引っ張って正座させた。肌蹴た憐の筋肉質な肉体を、大量の汗が流れる。
「朱雀の発動条件は?」
「……し、らん」
「どうやったら朱雀は発動されるんです?」
「知らんッ!」
叫ぶように言い放った憐に、己槻は意外そうな顔をした。
「答えナいでハないか」
リュウの冷たい視線に、仕方ないですね、ともう一本同じ注射を取り出す。
憐の肩を掴んで再び自白剤を体内へ流し込んだ。
「うあッ……く……」
倒れこもうとする憐の髪を掴むリュウ。
「答えろ。朱雀の発動条件は何だ」
「……し、らんッ」
「今すぐに言え。発動条件は何だ」
「知らん、と言って……いるッ」
息も絶え絶えに、それでも視線をリュウから外さない憐。
「どうなっテいる。効かないんジゃないのか?」
「そんなハズありませんよ。随分と精神力が強いみたいですね」ともう一本取り出した。
ちょっと危険ですけど、まあ死にはしませんと三本目を注入する。液体が体を駆け巡ると共にその表情が一変する。
強く前を見据えていた瞳はまるで空中のホコリを見るかのように意志を失い、体の力が抜けたように肩を落とす。
己槻は満足げに憐に顔を近づけると、質問を投げかけた。
「お名前は?」
「……河合……憐……」
「ご身分は?」
「黒、金……」
「現在お付き合いしている女性は?」
「い、ない……」
己槻はどうだといわんばかりの顔で、リュウを見上げた。
「では朱雀の発動条件は?」
その問いに憐の目が泳ぎ出す。
「朱雀はどうすれば発動するんです?」
「す、ざく……は」
真剣なまなざしで憐の言葉を待つ。
「す、ざしッ……知らん」
憐にわずかに意識が戻る。
「上照侠輔はどうやって四神石を発動させているんですか?」
「く……きょう、すけ」
「そうです。上照……」
「む、だだ」
憐の様子に己槻は驚いたように目を見開いた。
「オレは……ッ、仲間を売るようなマネはせん!」
そう言って憐は目の前の己槻に、ドカッと頭突きを食らわせる。その衝撃で己槻の眼鏡がバリッと割れて床に飛ぶのを尻目に、リュウは剣を抜いて憐の肩に突き刺した。
「……うぐッ!」
「答エろ。朱雀の発動条件ヲ」
そう言いながら刀を左右へグリグリと回す。
「ぐああああッ……!」
苦悶の表情を浮かべる憐。
「言エ」
憐の着物が赤く染まってゆく。それでもリュウは手を休めることはなかった。
「うッ……どうせ……なら、心の臓にでも、刺してみろよッ……」
憐の挑戦的な目がリュウを見上げた。
「上等ダ。その腕斬りおトしてやル」
剣を振りかぶったリュウを己槻が制する。
「はいはい、ストーップ。そんなことして、ショックで死んじゃったらどうするんですか。月鹿の力が失われるかも知れませんよ?」
「だっタら早く吐かセろ」
分かりましたよ、と四本目の注射器を取り出す。
「本当はこれマズイんですけど。ま、廃人になっても死ななきゃいいですよね」
そう言ってそれを憐に注入した。
「……はッ……」
息を呑むように一瞬目を見開くと、憐は完全に瞳の光を失った。
「朱雀の発動条件ヲ言エ」
だが憐は何も答えず、瞬きすらしない。
「おい! オい! ……何だこれは。どうナった」
「う~ん……」
その顔を覗き込み、目に光を当てる己槻。
「やはり少々やりすぎましたねぇ。言語中枢のあたりまでマヒが行ってしまったようです」
しばらく時間を置いてから再開しましょう、と言う己槻を睨み付ける。
「自白剤とやラも役に立タんな」
リュウは苗刀をキンとしまうと部屋の外へと出た。
「侠輔様! 孝太郎様!」
三人の忍の声に振り返る二人。
「予想よりも早かったな」
そうは言っても焦りを隠しきれない侠輔。
「必ずや憐様を探し出しますッ」
「ちょっと待ってくれ」
侠輔は、すっかり日の落ちた山道に入ろうとする三人を呼び止める。
「一輝と満は行ってくれ。双葉はオレらと一緒に……。じっとしてらんねぇんだ」
どこか悲哀に満ちた表情の侠輔に、双葉は力強く頷いた。
††††††††
「二人っきりになっちゃいましたね~」
己槻はすっかりと目に生気を失った男の顔を覗き込む。リュウに殴られて流れた血の跡をそっと指で拭った。
「科学はね? 憐様。美しさを求めるということなんですよ。めちゃくちゃでデタラメなものからは何も生まれない。身体だって自然だって社会だって人の心でさえ……ある一定の法則に従い、整えられたものによって成り立っているんです。僕の言ってること、分かります? だからこそ僕は人一倍、秀麗なものに目がなくって――」
憐の頬にそっと手を当てる。
「キレイな顔してますね。彫刻みたいだ」
少しずつ憐に顔を寄せる己槻。
憐の瞳にその現状は捉えられてはいない。
口を合わせると、己槻の赤い舌がゆっくりと憐の唇を割って差し込まれる。
「……んッ……ん」
静かな部屋に響く水音と己槻の息遣い。ねっとりと味わうように憐の口内をかき乱す。自分の意志のない憐は、人形のようにされるがままに受け止めていた。
「ん……んッ……」
そっと憐の首の後ろに左手を回し、グッと自分の元へ引き寄せて体を密着させる。
「ンん……ん……ふッん、んッ」
何度も角度を変え、息を高めながら愛しむように舌を動かした。
「ふン……ッ……ハっ」
歯茎の裏を優しくなぞって舌を絡めとる。溢れる唾液をクッと飲み込んだ。
たっぷりと堪能した己槻はそっとその唇を離す。
「フッ――目がなくて……そして同時に、この手でめちゃくちゃに破壊したくもなるですよねぇ。良かったですね、憐様。あなたには、僕があなたを殺すことのできない理由があって……い・ま・は」
そう言って憐の頬を爪で傷つけ、高らかに笑った。
一言:
BL……じゃないですよね、あの辺……?
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