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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
35/43

第三十四話        武士がその身に背負うもの

「うぅー。結構すんげートコ住んでんだな」

 侠輔はまるで、奇妙な虫でも見るかのような表情で天井を見渡す。

「ウチの物置の方がよっぽどマシだぜ」

 と他人の住まいに対して失礼なことを言う侠輔に、千之は薬草をすりながら「放っといてくださいよ」と返した。

「で? 何しに来たんすか?」

「ま、ちょっと色々調べることがあってな。そのついでに寄ってみただけだ」

 お忙しいんすね、と皮肉とも取れる言葉を吐く。だが侠輔は特に気にもとめず、「じゃ、もう帰るわ」と刀を掴んで草履を履いていると、扉が開いて一人の少年が入って来た。

「……先生」

「ああ、お戸紀さんとこの達吉か。どうした」

 少年は下を向いたまま、小さな声で千之に話しかける。

「まだ治療代、払えないんです。だからもうちょっと待ってくださいって言って来いって、母ちゃんが……」

「そうか。別にオレは期限決めてるわけでもねぇんだし、んな急くことねぇって言っといてくれ」

 だがそんな千之の言葉に何も返さず、達吉は着物のすそを握りしめる。

「オイラ、お金持ちなんかじゃなくったっていい。けど、こんなトコの子には……生まれたくなかった」

 その言葉に、千之も侠輔も眉をひそめる。

「仕事で遊べないし、ご飯も腹いっぱい食べられないし、家はぼろぼろだし……良いことなんて一つもないんだ……!」

 達吉の言葉に、千之は大きなため息をついた。

「あっそ。だったらこっから出ててけよ。将来立派んなって、こんなトコ捨ててきゃいいだろ? お前の母ちゃんが必死になって働いてるってのに、甘ったれてんじゃねぇよ!」

「先生なんか……、大っ嫌いだ!」

 そう言って飛び出してゆく達吉。


「アイツが悪ぃわけじゃねぇってのは、分かってんすけどね」

 千之が深く息を吐き出す。

 侠輔は黙って、達吉の出て行った後を見つめていた。


 すると「せんせー!」と慌てたように叫びながら別の少年が駆け込んでくる。

「何だ、将一。どうした? また転んだのか?」

 将一は侠輔の姿を見て、一瞬ひどく顔をしかめる。

 だがそれも束の間、いきなり土間に手をつき、千之に向かって声を張り上げた。

「偉大なるアカメ大明神先生様ッ!」

「何、何、何!?」

 千之は何事かと身構える。

「無理だってのは分かってる……けどお願いだ! オイラにお金貸してくれッ!!」

 小さな子供らしからぬ言葉に、千之も侠輔も虚を()かれる。

「か、金ぇ? ……ど、どういうことか説明しろ」 

 将一は頭をあげると、土間に正座したまま理由を語り始めた。

「実は父ちゃんが変な奴らから借金しちまって……期限までに返さねぇと弟の平次をどっか売り飛ばすって、さっき連れてかれちまったんだ……」

 悲痛な表情を浮かべる将一。

「それで? いくら借りたんだ」

「二万」

 その額を聞いて安堵する。

「ま、そんぐらいだったら何とか……」

「だったんだけど、利子や何やらで額が跳ね上がっちまって……」

 その言葉に嫌な予感がする。

「結局……いくら返さなきゃなんねぇんだ……?」

「一千五百万……」

「い、いっせ……」

 ぼったくりもイイトコロ。一体どのような契約が交わされたというのか。

「役人とこ行ったってまともに相手してくんないし、母ちゃんも父ちゃんも必死にお金かき集めてるけど、多分……。どうしよう! このままじゃ平次がッ……!」

 今にも泣き出しそうな将一に、千之も焦りを滲ませる。

 ――だがそこである人物が視線に入った。他人の家の上がり口で偉そうに腕を組み、足を組む男。奴ならおそらく、いや、ゼッタイに用意できる額のはずだ。

 こうなったら仕方ない、何としてでも借りるしか……。

 決意を固めた千之よりも先に、侠輔が口を開く。


「なあ、ガキンチョ。オレがその金何とかしてやろうか?」

「え?」

 その言葉に目を丸くする将一。

「オレならそれ、何とかしてやれるぜ。どうする?」

「ど、どうする……って」

 将一はまるで甘い誘惑に耐えるかのように、戸惑いをみせる。両手に力が入っているのが外から見ても分かった。

「ここの奴らは皆、お侍が大っきらいだ……オイラたちがこんな生活してるってのに……偉そうにふんぞり返って……」

「じゃあ、交渉決裂だな」

 そう言って侠輔は外に出ようと足を踏み出す。

「待って!」

 その言葉に足を止めた。

「……本当なの、か? 本当に何とかなるのか?」

 将一の訴えかけるような視線。

「ああ」

 侠輔は振り返って不敵な笑みを浮かべる。

「け、けどオイラたち貧乏だから、いつになったら返せるか分かんねぇし……」

「返す? んな必要ねぇよ」

 ウマすぎる話に、将一は訝しげな表情を浮かべる。

「まさかあんたもオイラ騙そうってんじゃ……」

「お前騙してオレに何の得があんだよ。けどま、条件はある。オレにも土下座してお願いしてみろよ」

「な……!?」

 それには千之も眉をひそめる。

「ちょ、それはいくら何でも……」

「おいおい、これは男同士のやり取りなんだぜ? 部外者は口挟まねぇでくれ」

 そう言って楽しそうな笑みを浮かべると、右手に持った刀の柄で将一のアゴを押し上げる。

「どうする? 将一」

 将一は侠輔の目を強く睨み付けると、意を決したように地に頭をついた。

 そして――

「オイラたちを……オイラたちを助けてくださいッ!!」

 

 侠輔はその懸命な姿にふっと笑みを浮かべると、自身も屈んでその小さな肩に手を置いた。

「よくやった。嫌いな野郎にまで頭が下げられる。その気概がありゃ大丈夫だ!」

 は? 何が大丈夫なんだ? と千之と将一が首を傾げるのを尻目に「よし、来い」と将一の腕を無理やり引っ張って歩き出した。



「え……何? これ」

 将一は頭に鍋、右手に壊れたホウキの柄を握りしめ、大きな門の前で立ち尽くしていた。

「何って……弟取り返すんだろ」

「取り返すって、何、力ずく!?」

「やられたら、相手がぞうりの裏舐めるまでやり返すのが世の中の法則なんだろ?」

「聞いたことあるかあッ!! どこの世界の法則だ!」

「あれ、っかしいな……師匠はこう言ってたんだけど」

 とアゴに手をやる侠輔。

「あんたの師匠さんってカタギの人……?」

「ああ、今はな!」

 明るく答えるところじゃないだろう! と将一は心内に大きく突っ込む。


「まあいいや。折角ここまで来たんだし」

「そんな京都に来たようなノリで、殴り込むのやめようよー!」

 将一が止めようとするも時すでに遅し。侠輔が二枚扉の門を斜めに切り裂いた。

 轟音と砂埃を立てながら倒れる木製の扉。

 その音に驚いた屋敷の者たちが次々と顔を出す。

「何事だ!」

「貴様ら……何奴!!」

 用心棒として雇われたと思しき浪人たちが、次々と腰の刀を抜いた。

 将一はその様子にガタガタと体を震わせる。

「な……なあ……これ想定外でしょ? 相手が多すぎるよ、三十人はいるんじゃない? い、言っとくけどオイラの事は期待すんなよ? 自慢じゃないけどオイラ、ケンカは――」

「ちょっと待ってな」

 侠輔は将一の頭に軽く手を置くと、親指で(つば)を押し上げながら敷地内へ駆け込んだ。

「でああッ」

「曲者がッ」

 剣を振り上げ斬りかかってくる男たちを、次々とねじ伏せる。

 ずれ落ちてくる鍋を気にする暇もないほどに、将一は見入ってしまっていた。

 周りを囲まれても決して動じず、涼しい顔で一筆書きのような滑らかな太刀筋を描く。後ろを見ずとも的確に相手に当てるその姿に、将一は神がかり的な印象さえ受けた。

 その手に持つものが刀でなければ、これは間違いなく舞である。そう思えるほどに洗練された動きであることが、素人目にみても明らかだった。

「あの人……結構すごいんだ……」

 

「将一――!」

 全員を戦闘不能に追い込んだ侠輔が、元気に将一に手を振る。

 将一は鍋をしっかりとかぶり直しながら侠輔の元へ向かった。その顔を見上げるが、ケガどころか息一つ切らしてはいない。

「何だ? どうした?」

 自分をじっと見上げる将一に首を傾げる。

「つ、強いんだなと思って……」

 侠輔は周りを見渡して「ああ」と頷くと、

「こいつらが弱いだけだろ」

 といたずらっぽい笑みを見せた。



 屋敷へ足を踏み込むと、そこは異様なほどに静かだった。先ほどの戦いで用心棒たちは全て倒してしまったからなのか。それにしても使用人の姿すら見当たらない。

「全く、他人の家へ土足で上がりこむとは……教育の程度が知れるというもの」

 突然した声に二人は振り向く。

 そこに現れたここの主、(ぜに)()加兵(かへい)。その手には拳銃が握られていた。

「お前がここの主か?」

「いかにも。それよりお手元の打刀から手を離していただけますか? もちろん脇差も」

 侠輔は黙って刀を置き、脇差も床に打ち捨てた。

「お前……! へ……平次を返せ!!」

 おびえながらも懸命にそう言い放った将一。加兵は小ばかにしたように笑うと、「そのまま奥へ行け」とアゴで方向を指し示す。

 二人が警戒しながら前に進むと、地下へ続くと見られる冷たい石の階段が姿を現す。加兵は後ろを銃で突きつけたまま、その階段を下りるように促した。

 重厚な鉄の扉を通り抜けると、そこは地下牢になっていた。長方形の石畳のそこそこ広さのある部屋。その一辺には鉄格子が取り付けられている。加兵は扉と共に鍵を閉めた。

「兄ちゃん!」

「平次!!」

 その中に入れられた大勢の子供たち。怯えたように一箇所により固まっていた。


「ほう、弟を助けにこんなところまでくるとは……すばらしき兄弟愛というべきか」

 口元に卑しい笑いを浮かべる。

「紅毛のお侍さんには、壁に背を向けて立っていただきましょうかねぇ」

 侠輔は大人しくそれに従った。

「あれほどいた用心棒どもを、ああもあっさりと片付けてしまうとは……相当な腕をお持ちなようで」

「何が言いてぇんだ」

「私と手を組みませんか?」

 その言葉に侠輔は眉をひそめる。

「見たところ最下級武士のようですが、どうにも相応の地位を与えられてはいないようではありませんか。どうです? 私の用心棒になってはいただけませんか? 私の元にくれば、全て面倒を見させていただきますよ。家も服も……女だって」

「へー、随分いい話じゃねぇか」

 侠輔の返答に加兵は「そうでしょう。あなたはここで消えるには、惜しい人材ですからねぇ」とニタニタと笑う。

「その代わり、私の用心棒となるという証明として……」

 そう言いながら将一に目を向ける。

「そこのガキをここで始末していただきたい」

「へッ!?」

 将一は目を見開き、怯えたように後ずさる。

「ガキを始末……ね」

 侠輔の目が将一を捉えた。将一は震えるように首を横に振る。

「や……やだ……やめてよ……やめて……」

 将一は絶望したような瞳に涙を溜めていた。


「さあ、早く。ここで命を散らすか、それとも生き延びるか……答えは簡単なはずです」

 男は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。

 侠輔は無言で瞳を閉じる。


「やめて!! 兄ちゃんが……兄ちゃーんッ!!」

 弟の平次が檻を掴んで必死に声を上げる。

 将一は部屋の隅でまるくなって、身を腕で庇うかのように縮こまっっていた。


「撃てよ」

 ポツリと呟かれたその一言。

「は? 今何と?」

「撃てよって言ったんだよ。その代わり、オレがどうなったってガキどもは助けろ」

 侠輔の鋭い眼光に、加兵は半笑いを浮かべる。

「は……ははッ!! 奇特な侍もいたもんだ。あんな汚くて、卑しい身のガキどものために、命を(なげう)つだと? ハハハハハッ!!」

 加兵の言葉に侠輔は見下すように鼻で笑う。

「“奇特”? バカ言ってんじゃねぇよ。侍ってのは己の命を以ってしてでも、守るべき“道”を示す者。刀ってのは己の息の根が止まるその瞬間まで、絶対に揺るがぬ“信念”を貫くと誓った証。侍であるオレが、刀を握るオレが……この状況で己の命かわいさに、何の罪もねぇガキを差し出すとでも思ったのか? それに……自分の弟助けるために必死になってかけずり回るあいつなんかよりずっと……テメーの方が百万倍汚ぇだろがッ!!」

 加兵は苦虫を噛み潰したかのような表情を見せると、引き金を引く。弾丸は侠輔の肩を掠って壁に穴を開けた。

「くッ……」

 朱色のしずくが滴り落ちる。

「どうです? これでもそんな口が叩けますか? こちらに付くなら今のうちですよ」

「……へ、いくらでも叩けるぜ。試してみるか? 強欲ハゲ親父さんよ」

 余裕を見せる侠輔に、加兵は何度も何度も侠輔に銃口を向けた。



「……はッ……ヘッタ、クソ……どこ狙ってんだよ……」

 侠輔はあちらこちらから生暖かい液体が流れ出すのを感じながらも、笑みを崩さない。

 だが一方で床や壁はどんどんと朱に染まっていった。

「お侍さん……」

 将一は完全に怯え切った表情で固まる。どうすればいいのか、何も考えることができなかった。

 加兵は侠輔の心臓に照準を合わせる。

「フン……とんだウツケ者だったな。だったら……お前さんの言う、侍の“信念”とやらと共に消え去れぇぇええッ!!」


「やめてぇえッ!!」

 乾いた銃の共に、床に鮮血が広がる。



「く……がッ」

 胸を押さえ膝を崩すと、そのまま地に倒れる加兵。憐は、弾丸を跳ね返したまま振り上げていた刀を、静かに下ろした。

「お前に言われるまでもない。オレたちは、侍として生まれたときからそのつもりだ。ただそれが、今ではないだけでな……」

「れ……憐ッ……助!?」

 突然現れた見覚えのある男の名を叫ぶ。


「何をやっているんだ、お前は全く……」

「お、お前……何で、ここに?」

 侠輔が驚いていると、

「ちーさんから連絡があったんです」

 扉の鍵を開けたと見られる針金を手に現れた孝太郎。


「ったくアイツ……余計なことしやがって」

 侠輔がブツブツと文句を言っていると、将一が侠輔の元に駆け寄ってくる。

「お侍さんッ!!」

「将一……」

「ごめんなさい……オイラのせいで……それなのにオイラ……何にもできなかった……」

 大粒の涙を流す将一の頭を優しく撫でる侠輔。

「何言ってんだよ、自分の身を護ることだって、大事なことなんだぜ」

「でもお侍さんは……」

 その言葉に侠輔は一瞬真剣な眼差しをする。

「武士は死を恐れねぇ。なぜなら命より大切なものを、その身に背負っているから」

「命より……大切なもの……?」

「……なんてなッ!」

 そう言って優しい微笑みを向けながら頭を撫でてくれる侠輔の顔を、将一は食い入るように見つめていた。






「ってわけで全員役人にしょっ引かれてった」

「へー、そうだったんすか。間に合ってよかったすよ。っつーか弾丸跳ね返すって、最早人間技じゃないっすよね?」

 憐様すげー、と千之がおんぼろ長屋で煙をくゆらせて一部始終を聞いていると、「やあ、とうッ」「違うってオイラが先にこういくから……」とどこからとも無く聞こえてきた子供たちの楽しそうな声。

「何してんだ?」

不思議そうに首を傾げる侠輔。

「ああ、最近侍ごっこ流行ってるみたいっすよ。仕事の合間縫ってやってるみたいす」

「侍ごっこって……あいつら侍嫌いじゃなかったんか?」と言う侠輔に、千之は「誰かに影響されたんしょ」とその張本人を横目で見やる。

 だが当の人物はそんなことには気づかず、大きなあくびをしていた。



――――――――――――

一言:

  友達に爪でポリポリしてたらホクロ取れたって言ってる人がいるんですが、ホントなんですかね……。ノリでも付いてたんじゃないの? と思っています。



 閲読まことに感謝いたします!

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