第三十三話 侠輔と小さな恋
「え? 伯母上が?」
剣道場で汗を流していた侠輔に、家臣の一人が来客の報告をする。
「何しにきたんだ?」
訝しげな表情で家臣に竹刀を手渡すと、水を口に含みながらそこを出た。
自室へと続く広い廊下を歩いていると、何やら楽しそうな笑い声。ガラリとふすまを開けると、一人のふくよかで人の良さそうな女性が今井と談笑していた。
「あら、侠ちゃん久しぶりぃ~」
ある程度年を取った女性に、怖いものなど無いのだろうか。自身の甥とはいえ、身分は自分より上なのに敬語すら使う気配は無い。
とはいえ侠輔もそれを気にする様子はなかった。
「ではごゆっくり」と出て行った今井の背中を見届け、侠輔は机の向かい側に腰を下ろす。
「で? 今日は一体何しに来たわけ?」
机の上に用意されていた羊かんを竹串で刺すと、一口でそれをほおばった。
「むふふふふふ」
侠輔の伯母は何やら不可思議な笑いをし、ソーセージのような指を口元へやったのは決して食べるためではない。
訝しげな顔をする侠輔に、伯母はなぜか得意げに語りだした。
「あ~苦労した甲斐があったわぁ~今度こそ間違いなしだもの」
“今度こそ”。その言葉に侠輔は眉間にシワを寄せた。
「もしかしてまた見合い話か?」
嫌気がさしたように言い放つ侠輔。ことあるごとに写真を持ってきてはどうだどうだと勧められ、侠輔は辟易としていた。女性に興味がないといえば嘘になるが、もって来る写真の……お顔がその……いえいえいえいえッ……。
その通り、侠ちゃんあったまイイ~とテンションの高い伯母を侠輔は冷めた目で見る。
「だから祝言とかまだそういうの興味ないって」
「ウチと柳本家とアコの三大名家に次ぐ葛城家の姫よ?」
“アコ”とは河合家のこと。侠輔の伯母は体裁ばかり気にするお堅いあの家がどうやら大嫌いのようで、名前すら口にするのも嫌がった。いや、河合家も内心上照家を“下品一族”と見なしている節があり、お互い様である。
乗り気でない侠輔に誰も聞いていないというのに声をひそめ、「どびっきり可愛い子なんだけどな~」と楽しそうに囁いた。
それに反応したのかどうか定かではないが、侠輔は「会うだけ」と見合いを了承する。
侠輔の顔が引きつっているのは、慣れない場にいることによる緊張からではない。
「え、“可愛い”ってそういうこと?」
高級料亭の広い一室を貸しきり、初めて互いに顔を合わせる。
侠輔の目の前に座る一人の女性、いや……御歳八の少女。
「おいおいおい、何でこんなガキんちょと、見合いなんかしなきゃなんねぇんだよ! オレそんな趣味ねぇし!」
大きな瞳に白い肌をもつこの少女は確かに大変に愛らしく、十年もすれば美しい女性となることは明らかなように思えた。とはいえ今は完全なる子供。
指をさされた少女、葛城瑠香は気の強そうな目で侠輔を睨み付ける。
「あら、私だってオジサマとお見合いだなんて不本意ですわ」
「お……オジ……」
とんでもないことを言い放つ瑠香に、侠輔も言葉が喉につっかえる。
「ひ、姫ぇッ……」
瑠香の父親が焦ったように瑠香を止めるが、言葉は発せられた後。
「帰る」
侠輔は大人気なくその場から去ろうとするが、その背中に瑠香が声をかけた。
「あら、大人ぶるわりに我慢が足りない方なのね。それで将軍が務まるのかしら?」
でもまあいいわ、と瑠香も帰ろうと立ち上がって侠輔の脇をすり抜けようとする。
「待てよ」
その声に足を止めて侠輔を見上げる。自分よりもかなり大きい男に対して、臆することなく挑戦的な視線を送る瑠香。
侠輔はため息をつくと元の席に戻り「座れ」と瑠香を促した。
瑠香はどこか勝ち誇ったかのように、緩慢な動作でそれに応じる。横で侠輔の伯母は、八歳の娘に振り回される甥の姿に、必死に笑いに耐えているように見えた。
周囲が気を使って何かと話題を持ちかけようとするが、腐ったような空気に全く華が咲
く様子は無い。黙りこくる侠輔に、伯母が何か話しかけろと目で訴えかける。確かにこの
ままでは、と侠輔は咳払いをして口を開いた。
「えー、しゅ、趣味とか、は?」
「やですわ、そんなありきたりな。もっと刺激的な質問はありませんの?」
「何だよ刺激的って! パンツの色でも聞けってのか!」
その侠輔の言葉にシンとする室内。
自分で言って自分で恥ずかしくなったのか、侠輔は浮かせた腰を黙って下ろした。
静まり返る室内とは逆に、瑠香は楽しそうに笑う。
「あなたのような方は嫌いじゃありませんわ」
なぜ一回り程も下の子供にそんなことを言われなければならないのか、と思った。
「侠様、私ひとつお願いがありますの」
ガヤガヤと騒がしい大店街を歩く侠輔と瑠香。瑠香の方はさすが子供と言うべきか、初めて歩く城下の街に目をキラキラと輝かせていた。
「いいか? ここじゃオレもお前も普通の民なんだからな」
「わかっております」
侠輔の注意を本当にちゃんと聞いているのか、瑠香は街並みを興味深げに眺めるばかり。
「あ、侠様? これとっても可愛らしいですわ!」
ガラス細工を指差し侠輔に呼びかける瑠香。
だが一向に返事の返ってこない侠輔を振り返ると、何やら団子を購入している様子。
ムッとして近づこうとすると、誰かにぶつかってしまった。見上げれば人相の悪そうな男たちが五、六人。
だが世間を知らぬ姫にとっては大勢の民の内の一人でしかない。
「ちょっと、何をなさるの! しっかり前を見なさい、無礼者!」
その言葉にカチンときた男たちは、子供相手に脅しをかける。
「無礼者だぁ? 何様のつもりだ! このクソがきゃあッ!」
傍を通りかかっていた街の人たちは、ビクリとしたように一斉に男たちを見た。
「おい、どこのガキだ、あ? 親が一緒に来てんだろッ!? ゴルァッ!」
街人たちはどうしてよいか分からず、ただその成り行きを見守る。
瑠香もやっとこの人たちが危ない人たちだったのだと悟り、その身を硬直させた。
「わ、私は……」
涙が出そうになるのを必死に耐える。周囲を大きな男たちに囲まれ、俯くように着物を握りしめた。
「テメー名前は? あ? 名前ぐらい言えんだろガキッ!」
「あ……あの、か、かつ」
「何だってぇ? 聞こえねぇ」
「山田花子でーす」
「は?」
突然聞こえた気持ちの悪い裏声に後ろを振り返った瞬間、アゴに強い衝撃が加えられ男は耐え切れずに泡を吹いて倒れる。
「オレの連れに何してんだよ、コラ」
左手に団子の乗った竹の笹、右手に串に刺さった団子を持ったまま、実際は高位にある人物とは思えぬ目つきで睨み付ける侠輔。
「テメッ、アニキに何しやがんだ!!」
「え、アニキ? あんたゴミ虫と兄弟なんだ、キッタねぇ~」
そう言って団子をほお張る。
「こんの畜生が!!」
殴りかかってきた男たちを軽くかわすと、団子を食べる手を休めることなく男たちを次々に地へ沈める。
「ナメやがってこのヤロウ!」
懐から刃物を取り出した男に、周囲の者たちは小さな悲鳴を上げる。斬りかかって来た男に動ずることもなく、一瞬で間合いを詰めるとみぞおちに肘打ちを食らわせた。
ものの数秒で全員を叩きのめした侠輔は、
「二ッ度とこの辺りでツラ見せんじゃねぇぞ」
一体誰に教わったのか。竹串をくわえたまま‘捨て脅し’まで残し、その場を立ち去った。しかし二三歩、足を踏み出して気づく。
「あれ、瑠香?」
後ろを振り返ると、怯えた様子で地面に転がる男たちを見つめる瑠香。しまった、こういうことに免疫の無い箱入り娘に、もうちょっと気を使うべきだったかと急いで傍に寄る。
俯く顔を覗き込むと、今にも涙を零しそうな顔をしていた。
「悪いな、ちょっと怖かったか?」
気遣う言葉を掛けるが、瑠香は顔をあげると侠輔をキッと睨み付ける。
「どうせなら、もっと早くに助けていただきたかったですわ!!」
そう言って歩き出した背中に「あっそ、それはどうもすみませんでしたね」と聞こえるような声で嫌味を言った。
「可愛くねぇガキ……」
つぶやかれたその言葉はしっかりと瑠香の耳に届いていた。“可愛くない”のは分かっている。本当はすごく怖くて彼の姿を見たとき、とても嬉しかった。助けてもらって正直……素敵だと思ってしまった自分がいる。だがそれを認めるのは何だか負けを認めるような気がして、つい突っぱねてしまった。
「私は悪くありませんわ」
ポツリつぶやくように言い放った。
そんな気持ちを振り切るように、団子の串をゴミ箱に捨てる侠輔に呼びかける。
「侠様!」
「何だよ」
瑠香は右手を差し出す。
「女性を置いて一人お団子を召し上がるなんて言語道断ですわ。殿方は隣にいて女性を護るものです」
侠輔は小さくため息をつくと、「それはどうも失礼しました」とその手を握った。
大きくて暖かいその手は、自分の手をすっぽりと覆ってしまう。文句を言いつつも、自分に合わせてゆっくりと歩いてくれることにも、何だかくすぐられるような感覚を覚えた。
「どこ行くんだよ」
「あら、女性に決めさせる気ですの? ありえませんわ、自主性の無い殿方ね。それとも嫌われるのがコワい、ただの八方美人かしら」
「き、希望を聞いて何が悪ぃんだよ!」
「そうやって意見聞くふりして、結局はこちらの意見に乗るだけのおつもりではありませんの? そういうの、聞かれたこちらも気持ちが萎えますわ」
侠輔は怒りを抑えるように頬を引きつらせ、「じゃあ」といって連れてこられた大和公園。
「ずいぶんとありきたりですのね」
とは言いつつ、自ら鹿に近寄ってその頭を嬉しそうに撫でる。涼やかな風が吹くこののどかな公園は、やすらぐにはもってこいの場所。子供連れやお年寄りが多く見受けられ、長いすもほとんど埋まっていた。
侠輔はたまたま空いていた長いすのうちの一つに腰掛けて一息つく。あちらこちらで草を食む鹿たちを見て、青い空を見上げた。悠然と白い雲が流れてゆく。風が木の葉を揺らす音が耳に心地よい。
心が穏やかになっていくようだった。
「侠様?」
「ん?」
呼ばれて首を戻す。瑠香が恥ずかしそうに隣に腰掛けた。
「き、侠様はどのような女性がお好みですの?」
突然の質問を鼻で笑う。
「い、一応私はお見合い相手なのですから、それくらいは聞いておかないと……」
なぜかしどろもどろになる瑠香に、侠輔はわざとらしく考え込んだ。
「んーそうだな。オレに対して優しくて、わがまま言わなくて、しとやかで、大人な感じの女かな?」
わざとなのか、瑠香とは正反対の女性像を並べ立てる侠輔。
「そんな女性いませんわ」
「何で分かんだよ」
「オンナは皆殿方の前ではネコをかぶってるだけですもの」
大和撫子大会の控え室でのことを思い出した侠輔。足が臭うだの、“潰し”なるものをするだの……確かにネコをかぶっているのかもしれないとは思っていた。
「いやいや、ガキには分からねぇだけだって」
それでもからかう様に言葉を返す。
「た、例えいらしても侠様を選ぶとも思えませんけど」
「何で」
ちょっとムキになって尋ねた。
「そうですわね、お会いしたことはございませんけど、河合家が憐や柳本家が孝太郎様のような方を選ばれるんじゃないかしら。なんせあのお二方は、いっつも女性陣の集まりで話題に上りますの。毎回ですわよ。何でもお顔だけでなく頭も良くって、さらにお人柄まで優れていらして、それはそれは素敵な方々だって」
「あっそ」
興味なさげに返す侠輔。
「ですから、仕方ありません。私が奥方になって差し上げますわよ」
「無理にって頼んだ覚えはねぇよ」
侠輔はそっぽを向いて、遠くを眺めていた。
「強情ですのね、こちらから言って差し上げてるのに」
「はいはい、どうも」
瑠香の精一杯の告白に気づきもせず、ぞんざいな態度をとる侠輔。瑠香はムッとして、
「ま、こんな段取りのデートしかできないようなお方、こちらとしてもお断りされたほうが良かったですわ。どうせ将軍の座も、あのお二方のどちらかが取られるのでしょうし」
侠輔は黙ったまま、横目で瑠香を見やる。
「だってあのお二方より優れたところ、一つでもお持ちなのかしら。容姿といい頭脳といい要領といい、何一つ勝てるところなんてないんじゃありませんの? 戦う前から負け犬決定ですわね。殿方のくせに情けないですわ。早々に将軍候補から下りられることをお勧めいたします。恥をおかきになりたくはないでしょう?」
それには侠輔も頭に血がのぼった。
「何なんだよさっきから! 帰りてぇんならさっさと帰れやッ!!」
大きな声を出した直後、侠輔はしまったと思った。
驚きに目を見開いたのは一瞬で、みるみる内にその大きな瞳に涙を溜めてゆく瑠香。
「わ、分かりましたわよ」
そう言うとどこかへ駆け出した。
「あ、ちょ……瑠香!」
侠輔が止めるのも聞かず、瑠香は人ごみに紛れ、その姿は瞬く間に見えなくなってしまう。
急いで後を追った。
しばらくして侠輔は、寂しそうに腰掛ける瑠香の背中を見つける。川に面した長いすに座る瑠香の隣に腰掛けた。
侠輔のその息は少々乱れており、走り回って探していたのだと想像できる。瑠香は乱暴に涙を拭くと顔をそむけ、怒ったような口調で「何しにいらしたの?」と言い放った。
「悪かったと……思って」
「なぜ? あんなこと言われて、怒らない方がどうかしてますわ……ッ」
その言葉と共にまた涙が溢れ出す。
「こっち向けよ」
こんな情けない顔で振り向けというのか、と瑠香はかたくなにそっぽを向いていた。
背中に感じる視線。
侠輔が何かを差し出してきた。見ればその手には、シワシワのハンカチ。
黙ってはいるが、これで拭けということらしい。
「それなら自分のがありますから」
そう言ってまた可愛げもなく、シワ一つない美しい花柄のハンカチで拭った。
それには侠輔も、出した手をおずおずと引っ込める。
だが次の瞬間、ハンカチを持っていた瑠香の小さな手を男の大きな手が包みこんだ。
振り向くものかと思っていたのに、反射的にその目を見上げてしまった。心配そうに優しく見つめる、その青く美しい瞳。吸い込まれそうだった。
その大きな手は瑠香の手を掴んだまま、ハンカチで涙を拭うように頬をなぞる。
「じ、自分で拭けます!」
その手を振りほどこうとするが、その手は思いの外しっかりと握られていて、彼にとってそれは強い力ではないのだろうが、自分のような者では到底敵わない。
「侠様……!」
「オレのせいなんだから」
「……侠様は悪くありませんわ、私が……」
自分が侠輔の好みではないと暗に言われ、告白にも気づかれず、くやしくてついとんでもないことを言ってしまった。いけないとは思いつつも、頭で制御できるなら始めから言わない。嫌われてしまっても仕方ないと瑠香は思っていた。
「何言ってんだよ、男が女泣かせて、悪くないわけねぇだろ」
「そうじゃないことだってありますわ」
「瑠香」
侠輔の顔を見上げる。
「もし人の道に逸れるような事をしたってんなら、女にだって非はある。けど、そうじゃないんなら全部男が悪ぃんだよ。全部。だから自分を責めんな」
「で、でもそんなのって殿方が……」
「あれ? お前さっき男は女護るもんだつってなかったか?」
――殿方は隣にいて女性を護るものです――そう言ったことを思い出した。
「危ない連中からその身を庇うだけが、護るってことじゃねぇ。その心が傷つかないよう、時には自分の感情抑えることだって、護るってことの大事な一部だ。さっきオレはそれができなかった。お前を護れずに泣かせた。だからオレが謝んねぇと。ごめんな、瑠香」
嫌味で言い放ったあの一言を、しっかりと受け止めてくれていたことに。自己嫌悪に陥っていた自分へそう言ってくれる気遣いに、思わず涙腺と口元が緩む。
「な、何泣きながら笑ってんだよ……」
「侠様は面白い発想をなさるのね」
分からないという顔をする侠輔に向き直る。
「もし私がこんな子供じゃなくなったら、すごくキレイな女性になったら……その時は私の結婚の申し込み、受けてくださるんでしょ?」
いつもの強気な表情を向ける。侠輔は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑みをこぼした。
「やなこった」
嫌? この状況でなら社交辞令的でも「うん」と言ってくれればいいのに。瑠香は侠輔の素気無さに再び涙が出そうになる。
「もしお前がそんな風になったら……」
侠輔の瞳を見つめた。侠輔はそれに答えるかのように右手で瑠香の頬を包み込む。
「オレの方から土下座してでも、申し込んでやるよ」
そう言って優しく微笑んだ。
冗談なのか、本気なのか。
だが瑠香にはこの人の空のように澄んだ瞳には、きっと永遠に自分は映らないのだろうことを感じていた。なぜかは分からなかったが、直感的にそう思った。
それでも、嬉しかった。
「あら、私がそれを受ける保障なんてどこにもありませんわよ」
先ほど何かを感じたようなそぶりは見せず、また強く返す。
「うー生意気」
ヤダヤダと返す侠輔は瑠香から離れ、長いすから立ち上がった。
その背中を見て瑠香は心を決めた。素直になろうと。
自身もいすから立ち上がって侠輔を見上げる。
「侠様? せっかくのお心粋に水を差すようで心苦しくはありますが、やはり先ほどのことは私が悪かったですわ。ひどいこと申しました……私の非礼をお許しください」
そう言って丁寧に頭を下げる瑠香に侠輔は身を屈めて、手を差し伸べる。
「もちろんですよ? 姫」
差し出されたその暖かい手を、瑠香は恥ずかしそうに握りしめた。
「侠様」
「ん?」
「あの……」
「何だ?」
何か小声で囁く瑠香に、何を言っているのか聞き取ろうと顔を近づけると――
「んんッ!?」
突然唇に柔らかい感触が舞い降りる。
「フフ、隙アリですわッ」
そう言って侠輔の手を引き、前を歩き始める瑠香の背中に「最近のガキはマセテやがる」と呆れたように小さくつぶやいた。
「それで向こうさんに、随分気に入られてしまったんですね」
城下でのできごとを粗方話すと、可笑しそうにクスクスと笑う孝太郎。
屋敷に帰ってからは「侠様侠様」とくっついて離れず、鹿の松之助にも嫉妬し、厠にまで付いてこようとする始末。帰るときも侠輔の首にしがみついては、さんざん駄々をこねていた。子ども扱いすると 怒るくせに、こんな時ばかりはその特権を使いたい放題だ。
「何か妹でも出来た気分だぜ。あいつも一人っ子だし、オレを兄か何かだと思ってんだろ」
「あぁ、侠は女性の心が分かっていませんね」
「女性って……相手はあんなガキンチョだぜ? あいつだってオレのこと“オジサマ”とか言ってたし」
「はいはい、そうですね」と孝太郎の訳あり顔に、侠輔は気になってしばらく考え込んでいた。
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一言:
飴を飲み込んでしまうと、なぜか背中が痛くなるのですが……。
閲読ありがとうございました!!