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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
31/43

第三十話          風雅の思惑

                


「龍間さん、入りますよ」

 風雅はそう言うと、スッと静かにふすまを空けた。

 龍間はいつものように、腕を組んで夕日に濡れる外を眺める。


「何の用だ」

「面白いものを作ったので、ぜひ龍間さんにも見ていただこうかと……」

「面白いもの……?」

 はい、と風雅は口元に笑みを零した。



 暗く細い階段を下る。等間隔に明かりのついた石壁が、冷たく彼らを出迎えた。

 一枚の黒い木の扉を押し開けると、キイと蝶番の甲高い声が響く。

 

 目の前に広がる橙色の明かりに照らされた小さな研究室。部屋の三方には棚が置かれ、中央には木の長い机。部屋の隅には木箱が積まれ、部屋全体からとても乱雑な感じを受けた。龍間は足を踏み入れた瞬間にムッと立ちこめた、この部屋独特の薬品の匂いに顔を歪める。

「あ、龍間さん。お久しぶりですね」

 入って真正面、ごちゃごちゃの机の上の傍に佇む己槻が笑顔で出迎えた。だが龍間はそれには答えず、すぐに視線をはずす。


 己槻の後ろにある棚に目が行った。ガラス瓶に入った薬品がたくさん並んでいるようだったが、一体何に使われるものなのか龍間には分からない。


「“見せたいもの”があると聞いた」

 龍間はそう言いながら、左奥を仕切る薄汚い淡黄緑色のカーテンを見る。その向こう側は一体何があるのか。

 龍間は初めて訪れるこの場所の、何もかもを知らなかった。


「それなら、これのことですよ」

 そう言って己槻が見せた、まるで大きなダイヤモンドのような石。彼に近寄って受け取ったそれは、手のひらにかろうじて収まるような大きさで、青く美しく輝いていた。


「何だ……これは」

「“四神石”ですよ」

「四神石!?」

 その言葉に驚いて、入り口の前に佇んでいた風雅を振り向く。


「まあ正確に言えばそれを再現したもの。先生方はそれを“儡寇(らいこう)(せき)”と名づけました」

「“儡寇(らいこう)(せき)”? ……一体どうやってこんなもの……」

「それは我々の科学力だな」

 白衣の男は得意げに答えた。


「四神石と同じ力を持つというなら、これで幕府を……そしてあいつらだって……!」

 手のひらの儡寇石を硬く握りしめ、そこに映る己に強い視線を送る。


「ええ。ですがこれを持っているだけでは無意味。体に“封印”しなくては」

「“封印”?」

 聞きなれないその言葉に眉をひそめた。

「ええ、要は体内に入れるってことなんですがね。これを液状化したものを体に注射する。それダケで筋肉量や釘気が増大し、大きな力を得ることができるんですよー」

 己槻のメガネが光る。


「……それでね、龍間さん……」

 風雅はおもむろに話を切り出した。


「あなたに、その注射を受けていただこうかと思いましてね――」

 龍間に風雅たち三人の視線が突き刺さった。





「融心石を液状化して動物細胞と融合したものを……体内に注射!?」

 訓練施設を離れ、医務室に集まっていた隊員たち。丸イスに座って手首に包帯を巻かれれる侠輔は、うげっと顔を歪めた。


「我々は科学者ではないので詳しい事は説明しかねますが、“ある刺激”を与えることで一気に体中にその“化変細胞”が広がり、短時間で突然変異をもたらすことができる……と」

 そうダーロンは淡々と話す。

「“ある刺激”?」

「例えばある決まった“音”や“光”、それに“振動”や“匂い”」

「音や光……。……にしても、何でんなもん作ろうと思ったんだよ」

「これは人間兵器の一種。国境周辺の不安定な情勢を改善するため、兵士一人ひとりの力を強化しようと作られました。ですが、何ぶん人間を短期間で改変するなど無理がある。発狂したり、人間の様相ではなくなったり、次々に死者が出た。人道に反する研究だとして、実験は中止されました」


「……それが今日本に……」

 孝太郎は静かにあごに手をやる。


「研究室がとある反皇帝組織に襲われたことがありましたから、恐らくその時……」

「その注射を打たれた者は結局どうなる。異形の姿になった者は元に戻るのか」

 憐の質問にダーロンは一度その瞳を閉じた。

「化変細胞が体内に存在するだけでは、異常は出ません。ですが一度“刺激”を与えられた者は一時的に強大な力を手に入れ、最後には何らかの異常を発生して“死”を迎える」

 当然元には戻りません、と息を吐く。


 それを聞いた侠輔は、人知れずグッと右の拳を強く握りしめていた。






「注射を……?」

 顔をしかめる龍間に、白衣の男が親しげに近寄る。

「大丈夫、心配しなくても安全だ。すでに風雅にも打ってあるし、他にも数十人に試したが問題はなかった」

「……だが……」

「奴らに復讐をしたいのでしょう? 僕と同じように、親を陥れられた憎き仇に……。やつらには四神石があるんですよ。だったら……あなたも覚悟を決めるべきです。共に立ち上がろうと約束したではありませんか……」

 その風雅の言葉に、龍間は「分かった」としっかりとその目を見つめた。






「これで我々の情報提供は終了です。では、あなた方の“異国から来た紅毛の逃亡犯”なる人物についてお聞かせ願えますか?」

 ダーロンの鋭い視線が向けられる。


 治療を終えた侠輔は、それに焦ったように傍に立つ孝太郎へ小声で話しかけた。

「……おい! どうすんだよ。アレってお前がハッタリで言ったヤツじゃねぇか。他に掴んだ情報何かあったか?」

「ありませんね」

「おいそれどうすんだよ! これ“あ、アレ口から出まかせだったんですぅ~、ごめんねー”とか言ったら今度こそ絶対にやられるぞッ!!」

 嫌な汗が流れるのを感じながら、恐る恐るダーロンを盗み見る。

 不審そうな顔でそれを見るダーロン。


「ほら! めっちゃこっち見てるし! お前が言ったんだから、お前何とかごまかせよ!?」

「そうですね、分かりました」

 そう言って孝太郎は怖気づく事無く、ダーロンの前まで歩を進める。


 何を言うつもりかと、ヒヤヒヤしながら孝太郎を見守る侠輔。

「すみません、あれ口からでまかせだったんです。申し訳ありません」

「何を言ってんだぁああ!!」

 後頭部に手をやりながら、笑顔でそう言ってのける孝太郎。侠輔の額は冷や汗が滝のごとく流れていた。


「どういうことですか」

 紅い双眸を、睨み付けるように細める。

 ほら、怒ってんじゃん! ほら、怒ってんじゃんッ!! と心の動揺がその表情に映し出されたかのように、侠輔は顔を硬直させる。 


 だが孝太郎はそのダーロンにも怯んだ様子は見られなかった。

 侠輔がどうするのかと見守る中、孝太郎は一呼吸置くと笑顔を崩し、真剣なまなざしを向ける。

「ですが一つの可能性を提示することならできます」

「可能性?」

「実は我々はすでにその“チェンシー”と呼ばれる怪物と出会い、対峙したことがあります」

「……いつ、どこでですか」

「最近のことです。場所は現在建築中の講義場。倒幕派組織、新月によるものでした」

 ダーロンはその孝太郎の言葉に、思いつめたような表情を見せた。

「そう、チェンシーの研究施設が反皇帝組織に狙われたことがあるというのなら、その時に情報を入手したのがその赤毛の男ならば……彼は現在この日本で、倒幕組織の者と手を組んでいる可能性が非常に高い」


 ダーロンは思いつめたように背を向け、レイが一歩歩み出て、口を開いた。

「最悪ですね。我々が過去、極秘に開発していたものが盗まれ、それがさらに反幕府側の組織に情報が伝えられたとなると、日本側との対立は必至。そしてさらに悪いのは、万一その反幕府側が勝利するようなことになると……情報提供の見返りとして、華国国内の反皇帝側の者たちと手を組み、日華戦争に発展するおそれすらある」

「……日華……戦争……」

 太眉の伍長は、それが口にしてはならない、恐ろしい単語であるかのようにつぶやく。


「超大国である華国と、融心石採掘量が世界一の日本。それら二つがぶつかれば、どんな被害がでるのか予想できん。それに戦で疲弊した両国に、全くの第三国が侵攻を仕掛けてくることもないとは言えんしな……」

 憐も腕を組んで、困惑したように眉をよせた。


「あなた方華国の側が掴んだ、その赤毛の男についての情報。もう少し教えていただけませんか」

 孝太郎の強い視線に、ダーロンは後ろ手に手を組みながら窓に向かう。

「本名などはまだ分かりませんが、ここでは“リュウ”と名乗っているようです。国の要人二十名ほどを暗殺したと言われる危険な男。体格はわりと細身らしく、毛髪は赤。そして、幕府に関する何かの情報を得に来たと」

「幕府に関する……? 反皇帝側の人間が、我々の何を知りたいのでしょうか」

「それこまでは。……そして、西疆(せいきょう)族の出身と見られています」

 ダーロンは視線を窓の外に向けたまま、ガラス越しに孝太郎を見た。


「西疆族といえば、華国に強く弾圧を受けている民族だったな」

 憐の一言に、棚に持たれかかっていたシャオリーが食いつく。


「弾圧? 何か人聞きが悪いな。華国があの一体を取り仕切らなきゃ、あの辺は全部小国乱立の不安定な地域になるんだ。そうなったら他の国の奴らに目をつけられて、侵略されたり資源奪われたりして、みーんな安全に暮らせなくなる! そして統一には、皇帝の絶対的な権威が必要なんだよ。それをあいつらが乱そうとするから……」

 そう言いながら両手の拳をグッと握りしめた。


「シャオリー、その辺にしておけ。今は関係のないことだ。西疆族の男は顔に龍の刺青をする顔画風習を持っています。ですからそれを隠すために、面や布などで顔を覆っているのではと」

「え……、顔を隠してる?」

 侠輔は何かを思い出すかのように、アゴに手をやった。

「いたぞ……顔に包帯を巻いた男……化けモンと戦ってるとき、遠くからこっち見てた三人の男の中に……」

「確か千之さんもそんな事を……」 

 侠輔と孝太郎はその顔を見合わせる。

「最悪な状況であることが、決定的になってきたか」

 憐は深いため息を零した。


「ものは相談ですが」

 ダーロンが体ごと振り返って、紅い視線を送る。

「特別措置として、我々の“域外捜査権”を認めていただけませんか」

「“域外捜査権”って、じゃあ条約の“華国の軍人が指定範囲内でしか活動できない”って項目を一時凍結するってことか……?」

「ええ。機密研究の資料が漏れたのは、我々にも責はある。それを償う為に、何としてでもリュウとその所属組織の居所を突き止め、日華戦争勃発の危険性を回避したい。あなた方も倒幕など企む輩を放っては置けないでしょう。互いに協力し合ったほうが解決は早い」


「けどよ……」

「いいですよ」

「え?」

 異論を呈そうとした侠輔だったが、孝太郎がすんなりとその要求を受け入れる。

 あまりに早い回答に、提案したダーロンも少々驚いているように見えた。


「いいのか、孝太。全てはオレたちの内情を探るための狂言かもしれんのだぞ」

 憐が不安げに耳打ちする。

「まあ確かにその可能性は捨て切れませんが……」

 そこで一旦言葉を切り、二人の目を見つめる。


「こちらもそれに対抗できる程度のカードくらい、いくらでも作り出せますから……」

 使えるものは使わないと、と妖笑する孝太郎に、思わず顔が引きつる侠輔と憐。

 こいつだけはゼッタイに敵に回してはならない、と心の警報が鳴った気がした。


「あれ? ちょっと待ってよ。お前たちって最下級武士なんでしょ?」

 衿元の衿章を指差しながら、眉をひそめるシャオリー。

「ってことはオレたちで言う二等兵みたいなもんだよね? 一体何の権限があって言ってるわけ?」

「まあまあ、曹長。この方たちはきっと上の人を説得するって意味で言ったんですよ。こういう条約内容の変更は確か、上様もしくは次期将軍候補の、黒金と呼ばれる地位の方の許可がいるんですよね。いえ、別に幕府の批判ではありませんよ、ですが一般論として上の方はどうしてか、頭でっかちの分からず屋が多いですからね。もしかして苦労されるかもしれませんが、やはりここは日華の平和のためですから。ぜひ頑張って、ね」

 そう言って孝太郎の肩にポンと右手を置く伍長。


「そっちと合同捜査するのなら、いずれ分かることだから言っておく。今は事情があって身分を偽っている」と憐。

「へ?」と肩に手を置いたまま、憐の方に首を向ける伍長。


「本当の地位はコレだ。オレたち全員な」

 そう言って憐が懐から出した、胸に付けているものとは別の衿章。漆塗りに金色で家紋の描かれたその衿章が示すもの――。

「そ、れって確か……じ、き……しょうぐん……くろ、がね?」

 まるで首がさび付いたかのようなぎこちない動作で、己が手を置いている目の前の人物に顔を戻す。

「はは、すみませんねー。頭でっかちの分からず屋で」

 その笑顔は、伍長にとって死刑宣告とも取れた。





「ひとつ聞いてもいいですか、風雅さん」

 龍間のいなくなった研究室で、オレンジ色のランプの光が室内を照らす中。己槻は白衣の男に、厚みのある封筒を渡していた風雅へ唐突に問いかけた。


「何です?」

 風雅は反対側の机の端で椅子に座り、天秤に物を載せて遊ぶ己槻を見やる。

「あなたは本当に、あなたの家を没落させた幕府が憎くて、こんなこと企んでるんですか?」

 その問いに風雅は口元に笑みを浮かべるが、目は少しも笑ってはいなかった。

「なぜそんなことを聞くんです?」

 

 己槻は頬杖を付きながら、天秤にペンやハサミ、小刀やピンセットを載せて水平になるように調節する。

「いえね、龍間さんをイケニエみたいに差し出そうとするなんて、オカシイと思いまして」

 同じような境遇を持つ者同士なのでしょう? と視線を風雅に向けた。

「生贄……。ああ、儡寇(らいこう)(せき)のことですか」

 鼻で笑うかのようにつぶやくと、頬の傷を隠すように髪を寄せる。


「生贄とは人聞きの悪い。彼が力を望むから、僕はそれを与えてやったまでじゃないですか」

「あなた自身は安全なこの、“釘気増加剤”を打っているのに?」

 小瓶に入った黄色の液体。

「何を言っているんですか。あなただって分かっているんでしょ? アイツは単なる“お飾り”だって。倒幕の旗を掲げる単なる大義名分、ただの“操り人形”にしか過ぎないんだって」

 愚かな男だと、風雅は笑う。

「……それじゃあ、あなたの本当の目的は?」

「……僕のやり方に不満でも?」

「いえいえ、僕も先生も研究ができればそれでいいんですから」

 ただ疑問に思っただけだと頬を緩めた。


「僕の目的がどうであれ、僕はアイツが嫌いです。将軍の血筋だか何だか知りませんが、えっらそうに……」

 風雅は大きめの檻に入った、数匹のネズミを苦々しげに睨む。それらは鼻を寄せ合い、仲睦まじく話し合っているようにも見えた。


「――儡寇(らいこう)、“拾弐機(じゅうにき)”発動」

 そう言って風雅が指を鳴らした瞬間、数匹の内の一匹がまるで毒ガスにあえぐかのように苦しみだす。

 先ほどの穏やかな光景ではなく、奇怪な変化を遂げ、次々と仲間を襲うその一匹のネズミを、瞳孔の開いた目で満足そうに見下ろした。


一言:

  第十話の穴埋め短編、侠輔の一人称形式なのでそちらの方が読み易いと思われてしまったらどうしよう……と不安に感じていたら、ほとんどスルー状態だったので(話別アクセス数によれば)、妙に面白くてキーボードにコーヒーを吹きかけそうになりました。ふぅー、危ない危ない。(何の報告……?)


 ご閲読、まことにありがとうございました。

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