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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
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第二話          参加者

 店がズラッと軒を連ねる繁華街を外れ、山に囲まれた田舎道を歩く三人。ごつごつと整理の行き届いていない道が続く。誰か何とかしろよ、と軽く怒りがこみ上げる。


「ったく何でオレたちが、こんなトコ来なきゃなんねぇんだよ……」

 侠輔は面倒くさそうにそう言うと、ハアと大きくため息をついた。

 その緋色の着物の右袖は肩まで折り上げられ、折った袖の後ろに空けられた穴を通して、細長い白帯で固定されていた。それが風にヒラヒラと揺れる。


「仕方ありませんよ。“特令(とくれい)”なんですから……」

 孝太郎も慣れない道に注意しながら、侠輔に微笑みかけた。

 特令とは将軍が直々に侠輔たちに出す特別命令。

 ”将軍の職の何たるかを学ぶため”。当初はそう聞いていたが、どうも暇つぶしに遊ばれているだけのような気がしていた。それでも従わなければ”将軍候補を辞退した”とみなすと半ば脅され、しぶしぶそれをこなす。



「上様もおっしゃっていたが、文句を言うならさっさと次期将軍候補の座を降りることだな」

 憐はまっすぐに前を見つめて歩く。

 

  

「次期将軍になる権利を持つ“十の名家より選ばれし者”はオレとお前と孝太だけ。オレが降りたら将軍になる確率が上がるってわけか。姑息な奴~、天下の河合家の名前が泣くぜ」


 河合家は三大名家とよばれるエリート一族。その歴史は鎌倉幕府にまで遡ると言われ、数百年に渡って重要な地位を占めてきた。その当主の長男である憐は、そんな侠輔をフンと鼻で笑う。


「ふざけたことを。お前が候補を降りようと降りまいと、オレや孝太が将軍になれる確率は五分と五分だ。違うか、上照家の恥さらし」

 上照家も河合家と同じく三大名家と呼ばれる一族で、その歴史も古い。ただ、がちがちに体裁を気にする河合家とは違い、幾分ラフな家柄でもあった。


「恥……何だとコラ!」

 侠輔は横を歩く、黒髪の男をギロリと睨み付ける。


「なあ、どう思うよ柳本家のご子息さんよ」

 そう言って孝太郎に援護を求めた。

 柳本家は上照家や河合家とは違い、新興名家の一つ。その歴史は比較的浅く、二家の半分にも満たない。だが代々当主となる人物は非常に優秀で、急速に三大名家とも言われるまでに勢力を伸ばしていた。

 

 そんな家柄の三人。だがこの幕府では、単純に血縁者だからという理由で将軍になることはできない。とある”条件”が必要だった。


 

「この世に安寧の世をもたらす、と伝えられる神刀“(げっ)鹿()”。その剣に選ばれたものだけが将軍になる権利を持つはず……お前は何かの間違いだったんじゃないのか、侠輔」

「間違いな訳ねェだろ! “判別石”はちゃんと光りました~」


 将軍になることのできる”条件”。それは月鹿に選ばれるということ。月鹿は選ばれし者が手にすることにより、この世を平和に治めることができると信じられている神の剣。


 実際、長きに渡って続いた江戸幕府が崩壊したのも、この”選ばれし者”がいなくなったことによるものだと伝えられている。その選ばれし者がいなくなればその剣は瞬く間に姿を消し、自ら適格者の下へ現れ、平安の世を約束するという。

 手に判別石を握らせ、それがスッと光ることで見分けられていた。よってそれが光らない限り、三人と同じ家の出身のものであっても将軍にはなれない。


「だが判別石で次期将軍候補を振り分けるのは、赤子の頃のことだからな。今はどうか分からん」

「お前こそ、その残念な性格じゃどうか分かんねぇぜ?」

「その残念な頭よりはマシだろう」

「あんだと、コラ!」

 グッと憐の胸倉に掴み掛かる侠輔。


「ほらほら、やめて下さいよ二人とも」

 侠輔と憐のまるで子供のような言い争いに、手馴れたように孝太郎が止めに入る。


「今回の特令は“鬼退治をせよ”なんです。何が出てくるか分からないんですからね」

 人差し指を立て、諭すように話す孝太郎。

 そんな孝太郎に、侠輔は呆れたような表情を浮かべる。


「いやいや孝ちゃんさ、鬼なんてこの世のどこにいの?」

 他に仕事もあんだぜ、と眉をひそめた。

 

 侠輔たちは主に書類関係、いわば最終チェックとサインの役割を担っていた。だが、侠輔が偉そうにこう言っているが、実際彼はあまり仕事の早い方ではなく、週末、憐がいつも”泣き”をみている始末であった。ちなみに孝太郎に助けを求めようとしても、彼はいつもどこかへ消えた後。

 憐一人がどっさりと仕事を抱え込み、終わるのは深夜だということも珍しくはなかった。


「将軍の職務を学ぶためですから」と侠輔をなだめる孝太郎。

「それがオカシイんだって、どう考えたってカンケーねぇだろ。いつ将軍が鬼退治に出かけたんだよ。いつきび団子配り歩いてたんだよ」

 どうせならオレにもくれ、と侠輔は少々はずれた怒りを見せた。






「はあ……はあ……はあ……俺は……選ばれし……」

 暗闇の中で、ぐっと縮こまるようにうずくまる男。

 明るい日の光の届かない冷たい洞窟で、水滴のポタポタと落ちる音がやけにうるさく響いていた。

「俺は……選ばれ……やっと……」

 寒さからか、体からあふれ出す怒りからか。男はブルブルと打ち震える己が身を押さえつけるように、さらに腕の力を強める。



「は、は、くっああああぁぁぁぁああああ――」

 洞窟から溢れ出す叫び声に答えるように、暗い森の木々が風にざわめいた。

 





  

 

 三人が歩く山道。辺りは小鳥のピヨピヨとしたさえずりが響き渡り、山からはスッとした心地よい風が吹き込んでいた。

 リスが手に木の実を持ち、三人が通り過ぎるのを見守るように見つめる。


「どうでもいいが上様や特令の話はここまでだ。誰かに聞かれて、オレたちの本当の身分が民に知れたらどうする」

 憐は腕を組みながら眉をひそめた。


「大丈夫だって。バレねぇようにこんなペラペラの着物きてるし、(きん)(しょう)だって、最下級武士用を付けてんだぜ?」

 そう言って、左衿に差し込まれた、小さな長方形の木板を指す。いつもの漆塗りに金色の家紋が描かれたものではなく、ニスを塗っただけの木の板に墨で描かれたニセの家紋。

 これが一番下の侍がつける衿章。


 位は全部で十あり、位名は衿章にちなんだもので、基板の色と描かれる家紋の色に由来する。侠輔たちの本来の位名は”黒金(くろがね)”。そして最下級武士は下木(かもっ)(こく)と呼ばれた。

 一度崩れた侍内部の身分制度を立て直す時に用いられたものが、名残として現在でも使用される。


「お前の“大丈夫”は当てにならん」

「何!? お前はいつもいつも……」


「お主たちも参加するのか」

 ふいに三人に声を掛けてきた人物に、あわてて口をつぐむ二人。振り返ると、四十代くらいのヒゲを生やした人の良さそうな侍が、微笑を浮かべながら佇んでいた。胸元には今の侠輔たちと同じ、最下級武士、下木黒を表す衿章。


「参加?」

 何のことだ、と首を傾げる侠輔に「ほら、アレであろう」とすっと指を差す男。


 見れば、登山口に十人ほどの人だかりと”鬼退治参加者集合場所”という木の立て看板。集まっている者たちは皆、腰に刀を差していた。


「拙者も風の噂でこのことを知ってな。なんでも多額の懸賞金が出るとか」

「へー、懸賞金ねぇ」

 侠輔は興味無さそうに返す。

「おっと急がねば。主催者の話が始まるようだぞ」

 そう言ってヒゲの侍は三人を急かした。



 姿を現したのは朽ち葉色の着物を着た裕福そうな老人と、付き添いの濃藍色の着物を着た若い男。老人は付添い人に支えられながら、ヨボヨボとおぼつかない足取りで集まった侍たちの前に立つ。

 老人は侍たちをじいっと見渡すと、おもむろに口を開いた。


「皆様! 本日は本当にようこそお集まりいただきました。ここが、鬼が出没するという山にございます。その正体はいかようなものか誰も知るものはおりませぬ。しかし確かにき奴は存在し、ここを通る人間を襲ってはその闇に引きずり込んでしまうのでございます。……何を隠そう、私めの(せがれ)も……くっ……」

 そこで老人は一旦言葉を切り、苦悶の表情を浮かべた。


「哀れなことよの。拙者にも子がおるゆえ、気持ちはよく分かる」

 ヒゲの侍がそうつぶやいた。


「どうか……どうか皆様のお力により(せがれ)の仇を討ち、そしてこの山の安全を取り戻していただきとうございます。もちろんただでとはいいませぬ。鬼の首を取った方には賞金として五千万円両差し上げましょう!」

 五千万という言葉に侍たちがどよめきたつ。

「聞いたか! 何と五千万とは!!」

 ヒゲの侍も興奮を隠せないように、拳をぐっと握りしめた。

 

 そんな中侠輔は孝太郎にヒソヒソと小声で尋ねた。

「なあ、五千万ってどんぐらいだ?」

「そうですね。確か廊下突き当たりにある花瓶が、そのくらいの値だと聞きましたが」

「ふむふむ、花瓶くらいね」

 侠輔は納得したように、アゴに手を当てて頷く。

 



「皆様どうぞよろしくお願いいたしまする」

「私めからも旦那様ともどもお願いいたします……!」

 そう言って老人と付添い人は深々と頭垂れた。



 老人たちがその場を去ると、一人の侍が呼びかけを行う。

「どうだ、ここは皆で力を合わせて鬼とやらを退治しないか。当然分け前は減るが、それでも一人五百ほどは手に入る。わけの分からぬ者を相手にするのだ。その方が心強かろう」

「確かに一人では何が起こるか分からん。命あっての金だ」

 皆その提案に同意したように、一箇所にぞろぞろと寄り集まる。


「主たちは三人だけで行くつもりなのか」

 早々に登山口へと足を踏み入れる三人に、ヒゲの侍は心配そうに声を掛けた。

 侠輔はその声にピタリと足を止めると、手を頭の後ろで組みながら振り返る。


「オレたちは花瓶もらいに来たわけじゃねーもんで」

 花瓶? と首を傾げるヒゲの侍。


「ま、お互い頑張ろうぜ」

 ニッと笑いながら去っていくその後ろ姿を、不安げに見送った。


一言:

 誰かに読んでもらうって、ちょっと恥ずかしい……。


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