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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
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第二十八話        侠輔VSダーロン

               

「オレが大和公園でやりあった編み笠の男。アレってあんたなんだろ? チェン大佐」

 完全犯罪を目論む相手を追い詰める役人のように、不敵な笑みを向ける侠輔。


「さあ、どうなんでしょう」

「今更とぼけんなよ。おたくらが取り決めに反して城下に出てたってことは、既に認めたじゃねぇか」

 変わった戦い方するなとは思ったんだよ、と合点がいったようにうなずく。


「だったら何だというんです。私がその男だというなら」

 全く表情を変えない、人形のような顔で淡々と語るダーロン。

「かー、何か腹立つー」

 侠輔は口ぶりとは裏腹に、顔に浮かべた笑いを崩すことは無かった。

 だが一瞬の間を置いて、真剣な眼差しを向ける。


「あんたがあの男だってんなら、こう言いてぇんだ。オレはあん時とは違うって」

 (つば)にかけた親指をグッとそっと押し上げた。


「あなたがどのように変わられたかは存じ上げませんが、私は負けるわけにはいきません」

 ダーロンは左の腰に手を伸ばすと、手にしたものをそっと抜き出す。肘から指先ほどの長さのある、黒い金属の細長棍(さいちょうこん)

 それを手馴れたように手の中で回転させると、ピタリと止めた。


「冷たいこと言ってくれんじゃねぇか」

 侠輔が静かに抜刀すると、刀身はキラリと窓からの光を受けて輝く。


 太陽を反射する以外、光を放出しないその刀。

「その刀には融心石が含まれていないのですか」

「ま、そういうことにしといてくれや。お前とは純粋に、己の持つ能力だけでぶつかってみてぇんだ」

「喜んでお応えしますよ」

 そう言って構えるダーロンに、侠輔も表情を引き締めた。





 暗い森の中で、男が一人木の根元に腰掛ける。普段はその顔に巻いている包帯をほどき、首に幾重にも巻きつけていた。

 背中の苗刀を傍に置き、懐へ手を伸ばす。取り出したのは一枚の写真。

 それを眺めるリュウの表情は、心なしか苦しそうにも見えた。

「あれ、リュウさん」


 その声にバッと弾かれたように顔を上げる。

「ここデなにをしてイる……!」

 急いで懐に写真をしまうと、警戒するように己槻を睨み付けた。


「先生と一緒に、ちょっとした実験をしていただけですよ」

 付けてきたわけじゃないんで怒らないでください、と両手を挙げる。


 リュウは不愉快そうに剣を持って立ち上がると、その場を後にしようと歩き出した。


「リュウさんの素顔、初めて見ましたよ」

 己槻の声にピタリと足を止める。

「包帯で隠しているからよっぽど他人に見せられない顔なのかと思ったら、見せたくないのはそちらの方でしたか……」

 薄笑いを浮かべる己槻を振り返るリュウ。その端整な顔立ちの左半分、一匹の黒龍の顔が描かれていた。その指の数は五つ。


「あなた方西疆(せいきょう)族の男はその龍を顔に描くのが慣わし。でも指の数が五つある龍の使用が許されるのは、華国の皇帝のみ。華国側に変更するように強く要請されても、伝統ある風習を変えることをよしとしなかったあなた方はそれに応じず、激しい弾圧を受けたってわけですか」

 己槻の話を聞きながら、リュウは両手を強く握りしめる。

 グッと手のひらに深く食い込む爪。


「ま、確かに受け入れがたい要求ではありますよね。あなた方は平穏に暮らしていただけ。それがいきなり入ってきた華国に、自分たちの文化を変えるように迫られるなんて。抵抗すれば容赦ない圧制が待っている。間違った主張をしているわけでもないのにも関わらずね」

 お怒りはごもっともです、と細メガネを押し上げた。


「あ。もしかして“リュウ”という呼び名も、その顔画(がんが)風習から取ったんですか? 成るほど、それで先生もピンと来たんですね。それじゃあ本名は一体何てい……」

 その瞬間ズアッと強い風が吹きつけ、己槻の頬にスッと一筋の赤い液体が流れる。


「うるサい黙レ……! 何モかもお前にハ……! 関係ノないこトだッ!」

 剣を抜いたリュウが口元を震わせながら、強い嫌悪感を滲ませた。

 森の空気がまるで尖った針に変わったかのように、ピリピリと己槻の肌に突き刺さる。


「それもそうですね。どうも失礼しました」


 リュウは己槻を一瞥すると怒りに任せてキンと剣を仕舞い、黙って森の中へと姿を消した。


 その後姿を見届けると、頬に流れた雫を人差し指でクッと拭い取り、それをじっと見つめる。

「血液はなぜ青でも黄色でもなく赤なのか。赤である必要があるからか、それとも単なる偶然? もしくは人間にそう見えているだけなのか」

 そう言って口元に笑みを浮かべながら、指の下から上へゆっくりと舌を這わせた。





 風のような速さで繰り広げられる攻防。激しくぶつかり合う侠輔とダーロン。

 回転する金属棍と侠輔の刀が奏でるキンキンという苛烈な音が響き渡る。両者とも引けをとらぬその戦いぶりに、シャオリーは欄干に頬杖をついたまま、感心したように声を上げた。

「へーあの人、結構やるんだ」

「“結構”どころか想像以上だよ、シャオリー」

 レイが分厚いメガネを光らせる。


「奴は頭の中身は最低だが、剣術に関しては一流だ。師との修行を経て一段と腕を磨いたようだしな」

「そうでしたか。いやいや、思いのほか手こずるようではありますね」

「随分と奥歯に物が挟まったような言い方だな」

 憐は言葉を濁すレイに静かに視線を送る。

「そう聞こえましたか」

 レイは心なしか、笑いを含んだように答えた。



 侠輔が右下から斜めに斬り上げた刀を、右手の棍で受け流される。ダーロンは刀を受け止めた勢いそのまま、左のこめかみに向かってガッと右足を振り上げた。

 侠輔は金属棍とぶつかり合う刀を、下へ反しながら屈み込む。

「あれ、刀が動かねぇ……!?」

 見ればダーロンの持っていた黒い金属棍が二つに割れ、その間を繋ぐ鎖が刀に巻きついていた。

「くそ……双節棍(ヌンチャク)だったのか!」


 身動きの取れなくなった侠輔の左頭部にダーロンの右膝が迫る。

 持ち手をずらすと、上から刀の柄にグイと一気に体重を掛けた。相手はそれに引っ張られるようにバランスを崩しかけるが、刀の上を飛び越えるように回転すると一瞬で体制を建て直して侠輔の髪をわし掴みにしてタッと着地する。


「おいおい、何ちゅう運動神経だよ……」


 髪を掴まれたまま、左膝で右頭部を狙われる。


「させるかッ……!」

 迫る膝をグイと思い切り上へ押し上げた。背中から落下するダーロンは左手でグッと強く床を押すと、その力で体を後方転回する。

 侠輔はその隙を逃さず、ヌンチャクの巻きついた刀を自分のほうへ強く引き寄せた。


「!?」

 引き倒される、と判断したダーロンはヌンチャクを刀からはずす。

 侠輔は待ってましたとばかりに即座に間合いを詰めると、下から上へ刀を振り上げた。


「くっ……」

 避けきれずに肩口を剣先が切り裂く。だがそこから溢れ出す生暖かい液体にも動ずることなく、侠輔の衿元を掴むと己の頭を叩きつけた。金槌で殴られたかのような衝撃。


「ガッ……」

 怯んだ侠輔の顔面をヌンチャクで狙う。とっさに柄でダーロンのアゴをゴッと強打した。

「ぐっ」

 よろめくように侠輔から離れ、再び間合いを取る二人。


「はぁ、はぁ……やるじゃねぇか。さすがに他の奴らとは比べモンになんねぇ判断力と身体能力の高さだな」

 額からタラタラと零れ落ちる赤い液体も気にせず、肩でハアハアと苦しそうに息する侠輔。

「けどこのままじゃ、機密を喋ってもらうことになんじゃね?」

 侠輔は確かな手ごたえを感じていた。


「それはどうでしょうか」

 口元の血を拭ったその瞬間、手に持っていたヌンチャクを侠輔の左脇腹へ投げつける。

「くそっ」

 刀を脇腹へ沿わせて防いだと同時に、目の前に映るダーロンの赤い瞳。


「速い……!」

 膝で腹をえぐるように蹴り上げられ、一瞬目の前が白くなる。そのまま崩れかけたところに右足を足で押さえつけられ、再度同じ箇所を上から踏みつけてドッと押し倒された。右足を踏んでいた足で今度は左手首を踏みつけ、胸の上へ圧し掛かられると侠輔は身動きが取れなくなる。


「うッ……く」

 首を締めつけられ、息の出来ない侠輔。右手で必死にダーロンの手を動かそうとするが、びくともしない。


「降参、しますか?」

 ダーロンの赤い視線が降り注ぐ。

「だ、れが……んなこ、と」

「そうですか」 

 グッと手の力が強められる。


「ぐッ……」

 薄らぐ意識の中、左手の刀の柄を逆手に持ち替えてダーロンの足へ刃を向ける。それに気づき体を離そうとしたダーロンの衿元を逆に掴んで引き寄せ、体を反転させてその上に覆いかぶさった。形勢逆転かと思われたが、足で腹をドッと蹴り飛ばされる。だが侠輔も同時に刀を左へ払った。


「……ったくさっきから同じとこばっかり狙いやがって」

 体制を立て直しながら、つらそうに腹を押さえる。


「そちらこそ、危険な箇所を狙ってきますね」

 息を切らし、首から赤い筋を流すダーロン。手には侠輔へ投げつけたヌンチャクが既に拾われていた。


 互いにしばらく睨みあうと、侠輔の方から攻撃を仕掛ける。右の首筋を狙い、それが止められると下から斬り上げた。ヌンチャクで刀をはじき返され、回転しながら繰り出される攻撃。それを巧みにかわしながら、ダーロンの足に斬りかかった。飛び上がって避けられるが、宙に浮いて身動きの取れなくなった相手の胴へ刃を向ける。


 ダーロンは侠輔を足場に、空中で回転しながらそのアゴをガッと蹴り上げた。その弾みで倒れた侠輔は、降りてきたダーロンにダッと足払いをかけて床へと引き倒す。どさりと倒れたダーロンに刀で斬り付けるが、足を絡めとられて回るように床にダンと叩きつけられた。うつ伏せになった侠輔は横へ転がってダーロンのヌンチャクをかわし、体制を立て直す。


「はあ、はあ、はあ……。へ、お前みてぇな奴は始めてだ……」

 アゴに滴る汗を拭う侠輔は、どこか楽しそうでもあった。


 次の瞬間右、左、上、下へ次々に斬りつけ、返される。首筋を狙い、突いた刃を内に向けて斬りかかった。それを防がれると同時に、右頬に膝蹴りを食らう。床に叩きつけられそうになるところを踏みとどまり、下から斜めにザッと斬り上げた。かわされその手を掴まれるが、左肘でダーロンのこめかみを狙う。それに失敗すると、同時に振り上げていた右膝をドンっと腹に直撃させた。

 苦痛に顔をゆがめるダーロンだったが、ヌンチャクを侠輔の手首に巻きつけ、強く締め上げる。

「しまった……!」

 侠輔は急いで右手の刀でダーロンに切りかかるが、左手で止められる。

「くそッ……」

 締め付けられる左の手首。骨に金属の鎖が食い込んで、激しい痛みに襲われる。振りほどこうと足で腹を狙うが、ヌンチャクを力の限り捻りながら下へ叩きつけられた。

 バキっと枝の折れるような、嫌な音が響き渡る。

「ぐああぁぁぁあああ」

 



「侠っ……!」

 その光景に、孝太郎はつらそうに顔をしかめる。冷静そうに見える憐も、腕を組むその手が着物をグッと強く握りしめていた。




 ダーロンはハアハアと息を整えながら、侠輔からゆっくりと体を離す。

「もうこれ以上は無理でしょう。侍の剣術は主に左手を使う。よってそれを潰されれば、もはやあなたに勝ち目は無い」

 不自然に曲がった手首にそっと触れる侠輔。ズッとナイフで抉れるような鋭い激痛が走った。

「うぐッ……」

「もう十分ですね」と背を向けるダーロン。


「……待てよ」

 その場を去ろうとするダーロンに、侠輔が声をかけた。

「降参する気か? ……オレの方はまだ、終わってねぇぜ……」

 よろよろと立ち上がるが左手はだらりとぶらさがり、体中からは異常な量の汗が噴出していた。


「諦めの悪い方だ」

 ダーロンは振り向くと同時に一瞬で間合いを詰め、侠輔の体に連続打を浴びせかける。何とか防御しようとするが、重い日本刀を片手で扱うのは至難の業。

「くそ……ッ」

 かわしきれずに体中に点々と痣が増える。

 何とか間合いを取ると即座に打刀をしまい、刀身を隠すように斜めに構えた。


「一種の抜刀術ですか。無駄だと思いますが」

「生憎そっちの意見は通らねぇんで」

 侠輔は睨み付け、右手で柄を握った。


「来いよ」

 その言葉にダーロンはヌンチャクを一本の棒に戻すと、侠輔へ襲い掛かる。

 迫り来る相手の首筋目掛け、侠輔は刀を振り抜いた。

 ダーロンはそれを防ごうとするが、

「……脇差!?」

 侠輔が抜いたのは普通の刀ではなく、短い脇差。予想していたものとは違う軌道を通り、首筋に届かずにそのまま前を通り過ぎるだけ。

「けん制か……!」

 分かってはいても、急なことに体がついていかない。


「隙だらけだぜ?」

 侠輔は振りぬいた脇差をそのまま放り投げると、空いた腹を思い切り蹴り上げる。怯んだダーロンに今度は己の愛刀でゴッと頬を殴打し、横へ吹き飛ばした。


「……ぐっ」

 ドカリと強く全身を柱に叩きつけられ、頭部から血を流して動かなくなるダーロン。



「大佐!」

 隊員たちが驚いたように目を見開く。


「はあ、はあ、終わった……」

 侠輔は上の二人を見上げる。



「どうやらお前たちの読みは完全に外れたようだな」

 憐は疲れたように座り込む侠輔を一瞥すると、レイを見やった。


「……それはどうでしょうか」

 レイの静かにつぶやかれた言葉。

「何……?」

 弾かれたように下を覗いた。



「はあ、ちっくしょう」

 侠輔は大きく腫れ上がった己の手首を見て悪態をつく。

「ったく痛ぇっつんだよ。帰って早いとこ手当てし……ぐッ」

 突然言葉を切ると、突然喉元を押さえてうずくまった。


「か……息、が……でき……」 

 侠輔が振り向いた先で、俯くようにダーロンが立ち上がっている。

「お、お前……」

 ゆっくりと顔を上げたその炎のように赤い瞳から、氷のように冷たい視線が降り注いだ。



「侠!」

 孝太郎は手すりから身を乗り出すように、侠輔向かって叫ぶ。

「何なんだ、あれは。何が起こっている!」

 焦る二人とは対照的に、レイは静かに口を開く。


「アレが大佐、いえ“朱睛(しゅせい)族”の特殊能力、“耍眼(しゃがん)”です。アレが出たということは、もう照野殿の命は……。その前に止めたければ止めに行っていただいて結構ですが、その時点であなた方の負けが確定しますよ」

 どうしますか、というレイの言葉は、すっかり温度の上がった室内を一気に冷やした。





一言:

 今更ながら、一話から後書きを入れてみました。後書きと呼べるものではなく、さらに”一言”でもありませんが……。(要はグタグタ)


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