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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
22/43

第二十一話        異なる思惑

              


「ごっほごほ……」

 背中を木に打ちつけられ、思わず咳き込む侠輔。体から流れる赤い液体を気にする余裕など、今の彼にはない。


「この程度なのか? お前は……」

 すっかりと日の落ちた雑木林。男の瞳とその刀がギラリと怪しく輝く。

 ゼイゼイと肩で息をする侠輔とは対照的に、男は静かだった。

「オメー、その刀……」

 侠輔は男の手に握られた刀を睨み付ける。

「一体、どこで手に入れた……」

 息も絶え絶えに男へ問いかけた。

「か、刀に含まれる融心石の量には、身分ごとの決まりがあるはずだ。お前のそれは明らかに違法物じゃねぇか……」


 男は刀を己の目の前に上げると、強く黄色い光を放つそれを愛おしそうに眺めた。

「確かにこの刀の七割に融心石が使用されている」


「な、七割!?」

 侠輔は驚きに目を見開く。

「驚くのも無理はないな。お前たちですら六割なんだから」

「それだけじゃねぇ……。六割以上融心石が含まれる刀を使えば、使用者の釘気が吸われ尽くしちまって生きていらんねぇはずだ。それなのに……」

 侠輔は立ち上がると、男の目を鋭く貫く。


「お前らとは……出来が違うんだよ、オレは」

 男は侠輔の視線に臆することもなく、だがその言葉はわずかに震えていた。

「デキが、ねぇ。ンな刀持ってるぐらいだ。そりゃ頭のデキがどっかオカシ……」

 侠輔が言い終わらない内に、男は目にも留まらぬ速さで侠輔の目の前に躍り出ると、右手で侠輔の首を掴んで木に押し当て、グイグイと強い力で締め上げた。


「オレたちが……オレたちがどんな思いで……」

 五本の指が首に食い込み、まともに呼吸が出来ない侠輔。

「お前たちがぬくぬくと日の当たる場所で生きている間、オレたちは……」

「ぐっ……」

 苦しむ侠輔に男がさらに力を込めようとすると、遠くから声が近づいてくる。


「侠! 侠! どこですか!」

「いたら返事しろ!」


「孝太、憐……」

 侠輔が薄れゆく意識の中で二人の声を耳にする。

 男はその手を放すと、ドサリと木の根元に崩れ落ちる侠輔の体を冷たく見下ろす。

 侠輔はのどを押さえてゲホゲホと激しく咳き込んだ。

「いずれお前たちはまとめて片付ける。それまでオレたちの影に怯えて暮らすがいい……」

 それだけを言い残すと、男の姿は見えなくなった。


「侠!」

 孝太郎と憐が、雑木林で倒れこむ侠輔を見つける。

「大丈夫ですか!?」

「何があった」

 憐に支えれられて上半身を起こす侠輔。

「“オレたちの影に怯えて暮らすがいい”だってよ」

 憐と孝太郎は顔を見合わせて渋い顔をした。




「いでででで! もっと優しくしろや!」

 千之がキセルをふかしながら、痛がる侠輔を手当てする。

「優しくだ? 男に優しくして何の得があんですか」

 そう言って、思い切り消毒液を染み込ませた綿をグイグイ押し付ける。

「いっ……それが医者の言葉か!」

「えーじゃあ、XY型性染色体に優しくして何の得があんですか」

「そういう意味じゃねぇー!」


 騒がしい侠輔を見て軽くため息をつく憐。

「それにしても厄介なことになった。まさかオレたちと血のつながりを持つ者が敵となるとは……」

「っつーかその龍間って奴の父親、オレの伯父上ってのに何があったんだ?」

 知らんのか、と憐が口を開く。

「その男の父、白橿(しらかし)正与(まさより)は謀反の罪により終身流刑となった」

「流刑に……? けど罪を犯してそうなったんだろ? まるっきり逆恨みじゃねぇか……」と侠輔は眉をひそめる。

 

「いずれにせよお前にこれほどの傷を負わせるとは。その龍間とみられる男、相当力のある刀を手に入れたようだな」

 憐の言葉に侠輔は真剣な表情をする。

「確かにあいつの刀は、オレたちのよりも数段上の力を持ってる。けど奴はその力に頼ってたわけじゃなかった。太刀筋、足の動き、寸分の無駄も隙もない身のこなし……どれをとっても相当のもんだ。オレなんかより、ずっと……」

 侠輔は両の手の拳をグッと強く握りしめた。

 訪れた沈黙に、千之が突如話を切り出す。


「そういや御三方(ごさんがた)、“シジンセキ”って、何なんすか」

 治療に使ったものを片付けながら、三人に問いかける千之。

「“詩人石”? 何じゃそりゃ」


「え、知らないんすか?」

 千之が意外そうにフウと煙を吐き出す。

「それが一体どうしたんだ」

「あの化け物に襲われそうになった時、包帯巻いた男がオレを侠輔様と勘違いしてこう言ったんですよ。“シジンセキの力を見せてみろ”って」

 だから当然知ってるものだと、と再びキセルをくわえる。

「何の力だよ。オレうたは詠めねぇぞ」

 治療の終わった体の様子を伺う侠輔。その姿を目の端に映した憐がふと言葉をこぼす。

「朱雀……」


「あ? 何?」

「今思えば、あれは朱雀だったのかもしれん……」

 何の話だ、と侠輔が眉間にしわを寄せる。

「鬼退治の時、お前の体に赤い光の模様が浮き上がっていた」

「赤い模様?」

「一瞬だったからな、融心石の反射した光か何かかと思っていたが……もしかしたら」

「ちょっと待てよ、言ってる意味が分かんねぇよ」

 憐の言葉についていけず、焦ったように制止をかける侠輔。


 そんな侠輔をよそに、孝太郎が憐の言わんとしているすることを察する。

「“四神”……ですね。四方の方角を司っている神。東の青龍、西の白虎、南の朱雀に北の玄武」

 ですがそれが一体侠と何の関係が……とあごに手をやる孝太郎。


「思ったんすけどね……」

 千之が口を挟む。

「侠輔様だけじゃねぇ。あんた方全員、ちょっとおかしいんすよ」

「おかしい、とは?」

 孝太郎が興味深げに尋ねる。

「傷の治りが早すぎる。前に化け物に襲われたとき、かなりの傷を負っていたはずなのにものの数日で回復なんて。普通じゃ考えられないっすよ」

 言いながら煙をくゆらせる千之。


 ふと「一輝」と呼びかける孝太郎。

「はい、ここに」

 どこからともなく現れた忍におどろく千之。

「……どっから出てきたんだ?」


「今の話、聞いていましたね? 他の二人とも連携して“四神石”なるものについて調べてください。できるだけ早く」

「は」と再びどこかへ姿を消した。

 千之は天井やらふすまやらを見回してみるが、どこにもいない。

「ほー、すげーな……」



「それよりその男に襲われた時、傍にいなかったんだろうな」

 憐の言葉に一瞬固まる侠輔。

「え? 別に誰もいなかったけど?」

「そうではない」と憐が眉をひそめる。

「お前が今日一緒に出かけた城下の食堂の……」

 そこまで聞いて「ああ」と合点がいく侠輔。

「お結衣のことか? 心配すんな。妙な気配感じたからさっさと帰した」

「“さっさと帰した”?」

 侠輔の言い放った一部分を抜き出す孝太郎。

「ああ。だって危ねぇだろ? ただならぬ雰囲気ってやつだったし。怒鳴ってでも帰して正解だったぜ、危うく……」

「怒鳴ったんですか?」

「いや、だってなぜかなかなか帰ろうとしなかったし、巻き込んで怪我させようもんなら男として重罪だろ?」

 悪びれる様子もなくそう言ってのける侠輔に、孝太郎も憐もため息をつく。

「怒鳴った時点で男として重罪です」

「え?」

「孝太、こいつにはもっと根本的なところから説明してやらんと分からんようだ」

「何、何かまずかったか」と言う侠輔に、孝太郎がやさしく諭す。


「いいですか? お結衣さんからわざわざ侠を、お芝居に誘ってくれたんですよね?」

「ああ」

「それがいきなり帰れだなんて怒鳴りつけられて、納得できますか? 第一お礼はちゃんと言いましたか?」

「いや、それは……」と頭を掻く侠輔。

「あほ」という憐のつぶやきに侠輔はムッとした表情をみせた。

「だってほかの事で頭いっぱいだったし……」

「そんなことは向こうさんの知ったことではありません」

 孝太郎の言葉にシュンとする。


 そんな侠輔を見て、千之が孝太郎と憐の傍にそっと寄る。

「あのーちょっと。いいんすか、あんた方みたいな身分の人が街娘なんかに手出して。側室は禁止されてるんしょ?」と手で口元を隠しながら小声で話しかけた。

「はい。ですが侠ではなく、女性のほうが好意を持ってらっしゃるようなんです。侠自身はそのことに全く気づいてませんが」

「マジっすか? 周りが気づいてんのに肝心の本人がその好意に気づかないって、相当アレじゃないすか……」

「侠の中で“自分はモテない”という思いが強くありますからね。女性が自分にそういう感情を抱くわけがないという考えが、潜在意識の中に深く食い込んでいるのかも……」


[侠輔脳内:誰ガオマエナンカヲ好キニナルカ! 勘違イスンナヨ、コノ唐揚ゲ野郎!]



「はあ……」とため息をつく三人。


「何こそこそ話してんだオメーら」

 千之は侠輔の肩をポンっと叩くと、

「モテネェってのも罪っすね」

「うるせー、どういう意味だ!」

 知らぬは本人ばかり。



 次の日、部屋で刀の手入れをする憐に孝太郎が話しかける。

「侠、謝りに行ったみたいですよ」

「まあ、当然だろうな」

「ですがよかったのでしょうか……」

 自分の隣に座る孝太郎に「なぜだ」と目で尋ねる。

「これは所詮身分違いの叶わぬ恋。好きになればなるほどに傷は深くなるでしょう。あのまま侠のことをヒドイ男だと勘違いしたままの方が、彼女にとって良かったのかもしれないと思いまして」

 打粉で刀身を叩きながら、憐が静かに口を開く。

「……オレたちがわざわざ向こうの気持ちを(おもんばか)ってやる必要はないだろう。傷つこうが傷つくまいが、それを背負うのは結局本人。部外者が余計なことをしない方がいい。それに叶わず傷つく結果が見えているとしても、オレはそれが不幸だとは思わん」

 あいつよりいい男など星の数ほどいる、と憐はカチっと静かに刀を鞘に納めた。

「う~ん、前向きで何よりです」

 孝太郎は意外そうに笑った。




「土産、これで良かったのか?」

 侠輔は市川食堂の前で一人つぶやく。

 引き戸の扉に手をかけるとガラガラと横へ開いた。


「いらっしゃ……あ。兄貴」

「よ、お結衣いるか?」

 いるけど……と机を拭いていた手を休めて侠輔に向き直る。

「昨日は美姉の家に泊まってさっき帰って来たんだ。何があったの? 姉ちゃんずっと塞ぎこんでて……。美姉には話したみたいだけど、オレには“自分が悪いんだ”としか言ってくれないんだ。姉ちゃんとケンカでもした?」

 岳人の話に侠輔は少し唇をかみ締める。

「いや、オレが悪ぃんだ。だからその、ちょっと会してくんねぇか……」

「姉ちゃんがどう言うか分かんないけど、聞いてみるよ」

「世話かけるな」と言う侠輔に「兄貴の頼みだから」と笑った。


 二階へ上がってすぐの部屋のふすまを開ける岳人。

「姉ちゃん? 具合どう?」

 頭まで布団を被った状態の結衣がその中かた答える。

「いいわげないでじょ……」と涙声で答える。

「お客さん……来てるんだけど」

「ごんな状態で会えないよ! 悪いげど帰っでもらっで」

「ねぇ、兄貴と何あったの? ケンカした? 何か許してもらえないような事言ったの?」

 岳人の問いに何一つ答えようとしない結衣。

「姉ちゃ……」

「いいの! 放っでおいてよ……私が悪いの……。私が……あんなことしだから……だから、き、侠さんの話は、もうじないで……。私が……悪いがら」

「お前は悪くねぇよ」

「あんだに何が……」

 結衣は何かに気づいたように突然言葉を切る。

「が……岳人……?」

「岳人には席はずしてもらってる」

「ぎ、侠ざん!?」

 驚いたように布団を握りしめる結衣。


「お結衣、お前は本当に何も悪くねぇんだ。そ、その……昨日はあの、あれ……腹の、調子がちょっと悪くて? と言いますか、一刻も早く厠に行かなくては……みたいなと申しますか……でもそれを女のお前に言うのが恥ずかしかった、というかその……」

 言い訳に四苦八苦する侠輔に、ふすま越しに岳人が「下手だな」と苦笑いする。


「だからお前がオレに何かして、それに対してオレが怒ったって思ったんならそれは違う。その……ごめん、な。折角誘ってくれたのに。ごめんな、怒鳴っちまって……。ごめんな、泣かしちまって……本当に……ごめん」


「兄貴……」岳人がそっとつぶやく。


「侠……さん、私のこと嫌いになったんじゃ……」

「いや、お前の方がオレのこと嫌いになったろ?」

「そ、そんなこと……むしろ……」

「むしろ?」と首をかしげる侠輔。


 部屋の外で岳人が「まさか姉ちゃん……」と思わず身を乗り出す。


「い、いえ……何も……」と案の定失速する姉に岳人もカクッと肩を落とした。


「あ、そうそう。詫びの記しというか……これ持って来たんだ」

「申し訳ありまぜんが、諸事情により布団からでられず……」

 という結衣に「気にすんな」とそれを枕元に置く。


「ん? この匂い……」

「いや、何持って来ていいかよく分かんなかったから自分が好きなもん持ってきたんだけど……」


「だからってから揚げなんだ……。兄貴らしいけど」と微笑む岳人。


「もしかしてお結衣はあんま好きじゃなかったか?」

「い、いえ……好きです! ……好きです……侠さん、すごく」

 意味ありげな結衣の言葉も、当然侠輔に通じることもなく「やっぱウマイもんな!」と嬉しそうに笑う。

 だが結衣もそんな侠輔に頬を緩ませた。





「どうでした? あなたのいとこ殿のご様子は……」

 窓の外を望み、風雅に背を向けたまま答える龍間。

「予想以下の男だ。あれならすぐにでも崩せる」

「そうですか、それは心強い。やはり二頭の“リュウ”がいると違いますね」

「……何の話だ」と風雅を振り返る龍間。


「いえ、それはこちらの話。焦る気持ちは重々承知しておりますが、奴らを落とすのはもう少し先です」

 目は鋭く細める龍間。

「なぜ先延ばしにする必要がある。何を企んでいるんだ、お前……」

「そんなに怖い顔しないでくださいよ。潰すなら徹底的にやらないと、中途半端に終わってしまっては元も子もありません。私はあなたが天下を取ることだけを考えているんです」

 龍間は風雅を睨み付けるように眺めると、再び窓の外に視線を移した。夜空に浮かぶ美しい月を、数片の断雲が覆い隠す。


「そう、それはそれは真剣に……」

 背を向け雲の様子を見ていた龍間は、風雅の顔に浮かんだ怪しげな笑みに気づくことはなかった。



一言:

 ソウルに行ったとき、露店のオジサンにものすごい笑顔でヨン様顔入り靴下を勧められた。……いや、ちょっと……うん。いるか。

 

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