第二十話 侠輔のデート
光あるところに影があるというなら、オレは間違いなくその影の方だ。光の当たらないオレがどれだけ叫ぼうと、誰一人その存在に気づきはしない。
オレはこの世に存在していないというのか――
いや……? 違う。オレは確かにここにいる。
……奴らが気づかないフリをしているだけだ。
そうやってオレが暗闇で苦しむのを見て楽しんでいるんだ。だったらオレだって……。
オレだって……お前たちから光を奪ってやる――そう決めた――
「龍間さん」
窓際で佇んでいたところへ、後ろから声をかけられる。西洋の服に身を包んだ男は、首を少しだけそちらへ向けた。
「どうやら己槻さんたちの計画は順調のようです。ですからあなたもいずれ……」
風雅が意味ありげに微笑んだ。龍間は再び窓に目をやり、こう言い放つ。
「……オレも会ってくる。あいつらに」
そんな龍間に大して驚くこともなく、風雅は「分かりました」と静かにうなずいた。
「“新月”?」
「ええ。奴らは組織の名を、そのように語っております」
広い座敷の畳に右手右膝をつけ、調査の結果を報告するポニー忍者、一輝。
その言葉に、孝太郎はしばし口を閉ざした。
「新月は太陰暦の一日でしたね……」
「それにあの時の偽司会者は、確かこう言っていたな。自分たちは“闇を支配するもの”だと。新月のように一度世を闇とし、今度は自らが暗闇を照らすその光になろうとでも言うのか」
孝太郎も憐も、神妙な面持ちで言を紡ぐ。
「現段階で組織の詳しい構成等は不明ですが、どうやら“風雅”、“龍間”という人物がその中核をなしているようです」
「一体どのような者たちなんだ」
憐が腕を組みながら眉をひそめる。
「はい。風雅なる者はどうやら元は幕府高官の一人息子だったようなのですが、その後没落。不運な人生を歩んだようです」
おそらくそのことで幕府に反感を抱いているのでしょう、と一輝は己の推測を述べる。
「そして“龍間”という人物に関しては…………」
一輝は何かの気配に気づいたのか、急に言葉を切ってふすまを睨み付ける。
足音も立てずに傍によるとスパンと一気に開け放った。
「何奴!!」
「どひゃぁぁああ!」
「うわぁぁああ!」
開け放った先にいた人物のマヌケな叫び声に、一輝も思わず声をあげる。
「誰?」
一輝がいた先にいた、盆を持った十五、六歳の少年。茶色い短めの髪を、小さく後ろで束ねていた。
「えっと……」と動揺する少年の姿に、孝太郎が声をかける。
「春、ですか?」
「はい! お茶を持って参ったのですが、何やら深刻なお話をされているのようでしたので、入る頃合が見つからなくて……」
申し訳無さそうに体を縮こめる。
「そうでしたか、ご苦労様です。一輝、春は屋敷の使用人の一人です」
怪しい者ではありませんからご安心を、とクスクス笑う孝太郎。
「初めまして、こちらで使用人をさせていただいております、桜井春市と申す者にございます」
「ああ、これはご丁寧に。ワタクシ、羽嶋一輝と申します。先ほどは失礼をいたしまして」
「い~えいえ、こちらこそ。もっとちゃんと気配を殺すべきでした、すみません」
「あ~いえいえお気遣い無く。不束者ですがこちらこそどうぞよろしく」
お互いに謎の挨拶を交わす二人。
「あれ……あの、侠輔様はどちらへ?」
春は持ってきたお茶が一つ多いことに気づく。
「あぁ、侠ですか? デート、らしいですよ」
「え!?」
驚く春と一輝をよそに、憐はハアと盛大にため息をついた。
「だ、大丈夫かな……」
侠輔行き着けの食堂が看板娘、結衣。
そわそわと落ち着かない様子で噴水の前を歩き回る。
「大丈夫よ。お財布はあるし、券だってちゃんと持った……」
結衣はそう言って二枚の紙切れを握りしめる。
「落ち着け、落ち着け」と言う自己暗示も、全く効果が見られなかった。
「いいの? こういうのって野暮っていうんじゃないの?」
「何言ってるのよ! あんたも心配でしょ?」
物陰に隠れて結衣の様子を伺う、結衣の弟岳人と親友の美子。
「それはそうだけど。兄貴を演劇に誘うのすら一苦労だったからなぁ……」
姉の様子を心配そうに見守る。
「今日は大丈夫よ! 私が色々助言してあげたんだから!」
ワクワクと嬉しそうな美子。
「助言って?」
岳人は素朴な疑問をぶつけてみたが「はいはい、子供は黙ってなさい」とはぐらかされてしまった。
「……にしても侠さんおっそいわね!? 何してんのかしら」
「まだ時間じゃないよ。姉ちゃんが早すぎるんだ、一時間前からいるんだから」
「関係ないわよ。何はどうあれ女待たせるなんて最低なの!」
そう言って憤る美子を見て「女の人の理論って時々分からない」と小さくつぶやいた。
「あ、兄貴」
岳人の言葉に美子が顔を上げる。
「悪ぃ、遅れたか?」
己の膝に手を置き、肩でハアハアと息をしながら手で額の汗をぬぐう侠輔。
「いや~、場所がよくわかんなくてよ~」と中腰の姿勢で結衣を見上げる。
彼女はその視線をまともに受けることができなかった。
「いえ、その、ちょっとも、全然待ってませんから! ええ、はい!」
「そっか? じゃ行こうぜ」
そう言って微笑む侠輔に、結衣はポッと頬を赤く染めた。
「……全く、ダメダメね~侠さんは」
「何で? 謝ってたでしょ?」
「違うわよ、お結衣の着物のこと! いつも食堂で見る前掛け姿じゃないのよ? それに関する褒め言葉のひとつも無いのかしら」
二人の後を追いかけながら、容赦ないダメ出しを繰り出す美子。
「あの兄貴にそういうこと求める方が間違ってるんだよ、きっと」
岳人の言葉に美子はため息をついた。
「そういえば、よっちゃんが見ろって渡してくれたものあったな」
結衣は巾着からゴソゴソと小さな紙を取り出す。
「なんだろ?」
結衣が広げた先に書かれてあったもの、それは……
――侠さんの心を掴め! 美子の恋愛指南書――
「な、何これ! 恋愛指南!?」
そう言いながらも先を読み進める結衣。
――いい? 侠さんは超がつくほどのニブチン男なんだから、戸惑ってちゃダメ。ここは直球勝負! 好きあらば唇でもなんでも奪っちゃえばいいのよ! 頑張って! 美子――
「く、くち……!?」
「お結衣? どうしたんだよ」
侠輔は急に立ち止まる結衣に、後ろを振り返ってその様子を伺う。
「いえいえ! 何も!」
焦ったように急いで紙を後ろに隠し、侠輔の元へ駆け寄る結衣。
「む、ムリだよ……」
侠輔の隣で静かに呟いた。
「いやー、芝居ってのもなかなか悪くないな。なあ、お結衣?」
劇場から並んで出てくる二人。
「そ、そうですね! あはははは……」
結衣は笑いながらも、先ほどの美子の手紙の内容が頭から離れない。
「はぁ……だめだめ」と首をふる結衣。
「どした? 何か顔赤いぞ? まさか、どっか調子悪いんか?」
侠輔が心配そうに結衣の顔を覗き込む。
「いえいえ! ……まあある意味病気だけどって、え!?」
結衣が気づくと侠輔の背中の上。
「誰かー! この辺に病院ねぇかぁぁああ!?」
結衣を背負いながら叫びながら街を駆ける。
「病気だって! びょーい……」
「侠さん! 侠さん!」
「待ってろよ、今すぐ……!」
「治りました、治りましたから!」
必死の形相でそう言う結衣に、侠輔が「え?」とその動きを止めた。
「ちょっと侠さんたち急にどこ行ったの!?」
結衣たちを見失った美子と岳人が辺りを探す。
「兄貴、病院とかって叫んでたけど、まさか姉ちゃんに何かあったのかな……」
心配そうな岳人に「大丈夫。ほら、早く見つけよ」と美子はその背中を押した。
「なあ、本当に大丈夫なんか?」
落陽に赤く染まる高台で、背もたれのない長いすに侠輔がまたがって座る。
「は……はい何か一時的なものでしたハハハハ……。すみません」
結衣はその向かい側に座りながら、申し訳無さそうに頭を下げた。
「いや、そりゃいいけど、帰ったら一応医者に診てもらえよ?」
「……はい」
「ま、取り敢えず重病でもなさそうで良かった、良かった」
侠輔はやれやれと大きく伸びをして城下街を一望する。落下防止用の木柵の向こうに広がる街並み。帰路につく人々の姿が小さく見える。
「今日は夕日が綺麗だな。明日も晴れか?」
目線を上げて、橙色に輝く日の光をその瞳に映した。
結衣はそんな侠輔の表情から目が離せなくなる。
「侠さん……」
思わず出た声に自分自身が驚いたように口に手をやる。だが侠輔はその小さな声に気づいた様子はなかった。
安堵の表情をみせる結衣。だが同時に少し寂しそうに目を伏せる。
その時、一瞬辺りに強い風が吹いた。
「って……目に何か入った」
侠輔が目をごしごしと強くこする。
「だ、だめですよ、侠さん擦っちゃ……」
結衣はそう言ってハンカチを差し出す。それを受け取って目の端を拭く侠輔。
「んー、取れたか?」
自問自答する侠輔の唇に、結衣は目が留まってしまった。
「お結衣? どうした?」
侠輔が不思議そうに結衣の顔を伺う。
「いえ……。そのえっと……」
一瞬俯いて黙り込む結衣。
ゆっくり顔を上げると、
「まだ目の周りにゴミが残っているかもしれません。ちょっと確かめますからその……目を閉じてください」
どこか決意に満ちた彼女の顔。
だが侠輔はそんな様子に微塵も気づく様子も無く「そうか、悪ぃな」と素直に目を閉じた。
結衣は軽く息を吐き、一度自身も強く瞳を閉じると、再びしっかりと前を見据える。
徐々に狭まる距離、結衣は体の震えを押し殺すように両手を握りしめた。
強くまぶたを下ろして近づこうとしたその瞬間、侠輔がその瞳を開く。
「お結衣」
その声に驚いて、はじかれるように侠輔から体を離す
怒ったような真剣なまなざしにたじろぐ結衣。
「侠さん、あの私、そのえっと、これは……」
「……お結衣、お前」
恐る恐る侠輔を見上げる結衣。
「お前、もう帰った方がいい」
結衣はその言葉に唇を震わせる。
「あ、あの違うんです」
「お結衣、いいからここは……」
「こ、こ、ここれはですねえその……」
「お結衣、言う通……」
「説明させてください! これは……ですから!」
「早く帰れッ!!」
侠輔の怒声に肩をびくつかせる。
「侠さん……。ごめんなさい……」
結衣は瞳に溢れ出そうになる涙を一滴でも零すまいと、必死にこらえるようにその場を走り去った。
「侠さんに嫌われちゃった……どうしよう……」
堰を切ったように、とめどなくあふれ出る雫。拭い取ろうとした右手を伝って、着物の袖を濡らした。
「あ、姉ちゃん……」
岳人と美子はうつむくように走り去るお結衣の姿を見つけ、急いでその後を追った。
結衣の姿が見えなくなったことを確認すると、侠輔はそばの雑木林を睨み付ける。
「そこで何してんだテメー……」
だがそこに人の影はなく、背の高い草がザワザワと風に揺れるばかり。
「そこで何してんだって言ってんだよ!」
侠輔の声に観念したかのように、草むらから出てくる一人の男。
足元まで覆い尽くす長さの黒い外套を着た男。
目深に被られた頭巾のせいで顔の確認は出来ない。
侠輔の鋭い視線に、男が笑みを浮かべる。
「いいのか? あんな風に恋人を帰して。オレとしては、そのまま口付けしてくれても構わなかったのに」
「は? 何言ってんだ、お前」
侠輔は相手の言葉に目を細め、左の親指で刀のつばを押し上げる。男から漂ってくる、ただならぬ雰囲気を全身に感じ取っているようだった。
「オレになんの用だ? ただカツアゲしようってんじゃねえんだろ?」
「そうだな」
警戒する侠輔をよそに、男は笑いを含んでそう言った。
侠輔の目をしっかりと捉えると、男はおもむろに口を開く。
「初めまして、上照侠輔。黒金の次期将軍候補さん」
男の思いもよらない発言に、侠輔は目を見開く。
「お前……一体!?」
今侠輔はその身分を隠してここにいる。だが男は確信を持っているような口ぶり、間違いなく侠輔を知っている。
「……眩しいな、お前は」
男は向かい合う侠輔の背中から差す、斜陽の日を遮るように己の顔の前に手をかざした。
「だが、闇夜はそこまで来ている」
日の光が薄くなると同時に、男の纏っていた空気が一変したのを感じた。
「消してやる」
侠輔にさえも捉えがたいほどの動き。
瞬きの瞬間にすでに間合いは詰められ、目の前に迫る男。
「くっ……」
侠輔も無意識とも言えるほどの反射だけで刀を抜き、男の刃を腹の前で受け止めた。
「なかなかいい反応だ。そうでないと面白くない」
「お前……この刀……」
己が受け止めた刀を見て、驚きを隠せない侠輔。
「何者なんだよ! 一体……!」
男は口元に笑みを浮かべた。
「何? その龍間という男――」
再び三人きりになった座敷で、憐が驚いたように口を開く。
「上様の兄君の……? だったらそれはつまり……」
一輝は言葉を切った、憐の双眼を力強く見つめる。
「つまり侠のいとこ、ですね。もちろん僕たちとも血の繋がりがある」
孝太郎が憐の言葉をつないだ。
「……はい」
一輝は二人から視線を落とす。
孝太郎と憐は、ひどく当惑したように顔を見合わせた。
一言:
何を思ったか、ニーチェのツァラトゥストラ~を読んでみた。全然意味が分からないので途中放棄しました……。
閲読ありがとうございました。