第十九話 異世界トリップ!?
えー、日本の皆様初めまして。僕は華国駐日商戦保安部隊、略して華商部。そこで伍長という地位についています。名前を……
「欸,太無聊了!(あぁー、ヒマ!)」
じ、邪魔された……。えっと、先に僕の向かい側にいる、茶色がかった黄色の髪をした者を紹介します。
名前は武暁日、地位は曹長。僕より三つ年下の十六歳。
何やら先ほどから談話室の長机に片足をかけ、イスごと体をのけぞらせています。ものすごく面白くなさそうな顔をして。
また面倒ごとを起こさないといいんですけど。
と言いますのも、この華商部。海外に駐留するエリート軍人集団? ……かと思いきや全く逆。何といいますか、問題軍人とか、使えない軍人の島流し先……といいますか。なんだか自分で言ってて悲しくなってきました。いえいえ、僕は断じて無能とかそのようなことはありませんよ。きっと運が悪かったんです。多分……。
「だめですよ、曹長。華国語の使用は、大佐に禁止されているんですから」
僕は優等生なことを言ってみる。
規則を守らなくては、というよりその決まりを作ったここの若き最高司令官、陳大隆大佐が怖い、っていうのもあるんですけどね。
何が怖いかって? うーん。血塗れたような赤い眼も怖いですけどそれより……いや、それはまあ、またの機会に……。
「そんなこと言ったってヒマだもん。脳みそ溶けそうだもん。つい母国語も出るよ」
とお子様な曹長。
それだけペラペラ日本語話せるくせに何が“つい”だよ、とは決して言えない。気弱なんで。
「仕方ありませんよ、僕たちはこの幕府指定駐留地から出ることを、禁じられているんですから」
そう言っても機嫌は直らず。全く、世話が焼けるな……。
ああ、僕が三つも年下の彼に敬語で話しているのは、ほら、僕は伍長で彼は曹長。階級が二つも上なんです……。三つも歳が下なんですけどね。階級が二つも上なんです、三つも歳……え? しつこいですか? すみません。
曹長は体を起こすと、今度は机に肘をついて頬を膨らませる。どうしてこんな子供っぽい人が曹長に? という疑問を密かに抱いているのは、きっと僕だけじゃありません。
曹長があまりにご機嫌斜めなので、仕方なく僕は彼を慰めるために提案をしてみました。
「それじゃあ……トランプとかしませんか?」
「そんなイモいことしない」
え、一刀両断!? そしてトランプのドコがイモいんだ!
そんな僕の心の突込みなど露知らず、曹長はキラキラした目で僕のほうを見やってこう言った。
「そんなことよりさぁ、異世界とかに連れて行ってよー」
トランプじゃなくてトリップ希望!? なに、時空に穴でも空けろってか!?
「オレも魔法の剣とかで魔王やっつけたいー」
「いや……それは」と僕が返事に困っていると、
「じゃあオレが勇者で伍長が村人の太郎・スペクトリーね」
なぜにハーフ設定!? ってか村人って何か役に立つ!? 薬草でも売ってろてか!
「どうした暁日に伍長。何をそんなに騒ぎたてにけるか」
その声に入り口を見ると、現れた長髪長身の馬飛宏大尉。このおかしな日本語は、一体何にインスパイアされたものなのか誰も知らない。
「あ、飛さん。丁度いいところに。じゃあ占い師で」
パーティーに占い師いるか!? 勝負の行く末知ったって意味ねぇよ。魔法使いとかと間違えてない!?
「分かった。引き受けよう」
何が分かったんだ!
「よし、これでキレイになったね」
ごそごそと談話室端のソファー下から這い出てくる、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた人。名前は長雷、地位は少尉です。
何でもものすごい潔癖らしくて、頼まれもしないのによく部屋の掃除をしています。その前にボサボサに寝癖のついた髪をどうにかすればいいのに……と思うのですが。そこは気にならないようです。
「じゃあ雷さんは掃除好きなドラゴンで」
どんなドラゴン!? っつーか背中に乗るな! あんたの上官でしょうが!
「勇者よ、どこへ行く」
四つんばいになって、背中の曹長にそう問いかける少尉。
ノリが良いか、頭が悪いかのどっちかだな。おそらく後……いえいえ。
「そりゃ魔王退治だから悪の城に」
上官の背中に乗りながら、意気揚々とそう告げる曹長、いや、勇者。
「あの……魔王って誰なんですか?」
少しばかり嫌な予感がしてそう問いかける。まさかあの人だなんて――。
「大佐」
やっぱりぃーー!!
「何言ってるんですか! 大佐はただでさえ、あの赤毛指名手配犯の件でイライラしてるんですよ!? マズイですって!」
あの人怒らせるなんてホント、正気の沙汰じゃないんです!
「そういうサスペンスあんどスリリカルなアドベンチャリングファンタジスタ全七編が受けるなり」
もう何言ってるのか分かんねぇー!
必死に止めようとする僕を、軽く無視して廊下に歩み出る三人。
そう放っておけばいいんですよ、ね? 僕までとばっちり食らうような危険を冒す必要なんてないんです。でも、やっぱり……
「分かりましたよ! 待ってください!」
何でかな。追いかけてしまいました。
この軍事施設はコンクリートの二階建て。僕たちのいた談話室は一階の一番左。大佐の執務室は二階右端。幸いにも一番遠い位置にあります。到着までの間に、何とかこの人たちを止めないと……!
僕は人知れず決意に燃えていました。
長雷少尉 (ドラゴン)の背中に乗る武暁日曹長 (勇者)、謎の手鏡を手に長髪を揺らす馬飛宏 (占い師)と手ぶらの僕 、村人の太郎・スペクトリー(ハーフ)。
今ここに四人の新たなる魔王退治の物語が始ま――いやいや、始めたらダメなんです。
廊下を歩いていると第一犠牲者を発見。
「お前たち何してるんだ?」
華商部唯一の女性武官、李麗華大尉。綺麗な眉をひそめ、右手を腰にやってこちらを伺う。
「モンスター発見!」
大尉を指差して、何てこと言うんだよ勇者―!!
「は? モンスター?」
李大尉はますます額の溝を深くする。
「行け! 太郎・スペクトリー!」
何で村人が先陣切って戦わにゃなんないんだ!
「いや、ここは太郎くんより勇者の出番なんじゃないんですか」と謙虚に“お前が行けよ”と言ってみる。
すると勇者、
「だって勇者が怪我したら大変でしょ?」
村人を盾にする勇者がどこにいる! どんだけ保身的な勇者だ!
「しょうがないな。じゃあ行け! 占い師―!」
そう標的に向かって指差す勇者。占い師が何の戦力になるんだ!? ってか結局あんたは行かないのか。
長髪占い師さんは手鏡を覗き込むと、フムフムと独り言をいい始める。
「成るほど」
「おい、飛宏。何をふざけたことしているんだ。アタシは忙……」
と言う李大尉の言葉を遮るように、口を開くエセ占い師。
「悩みがあるようにける。また恋人とケンカでもしにけるか、全く懲……」
次の瞬間、李大尉の蹴りが見事顔面に決まる。
「余計なお世話なんだよ」
李大尉は怒ったように廊下を歩いていった。
「よし、モンスターはやっつけにける!」
振り返ったその顔には、さわやかな笑顔と共に、くっきりとした足跡と鼻血が勲章として刻み込まれていた。
やっつけられたのはあなたの方では……。
「あの、やっぱりやめましょうよ! 下っ端モンスターであれですよ? 魔王なんてまだ早すぎですって! もうすこし修行してからでも……ね!?」
大佐の執務室の扉を前に、僕は何とか最後の説得を試みる。
「何を言うかジェニファー・鈴木。ひたすら前に突き進む。これが勇者の宿命!」
色々間違えすぎだろ、誰ジェニファーって!
岩肌の見える険しい山の最奥に位置するこの地。周りに立ち込めるどんよりと重い空気は人間の侵入をあからさまに拒絶していた。気を抜けば、呼吸することすら忘れてしまいそうな感覚に陥る。
天空は暖かな太陽の日差しを拒むかのように、黒い雲が厚く覆い尽くしていた。雷がゴロゴロと鳴り響く暗い空を、我々の存在に気づいたドラゴンたちが、警戒するようにバサバサと旋回する。ギイェェエエッというそのけたたましい鳴き声に、世界中がブルブルと震えているようだった。
勇者 暁日の見上げた先にある重厚な鉄の扉。その大きさ、禍々しさに臆することなくそれらをグッと強く睨み付ける彼の瞳には、希望という光が灯っているかのようだった。
ギイィという蝶番のきしむ音と共に開かれる魔界への扉。
一瞬一瞬がスローモーションのように感ぜられるのは、これから起こる事態を、体が察知しているのであろうか。
じっとりと汗ばむ両手を握りしめ、その瞬間を待つ。そして目の前に現れた綺麗な……え?
不思議そうな表情で僕たちを伺う女性。ここの文官の王香玉さん。銀色の緩やかにウエーブがかかった髪が風に揺れる。
「あれ、魔王じゃない。どこ逃げたんッスか?」
と問いかける勇……いやもうコイツむしろ愚者だろ。
だが尋ねられた王さんは「我、那個……」と困ったような表情をする。
そう、彼女は日本語があまり話せません。本当はここに僕たち華国軍が駐留する条件として、隊員の日本語力が必要とされていて、それに関する条約も交わされています。
だからこれが幕府に知られるとマズイんでしょうけど、大佐が文官だから問題ないって言うんです。あの大佐の言葉にしては、何だか腑に落ちないんですよね。王さんに対してもどこか気を使っているような……。
いえ、まあ僕がどうこう言えた義理ではないのですが。
「え? 知らないんッスか?」
その曹長の言葉に我に返る。王さんがものすごく申し訳無さそうに、こちらを見ていた。
めずらしいな、大佐が何も言わずにどこかへ行くなんて。
「んーそれじゃあ仕方ないか」
とがっかりしたような勇……いやいや愚者。
でもそれは一瞬のことで、次の瞬間目に光が戻ったかと思うと、
「じゃあお前が魔王代理ってことで」
魔王出張でもしてんのか!? 何、代理って!
嫌な汗を額に感じながら硬直していると、勇者、いやいや愚者がどこかからか取り出してきた、魔法の剣という名のトイレのスッポン。そこから繰り出される攻撃をそれはそれは必死にかわし続けたことは、想像に難くは無いかと思われます。
くそーー!! 絶対仕返ししてやるからなぁぁああーーーー!!
あ、いえこれは単なるストレス解消の為に言っただけで……いえいえ、本当に……ちょ、あの人たちに言わないでくださいよ!? え? 待ってくださいよ! 待ってーー!!
李麗華は長髪男を蹴り飛ばした後、神妙な面持ちで地下への廊下を歩いていた。
換気の行き届いていないこの空間に、ホコリっぽい匂いが立ち込める。
オレンジ色の薄暗いランプの周りを、数匹のハエたちがぶんぶんと羽音を響かせながら飛び回っていた。
ノックの後ドアノブに手をかけ、“特別取調室”のプレートが掲げられた鉄製の扉をキイと開ける。
麗華はゆっくりと開かれていく視界の中央に立つ、一人の男に問いかけた。
「そろそろ何か吐きました? 大佐……」
陳大隆の前に座っている、もう一人の人物を一瞥して問いかける。
西洋系の面持ちをした男の体は目を見開き、小刻みにガタガタと震えていた。
縛られてもいないのにそこから全く動こうともせず、指を体の前で弄びながら、何かブツブツと呪文のように呟いていた。
瞬き一つせず、生気すら感じられないその男。人間というよりは人形と呼ぶに相応しいようであった。
「ああ。日本入国の手引きをしたこの男によると、どうやら我々が得ていた情報とはいささか食い違いがある。赤毛であることは正しいが、体格はどちらかと言うと細身で背中に長い剣を所持しているらしい。そしてとある情報を得るためにこの大和の地へ来た、と」
そんな男を赤い瞳で捉えながら静かに口を開く。
「情報? 一体何の……」
「幕府と関わりのあることらしいが、詳しくはこいつも知らないようだ」と冷たく見下ろす。
男は相変わらず何かを呟きながら、首をゆっくりと前後に振り始めた。
麗華はそんな男の様子を見て、思わずそっと己の上官を見やる。手のひらに、じっとりと妙な汗がにじみ出てくるのが分かった。
「すぐに今得た情報を基に捜査を開始する。必ず捉えるぞ、“リュウ”という男を……」
「は!」
大隆の言葉を聞くと、即座に部屋を出ていく麗華。
彼も続けて扉に向かうが、途中で足を止めて振り返る。
依然首を前後に振っている男に、大隆が冷たい銃口を向けた。
誰もいなくなったこの薄暗い部屋で、生を失った男に対し、蝿たちが早くも品定めを行っていた。
一言:
最近どうしようもなく、ポケモンを探す旅に出かけたくなる。
閲読ありがとうございました。