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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
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第一話          悩みと妬み

 

 時は二十世紀初頭。明治政府を倒した新幕府は、再び鎖国令を敷いたものの、急速に近代化が進んでいた。

 そんな時代のお話。


 

「きゃー、見てッ! 」

 前掛けをした大勢の若い女たちが目をキラキラと輝かせながら、大きな剣道場の窓の前に群がる。

 ここは広大な敷地面積を誇る大和城北側に位置する、幕府高官たちの屋敷がズラリと連なる一角。

「はぁ……いつ見てもステキ。孝太郎様……」

 粗末な着物に身を包み、それでも剣道場を垣間見て瞳を輝かせる。

「ああ、こっち向いてくださらないかしら」

 流行の髪飾りを揺らし、幸せそうな表情を浮かべていた。

「何てたくましいお体、憐様ッ」

 彼女らがハァ……っと恍惚とした表情で見やるその視線の先には――。




 竹刀を携えて向かい合う二人の剣客。

 防具の隙間からのぞく、黒と若緑色の視線が交錯する。

 体からジリジリと滲み出す殺伐とした空気。

 寸分の隙すら許さないスッと研ぎ澄まされた感覚が、見るものにも緊張感を与える。


「ダあッ!」

 ドンッという床を蹴る音が響き、一気に間合いを詰めて竹刀を振る二人。

「胴あり! 一本! 勝負あり!」 

 審判が左手に持った白い旗を高々と揚げ、この試合の終わりを告げた。


 ハアハアと肩を上下に揺らす両者。礼をし、軽く頭を振りながらスッと面を取る。 

 玉のような汗が流れる額、朧月色の髪が上気した絹のような肌に張り付いていた。

「さすがですね、憐。僕もまだまだです」

 憐と呼ばれた青年は、汗を拭いながら目にかかっていた濡羽色の髪をサラリと払う。

「何を言う、孝太郎。たまたま勝っただけだ」

 またまたご謙遜を、と美しい笑みを浮かべる孝太郎と――

「それはそちらの方だろう」

 この堅物男にとっては稀有な、優しい笑顔を見せる憐。

 その様子に道場の外から女たちの、キャーという悲鳴のような歓声が上がる。

「朝焼けに輝く富士の山より美しいわ……」

「お父さん、お母さん生んでくれてありがとうッ……」

 そんな彼女たちの視界を塞ぐように、ヌッと現れた一人の男。


「ま、憐も孝太郎も十分腕を上げてるってことだな」

 ハハハハ、と陽気に笑って憐と孝太郎の肩をパンパン叩く紅毛の青年。


「……ちょ……侠輔様、邪魔ッ!!」

「今イイトコロだったのにッ!!」

「あ~ん、お二方が見えない~!!」

 不平をもらしていると、「ちょっとあんた達!! 早く持ち場につきなッ!!」という太り気味の女中頭のどすのきいた声が響く。

 興奮気味に窓からのぞいていた女性たちは、「はいッ」とクモの子を散らしたように去って行った。

「全く……」

 女中頭はそう言って窓に近寄ると窓枠を掴むと「あ~ん、孝太郎様、憐様ぁ~」と大きなお尻をブリブリと揺らして、一人頬をポッと赤く染めていた。

「……って侠輔様、邪魔ッ!」





 次期将軍候補という高い地位を持つ三人、上照侠輔(かみしょうきょうすけ)河合憐(かわいれん)柳本(やなぎもと)孝太郎(こうたろう)は野外の長い廊下を歩く。屋根の付いたその廊下は、さきほどの第七剣道場から屋敷まで三人を導くかのように続いていた。


 美しくキラキラと輝く大和城の北側には広大な“居住区”と呼ばれる敷地が広がっており、街一つがスッポリと入ってしまうほどの面積。

 侠輔たちや幕府の高官の住居などの屋敷が百棟以上あり、乗馬施設や劇場や温泉も完備されていた。


 さらに敷地内の一角に西洋文化区と称される場所があり、ヴェルサイユにあるような宮殿の広い庭には、色とりどりの花に囲まれたいい香りの立ち込める美しいテラスもあった。

 海外からはそこで茶を一杯飲むためだけでも行く価値がある、と評価されるほど。


「そういえばこの間来日された、ナルド王国の王女が結婚されるらしいですよ?」

 孝太郎が左耳につけたピアスを揺らして、楽しそうに語る。

「え、マジで? あの超美人王女、お前に惚れてたんじゃなかったのか? 随分と迫られてたじゃねぇか」

 とワケあり顔で孝太郎を肘でグイグイと突く侠輔。

 それを柔らかな笑みで返す。

「どうでしょうか。友人としての表現だったんじゃないんですかね」

「おいおい、バカ言っちゃいけねぇよ、孝太郎君。どこの世界に“一晩でも共にしてください”だなんて泣くお友達がいますか? ん? 据え膳食わぬは~、か何か知らんけど、そんなふしだらな関係は許しませんッ!」

「承知してますよ。ちゃんと、口付け以上の事はお断りしてますから」

「そうか、ちゃんと口……ん、何ソレどゆことッ!?」

 冗談なのか何なのか、衝撃的な発言に驚く侠輔を見てクスクスと笑う孝太郎。


「ですが、憐もあの方々と何があったんです?」

 その孝太郎の質問に「何のことだ」と言いながらも、思い切り眉をひそめる憐。

「ほら、王女と一緒に来日した貴族の若い女性たちですよ。皆さんで一緒に庭を回られてましたよね? それが帰り際には、どの方も目が腫れていたようにお見受けしましたが」

「あれは日本式の建築に興味があると言われて……」

「言われて?」

 いたずらっぽい視線を向けられ、憐はそれをプイと避ける。

「こ、こちらに気持ちがないのに、どう答えろと言うんだ。あいにく女ならば誰でもいいなどという概念は持ち合わせていない」

 そう言って顔をしかめる憐に、侠輔はその日の自身の記憶を思い浮かべるが、残念ながらそんなステキな体験は見当たらなかった。ええ、一つも……。


「外国の女性は特に積極的な方が多いですからね。毎回毎回、どのように対処すれば傷つけなくてすむのか、こちらも戸惑ってしまいますよ。前にも一度、結婚してくれないのなら海に身を投げると言われて……」

「それで本当に身を投げた女は、一人もいなかったがな。それにしても、こちらに落ち度がないのは分かっているが、涙を見て平然としていられるほどの図太さも持ち合わせてはいないし。なぜああも、好きでもない男に」


「あれ、“好き”って言われませんか」

「”運命”だか何だか知らんが、どうやったらそんな短時間で相手を好ける。こちらを陥れる嘘に決まっているだろう、騙されるな。それとお前は抱きつかれると反射的に抱き返しているようだが、お前が相手を好いていると誤解されるぞ。やめた方がいい」

「いえいえ、憐。グッと抱きしめて耳元で真摯に気持ちを伝えるからこそ、分かってもらえるんですよ」

「勘違いを助長させているだけじゃないのか」

「人は言葉面だけで通じ合うわけではありませんから」

「オレには解せん話だ」




 そんな会話をする二人の背中をジト目で見やる侠輔。日本語が分からないわけではない。よく聞こえないわけでもない。それでも彼ら二人の会話内容が理解できなかった。

 “毎回対処に困る”? “抱きつかれて好き”? は? 何それ、食べ物ですか? 母なる大地からの未知なる贈り物ですか? と言いたくなるほどに耳慣れない言葉。


 それにしても孝太郎みたいなヤツに抱きしめられて、さらに耳元で何か囁かれて正常でいられるのか? 答えは否。”分かってもらえる”とかじゃねぇ、そうやってわざと平常心失わせて”分からせてる”に違いない。一種の催眠術だ、と侠輔は思った。


 この二人の周りにはよく女人が集まってくる。城内を歩けば女中たちのキャーキャーとした黄色い悲鳴が上がり、挨拶を返した日には失神をする者もたびたび。オレの挨拶には難なく返すけどな、と侠輔。


 さらには隠し撮りが横行し、ついには風呂にまで忍び込んで撮影するような者も現れ、放り出されることも多々。これによってこのような者から写真を購入した者も処罰されることになった為、今度は似絵が大流行。

 コレがさらに妄想に拍車をかけ、二人のあられもない姿が描かれてた紙が家臣に拾われることも多々あった。これを禁じようにも憐様派と孝太郎様派なる巨大女中派閥が存在し、家臣の目を盗んでは裏で様々画策するため、いたちごっこのような状態が続いている。

 

 

 これらのことが原因で、城や屋敷において次期将軍候補の身の回りの世話は男の使用人がすることと自然になってゆくが、一方公務で外泊しようものなら旅館で持ち物が盗まれたり、廊下で待ち伏せていた全裸の女性に抱きつかれそうになったり、一晩に何人にも夜這いを掛けられて追い返すうちに朝になることもあるとか。オレはいつも朝まで爆睡だけどな、と侠輔。


 

 さらに国際交流の舞踏会でも順番待ちの長蛇の列。一度前もって整理券を配られたが、水面下で激しい争奪戦が繰り広げられ、名家が数家没落したために廃止された。(そんな時でさえ、侠輔の札だけ大量に余っていたことは口外無用の事実)

 

 侠輔の腹が立つのはそれだけじゃない。二人は非常に優秀で頭がよく、家臣たちから大変に信頼を集めていた。何か大きな問題が発生しても、冷静にあっさりと何事もなかったかのように解決してしまう。そんな仕事ぶりを見て憧れるのは女人ばかりにあらず。


 剣の腕だけは侠輔の方が二人よりもわずかに上であったが、やはり次期将軍になるのは二人のうちのどちらかであろう、というのが大方の見解であった。

 それが人気に拍車を掛ける。


 自分で言うのも何だが、素材は決して悪くないと侠輔は思っていた。

でもこいつらがいるから……奴らさえいなければ……、と二人の背中をにらみつけながら、両手の拳をハーっと呼気で温め始めたのは完全に無意識。

 その時――

御三方(ごさんがた)

 ふと聞こえた老人の声に視線を向ける。

 見れば将軍補佐の今井が敷地内移動用の小さな馬車に乗って、ガタガタと侠輔たちの元へと向かっていた。

「どうした」

「ええ、実は上様から“あれ”が届きましてな」

 そう言いながらごそごそ懐をあさって、緑色の巻物を取り出す。

 

この幕府の四代目将軍、白橿正之助は現在ここには居住していなかった。理由はここでの生活に飽きた、のんびり暮らしたいなどおおよそ常人の理解の範囲を超えたもの。

 それでも執政に支障が出ないことから、誰も文句を言えなかった。


「“あれ”ってまさか……」

 侠輔は温めていた拳を下ろすと、嫌そうな顔を今井に向ける。

 

今井はワケあり顔でニコーっと微笑んだ。


一言:

  更新は不定期ですが、今後とも是非よろしくお願いします。

 

 閲読ありがとうございました。

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