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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
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第十六話         女人の真実

            

 薄暗い部屋で頬に傷のある男、風雅(ふうが)が、二人の男たちに向き合う。

「その会場に幕府高官の男がやって来ます。何でも娘がその大会に出場するから、だとか」

 暇人ですよね、と冷笑を浮かべる。


「奴を見せしめにしてやってください。どれだけ一般の民が巻き添えになろうと、全く構いませんから……」

 その言葉に、二人の男たちは楽しそうに笑った。




「いやいやいや……意味が分かんねぇから」

 侠輔は座敷の向かい側に座る将軍補佐、今井へ引きつった笑顔を向ける。

「確か大和撫子大会とは、日本全国から一番その名に相応しいと思われる女性を選ぶ大会……でしたよね」と孝太郎。

「ええ」と笑みを浮かべる今井に、憐も困惑した表情を浮かべる。

「いや、だからオレが言いたいのは……」

 侠輔は何かをこらえるように腕を組み、眉にしわを寄せる。


「何でオレたちがそれに参加しなきゃなんねーんだよ!!」

 侠輔の悲痛な叫びが屋敷に響いた――




 乱暴にふすまを開けた侠輔の目に映る、あでやかな後姿。振袖姿で胡坐をかく姿は、一見はしたない女性。だが、その肩幅の広さと背中の大きさは明らかに……。


「よ、よう憐……」

 おそるおそる話しかける侠輔。

「見るな寄るな話しかけるな」

 憐は早口にそう言うと、組んでいた腕をより一層強く組む。


「こ、孝太は?」

「知らん。もうすぐ着替え終わるだろう」

 明らかに機嫌の悪い憐に、侠輔も対処に困る。


「っつーか特令か何だか知らねえけどよ、伯父上も何考えてんだか。大体こんな気色の悪い三人組が出場できんのか? 変態みたいじゃねーか」

 鏡に映る己の姿を確認する侠輔。

 映し出された美しい着物。黒を基調としているが、衿元から着物全体に掛けて絢爛(けんらん)と咲き誇る大小さまざまな花が、着物を華やかに色どっていた。

 着る人が着れば、たいそう人目を引くであろうこの振袖。だがそれに身を包んでいるのは身長も胸板もある――


「自分で言うのもなんだけど、メスゴリラの方がマシかもしんねぇ……」

 全く似合っていない頭の大きな花の髪飾りが、痛々しさに拍車を掛ける。

 侠輔は己の着飾った姿に静かに引いた。


 すると侠輔の後方でスッとふすまの開く音がする。

「おい、孝太見ろよこの無ざ……」

 侠輔が両腕を広げ、部屋に入ってきた孝太郎を振り返ったところで動きが停止する。

 そんな侠輔の様子を不審に思った憐が顔を上げた。

「孝太も終わっ……」

 憐も言葉を切る。


「こ、孝太……だよな?」

 驚く侠輔の視線の先に佇む、息を呑むほどに美しいひと。


「はい。あの……似合ってますか?」

 侠輔に近づき、恥ずかしそうに侠輔を見上げる孝太郎。

「いや……まあその……」とたじろぐ侠輔。そんな侠輔の様子に、「やっぱり変ですよね」と哀しそうに目を伏せる。

 あまりに可憐なその姿に、しばらく言葉を失った。

「侠?」と小首をかしげる孝太郎。

 おしろいを付けずとも透き通るような白い肌。宝石のような瞳。紅をさした艶やかな唇。細い首筋に目――

「やめろー!! やめてくれー!! オレはそうじゃないんだぁあッ」

 と訳の分からない事を言いながら頭を抱える侠輔を、孝太郎が至極面白そうに眺めていた。




 大和中央大会館の入り口は、大勢の女性でごった返していた。設置された受付にて、手際よく参加手続きが行われていく。会場一帯は参加者の熱気に包まれていた。


「こちらが控え室でございます、お着替えなどはこちらで。ではどうぞ御くつろぎくださ

いませー」

 無事に受付を終えた侠輔たちが、女性案内人に会館の大部屋の前まで通される。


 侠輔はドアノブに手を掛けた状態でなぜか一旦動きを止め、顔を少々赤らめた。

 そんな侠輔の様子に何か勘付いた憐が、冷たい視線を送る。


「おい、その期待感丸出しの顔をやめろ」

「あ、あ? な、な、何の期待、だよ」

「どうせ今ろくでも無い事考えてたろ」

「ろくでも無い事? そういうお前だってちょっとドキドキしちゃってんじゃねーのかよ」

 その言葉に憐は鼻で笑いながら腕を組む。

「お前と一緒にするな」

「何を? こういう時に男が考える事なんか皆一緒だろうが! いい子ぶんなよ、ムッツリ!」

「貴様……! 今度オレの所に仕事の書類回して来ても、絶対に手伝ってやらんからな!」

「この卑怯者―!」

「自業自得だ」

「まあまあお二人さん、早く行きましょうよ」と孝太郎に背中を押される二人。

「そ、そうだな。お、おほん。し……失礼しまー」

 とドアを開けて顔をのぞかせた侠輔は、再びその動きを止める。

 そんな侠輔に憐は「何だ。早く行け。つっかえているんだ」と侠輔を無理やり押し込ん

で部屋の中を見る。

「何だ……これは……」


 憐の目に飛び込んできた、だだっ広い畳の広間に置かれたたくさん鏡台。その前で大勢の女性たちが準備を整えていた。

 だがその一方でちり紙の散乱したごちゃごちゃの鏡台、脱ぎ散らかされた足袋、無造作に放り出された帯や巾着。化粧品やら香水やらのムッとした匂いがあたりに蔓延する。

 さらに裸同然で平然とうろつく女性たち。情緒の欠片もない。


「何か、オレの部屋の方がマシかも……」

 想像していた世界とは全く違う、廃れた現実が広がっていた。


「あ、あの辺りが空いていますよ」

 固まる二人の袖を引いて、孝太郎が空いていた鏡台の前へと二人を誘導する。

 敷かれた座布団に正座して体を強張らせていると、四方から女性たちの声が聞こえてきた。


「……う~わ、くっさあ~、脇くっさあ~。あーなんじゃこりゃ」

「私も最近足超くっさいんだけどー」

「んなもん香りで誤魔化しゃいいのよ!」

「えーそれどこで買ったの?」



「あ~あっつ~。ねぇ、この部屋暑くない?」

「こうやって扇ぐと意外と涼しいのよ~」

「あ、分かるぅ~」



「股を扇ぐなぁぁああ……!!」

 侠輔は膝の上の拳を破壊せんばかりに強く握りしめ、うつむいて顔を上げられずにいた。


「よ、よかったな侠輔。こんな感じを期待してたんだろ?」

 汗まみれの憐がちらりと侠輔をみやる。

「い、いやいや。ここは何? 天国? それとも地獄? 女ってこんな感じだっけ? いやいやまさか……。女ってのは清楚で慎み深い生き物だったよな? いい匂いとかしちゃったりして……。そ、それが足が臭い? 股を扇ぐ? 肌着姿で歩き回る? ないない、ないない。これは夢だ! そうだ夢なんだ! 起きろオレ、起きろオレ!」

 

 そう鏡台に何度もガンガン頭をぶつける侠輔。


「ちょっとさー、あんた」

 少し離れた場所から聞こえた声の方を見やる。


「どこの貧乏人か知らないけど、どのツラ下げてここに来た訳? ホント、可笑しいったらありゃしない」

 一人の女性を取り囲む五、六人の女たち。囲まれた女性は怯えるようにすっかりとうつむいてしまっていた。



「何だありゃ」

 侠輔が眉をしかめる。

 腕を組んだ憐が静かに口を開いた。

「おそらく“潰し”だな」

「“潰し”?」

「自分がこの大会で上位になるように、あらかじめああやって出場者の自信を喪失させているのだろう」

「“あらかじめ自信を喪失させておく”って……まるで相手を弱らせて丸呑みにする蛇みてーじゃねーか……」

「もうここは戦場なんですよ、侠。生き残りたければ……相手を食らうのみ」

「い、いやでも“武士道”みたいなもんぐらいあんだろ? それをあんな汚い手段で……」

「甘いですね。ここでは自分以外、皆牛馬のフンも同じ――――いかに速やかに排除するかが問題です」

 妖艶な笑みを浮かべる孝太郎の言葉に侠輔は、


「……それじゃあ蛇じゃなくてフンコロガシじゃねぇか……」

 深刻な表情で生唾を飲み込んだ。


 すると侠輔のすぐ後ろで「ねえ、あなたもこの大会に出場する気なの?」と声がする。

 「転がされる!」と侠輔が急いで後ろを振り返ると、腕を組み、意地悪そうな笑みを浮かべる女たち。


「まさか、冗談よね? だってこんな笑えるような……」

「だめよ、そんなにハッキリ言っちゃ~」

「そうそう、カワイソウじゃな~い」

 そう言ってケラケラと笑う。

 侠輔がこめかみに青筋を浮かべながらも、黙って聞いているとさらに侠輔の体に目を向けた。


「それにしてもホント、男っぽい良い体格してるじゃな~い?」

「そうよねぇ。振袖なんかより、お侍様の格好をしていらしたら、大層ステキでしょうね~」

 そう言って笑う女たちだったが、

「え、そうか? それは、そうかも知れね、いや知れないわねぇ~たははは!」 

 嫌味で言った言葉に、頭を掻いてはにかむ紅髪の人物。


 そんな侠輔を不気味そうに見やる女たち。


「おほん、で? あなたは何家なの?」

 すでに侠輔に興味を失った女たちが、次なる獲物を定める。


「え? ワタクシですか?」

 孝太郎が座ったまま、女たちを見上げる。

「当たり前でしょう? 他に誰がいらっしゃるのかしら」

 女が気だるそうに言い放った。


「わ、ワタクシは……」

 と俯く孝太郎にさらに追い討ちをかける。

「ま、所詮どこかの庶民でしょうけど。少しはお顔に自信があってこられたのよね?」

「そんなことは……」


「“そんなことは”ですって。私たちに対する嫌味かしら?」

「外面は良くても内面はどうなのかしらねぇ?」

「教養もどこまでおありなのやら」

「恥をかく前に帰られた方がいいわよ」

 口々に“潰し”に掛かる女たちを前に、孝太郎が突然立ち上がる。


「あら、何か文句でもおあり?」

 言い返せるものなら言い返してみろ、とでも言わんばかりの表情。


「文句だなんて……。ワタクシはちょっと助言を……」

「あらあら、助言ですって、皆さん拝聴しようではありませんか」

 とあざ笑うかのような視線を送る。


 「では一つだけ」と一番手前の女に近づく孝太郎。


「折角の美しい顔。もっと自然な笑顔の方が、ずっと魅力的なのに」

 予想外の言葉にたじろぐ女。

「な、何を言っているの? そ、そんなの女のあなたに言われたって……」

 そんな女のあごにそっと手をやり、耳に唇を寄せる孝太郎。

「ほんと……私が男なら放っては置かないのに……絶、対……」

 耳元でそっと囁く孝太郎に顔を赤くする女。


「何よ……そんな……あの……あれよ!」



「アレってなんだよ」

 腕を組んでポツリとつぶやく侠輔。



「あの……私は……皆さん早く参りましょ!」

 完全に主導権を奪われた女たちは、孝太郎を一瞥すると逃げるように立ち去って行った。



 「可愛い方々ですね」と楽しそうに笑う孝太郎を「女の格好しててもお構いなしかい……」と侠輔は静かに見やった。




「皆さんようこそお集まりいただきました! これより大和撫子大会を開催いたしまーす!」

 司会者の声に湧き上がる会場。大会場は大勢の人々で満席状態となっていた。


「それではこれよりルールの説明をいたします。まず、本日受け付けをしていただいた百十六名から十名を選ぶ予選を行います」

 舞台上に番号を付けて並ぶ参加者。その群衆の中でも飛び出した頭。


「十人か~。いきなりキビシイよな」

「ま、ここに大和撫子がいるのかどうか知らねェけど」と辺りを見回す侠輔。

「それはさておき、あの方……」

 孝太郎が目を向けた先にいた、一人の美しい少女。


 総絞りの桜色の本振袖と、気品溢れるその表情から高貴な身分が伺える。

「誰だ、あれ?」

「高田家のご令嬢です。本大会の優勝最有力候補ですね。ほら、あそこに父君も来ていら

っしゃるみたいで」

 会場最前列の真ん中にふんぞり返るように座る人物。その周りを護衛なのか、ギラギラとした目の大勢の男たちが囲っていた。



「そしてその十名の方々に本選に出場していただきますが、一回戦で五名、二回戦で三名に絞り、決勝戦を戦えるのはその三名のみとなります。そしてそして~、優勝者には金一封と素敵な贈り物がございます!」




 会場の観覧席にて、盛り上がる観客とは対照的な二人の男。


「どうする? やっぱ普通じゃ面白くねぇよな」

 足を組んで口元に手をやる中年くらいの男。青い着物に下駄を履き、体の所々に刺青のようなものが見える。肩まで伸びたねっとりとした髪は、軽くウエーブしていた。


「風雅さんは他にどれだけ犠牲者を出しても構わないとおっしゃっていたし、ここは僕たちの組織の力を試すためにも、一つ派手なことをしてやりたいです」

 紺色の裾を絞った野袴。ふくらはぎまでの黒いブーツ。肌蹴た橙色の着物からみえる胸元にはたくさんの首飾りがつけられており、黒眼鏡に鶏のトサカのような髪型。




「それでは皆様、はりきっていきましょー!!」


 男たちの静かな企みに誰一人気づくはずも無く、大会の幕は開かれた。




一言:

 ものすごく高い肉を食べました。その晩お腹を壊しました。(……貧乏腹)


 閲読ありがとうございました。

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