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剣にかけて  作者: 二上 ヨシ
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第十四話         反撃

 


 先刻まで立つのもやっとの状態だった男。その男に浮かび上がる謎の赤い光の模様と不敵な笑みに、二匹の(チェン)石人(シー)たちは一瞬その動作をピタリと停止させる。


 その間に侠輔は憐を右肩に担ぎ、悠然と地に伏せる孝太郎の元へと向かう。そのそばにいる、孝太郎を痛めつけていたチェンシーは近づく侠輔を警戒し、威嚇するようにグルグルと歯軋りをして見せた。

 だが、そんなチェンシーを歯牙にもかけず横をスッとすり抜ける侠輔。


 孝太郎の右腕を左手で掴むと、ズリズリ引きずるようにして二人を塀沿いの安全な場所へと移す。あまりに落ち着き払ったその異様な様子に、二匹のチェンシーはしばらく動けずにいた。


 侠輔が剣を携え、二頭の傍までスッと歩み寄る。


「どうしたんだ、化け物ども。かかってこいよ、ほら」

 そう言って小ばかにしたようにパッと両手を広げる侠輔に、チェンシーたちは怒りを滲ませた。


 グオッと突然猛烈な勢いで侠輔に襲い掛かる。両腕のないチェンシーは大木のような足を交互にブンブンと振り回し、侠輔を踏み潰そうと狙いを定める。

 もう一方はその合間を縫い、侠輔に向かってザッと剣を振り回していた。


 そのどちらの攻撃も、まるで犬と戯れるかのように楽しそうに、そしてたやすくかわす。


 チェンシーはムキになって、足の動きを早める。だが侠輔は背後に回りこんで屈みこむと地面に両手右足をつき、それを軸に左足滑らせて思い切り足払いを掛けた。バランスをくずした巨大なチェンシーはそのまま後ろにドンと崩れるように倒れこむ。


 もう一方の刀を持ったチェンシーは、地面に屈む侠輔に飛び上がって斬りかかった。侠輔は左手でその腕をグッと掴むと、右足で勢いよくそのアゴをドッと蹴り上げる。仰向けに倒れたチェンシーの左腕を右足でと押さえつけ、左足に体重をかけて喉をつぶすようにズズッと踏みつけた。

 苦しそうにもがくチェンシーを恍惚として見下ろす侠輔。




 遠くからその様子を眺めている男三人。

「へ~、これは予想以上の力ですね~」 

 感心するようにうなずくメガネの青年。

 黙ってい見ていた、リュウという名の包帯男が口を開いた。

「あの二匹には対峙する相手ヲ殺さないよう、戦闘中は力を抑えルように命令してあったナ」

「ええ。上照侠輔たちに今死なれると、こちらとしても困りますから」

 それに答える細めがねの青年。腕を組んだまま、リュウが静かに言葉を紡ぐ。


「それを変更シ、自由に力を行使するようニ命令しロ」

 その言葉に目をわずかに見開く青年。

「え……、ですがそんなことをしてもし……」

 反論する青年に、白衣の男が「いいじゃねぇか。やれ」とリュウの提案を支持した。


 青年は、どうなっても知りませんからね~、と言いながら立ち上がる。懐から小さく細長い銀色の笛を取り出すと、長音と短音を組み合わせて吹き鳴らした。




 キーキーと普通の人間には聞こえないその笛の音を、チェンシーの大きくとがった耳が捉える。


 ――チカラヲ 解放 セヨ




 侠輔に踏みつけられていたチェンシーが、そのままの状態でバッと急に体を起こした。上に乗っていた侠輔は、特にバランスをくずすこともなくヒラリと地面に舞い降りる。巨体の方もズッと立ち上がると、歯を軋ませて全身に力を滲ませ「ぎぇぇぇぇぇええええええッ!」っと雄たけびを上げる。




 ビシャリという血しぶきと共に、斬り落とされたはずの腕が二本その体に蘇えった。チェンシーはその腕で落ちていたナタをサッと拾いあげると、怒りをぶつけるように侠輔に狙いを定める。


「急にヤル気になったな」

 侠輔は口元を冷たく歪ませた。

「ちょっとは楽しませてくれよ」


 チェンシーはひときわ大きな唸り声を上げると、その巨体をユサユサ揺らしながら侠輔に向かってナタをバッと振りかざした。


「ううぅぅぅううあぁぁああ!」


 侠輔はそれを飛び上がってスッとかわす。

 当たらずドカリと土にめり込むナタは、まるで大地震の後のような地割れを引き起こしていた。


「へー、すげぇ力じゃねぇか」

 相変わらずの不敵な笑みを浮かべる侠輔。宙に浮くその体に、刀を持ったチェンシーが斬りかかる。

「速さもあがった」


 侠輔は襲い掛かってくるチェンシーの手をグッと握ると、己の刀の柄頭で頬をドッと殴打。さらに上から下へと振り下ろされるナタを頭上でガキンと防ぐ、その勢いでタッと地に降り立った。ギシギシと軋む刀とナタ。


 侠輔はスッと柄を上に押し上げて刀を斜めにし、ナタをズルリと刀から滑り落とすとそのまま巨大なチェンシーの腹を左下から右上へ斬り上げた。それでも怯まずナタを振り下ろすチェンシーの大きな手を、侠輔が左手一本でグッと受け止める。

 

 その隙に侠輔の背中目掛けて斬りかかるチェンシーの刀を、振り返ることもなく背中越しにキンと受けた。

 侠輔めがけてグオッと左拳を振り下ろす巨大なチェンシー。侠輔はその拳を足でダッと蹴ると、空で左に一回転しながら体を捻って後ろのチェンシーの両目をばっさりと斬りつけた。 


「ううぅぅああぁぁぁあああ」とナタで襲い掛かってくるチェンシーの大きく開かれた口から喉へ、真っ直ぐに刀をグニッと突き刺す。


「あ……がっごあ……」

 後頭部から突き出る刃、どす黒い血がバタバタ滴り落ちる。ブルっと大きく体を震わせたかと思うと、白目をむいて崩れ落ちるようにドッと倒れこんだ。

 するとその体はガラスが割れるかのようにバリっと崩れ、破片も跡形も無く消え去った。


 目を潰されたチェンシーの元に歩み寄る侠輔。

「何者なんだ? お前らは一体」

 すっかり戦意を無くしたように膝をつくチェンシーは「ううあぁああ」などとうめき声をもらすばかりで答えられようはずもない。


「お前に聞いても無駄……か」

 そういってどこか遠く一点をキッと睨み付ける侠輔。





「あの……もしかしてこっち見てないですか? あいつ」

 細メガネの青年が、わずかに顔をひきつらせる。

「気のセいではなイ。奴はこちラに気づいタ」

「ハハ、何て奴だ……。中指でも立ててやりますか?」

「やめとけ」そういって口元に笑みを浮かべる白衣の男。

「こいつは想像以上に面白い……」

 あごに手をやり、興味深そうに侠輔を眺めた。




 侠輔はチェンシーに視線を戻すと、フッと静かに刀を振り上げる。その時――


「みなさーん! 大丈夫ですかー!!」

 というポニー忍者、一輝の声。

 その声にハッとし一瞬そちらに気を取られる。浮かび上がっていた顔から体にかけての模様も消え去った。


 そんな侠輔のわずかな隙に気づいたチェンシーが、侠輔に斬りかかる。「マズイ……」と思った瞬間、ズシャっと生暖かい液体が侠輔を包み込んだ。


「あ……あ、あ……」

 そう言ってドカッと倒れたチェンシーの後ろに立つ、傷だらけの憐。握られた刀がチェンシーの体からスッと抜き取られる。チェンシーの体はやはりガラスが割れるように崩れ、そして消えてなくなった。


「はあ、はあ……何をボーッとしているんだ、侠輔」

 胸を押さえ、ハアハアと肩で息をする憐。地面に崩れ去るその体を侠輔がグッと受け止めたとき、体に違和感を覚える。見れば己の腕に、内出血したような赤いあざが数箇所点在していた。だが侠輔は何も無かったかのように、「傷まみれのお前に言われたくねーよ、憐」と笑いかける。


「大丈夫ですか!? 化け物はどうなったんです!?」

 再び問いかける一輝の背にはあのキセル男の姿。

「おい、どうでもいいけど早くオレを下ろせよ。いい年こいて何でおんぶされなきゃなんねーんだ」

 キセル男をスッと背から下ろしながら、一輝が口を開く。

「あなたが屋根を飛び越えられないとか言うから……」

「それはオレがワガママなのか!?」



「怪我の具合はどうです?」

 くノ一の双葉が侠輔たちに問いかける。

「オレたちは大丈夫だ。だが……」

 憐の視線の先には依然意識のない孝太郎。

「は、早く診療所に運ばないと!」

 駆け出そうとする一輝のポニーテールを、キセル男が引き止めるようにグッと引っ張った。

「いーででで! 何すんですか!」

 一輝の言葉を無視するかのように孝太郎に近づくと、そっとそばに屈む。


「ちょっとちょっと! 素人があんまりいじっちゃダメですって!」

「うるせー」

 キセル男は慎重に調べるように探り始める。

 心配そうに見守る一同、そんな中孝太郎が「う……」という声と共にうっすらと目を開ける。


「孝太!」

 大丈夫かと駆け寄る侠輔と憐。起き上がろうとする孝太郎をキセル男が制す。

「しばらくじっとしてろ」

「奴ら、……は?」

 力なくそう尋ねる孝太郎に侠輔と憐が答える。

「心配すんな、オレが二匹ともやっつけたからよ」

「おい、手柄を独り占めするな。一匹はオレがやった」

「何? オレがほぼやったに等しいだろが」

「“ほぼ”とはつまり“やっていない”ということだ」

「テンメ――!」


「どうでもいいが、このままでは何だ。とりあえず家まで運ぶぞ」

 家はどこだと尋ねるキセル男。

「あそこだ」と言う侠輔の指の先にある大和城。


 一輝が困ったような笑みを浮かべて言う。

「違いますよ、勤務先とかじゃなくて~」

「だからあそこだと言っている」

 憐の真剣なまなざしに硬直する周囲。


「あ……あの……よ、よろしければお名前を拝聴してもよろしかったのでございましてですありましょうか……」

 ダラダラ冷や汗を流しながらそう尋ねる一輝。案の定返ってきた大和幕府№2の男たちの名に、しばらく返す言葉を失っていた。




「あ~、面白かったですね、先生」

 言いながらウッと伸びをする細めがねの青年。

「ああ。これで四神石の威力と、チェンシーの改善すべき点も見えた」

 立ち上がる白衣の男。

「分かっていルとおもうガ……」

 そう言いかけるリュウの言葉をさえぎる。

「ああ、そう心配せずとも分かっている。四神石の正体とその力の秘密が分かりゃあんたに知らせる、だろ? チェンシー製造の技術を教えてもらった恩には、こちらも報いるさ」

「それよりリュウさん、四神石の力を得て何をするつもりなんです?」

 細メガネ青年の質問に、リュウは答えることは無かった。





「ぞ、存じ上げなかったとはいえ、数々の失礼、大変申し訳ございませんでしたぁぁああ!!」

 大和城の北部に位置する広大な居住区の広壮たる屋敷。その一室の真ん中で布団に横になる孝太郎の傍に座る侠輔と憐。その前で忍者たち三人が深々と頭を下げた。

 

 覆面を取り、一輝の元気に満ち溢れた体育会系の凛々しい顔が露になる。その右斜め横に控える双葉も、申し訳無さそうに大きく透き通った普段は瞳と長いまつげを伏せる。左肩の上で一つに結ばれた綺麗な髪と同じ、薄い桜色の唇を軽くかみ締めた。

 一輝の左斜めに座る三男坊、何が不満なのかといいたいくらい、ぶすっとした表情の目つきの悪い短髪少年、満。頭は下げているものの、大して悪びれた様子も無い。


「ま、それはいいとして……」と孝太郎の傍で脈を計るキセル男を見やる。孝太郎の手首をスッと布団にしまうと侠輔と視線を合わせた。

「オレの衿章返せコラ!」

 どうぞ、と懐から取り出した侠輔の衿章を投げる。

「ったくさんざん他人の金で遊びまわりやがって!」

 受け取った衿章を確認すると、目の前のキセル男に不平をもらす。


「分かっているだろうが、お前のした事は第壱級犯罪。はりつけ獄門の後さらし首ということだぞ」

 憐の重い言葉もどこ吹く風、別の方向を見てキセルをふかす男。

「それにこの医療行為許可証……」

 憐の手には「医」と墨字で書かれた衿章ほどの大きさの木板。

「取り消しを意味する赤い罰印が付されている……。無許可での医療行為も第壱級犯罪として処断されることを知っているだろう」

「だったら早くはりつけでも何でもどーぞ」

 そんな男の態度に侠輔が「医者の割に生への執着がねぇんだな」と呆れたように言い放つ。

「“死”が怖くて医者なんぞやってられるか」

「なあ……何をヤケになってんだ、お前」

 その言葉に男がハッとしたように侠輔を睨み付ける。


 そんな侠輔と憐にまあまあいいじゃないですか、と横になったまま孝太郎がなだめた。


「話を聞けば、逃げようと思えば逃げられたのにそうはせず、僕たちのことを案じて戻ってきてくれたというではないですか」

「別にそういうわけじゃ……」と愛想無く返すキセル男。


「そうは言ってもこれは許されることじゃない」

 そんな憐に孝太郎が笑顔で返す。

「もちろん、お咎め無しというわけにはいきません。ですから……」

 と言葉を切る孝太郎に皆が注目する。


「あなたには僕たち三人の担当医師として腕を振るっていただきます」

「……は? ちょ、冗談じゃない! オレは幕府の奴らなんか……」

「そうですか? ですがあなたがいなければ、困る方々が大勢いらっしゃるのでは?」

 物知り顔の孝太郎。


「どういうことだよ、孝太」

「ええ。実は城下に出たとき、風の噂で耳にしたんです。貧しい者をタダ同然で診療する医者がいる、と。確かその医者はこう呼ばれていました“アカメ先生”」

 ちらりと男をみやる孝太郎。

「アカメ? だったら別人じゃネェのか? コイツの名は確か……」

 そう言って医療行為許可章の裏を返す侠輔。

「苗字は黒く塗りつぶされてて分かんねぇけど、全然違うだろ?」

 そう言う侠輔の疑問に憐が答える。

「この医許章に付された赤い罰印、確かに片仮名の“メ”にも見える。ここから来た呼び名ということか……」


「引き受けてはいただけませんか? あなたのためではなく、あなたを待つ患者のために」

「体よくオレを利用して、城下の衛生状態を保ちたいというのが本音では?」

 どこかとまどいを見せながら煙を吐き出す男。

「”利用”? そうですね、ですが第壱級犯罪人には相応しい罰だと思いますがね」

 孝太郎はそんな男に優しい笑顔を見せた。


「オレはあんたらに使われる覚えはない。だが、仕方ねェか……」

 そう言ってため息をつく男は、どこか決意に満ちた顔をしていた。

「よろしくお願いします、千之(ちゆき)さん」





 漆黒の闇が全てを黒く染めあげる頃、月と薄暗い部屋の明かりがぼんやり一人の男を照らす。


 腕を組んで窓際に佇む男は、じっと暗闇に光る月を睨みつけていた。

「この世は近いうちに闇となる。いつまでも、輝いていられると思うな……」 

 

 目の奥に揺らめく、闇よりも深く黒い復讐の炎。この男が睨みつけていたのは月などではなく――夜陰(やいん)に浮かぶ大和城だった。




一言:

 エレベータの箱とフロアの隙間から垣間見える下を見て、腰が抜けそうになった。


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