第十一話 弱化修行
「あ~くそっ……、やっぱなかなか上手く行かネェなぁ」
侠輔は一人山中でハアっとため息をついていた。目の前には先ほどまであった丸太の残骸。
「どうやったらこの融心石の力、抑えられんだ?」
愛刀の武衡に語りかけるようにつぶやく。
「こんな特別に多量の融心石が含まれた刀じゃ、オレの身分を知らねぇ奴の前では使えネェもんな」
融心石の力を自分で調節できれば、この問題は解決できるはずだと踏んだのだが――
「っつーか普通修行って強くなる為だろ……なんでこんな力抑えるために頑張らなきゃなんねぇんだよ……」
文句を言いながらも、先日謎の男に負かされたのが相当くやしかったらしく、再び丸太をゴトリと岩の上に立てて向き直る。
「オレだって戦い慣れたこいつでなら、勝てたはず……いつまでたっても、城下で自分の武器が使えネェなんて不便だもんな」
フッと軽く息を吐き出すと刀の柄をグッと握る。
ザアっと風を頬に感じながら目を閉じる。瞬間目を開くと素早く刀を横に振った……いや、振ろうとした。
「なあ、ワシのばあさん知らね?」
ズッと思わず前のめりになる侠輔。折角今回は何だかできそうな気がしていたのに、一気に集中力が途切れてしまった。
「な、何だ!?」
「ばあさん……」
「知るかよ! ってかあんた誰!?」
見れば侠輔の足元に長いひげを蓄えた二頭身ほどの老人の姿。背中には身の丈ほどのカゴが背負われていた。
「誰って。んー、……妖精?」
「そのヒゲ引きちぎられてぇか」
まさかボケてんじゃねぇだろな……と疑いのまなざしを向ける。
「なあ、ばあさんは?」
侠輔の足元の着物をグイグイ引っ張る老人。
「だから見てねぇって……。はぐれたんか?」
侠輔はあたりを見回したが、生憎人の気配が無い。
「ったく、しゃーねーな……」
侠輔は浅く息を吐き出しながらポリポリと頭を掻く。
「どの辺りで見失ったんだ?」
「多分あの辺」
スッと茂みの中を指す老人。
「随分アイマイだな……」
侠輔は修行を一旦中止し、老人とともに老婆を捜すことにした。
「そういえばお前、あんなトコで何してた?」
山道をテクテクと歩きながら、老人は侠輔を見上げるように語りかける。
「え? あー、まあその剣の修行だけど」
一瞬、もしかして丸太を粉々に吹き飛ばすところを見られたかとドキリとした。だが、老人は「ほうほう、熱心なことで」と愉快そうに笑うだけ。
侠輔は気づいていないようだ、とホッと胸をなで下ろした。
「なあなあ……」
今度は老人の声が自分の足元からではなく、少々後方から聞こえる。
何だと振り向けば、老人が地面にうずくまっていた。
「あんだよ、疲れたんか?」
「足くじいた」
はあ……と頭を抱える侠輔。仕方なくカゴを背負った老人をさらに背負う。
「楽チン楽チン!」
楽しそうに足をばたつかせる老人を横目でみやる。
「っとに……ばあさんの方は大丈夫なんだろうな?」
「ホント、変な男に声を掛けられとりゃせんじゃろか」
「誰もンナこと心配してねぇよ!」
「なあなあ……」
「今度は何!?」
少々イラついた様子で侠輔が背負った老人を振り返ると、何やら横の藪を指差している。
その方向を見て、頭に上っていた血がスゥッと一気に心臓へ引き返してくる。
「まずい! 寝たフリ! 寝たフリだー!」
とあたふたする侠輔。
「死んだフリじゃないの?」という老人の声も届かない。
目の前に現れた巨大な熊。目をランランと輝かせ、口からはボタボタとヨダレがしたたり落ちている。
冷や汗をだらだらと流す侠輔。背負った老人をグッと引き寄せるとダッと一目散に走り出す。
そんな侠輔たちを、熊は完全に獲物として狙いを定めた。
「やっべーよ! 追いかけてくるしー!!」
「だめじゃん、熊に背中見せて走ったら」
「早く言ってくれーー!!」
必死で走る侠輔だったが、熊の出す速度は尋常ではない。あっという間に追いつかれ、背中にぐわっと飛び掛ってくる。
「ぬおおー!」
っと侠輔がすんでのところでかわし、熊に向かい合う。
無意識に腰に手をやるにはやるが……
「刀……使わんのか?」
侠輔の迷いを察したのか、老人が声を掛ける。
もしコレを使えば、老人に正体がバレるかもしれない。だが使わなければ……最悪の場面を想定した。
侠輔は愛刀の柄に手を置いたまま、必死にその力を抑えようと心を落ち着かせる。
だが融心石とは釘気、即ち身体活力によって反応するもの。体にエネルギーがあるならば、いくら心が穏やかであろうと関係無い。何度も試してみたが、一度もうまく行かなかった。
滴り落ちるヨダレ、垣間見える鋭い牙、グルグルという不気味なうなり声。
その時がくれば仕方ない、この刀を使おうと覚悟した。
「体の中心部に力を集めるように、意識すればいいんじゃ」
突然老人が侠輔に言葉をかける。
「え?」
「体の中心に力を寄せ集め、必要な分だけ刀へ流すよう思い描く。そうすれば刀の力を調節することができるはずじゃ」
侠輔が老人の言っていることを理解しようとしている間に、耐えかねた熊がダダダッと一目散に両者の元へ駆け寄ってくる。
迫り来る危険に、侠輔は迷うことなくスッと一太刀浴びせかけた――
熊は少々吹き飛んでドンと木に激突すると、そのまま地面に倒れてぐったりとした。
恐る恐る近づくと、どうやら気を失っているだけの様子。
「生きて……る?」
思わず己の刀を見やった。武衡は確かに融心石の光によって輝いているが、いつもより明らかにその輝きが弱い。
「ほほう……ちょっとコツを教えるだけでこれほどまでに変わるとは。お前さんもなかなかいい素質しちょるの」
と楽しそうに笑う老人。
「じいさん、なんで……!」
なぜこんな事を知っているのか、なぜ自分にその知識が必要だとわかったのか……侠輔はそれを聞きたかった。
「あ、もう帰らんと家の者が心配しよる」
そう言って侠輔の背中からヒョイっと飛び降りる。
その老人の様子に侠輔は目を丸くした。
「あれ……足くじいたとか言わなかったか?」
「んー……忘れた」
「ジジぃー!」
だが老人は臆することなく、スタスタと歩き始める。
「ちょっと待……」
侠輔は呼び止めようとすると、老人はその歩みを突然止める。
「あ、ばあさんのこと忘れとった。ばあああさあああん! ばあああさああん!」
と空に向かって大声で叫びだす。
「何してんだよ! ばあさん羽でも生えてんのか?!」
侠輔が盛大に突っ込んでいると、老人の頭にバサバサとばあさんが舞い降りてきた。
「羽阿山!」
一羽のワシが老人の頭上で羽を休める。
「やっやこしい名前付けてんじゃねーよ!」
侠輔の叫び声が山にこだました。
大和城の一室にて、将軍補佐の今井が険しい顔をして一枚の紙を見ている。
そこへ憐と孝太郎がスッとふすまを開けて入ってきた。
「アレ、今井さん。どうしたんです? そんなに怖い顔をして」
「何か深刻な問題でも生じたのか」
憐も真剣な顔で尋ねる。
今井は「これを……」と、二人に見ていた紙をピラリと差し出した。
紙を受け取る孝太郎。
「請求書……?」
憐もグッとその紙を覗き込み、二人ともピキッとその表情を強張らせる。
――上照侠輔様
お会計 参百弐萬弐千伍百円両 也(3,022,500円両)
高級娯楽場 夢玄荘――
「何だ……これは……」
憐は顔を引きつらせ、孝太郎も言葉を失う。
そんな請求書が大和城宛に届いているとは、夢にも思わない侠輔。再び丸太に向き合い、剣を振っていた。
先ほどのように粉々にはならず、綺麗に二つに分かれる丸太。
「本当に力の調整ができる……!」
と改めて喜びをかみ締めていた。
だが、重大な過失に気づくまで、そう時間はかからない――
一言:
そろそろテレビが見られる携帯が欲しい。
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