37
子供たちは約束通り時間いっぱい室内で過ごし、誘い合って帰っていく。
それを見送るのは制服姿のリアとルーラ、そして領主夫人らしく振る舞うエマだ。
「あれは……キャンディじゃない! くそっ! またガセネタを掴まされたのか」
領主邸の様子を伺っていた小汚い物乞いがブツブツ文句を言っている。
エマがチラッとリアを見ると、小さく頷いて屋敷に戻った。
「ルーラさん、本当に助かりました。明日は土曜日で学校はお休みです。ゆっくり休めると良いのですが」
ルーラが頷いて言った。
「明日は仕事も休みですのでゆっくりできそうです。奥様もどうぞ休んでくださいね」
エマはルーラがわざとそう言っていることに気づき、視線で不審者の位置を知らせた。
ルーラはニコッと笑って言葉を重ねる。
「日曜の礼拝の件で伝えなくてはいけないことがあるので、今日は村中を廻ります。子供たちも無事に帰ったことも確認しましょう」
「ありがとう。助かります」
ルーラが制服のまま帰っていく。
見送ったエマは不審者に気付かれないように様子を伺った。
「一人ね。バカなのかしら」
その時エマの視線の端に、気配を消して走るリアの姿が映った。
「雑魚みたいだから大丈夫か」
エマがドアを閉めようとしたとき、遠くから馬の嘶きが聞こえた。
驚いて道路端まで出ると、唾を撒き散らしながら駆ける馬が見えた。
「まあ! スミス牧師ったら。あれじゃ馬が潰れちゃうわ」
そう文句を言いながらも、嬉しそうな顔になるエマだった。
「牧師様、お疲れ様です」
「エマさん、お医者様をお連れしました。すぐに診ていただきましょう」
隣村に住んでいる医者が落ちるように馬から降りた。
「患者より私の方が先に診察して欲しいくらいだよ」
医者の案内はスミスに任せ、エマは馬を曳いた。
飼葉と水を与え、荒いブラシで体を撫でてやると、気が立っていた馬も少し落ち着きを取り戻したようだ。
玄関前よりこちらの方が不審者の位置に近い。
背伸びをする振りをしつつ観察していると、不審者のすぐ後ろにリアの姿があった。
「さすがリア姐さん。仕事が早いわ~」
エマはリアに合図を送ってから屋敷に戻った。
ゼイゼイと苦しい呼吸を整える間もなく、医者がキディを診察している。
その横ではオーエンが心配そうな顔で立ち竦み、ドアの横でスミスが祈っていた。
みんな大げさねぇ……とは思ったが、何も言わずエマがオーエンに告げる。
「リアが張り付いていますが、目的が不明なので泳がせています」
オーエンは頷き、地下の保存庫に入れておくように言った。
「了解。それより今はキディだ」
「キディさんはたぶんただの風邪よ? 二人とも大げさなんだから」
オーエンがふと顔を上げる。
「二人とも? 二人って……ああ、なるほど」
オーエンが祈り続けるスミスに視線を投げた。
二人にしか聞こえないほどの声で話す。
「できてんの?」
「まだよ。じれったいったらありゃしない」
「ふぅーん。俺の出る幕は無いって感じ?」
エマが目を丸くしてオーエンを見た。
「マジで?」
「いや、うそうそ! 忘れて」
エマはフンと鼻を鳴らして顔を背けた。
やっと普通に呼吸ができるようになった医者が口を開く。
スミスが祈りを中断して近づいた。
「風邪ですね。薬を置いておきます。熱が下がれば大丈夫ですが、体力が落ちているので栄養価の高いものを食べさせてください。消化の良いものの方が好ましいでしょう」
オーエンが医者の手を取って言った。
「ありがとうございました。下でお茶を準備します」
医者が頷いて部屋を出る。
室内に残っているのはオーエンとスミスだ。
スミスが先に口を開いた。
「ただの風邪だったのですね。不幸中の幸いでした。領主様が戻って下さって良かった。奥様もさぞ安心なさったことでしょう」
オーエンが返す。
「こちらこそ。牧師様が付き添ってくださってありがたいです。もう大丈夫でしょうから、後は私がやりましょう」
暗に帰宅を促すオーエン。
スミスは一瞬悲しそうな顔をしたが、頷いて部屋を出た。
「明日は学校もお休みです。日曜は礼拝がありますのでお伺いできませんが、奥様にお大事にとお伝えください。神も見守っておられますから」
オーエンは紳士然とした微笑みを返したが、腹の中では別のことを考えていた。




