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「キディ様の様子を見てきてくれませんか?」
「わかりました」
エマが二階に上がり、キディの部屋をノックした。
「はい、どうぞ」
キディの声に扉を開けたエマは、その顔色の悪さに慌てて駆け寄る。
「奥様? 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。少し体が怠いだけだから。子供たちは? スミス牧師様にご迷惑をおかけしていないかしら」
「それは心配ありません。それより奥様ですよ。熱があるのかもしれません」
エマは掌をキディの額に当てて驚いた。
「お医者様を呼んできます。奥様は寝ていてください」
エマは駆け出して、まずリアを呼びエスポを任せ、リリアンヌの部屋へ連れて行かせた。
次にスミス牧師にキディの様子を知らせ、庭で草を刈っていた村人に、医者を呼ぶように頼む。
キディの部屋に戻ると、扉の前でスミス牧師が佇んでいた。
「牧師様?」
「ああ、エマさん。私が部屋に入るわけにはいきませんから、ここでお祈りを捧げようと思いまして」
「奥様は寝ておられます。私もおりますので、どうぞ側で祈ってあげてください」
エマはまだ遠慮しているスミス牧師を促して部屋へ入る。
エマは水で絞ったタオルをキディの額にのせながらスミスに質問した。
「お祈りって解熱効果があるのですか?」
スミスが情け無さそうに首を振る。
「いいえ、祈るだけで病気が治るなら、この世に医者はいませんよ。気休めです。というより私の自己満足です」
「牧師様は正直な方ですね」
「それしか取り柄が無いのですよ」
すぐに熱をもったタオルを交換しながらエマが続ける。
「そう言えば、牧師様って結婚できるのですか? 恋愛とかもなさるのでしょうか」
驚いた顔をしながらも、スミスはきちんと答えた。
「私たちの神は神職者の婚姻を許しています。もちろん恋愛も自由です。夫婦で地方の教会に派遣されている者も多くいます。そして配偶者は聖職者である必要もありません」
「へぇぇ、意外です。かなり自由なのですね」
「そうですね、自由と言えばその通りですが、自分の裁量で決めることが多い分、自分を戒める領域も多いということですね」
そう言いながらじっとキディの寝顔を見つめるスミス。
エマはそれ以上何も言わなかった。
バタンと大きな音がして、オーエンが部屋に入ってきた。
「兄さん!」
エマが驚いた声を出した。
「何があった! キディに危害が?」
オーエンは走るようにベッドの側に来てキディの顔を覗き込む。
「お帰りなさいませ、領主様」
スミスの声にオーエンが我に返った。
「ああ、牧師様。気づきませんでした。申し訳ありません。知らせを受けて慌てて帰ってきましたが、キディは大丈夫でしょうか」
「睡眠不足で倒れてしまったようです。今村人がお医者様を呼びに行ってくれています」
「隣の村までは遠いですね。私が馬を走らせましょう。呼びに行っている村人には途中で追いつくはずですから」
スミスが立ち上がる。
「そういう事でしたら私が参りましょう。馬をお借りできますか? あなたは奥様についてあげてください。私がいるよりもその方が余程安心なさいます」
エマはグッと口を引き結び、言葉を飲んだ。
オーエンはスミスに頷き、エマに厩へ案内するよう命じる。
階下に降りると、子供たちは集まって本を読んでいた。
スミスが子供たちに声を掛ける。
「キディ先生の体調が悪いのです。私は今からお医者様を呼んできますので、皆さんはここにいてくださいね。今日は外で遊ぶのは我慢してください」
子供達は一斉に頷き、口々にキディを心配する声を出す。
「キディ先生は大丈夫ですよ。領主様も駆けつけて下さいましたから」
エマが馬を曳いて玄関前で待機している。
スミスはすぐに馬に跨った。
見送るエマが独り言のように呟いた。
「まあまあ! スミス牧師ったら必死だわねぇ。それにしてもあの乗馬技術……」
その声はスミスを乗せた馬の後塵に紛れ、青空へと消えた。
エマは念のため制服からキディのワンピースに着替えることにした。
キディはいつものように制服を着ているので、知らない人間が見たらエマが領主夫人に見えるだろう。
そしてキディの読み通り、少し離れた木陰からじっと領主邸を伺っている者がいた。




