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それを遠くで眺めているエマは、片眉を上げて肩を竦めている。
「ねえリア、どう思う?」
「どうもこうも、両片思いってやつ? でも無理ね」
「なぜ?」
「だって奥様はホープス坊ちゃんのためにここにいるのよ?」
「そりゃそうだけど、きっと奥様にとっては初恋よ? なんとかならないいかしらね」
「何とかしてあげたいけれど、最短でもあと二年は人妻だしね」
「ああそうかぁ。まだ離縁が成立してないもんね」
「そういうこと」
エマとリアは顔を見合わせて溜息を吐いた。
この地に来て、すでに二度目の春が近づいている。
オーエンはまだ帰ってこない。
キディとスミスの仲も何の進展も見られなかった。
「お疲れさまでした。今日も何事もなく終わりましたね」
子供たちが帰った領主邸で、キディが声を掛ける。
「お茶にしましょうか。最近は子供たちが大きくなって、一緒に遊ぶのも疲れるわ」
リリアンヌが珍しく弱音を吐いた。
「新しい子供も来てくれるようになって、お義母様のご負担も増えてしまいましたね」
「負担というほどではないのよ。子供たちの成長と私の体力が反比例しているだけね」
リアが運んできた紅茶を口に運びながら、エマとキディが顔を見合わせた。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは保護者会代表のケインだった。
「まあ、ケインさん。どうされましたか?」
キディの問いにケインは神妙な顔をした。
「奥様、この村によそ者が紛れ込んでいます」
リビングに緊張が走る。
エマが口を開いた。
「兄には?」
「鳥を飛ばしました。明日には返事があると思いますが、念のため今夜はこちらで待機させていただきます」
キディはすぐにエスポを呼んだ。
「どうしたの?」
眠そうな顔でやってきたエスポを抱きしめた。
リアがエスポに言う。
「そうだ! 今日は久しぶりにみんなでお話し会をしましょうか」
「うん! お話し会したい!」
明るい声を出すエスポに、その場にいる大人たちは救われるような思いだった。
全員が同じ部屋でまんじりともせず夜明けを待つ。
結局その夜は何事も起こらなかった。
「ありがとう、ケイン。あなたも寝ていないのだから早く帰って体を休めてね」
「ええ、ですが奥様もですよ。今日の学校は休みにされてはどうですか?」
キディは首を横に振った。
「そういうわけにはいかないわ。でも今日は無理せず部屋の中で過ごすプログラムに変更しましょう」
何度も振り返りながら帰っていくケインと入れ違うようにスミスがやってきた。
「何事ですか? 皆さんお顔の色が冴えませんよ?」
キディはいつもと変わらない調子のスミスに、ホッと胸を撫でおろした。
エマが一歩前に出る。
「牧師様、実は昨夜この村に見知らぬ人が入ってきたという知らせがありまして。領主様がご不在の今、奥様はとても緊張なさって一睡もできなかったのです」
「見知らぬ人? 旅人ではなく不審者ということですか?」
「確認したわけではありませんが、出入りの商会の人間ではないということでした」
「そうですか。それは不安な一夜だったことでしょう。もしも旅人なら教会に救いを求めて来るかもしれませんから、私も気をつけておきましょう。今日の授業は私が受け持ちますので、少しお休みなっては如何ですか? 大奥様も体調が悪そうですよ?」
リリアンヌはすぐに頷き自室へと引き取った。
「さあ、キディ様も。こちらは大丈夫ですから、保護者会のルーラ夫人に手伝いを頼みましょう」
「いえ、私は大丈夫です」
キディはこのまま授業をすると申し出たが、今日のスミスは頑固だった。
「いけません。ほらエスポ君も心配していますよ。今日はお二人で休んでください」
そう言うとさっさとエスポを抱き上げて、キディに片手を差し出した。
「お部屋までお送りします」
キディは小さなため息を吐いて、その手を取った。
「エマもリアも無理しないでね」
二人はキディたちを見送り、ケインに言われて駆け付けたというルーラと共に子供達を出迎える。
その日の授業は全員そろってスミス牧師の話を聞くという内容に変更された。
スミス牧師の話は子供たちの興味を引く内容で、あっという間にお昼時間になった。
「さあ、今日はオープンサンドイッチです。みんな自分の好きな具材を乗せてたくさん食べてね。ライ麦パンは焼きたてでふわふわよ」
疲れているエマとリアのために、ルーラが提案したメニューは子供たちにも好評だ。
年長の子供は小さな子供たちの面倒をよく見ている。
見守っているエマにスミスが話しかけた。




