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裏切りの代償  作者: 志波 連
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 ペンを握りリリアの顔を思い出す。

 リリアとクリスには心配をかけてばかりだ。

 ここにきてもうすぐ四か月。

 そろそろリリアも痺れを切らしていることだろう。


『親愛なるリリア・エヴァン侯爵夫人へ』

 

 そこまで書いただけでも涙が零れそうになる。

 靄の中で生きていた悪夢のような5年間、ずっと心配し続けてくれたリリアには心からの感謝しかない。

 書きたいことが次々に溢れだすが、万が一にも迷惑をかけるわけにはいかない。

 キディは慎重に単語を選んだ。

 近況を書き綴り、何度も感謝の言葉を重ね封をする。

 そしてキディは、新しい便箋を取り出した。


『大切なお友達であるマーガレット様へ』


 大きい字で、一文字ずつ丁寧に書くことに集中した。

 急に辞めてしまったことへの謝罪と、あれからもずっとマーガレットに会いたかった事などを書きながら、キディはふと思い出した。


「そう言えばあの時に借りた本はどうしたのかしら」

 

 そう思ったキディはベルを鳴らした。


「お呼びですか? キディ様」


 エマが顔を出す。


「ねえエマ、私が図書館の前で父親に攫われたとき持っていた鞄ってどうなったか知っている?」


「ええ、私が回収してドーマ邸に持ちかえりました」


「そう、それなら良かったけれど、あの中には王宮図書館の利用許可証と借りた本が入っていたの。それはどうなったのかしら」


「利用許可証は発行者にお返ししました。本は代理で返却に行きましたが、期限は気にせず、納得されたら本人から返してくださいと言われましたので、私が保管しておりました。この件はドーマ子爵も了承されています。ちなみに借りておられたお部屋は、数か月そのままでしたが、解約をするときに荷物はエヴァン侯爵夫人が引き取り、保管しておられます」


「荷物をリリアが? そしてあの本はあなたが持っているの? 今も?」


「はい、お辛い記憶を抉るかもしれないと思って黙っていました。お持ちしましょうか?」


「ええ! お願い!」


 エマが持ってきた本を抱きしめるキディ。


「ああ、これでマーガレット様の疑問を解くことができるわ。ありがとうエマ」


 翌朝オーエンに手紙を渡すと、すぐに届けるといって出掛けて行った。

 村に手紙を送ってくれる商会などないはずなので、王都に向かう村人でもいるのだろう。

 その夜からキディは借りっぱなしになっていた本を読みふけった。

 文字の歴史はとても興味深く、これから始まる子供学校でも役立つと思うと、自然と笑顔になるキディだった。

 

 それから約ひと月、急ピッチで準備は進められ、いよいよ来週から開校という日の夜、領主邸に関係者が集まり、ささやかな祝いの席が設けられた。

 参加者はフォード邸の6人とスミス牧師、そして初代保護者代表となった鍛冶屋のケインとルーラ夫妻だ。

 ケインはこの地では珍しい残留男性で、家業の他にも簡単な大工仕事を請け負っていた。

 

「私は生まれつき難聴で、出稼ぎには向かない体でした。ですから早くから鍛冶屋に修行に出されてましてね。ここに帰ってきたのは子供が生まれてからですから、ご領主様と一緒ですよ」


 明るく笑う彼の横に寄り添う妻のルーラは、キディと同じくらいの年恰好で、笑顔が可愛らしい明るい女性だった。


「保護者会といっても、特に何をしてほしいということではないのですが、子供たちの家での様子や、学校に対する不満などを聞き取って教えていただければと思っています」


 キディがそう言うと、夫妻はニコッと笑顔を見せた。


「そこまでお気にかけていただける子供たちは幸せですよ。私たちにできることがあれば何でもやりますから、遠慮なく仰ってくださいね。村人達への声掛けも任せてください」


 なんとも頼りがいのある返答に、キディはホッと胸を撫でおろした。

 軽食が振る舞われ、それぞれが学校に対する思いなどを口にする。

 ふとルーラが思いついたように言う。


「お世話する人達の制服を作りませんか? そうすれば子供たちも一目でわかるでしょうから安心です。それによそ者が関係者面して近寄っても見分けがつきますから安全です」


 ルーラの声にオーエンが頷いた。


「それはいいね。ワンピースとエプロンだけでも揃えよう。すぐに動いてくれるかい?」


「畏まりました。私もできるだけお手伝いに伺います」


「いいのか? 助かるよ」


 ケインとルーラはスミス牧師に挨拶をして帰っていった。

 スミス牧師がオーエンに話しかける。


「皆さん熱心で良かったです。あのまま日曜学校を続けていても、それほどの効果は期待できなかったでしょうからね」


 和やかな雰囲気のまま夕食会は終わり、オーエンはスミスを送るために馬車を出した。

 待っている間にスミスがキディに話しかけた。


「優しいご主人ですね。それに素晴らしい領主様です」


「あ……ありがとうございます」


「お子様はお一人ですか?」


「ええ、一人だけですわ」


 キディはそう言いながら目線を伏せた。

 スミスは何か悪いことを言っただろうかと焦ったが、オーエンに声を掛けられそのまま帰路についた。

 リアに連れられてエスポが自室に戻ると、キディとエマは手際よく片づけを始めた。


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