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裏切りの代償  作者: 志波 連
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 小さく頷いてオーエンは言葉を続けた。


「フォード領の特産物は『情報』なんだよ。この地を離れている者たちは、ほぼ全員が情報の収集を仕事にしている。そして集められた情報は僕のところに集まるんだ。そして僕と執事が買い手を探して売る。王家の影の多くはこの村の者だ」


「情報が特産物?」


「そうだよ。この村はずっとそれで暮らしてきた。でもね、人には向き不向きというものがあるだろう? 幼いころから親に教わるんだけれど中には向かない子もいる。そんな子は村に残って家の手伝いをするのだけれど、やはり肩身が狭いようでね。暗い顔をしている子も少なくないんだよ。でもそんな子供たちも読み書きができれば出稼ぎに行く事も可能だ。これは村としてもその子供にとっても、とても良いことだ」


「その子の特性も見極めていければ良いわね。必要なのはコミュニケーション力ね? 任せて! 私ってそういうの得意なの!」


 キディがそう言うと、オーエンがにっこりと微笑んだ。


「ああ、期待しているよ。僕は当分ここにいる予定だから、できることなら何でもする。遠慮なくこき使ってくれ」


 笑い合う二人を乗せた馬車がフォード領主邸に到着した。

 エスポが駆け寄ってきて、キディがその体を抱き上げる。

 事情を知らない者には、恵まれた幸せな家族のように見えただろう。

 夕食の席で学校の話をしたら、一番喜んだのはオーエンの母親だった。


「素晴らしいわね。きっとキディちゃんが来てくれたのは神の思し召しね。いつから始めるの? 待ち遠しいわ」


「母さん? あまり張り切って熱など出さないようにしてくれよ?」


「あら、私は大丈夫よ。それよりパンを焼く釜を大きくしなければ。食事のことは私とリアで考えましょう。キディとエマは教材をお願いね? オーエンは鍛冶屋のおじいさんに話をつけてきなさい」


 オーエンとキディは顔を見合わせた。

 エマとリアも嬉しそうだ。

 やることがあるというのは毎日の張り合いになる。

 次の日の夕方、スミス牧師が領主邸を尋ねてきた。


「急にすみません、学校の件でいろいろ詳細を詰めた方が良いと思いまして」


「こちらから行くべきなのに申しわけございません。助かりましたわ」


「とんでもございません。あの日お二人がお帰りになった後、私に参加希望を伝えに来た村人たちも、とても感謝していましたよ」


「まあ! もうお返事を下さった方がおられますの?」


「ええ、私の予想より遥かに多くの方々が申し込みをされました」


 そう言うとスミス牧師は鞄から数枚の紙を取り出した。


「参加を希望する子供たちの名前と年齢、そして保護者の氏名と住所を私が書きました」


 オーエンが受け取りながら言う。


「教材や軽食の準備に必要でしたからとても助かりました。ちょっと拝見しますね」


 オーエンがパラパラと紙をめくる。


「村の子供たちはほぼ全員参加ですね。逆に来ないという子供の理由は何でしょう」


 オーエンの言葉に、スミス牧師が少し悲しい顔をする。


「体に不自由がある子供からの申し込みはありません。後は祖父母が高齢で家を空けられない子供たちです」


 キディが言う。


「そういう子供も参加できる工夫が必要ですね。例えば送迎をするとか、ご高齢の方だけでも安心して暮らせるようなシステムを考えるとか……ねえ? オーエン」


「そうだな。そういう事情を抱える家庭はどこの村でも存在する。我が領がモデルケースになれば国内識字率の底上げにも繋がるだろう。スミスさん、明日からでもお時間のある時に僕と一緒に家庭訪問してみませんか? 僕も領民の暮らしぶりを知る良い機会ですし」


「喜んでお供いたします」


 オーエンとスミスが立ち上がって握手をした。

 明日からの段取りと、学校として準備した方が良いものを学校運営経験者のスミスに教えてもらっているうちに夕食の時間になった。


「スミスさん、良ければ夕食をいかがですか? 帰りは馬車で送りますので」


「いえいえ、そこまでご迷惑をおかけするわけには参りません」


 遠慮するスミスにオーエンの母が言った。


「どうぞ召し上がって下さい。もっとお話が伺いたいわ。それにこれほど楽しそうな顔をしているキディは初めてです。慣れない土地で塞ぎこんでいた嫁のためにも是非お願いしますわ」


 キディは年老いた前男爵夫人にまで心配をかけていたことを恥じた。

 和やかに進んだ夕食も終わり、エマと一緒に片づけをしながらキディは考えた。

 そう言えばいきなり辞めてしまってからマーガレットはどうしただろうか。

 もう遠い昔のような気がする。

 あれから5年。

 8歳だったマーガレットはもう13歳、兄のマーカスは15歳になっているはずだ。


「会いたいわねえ。あのまま頑張ってくれたのかしら」


 ふと呟いたキディに、スミスを送って戻ってきたオーエンが答えた。


「誰に会いたいのかな?」


「ドーマ子爵令息と令嬢よ」


「手紙を書けばいいじゃない。事情はエヴァン侯爵が伝えているはずだ」


「そうよね……手紙を書いても大丈夫かしら」


「キディ・ホワイト・フォード男爵夫人が、ロミット・ドーマ子爵夫人に手紙を書くのに何の支障もないさ」


 頷いたキディは、その夜早速便箋を取り出した。


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