第五話 貧乏男爵令嬢、魔術師になる
「うわぁ、綺麗……!」
魔術師団本部。
馬車に乗り、そこへ連れて来られたフィルミーは、目をキラキラと輝かせていた。
おとぎ話に出てくる白亜の城を思わせる美しい建物。
前庭には真紅や純白の薔薇が咲き乱れ、遠くからでもほんのりと香りを感じることができるほどだ。
「素敵でしょう。国の重要機関の一つだからそこら辺の貴族家よりずっと手がかけてあるわ」
ふわりと微笑みながらのリリシアン公爵夫人の言葉に、思わず背筋が伸びた。
そんなところに本当に私なんかが足を踏み入れてもいいのだろうか、と不安になるけれど、今更引き返すわけにはいかないとフィルミーは気を引き締める。
馬車を降りてリリシアン公爵夫人とノエル・カミュア伯爵令息に両脇を挟まれるような形で前庭を歩き、魔術師団本部の建物に入った。
内部の造りも華やかで、天井から床、照明器具から壁にかけられた絵まであらゆるものに目を奪われてしまう。
本当にどこもかしこも美し過ぎて、まるで夢みたいだ。
「学園の制服じゃなんだから、適当なドレスに着替えてもらいましょうか。ノエル、衣装室に案内してあげなさい」
「わかったよ。お姉さん、こっちだ」
ノエルに連れられてやって来たのは、舞踏会用かと思うほどのキラキラとした衣装がびっしりと並ぶ一室。
全部あまりにも豪華なので手に取るのも恐れ多くてフィルミーが悩んでいると、さっさとノエルが一着のドレスを選んだ。
「お姉さんには落ち着いた色が似合いそうだね。きちんと着飾れば、魔術師団員として恥じない見た目になると思うよ」
「あ、ありがとうございます」
(でも私が美しいだなんて……そんなのあるわけない。だって散々地味って言われ続けてきた。少しめかし込んだところでそれが変わるとは思えないもの)
そう思っていたのだが。
「これ、誰」
「お姉さんだけど」
「嘘……」
衣装のせいか、胸の紋章のせいか。
着替えて軽く髪を結っただけなのに、そこにはフィルミー・ラボリではないと思うほどの立派な魔術師団員がいた。
「身なりによってその人の印象ってのは変わるものだよ。それにお姉さん自身が思っているほど素材が悪くないしね。さて、副団長のところに戻るとしようか」
「あの、そういえばですけど、団長様は」
「彼は忙しくてね。ほとんど魔術師団に来ることがないから、実質副団長とボクで運営しているようなものだ。でも……団長は、強いよ」
ノエルにそう言われて少し魔術師団団長に会ってみたくなったけれど、魔術師団はすごい身分の人ばかりなので団長も腰を抜かしそうになるほどの殿上人な気がして、あまり深くは聞かないでおいた。
フィルミーはまもなく、リリシアン公爵夫人によって入団を正式に決定された。
魔術師団と学園の生活を両立するのは難しいだろうということであちらには退学届を出してくれるらしい。
「その代わり魔術師の仕事に励みなさいね」
「わかりました。全力で頑張ります」
初めてフィルミーを認めてくれた人たちだ。その期待を裏切ることなんてしない。絶対したくない。
学園から逃れ、ひとまずいじめられることもなくなった。苦しみから解放された恩を返したい気持ちもある。
貧乏で地味ないじめられ男爵令嬢としてではなく、魔術師団の一員として生きていこうと心に決めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
火の魔法を球体にして投げつけ、風を巻き起こして行き先をコントロール。
土魔法で魔物の逃げ先を阻み、着実に仕留める。
音もなく十匹ほどの魔物が火球に焼かれて絶叫を上げた。
(なかなかいい感じ。この調子であと五十匹くらいやっつけよう)
フィルミーが最初に任されたのは、国境付近に多く出没する魔物の退治。
大きく獰猛な魔物ばかりだが、火、風、土の三属性を持つフィルミーには恐れるほどの相手ではなかった。
息を殺して近づいてくる魔物もわずかな気配を察知して火炙りにするなど、慎重に相手の息を止めていく。
最初の頃はリリシアン公爵夫人やノエルに魔物の倒し方や魔法の効率的な使い方などを指導されていたが、一ヶ月もしないうちに「これなら一人でもやっていけるだろう」ということで放任された。
と言ってもたまに視線を感じるし、今も陰ながら誰かに監視されているのだろうけれど。
「もっと頑張らなくちゃ」
努力に努力を重ねればきっと立派な魔術師になれる。そう信じてフィルミーはさらに魔法を全力で振るった。
監視の目がなくなった時、それが真の意味で認められるということなのだろうから――。
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