第四話 魔術師団入団試験
「なんであいつが!?」
「嘘だろ」
「没落寸前のくせに!」
「なんでっ。なんでわたしじゃなくて彼女ですの!?」
憎悪と嫉妬、そして聞くに堪えない醜い罵倒の声が飛び交う。
それに晒されたフィルミーだったが、彼女は少しも動揺してはいなかった。それどころか呆れていたくらいだ。
(魔術師団の前でそのような姿を晒して恥ずかしい。まあ、そもそもいじめてくるような奴に恥も外聞もないのだろうけど)
婚約者のノディは、ただただ驚愕の目でフィルミーを見つめていた。それはそうだろう、だって彼はフィルミーが魔法を使えること自体を知らなかっただろうから。
そんな周囲の混乱など少しも気にしていない様子で、魔術師団の美女が言う。
「あなたの魔力量を計りたいの。ちょっと広い場所で実践してもらいたいのだけど、いいかしらね?」
「もちろんです。今日はきちんと学園長先生に許可を取って裏庭を貸切にしています」
「わかったわ。ならそこへ行きましょう、いいわねノエル」
「そうだね。こんな汚物まみれの場所にいたくないし」
美女の隣でそれまで黙っていた幼い少年は、口を開くなり周囲の生徒たちへ容赦無く毒を吐いた。
魔術師団の人間がそんなことを言ってもいいものだろうかと思ったが、もちろん口に出したりはしない。フィルミーは大人しく、二人を裏庭へ案内した。
「ここです」
フィルミーの魔法によって木が何本か倒れ、地面が抉れた跡の残る裏庭にて。
魔術師団が作ったという魔力計測器をまだ無事な木に取り付けると、早速フィルミーは魔法を放ってみることになった。
(人に見られてると思うと緊張する……。でもしっかりやらないと)
どうせやってもダメだろうけれど、やるだけやらないで後悔を残すことはしたくない。だから全力を出そうと決めた。
足の先から頭頂部まで、体の中を巡る魔力という魔力をかき集め、両手に引き寄せる。
そして大きく息を吸い込み、吐いて――手から魔法が迸った。
「……っ!」
いつもとは比にならない量の魔力がごっそりと体から抜け落ちていく感覚。フィルミーが膝をつくと同時、風魔法、土魔法、火魔法が合わさって渦となった炎を纏った土石流が裏庭を焼き焦がす。
その威力、規模共に今までと比べ物にならないほどの凄まじさで、気がつけば裏庭の半分ほどの敷地が元々あった草地も、魔力計測器を取り付けた木も丸ごと面影さえ残さず炭と化していた。
「すごい。これは強いね」
「どうやらそうみたいねぇ。計測器は……やっぱりダメみたい、ぶっ壊れてるわ」
少年が感嘆の声を漏らし、美女が楽しげにくすりと笑う。
これは褒められているのだろうか? ――褒められているのだろう。ただ、どうしても実感が湧かなかった。
(貧乏男爵家の生まれで、見た目も地味でろくな取り柄がなかった私が認められるなんて、そんな都合のいいことがあるわけないじゃない)
けれど。
「これは文句なしに合格ね。あなたをぜひ、我が魔術師団の一員としたいわ」
「ボクからも頼もうかな。お姉さんみたいなすごい人、久々に見た。ボクたちの仲間になってくれると嬉しいな」
はっきりと合格を告げられ、入団を求められてしまった。
これは夢じゃなかろうか。そうではなかったら都合のいい妄想か、私を驚かすための冗談か。
だが、校長ぐるみでフィルミーに新手のいじめを行おうとしたにしては大掛かり過ぎるのであり得ないだろう。ということは――。
「本当、なのですか」
「安心してちょうだい。わたくしたち、嘘は吐かないわ?
申し遅れたけれど、わたくしは魔術師団副団長にしてリリシアン公爵家夫人、アメリア・リリシアンよ。よろしくお願いね」
「ボクはカミュア伯爵家の嫡男のノエル・カミュアだよ」
フィルミーはさらに目を剥いた。
貴族家に詳しくはないフィルミーでも、さすがにリリシアン公爵家とカミュア伯爵家の名は知っている。
リリシアン公爵家は現宰相が当主を務めている筆頭公爵家。そしてカミュア家は伯爵位にして公爵家と並び立つほどの大富豪として有名なのだった。
そんな高貴なる身分の二人に自分の拙い魔法を見られていたのかと思うと羞恥心でいっぱいになる。
しかしフィルミーは確かについ先ほど、認められたばかりなのだ。胸を張らなければいけないと精一杯前を向いた。
「わかりました。ぜひ、入団させてください」
つい数日前までは予想もしなかった話。
しかしこれはいい機会かも知れないと思った。――ただいじめられ蔑まれるだけの日々から抜け出すための。
制服のスカートをつまみ、辿々しいお辞儀をして見せる。
くすくすと笑いながら、「よろしくね」とリリシアン夫人が微笑んだ。
こうしてフィルミーは学生ながらに魔術師団への入ることが決定したのだった。