第二話 謎の美丈夫
「あ、あなたは……?」
思わず震える声で尋ねる。
不審者だったらどうしよう。火魔法でも使って撃退すべき? それとももしかすると私が見かけたことのない学園関係者なのかも知れない。本来この裏庭は立ち入ってはいけない場所だから怒られるかも、とフィルミーは思った。
しかし。
「君の魔法、すごいじゃん」
パチパチという拍手と共に、こちらを賞賛する声が聞こえてきて、思わず固まってしまう。
美丈夫は人の良さそうな笑みを浮かべながら、こちらへ近づいてきた。
「そんな凄まじいの久々に見たよ」
「はい……?」
(なになになに、この人? もしかして褒められてる? 私が? もしかしないでも褒められてるけどこれ、どういうこと?)
フィルミーの脳内は疑問符で溢れ返るばかりだ。
初対面の名も知らぬ不審者に賞賛されたところで、嬉しいという感情の前に戸惑うのは当然だろう。
「驚かせたかな? ごめんね。いや、あまりに君がすごいからこっちも驚いていたんだよね。まさかこんなところで逸材を見つけるとは思わなかったな。あ、良ければ君の名前を教えてくれないかい」
さらに怪しげなことを言い出したので、フィルミーはより一層警戒した。
この学園はそれほど規模が大きくない故に、学園関係者ならこちらの顔と名前くらいは覚えているはずなので、その線もない。そこから考えるに、彼は外部の人間で間違いないからだ。
「その前にあなたの名前を教えてほしいんですけど」
「悪いけどそれは言えない約束なんだ。まあ、そこそこ名は知れているからバレるかも知れないけどね」
(……? 礼服を着ているし、この人は貴族ということ?)
貧乏男爵令嬢であるフィルミーは、あまり貴族社会に詳しいわけではない。だから顔を知らない貴族は大勢いて、誰なのか判別がつかなかった。
もしくは王宮勤めの文官なんて可能性もあるし。
わからないが、いずれにせよここは答えておいた方がいい。
そう考え、ドレスの裾を摘んでお辞儀をし、名乗ることにした。
「フィルミー。ラボリ男爵家の娘、フィルミー・ラボリです」
「フィルミーか。いい名前だ、覚えておくよ。ところでどうして君はこんなところで特訓を?」
うぐっと喉の奥で呻きを噛み殺しつつ視線を彷徨わせるフィルミー。
彼女はやや口籠って答える。
「ただの、憂さ晴らしです」
「憂さ晴らしねぇ。それでこれだけ派手にやるとは。君、見どころあるなぁ」
正体不明の美丈夫がくすくすと笑った。
そして片手をあげ、「またね」と言いながら颯爽と去っていく。
一体何だったのだろうと首を傾げずにはいられないフィルミー。呼び止めようかどうか迷っているうちに、彼の姿はどこかへ消えて行ってしまう。
彼女はまだ知らなかった。このわけのわからない出会いが自分の人生を大きく変えることになるなんて――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
寮へ向かうと、またいじめられる時間が始まる。
寮にいるのはフィルミーの他に二人。三人共同で使用していた。
しかし無視されるのは当たり前、机は何かよくわからない赤黒い液体でドロドロに汚れているしフィルミーのベッドは鳥の羽が落ちていたりするのだ。
しかしフィルミーはまるで傷ついていないふりをして、机を掃除しベッドの鳥の羽を取り除いた。
我慢。明日の放課後まで我慢しなければ。
そうすれば魔法の無駄撃ちで発散できる。だから、この怒りとどうしようもないやるせない気持ちを、胸の奥にしまい込んでおく。
夕食はどうせぐちゃぐちゃにされるので食べられないのが常だ。今日はもうこのまま寝てしまおうと思った。
「今日、わたし、見たことのない方がいらっしゃるのを見ましたのよね」
「え、誰? そんな人いらっしゃった?」
「金髪の麗しい方でしたわ。遠目にしか見えませんでしたけれど……」
「金髪の美青年!? それ、もしかしたら」
少し耳に引っかかる会話が寮の共同部屋の方から聞こえてきたが、まあいいやと目を閉じる。
魔法を使うのはかなり疲れる。なのでぐっすりとよく眠れた。