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第一話 いじめられ貧乏令嬢の日常

「貧乏のくせに」

「没落寸前が、良くもまあ恥ずかしげもなく歩けていますわねぇ」

「見た目も地味ですし」

「ほほほ。わたしなら生きているのが恥で死んでしまいたくなりますのに」


 悪意のある耳障りな笑い声と共に、令嬢たちが面白半分で投げた扇子がコツンコツンと背中に叩きつけられる。

 痛くないわけではない。しかしそれを避ければさらなる悪意に晒されるのはわかっていたから、フィルミーは体を小さくしながら廊下を歩いていた。


「おい、あいつ涙目だぜ」


 令息の一人がフィルミーを指差してきて、ゲラゲラと笑う。


「誰か助けてやらないのかよ。なあ、婚約者様?」

「助けるわけないだろ、あんな小汚い娘」


 他の令息が答え、「ノディは女運が悪いな」と言い合っていた。


 ノディはフィルミーの婚約者の子爵令息。ノディも令息集団に混じって、フィルミーを忌々しげな顔で見つめている。

 でも、フィルミーは平気だ。平気なのだと自分で思い込んだ。


 そうすれば惨めな気持ちにならなくて済む。たとえそれが、今のほんの一瞬だけだとしても――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラボリ男爵家の娘として生まれたフィルミーは、十五歳から十八歳までの下級貴族の令嬢令息が通うこの学園で常に冷遇されながら過ごしている。

 理由はラボリ男爵家がとある事業に失敗して落ちぶれ、没落寸前であること。そしてもう一つはフィルミーの容姿がパッとしないことだった。


 亜麻色の髪は手入れできずにひっつめにしただけだし、瞳はありふれた茶色。

 それに金欠のせいで飾る余裕もないから、社交界に出る時の服は常に質素な白のドレスだったし、学園の制服も入学当時から仕立て直していないままだ。


 そんなフィルミーを婚約者に持つノディは、嫌で仕方なかったのだろう。

 「どうしてお前などが俺の婚約者に」と嘆き、学園で顔を合わせても常に無視されている。


(……私だって、婚約したくてしてるんじゃない)


 ただ、父が多額の借金を抱えているから、それを返済するために嫁ぐだけ。

 だからノディに情はない。情はないけれど、冷ややかな視線に、心無い言葉に傷つかないと言ったら嘘になる。


 フィルミーは辛い現実から逃げるようにして、学園の裏庭に逃げた。




「ここなら、大丈夫」


 周りに誰の目もないことを確認し、深く息を吐く。

 寮部屋ではダメだ。同じ寮の女子生徒に嫌がらせをされるから、結局は同じこと。ここが唯一のフィルミーの憩いの場だった。


 裏庭と言っても花はほとんどなく、だだっ広い草地が広がるばかりだ。

 フィルミーは大きく息を吸い、両手に力を込めて――その草地へと、思いっ切り魔法をぶっ放した。


 草地が捲れ上がり、地中から盛り上がってきた土が竜巻と合わさりさらにそこに炎が引火して、真っ赤に燃え盛りながら地面を掠めていく。

 次は何もない空中に指を向け、指先からそれぞれ炎と土塊、風の刃を放つ。それは庭園の隅にあった雑木に命中し、容赦なくへし折った。


 風魔法、土魔法、火魔法。

 フィルミーが得意な魔法の全てを合わせた魔法弾の無駄撃ちだ。


 いじめられて鬱憤が溜まった時、フィルミーはいつも、こうして気持ちを整える。

 ラボリ男爵家近くには山があってそこでの狩りなどに魔法を使っていたりもしたが、今は使い道がなく、雑木を今日いじめてきた女子生徒や男子生徒だと思い込んでズタズタにするくらいしかやることがない。


 どうして本人たちへ直接魔法をぶつけないのかと言えば、貧乏男爵家の娘ごときが他所様を傷つけたなんてことになれば、間違いなく家が取り潰しになって家族ごと牢屋行きになってしまうから。

 そうでなければとっくのとうに報復してやっている。


「はぁぁ……」


 大きくため息を吐き、自分の無力を嘆く。


 力はある。力はあるのに無力だということが、一番悔しかった。

 けれどそんなことを言っていたって仕方ない。フィルミーは寮へ帰ったらいじめられるし、それに言い返してもやり返してもならない。学園を卒業するまでの辛抱だ。今十七歳なので十八歳になれば、この地獄から抜け出して、狩りをしないとまともに食事にもありつけないような貧乏な男爵領へと帰れる。


 そんなことを思いながら、裏庭を立ち去ろうとして――ふと、背後に気配を感じた。


 いつもこの裏庭は無人だ。きっと気のせいに違いない、そう思いながらも振り向いて、フィルミーはハッと息を呑む。

 そこに立っていたのは、薄青の礼服に身を包む金髪の美丈夫。青緑色の瞳がフィルミーをじっと見つめていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは名作の予感( ˘ω˘ )
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