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蓋が開いたその中身



 それから俺は、ぼーっとした頭のままダラダラと身支度をして、家を出た。


 本当はこんな真っ昼間のクソ暑い中でウロウロするなんて嫌だったけど。

 だけど……『目的』達成のためには、外に出ない訳にいかなかった。




 真夏でもないのに、道路のアスファルトがギラギラしている。


 普段からこんなに明るかったんだろうか、昼の世界は。

 いつもこの時間はコンクリートの壁の中にいて、外の景色なんか見た事がなかったから。


 日差しがキツくてキツくて……目を開けていられない。まるで気分は吸血鬼だ。







 しばらく歩いていくと、駅前の小さな広場に着いた。


 かつて中途半端に栄えていた田舎の駅前といった感じの……背の高いビルはあるにはあるが他に何も無い、といった味気ない景色。


 当時はもう少し賑やかだったのかもしれないが、今はまるで見る影もなく……時代に置いていかれ、枯れていくだけの世界がそこにはあった。


 そんな場所にポツンとある広場……その真ん中に、萎れた花が申し訳程度に生えてる丸い花壇がある。

 そして、その周りには錆だか埃だかで茶色くなった汚らしいベンチがいくつか。どこも満席と思いきや、一つだけ空いていた……鳥の糞まみれのやつが。


 そして、地面に得体の知れない赤黒い染みが数カ所と、放置されたままの誰かの吐瀉物……それとまだ新しそうな犬の糞(だと思いたい)。




 人はいるにはいるが……微かに物音がするくらいで、シーンと静か。


 その代わりと言っちゃなんだが、酎ハイの空き缶が転がる騒々しい音色がBGM代わりとなっていた。

 時々、それにビニール袋やら紙切れが風で舞い上がる音が加わってさらに賑やかになる。

 どちらも聞いてて心地良いものではないが。


 なんというかまぁ、駅前だもんな……って感じだ。特に驚きはしない。




 そんな空間には……もちろん、やっぱり『そんな感じの人』がいる訳で。


 部屋着でスマホ弄りながらタバコ吸ってる姉ちゃんと、ベンチの上で横になって寝てるんだか死んでるんだかの汚いじーさんと、鳩に餌をやる鳥の巣のような頭のおっさん……と、なんともまぁ素晴らしい面子が勢揃いだった。




 目的地はもうすぐそこだし、いつもならさっさと通り過ぎるような場所。

 でも……今日はなんだか、その異様な空間が妙に気になって。


 どうしようかと迷ってる間にも、俺の足はスイスイと何か強い力に引かれていって……気づいたらその異様な空間に取り込まれていた。







(来ちゃったよ、おい……)


 まじで来ちゃったよ。軽い気持ちで、とはいえ。


 周囲は無反応。

 俺が来たのに気づいているんだか、いないんだか。


(まぁ、その方が都合いいけどさ。見るのはいいけど、関わりたくないし……ほら、動物園の猛獣みたいな?)


 とはいえ、なんとなく手持ち無沙汰で。

 とりあえず近くのベンチに座る。よっこいしょ。


 とても静かだ。静かすぎてむしろ落ち着かないくらい。


 キャラは濃いが、皆無言。

 見た目はうるさいがなんだかとても大人しかった。


(なんだ、こんなもんか)


 そう思いながら、なんとなく無意識にふっと横を見ると、ヤバい奴らの一人と目が合う。




(やべっ!逃げ……)


「おい、」


 逃げる間もなく、鳥の巣……もといモジャモジャ頭の男に話しかけられてしまった。

 しまった、気を抜きすぎた。


 色褪せた灰色の髪、黄ばんでてバサバサで。

 パッと見、年寄りかと思ったけど……いや、そうでもないか?


 白っぽいのはきっとフケとか埃のせい。

 声からしてそんなに歳取ってる感じはしなかったから。


「おい、そこの君」

「……」


(いや、でもこれ……実は話しかけてるの、俺じゃなかったり……?)


 そう僅かに期待して周りを見回すも、皆シラーっとしていて。


「おいおい……君だよ、君」


 期待虚しく、やっぱり俺だった。


 しまった、やりすぎたか。

 ヤバそうな奴だなんてもう分かりきっていたのに。

 ただなんとなく気になったから観察したい、それだけだったのに。


 奴らとの会話なんて望んでない。

 むしろごめんだ。巻き込まれるのはNG。


 そう思っていたのに……興味本位で自分から突っ込んでいったとはいえ、まさかパンドラの箱まで開けてしまうなんて……


「君、知ってるか?この世界の神はな……」

「えっ」


(えっ、神?いきなりそういう話?そっち系?)


「神にとっての、最大の娯楽……それは苦しむ人間達を観察すること」

「は、はぁ……」


 ああやっぱり。

 なんていうか……案の定ヤバい人だった。


(神がどうたらって……なんだ、宗教か?)


 そういうの興味ないし全然知らないけど、とりあえずマトモじゃないのだけははっきり分かる。


 後悔先に立たず。


(まじかよ……あ〜しくった。最悪だ、こんなとこ寄らなきゃよかった……)




 そう思って立ち上がると、目の前スレスレを小さな何かが駆け抜けていった。


「うわっ?!」


 小さいくせにやたら猛スピードなもんだから、思わず俺はつんのめってしまった。


(え、鳩……?)


 さっきモジャ男が餌をやってた、あの中の一匹なのかもしれない。


 その動きは、まるでこの場を去ろうとする俺を引き留めるかのようで。

 計算されたているかのような、気持ち悪いくらいのタイミングだった。


(でも、鳩を躾けるなんて聞いた事ないぞ……)

 

 あまりの勢いに思わず足が止まってしまった俺は、今の一瞬で逃げるタイミングを完全に失ってしまった。




 仕方なくまた元の位置に座ると、モジャ男の顔が少し明るくなったように見えた。

 いい話し相手を見つけたと言わんばかりに。


 彼はにっこり、俺はゲンナリ。周囲は変わらず無反応。


「神は、自分の暇つぶしとして人間を作った。生まれてから死ぬまでずっと、必死にもがき苦しみ続ける姿を見るのが楽しいのさ」

「……」

「なかなか良い趣味してると思わないか?」

「……」


(いやそれ、俺に聞く?)


 これ、どうやって返すのが正解?

 そっすね……とか?


「人間は可哀想な生き物なんだよ……そういう風に作られてしまった以上、どうやったって苦しみから逃れられないんだから」


 ふ〜ん。


「でもさぁ……それなら、人間皆苦しいはずだろ?なんで幸せな奴がいんだよ?」

「幸せな奴?」

「順風満帆で、人生楽しそうな奴。毎日ぬる〜い世界で呑気に生きてる奴だよ」

「それは……自分が幸せだと思ってるからさ」

「は?なにそれ、自己暗示ってこと?」

「だから、本人がそう思ってるからさ」

「え……?だからそれ、自己暗示じゃん?」

「本人が本気でそう思ってるからさ」


 さも当然といった感じで、モジャ男はそう言い放った。


「……はぁ?」


(は?は??は???)


 話が通じねぇ。ってか、全く噛み合わねぇ。


 外国人、いや赤ん坊?違うな……もうこれはエイリアンか?

 まるで意思の疎通ができてない。


「はぁ……」


 無意識のうちに、口からため息が漏れていた。


 なんか、今の数分でどっと疲れた気がする……




 モジャ男はというと、まいったなぁとでも言いたげに黙って頭をボリボリ掻いている。


(まいったなぁは俺のセリフだよ、おっさん)


 掻くたびにパラパラ、パラパラ、とフケが舞い……着ていた紺色のシャツにそのまま落ちていって、白く細かい粒模様を描いていた。


 風呂入ってないのか、あるいはもっと……うぇ。



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