1つもないそんな人生
死にたい人に生きろなんて言わないけど。
つらい中耐え続けたのなら……せめて、終わる前一度くらいは受け身な自分捨てて、思いっきり反抗してみてほしい。法に触れない程度に。
……とか、偉そうに適当な事言ってみたり。
カーテン越しの強い光で目が覚めた。
ぼーっとする頭のままゆっくりと起き上がり、のそのそと身支度を始める。
窓の外は眩しいほどの強い日差しが照りつけている。
もう朝はとっくに終わってしまったようだ。
「ふぁ〜あ……」
大きく伸びをすると、つられて欠伸が出る。
我ながらなんとも情けない声。
寝ぼけたままスマホを手に取ると、画面には不在着信の通知が出ていた。
それも一回だけではなく、間隔をあけて何度も。
だが、驚きはしない。
そうなるだろうとあらかじめ分かっていたから。
なにせ、今日は無断欠勤なのだ。
それもただのズル休みではない。
今まで真面目に勤めてきた男の、初めてのサボり。
これまでずっと精一杯生きてきた人間の、最初で最後の反抗なのだった。
俺はとある小さな会社で働いていた。
仕事は最悪。
何年経っても変わらず安月給、なのにそのくせ拘束時間は無駄に長い……いわゆる底辺企業の社畜ってやつだ。
馬車馬のように働かされて、いらなくなったら捨てられる。
もちろん、人間関係もそんなだから当然の如く最悪。クソみたいな人間しかいない。
もちろん、自分も含めての話だ。
かと言って、働かずにいられるほどそんなに家は裕福じゃないし……家族との仲だって、悪いとまではいかないかもしれないが少なくとも良くはない。
卒業してから働かずに引き篭もって生きていられたら、おそらくこんな目に遭う事はなかった。
だが、残念ながらそんな優しい家族じゃない……早々と結婚した上に三人もの子供を養っている優秀な兄と違って、出来損ないで稼ぎも悪いそんな邪魔なだけの俺を、両親は蹴飛ばしてでも追い出すだろう。
あの家に俺の居場所なんて、もうない。
友達はいない。
社会人になってから仕事や生活で忙しく、どんどん疎遠になって、とうとう誰もいなくなった。
……と言いたいところだが、それは嘘。
実際のところは違う。結婚だの子供できただの……そんな幸せそうな話の数々に耐えきれなくなって、俺からフェードアウトしたのだ。
毎日のように送られてくる彼らの家族写真は、俺の精神を追い詰めていった。だから、逃げた。
彼女なんて尚更いない。
機会なんて無いし、そもそもそんな行動力も気力もない。
頭は悪いし、要領も悪い。かと言って体力も運動神経もない。
コミュ力なんて全くない。
良くない、いない、できない……そして、ない。
ここまで来ると、何か一つくらい何か『ある』があっても良いんじゃないかと思うが……残念ながら、一つも無い。本当に何も無い。
そんな、無い無い尽くしの俺だ。
できることなんて何ひとつないし、仲間なんてこの世に一人もいやしない……そんな人生。
それでも、そんなひどい環境でも今まで必死に耐えてきた。
いつか報われる時が来ると信じて、いつか幸せになれると信じて、今まで生きてきた。
散々もがき苦しんで、頑張ってきた。
でも、もう駄目だった。
なんとか自分を励まし、時には心を騙して、どうにか生き続けてきたが……とうとう体力的にも精神的にも限界が来てしまった。
生まれてから今まで、過酷な環境に耐え続けるばかりで碌に手入れされていない身体。
ただただボロボロに傷つくばかりで、擦り減っていくだけの心。
そのどちらもが、今まさに崩壊しようとしていた。
きっと、一生このまま幸せになんてなれないんだろう。
俺はそういう運命の人間なのだ。今更ながら、やっと分かった。
出来損ないのクズ人間にはクソみたいな未来しかない。
どれだけ頑張ったって無駄……ならば、無駄な抵抗はもうやめる。
全てを諦めて、今日で終わる事にしたのだ。
不意に手にしたスマホが鳴り出した。
あの、こちらの感情ガン無視の陽気で明るいメロディも、今はなんだか控えめに聞こえる。
誰からだなんて見るまでもない。
とはいえ、出てやるつもりも全然ないが。