表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトクリスマス  作者: 米森 充
3/3

あの日のホワイトクリスマス

 さちが8歳の誕生日を迎える数か月前。


 


 父の仕事が破綻した。

 払いきれない負債に押しつぶされそうな父。

 必死で奔走したがとうとう万策尽き膝から崩れ、地面に手をついた。

「これまでか・・・。」

 父は期日までの返済が不可能だと知り、無責任ではあるが不履行の道しか選択の余地は無かった。

 債権者に申し訳ない。家族に申し訳ない。自分の不甲斐なさに涙した。

 誰にも言い訳できないが、ここは心機一転、再起を目指すしかない。


 債権者に置手紙を残し、姿を消した。

 必ず返済するから、それまで待って欲しいとの置手紙を残し。


 妻には債務が及ばないよう、離婚届と姿を消す事の詫びを連ねた手紙を送る。

「でもあくまで緊急避難の一時的な措置であり、近いうちに必ず挽回し帰るから、それまで何としても耐え忍んで」との言葉を残して。


 残された妻と娘のさち

 妻はすぐに生活のため働きに出る。しかし病弱のため、思うようにはいかなかった。

 すぐれない体調にむち打ちながら働き続けるのだが、とうとう限界がきたみたい。

 ギリギリのところまで踏ん張り続け、その日の仕事は何とか終え帰宅する雨の夜。

 土砂降りの中、弱り切った身体でよろけながら歩く母。

 崖伝いの坂道の途中で力尽き、ガードレールにもたれかかった瞬間、体ごとバランスを崩す。

 ガードレールの境界線を越えた母は、奈落の底へと消えてしまう。

 それっきり、さちの待つ家に帰る事は無かった。


 数日後身元不明のご遺体が上がったが、残されたさちに知らされることは無い。



 それまでも貧しさから、ろくに食べ物にありつけなかったさち

 次第に衰弱し、母が姿を消してからは、もう何も食べるものは無いが、ひたすら帰りを待つしかない。

 ヒモジイ想いをぐっとこらえ、優しい母を待ち続けていた。





 そして運命のクリスマスイブの夜を迎えた。

 一つの命の炎が消える。


 翌日の昼過ぎ・・・。



 ささやかな土産を手に持って父がやってきた。

 玄関ドアの鍵を開ける直前、虫の知らせが異変を伝える。

 しかし、全ては遅かった。

 部屋の奥の変わり果てた娘の姿を見て、父は絶句する。


さちさちさち・・・・。」

 冷い身体のさちを強く抱きしめ、父は声を出して泣き続けた。



「・・・そうだ!母はどうした?」待てど暮らせど母は姿を現さない。

 おかしい・・・、娘が命を落として尚、ほったらかしにする母ではない。

 父は捜索願いを出し、ようやく身元不明だった母を見つけ出した。



 無縁仏の遺灰にすがりつき、妻と娘を自分のせいで死に追いやった深い深い罪を悔やむように、呪うように、いつまでも嘆き続ける、最愛の家族を守れなかった父。

 残りの生涯を、ふたりを弔うためにだけ生き続けよう。取返しのつかない今となっては、もう罪を償う事はできない。せめて自分にできる事は、ふたりの菩提を弔う事だけ。

 随分抜け殻状態が続いたが、父はそう決心した。

 余生を総て旅立った妻と娘に捧げ、自分にできる精一杯の人生を生き、最後まで思い出と共に歩み続ける。


 彼にとってクリスマスは特別な日。

 その日は毎年ささやかなろうそくの炎で闇を照らし、永遠に妻と娘の魂と過ごすことにした。








      おわり






 短編【ホワイトクリスマス】三部作はこれにて終了。


読んでくださった皆様。もし今年以降、クリスマスを迎える時にこの物語を思い出すことがあったら、その幸せな気持ちの一部をこの世に生きる全ての【幸】たちにも分けてあげてください。想いを馳せるだけで結構です。


その幸せな気持ちが【幸】たちの魂を救ってくれると信じて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ