光堕ちなんて大っ嫌い! もしくは第十八話『パルフェア大ピンチ! 恵方巻は食べても巻かれるな!?』
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『ネコを探しています』
『第十七話でパルフェアとの戦闘中に光堕ちして行方不明になってしまいました』
『名前:シナモン』
『性別:メス』
『体重:極秘事項』
『首輪:なし』
『特徴:漆黒の闇がよく似合う素敵なネコです。最近パルフェアに変身するようになりました』
これでよし、とあたしは郵便局のATM横に張り紙を貼った。
「親切な局員さんでよかったわね、ハバネロス」
「タオス! パルフェアタオス!」
あたしは悪の料理帝国ディアボラの女幹部、灼炎のタヴァスコ。
引導のカレーネ、紅蓮のハバネロス、そして行方不明になった情熱のスパイシスと共にディアボラ四天王として日夜帝国のためにパルフェアと戦ってきたわ。
しかしパルフェア達の通う学園に潜入調査へと赴いていた情熱のスパイシスは、突如シナモンと名乗って光堕ちしてしまったの。
光堕ちとは何か、ですって?
悪の心に染まるのが闇堕ちなら、正義の心とやらに洗脳されるのが光堕ちなのではないかしら。
パルフェアたちにそそのかされて、あの子はすっかり変わってしまったの。
エンディングのキャストロールの時、これまではちゃんとスパイシスと書いてあったのに第十七話から急にシナモンに書き換わっているくらいには変わってしまったわ。
今思えば、第十四話のCMくらいから見慣れない新商品を新キャラが光って唸らせていたっけ。
「ハバネロス、あなた犬っぽいんだから匂いであの子を探せないの?」
「オレ! JCヲクンクンシナイ! コンプライアンス!」
「なにが法令遵守よ、うるっさいわね! この駄犬! おやつのジャーキー一枚減らすわよ!」
「ヒドイ! オニ! ババア!!」
カチンッ、と頭に来るがここは郵便局のATM前、入金の列に並んでいる一般市民に「やーね、ジャーキー減らすんですって、虐待かしら」などと噂される。
世間体というものは大事だ。
悪の料理帝国とて料理を扱う以上、ネット評価で☆1をつけられたくない。
悪の料理帝国だってユーザーレビューはなるべく☆4☆5がたくさんほしいに決まっている。
「お、おほほほ、あたしが悪かったわハバネロス! 今日のおやつはボローニャソーセージよ」
「ワカレバヨロシイ」
「ちっ、知能が低いんだかずる賢いんだかわかりゃしないわこいつ」
紅蓮のハバネロスは所詮、四天王最強ということしか取り柄のない犬っころ。
ちょっと戦闘で頼りになるからって良い気にならないで。
所詮、三回くらいパルフェアを全滅させかけたというだけで毎回やられて帰ってくるという意味では一回も追い詰めたことのないあたしと最終結果は全敗という意味でおんなじよ。
「行くわよ、ハバネロス。もうここには用はないわ」
「次ドコイク?」
「決まっているわ、勿論――お隣のスーパーよ」
こいつには真似できないこと。
それはチラシを作り、コピー機にかけ、お店の人にお願いして貼る許可を得ること。
所詮、紅蓮のハバネロスはケダモノ。
岩石を叩き割ることができても、お手がせいぜいの前脚では真似できっこない。
「待ってなさい、あたしのかわいいスパイシス……! 必ず連れ帰るんだから!」
あたしは憎きパルフェアへの怒りを燃やして、スーパーへ向かった。
スーパーマーケット。
ここは愚かな人間たちの暴食と消費文化を象徴する、もっとも醜く我々に有利な場所だわ。
悪の料理帝国ディアボラは廃棄食材を闇の力に換える。
家庭や小売でのフードロスが無くならない限り、ディアボラは決して滅びることがない。
美味しい笑顔、幸せな食卓。
そんなものはまやかしにすぎないことを知らしめることがあたしの仕事なのよ。
「さて、ここにも張り紙を……ん、あれは、パルフェアの」
「コシノヒカリ、白イヤツダナ」
マイバックを抱えて買い物中の女子中学生、コシノヒカリ。
きらきらとかけがえのない日常を謳歌しています、という素敵笑顔の美少女。元気で明るすぎてあたし好みではないわね。いかにも天真爛漫な良い子で。
「うん、これにしよーっと♪」
食品を選ぶ時、ちゃんと手前の賞味期限が少し古いものから取っているところも気に食わない。
第七話であたしは言ってやった。
「少しでも新鮮な食材がほしい、その一心であなたも奥から食材を選んでいたじゃない。認めなさい、そして闇に堕ちるのよ。他者より美味しく、他者より新しく、少しでもイイモノが食べたいって」
そう言葉で責め立ててやったというのに、コシノヒカリったら。
「……その通りだね、わたし、今まで気にしてこなかったよ。悪い子だったんだね……」
闇に染まる。
欲深い自分を認めて、悪い子になってしまえ! そう期待したのに。
「ありがとう! 気づかせてくれて! これから手前取りやってみるね!!」
とコシノヒカリは光り輝くような結論を導き出してきたのだ。
あまりに素直すぎて「あ、うん」とあたしが呆けているうちに、パルフェアは卑怯千万なことに帝国のモンスター、ステルナーを必殺技で浄化してしまったのだ。
「くっ、今日は許してあげる! ちゃんと覚えてなさい!!」
そう捨て台詞を吐いて帝国へ逃げ帰ったことは記憶に新しいのだけど、ちゃんと実践してるとは。
良い子すぎて感心――いやいや、腹が立つわ。
一事が万事、パルフェアは何かあればきちんと反省して改善してくるところが憎らしい。
「忌々しい小娘め……!」
商品棚に隠れて、コシノヒカリの様子をあたしは見守った。
パルフェアは二人組。
もうひとり、緑色の方。アキタコマチについてあたし達は素性を知らなかった。
「シナモンはコシノ家に匿われている様子はないのよね。ということはアキタコマチの家に隠れている可能性が高い。けれどおかしなことに、学園でアキタコマチを見かけたことがない……」
「尾行スルノカ?」
「ええ、この機会に正体を暴いてやりましょう」
あたしはコシノヒカリを尾行しようと後ろをついていく。
ヒカリや一般市民に気づかれないよう、ハバネロスの散歩を装って。
バカな一般市民どもはすっかり騙されて、我々が悪の帝国幹部ともしらず「あら、かわいいワンチャンねー」等と気軽に交流を求めてくるくらい。
「バイバイ、わんわーん」
親子連れに捕まって、ハバネロスと幼女が触れ合っている間にだいぶ距離が離されてしまった。ハバネロスも前脚を振らないで! バレるでしょうが! ……いやこれが意外にバレないものね。
「はぁ……あの子が恋しいわ」
情熱のスパイシス。
愛しい妹分。共にディアボラ帝国に忠誠を誓い、一緒に頑張ってきたのに。
悪の料理帝国ディアボラは廃棄食材を糧とする。
食材のみならず、愚かな人間たちの社会から廃棄されたものが帝国には流れつく。
あたしの場合、元カノに棄てられて行き場を失ったところを皇帝陛下に拾われたのだ。
紅蓮のハバネロスはダンボール箱に入れられて棄てられていた子犬だった。
そしてスパイシスは育児放棄され、栄養失調で倒れかけていた哀れな幼子だった。
皇帝陛下は自らあたたかな手料理を振る舞い、我々を生かしてくれた。
あたしは失恋の傷を癒やしてもらい、ハバネロスは成犬に育つ。スパイシスは徐々に元気をとりもどして、生みの親の名も忘れるほどに帝国の者たちに懐いていった。
「タヴァスコねーしゃま、しゅき」
天使か。
「ハバネロス、おて」
天使だ。
「タヴァスコお姉さま、ペットボトルはちゃんとラベルを剥がして分別して捨ててください」
天使だったのに!
いえ、十年も経てば利口に育つのも無理はないわ。あのボロ布が立派に育っただけでもよし。
そう、情熱のスパイシスなんて名付けと裏腹にあの子はとてもクールだった。
「氷獄ダイアモンドフロスト、アイスシールド、凍てつく弓」
氷柱や吹雪を操るようになった日には「陛下、情熱のスパイシスというのはやはり無理が……」「……もう少々、様子を見よう。なにか内に秘めた情熱があるかもしれん」と悩んだのが懐かしい。
情熱。
そう、スパイシスの内に秘めた情熱は、あたしへの恋心だったのよね。
「……お姉さま、好きです」
意外だったけれど、薄々と予感もしていたわ。
スパイシスは愛情に飢えていた。皇帝陛下の寵愛を受けてもなお、実の親に見捨てられた心の穴を埋めたいという渇望があったのでしょうね。
それはあたしも同じ。手負いの獣が傷を舐め合うように、あたしは告白を受け入れた。
――なんて言えばカッコいい?
ホントは“情熱”の名にぴったりの熱烈アタックを受けて、いつもこっちがたじたじだったり。
情熱のスパイシス。
あれほどあたしを慕ってくれていたのに、自分から帝国を去るなんて考えられない。
きっとパルフェア達が望まぬ光堕ちをさせたに決まっている!
そして尾行は見事に成功、アキタコマチの自宅を発見する。
「ここがあの女のアジトね!」
「一軒家ダナ」
「ああいうきらきらした連中はもっぱら中流階級以上の一軒家と決まってんのよ」
庭付き二階建て住宅、車庫に自動車もある。
夢のマイホームを絵に描いたような居住まいにあたしはイラッとした。
「なによ、帝国城より日当たりいいし駅に近いじゃない!」
「アノ暗黒世界二日照権モ駅モネーダロ」
「それでも住めば都! 皇帝陛下やスパイシスといっしょに暮せば満足なんですーう!」
「ナケルゼ」
「あんたも犬小屋じゃなくて座敷飼いなんだから陛下に感謝なさいよね」
「コウテイヘイカバンザーイ、バンザーイ」
両前脚をあげて器用にポージングするハバネロス。
もうちょっと愛嬌があればもっとかわいいのに、こいつめ。
「コマチさーん! 頼まれたもの買ってきたよー!」
「あーら、おかえり~ヒカリちゃん」
ヒカリを玄関口で出迎えるアキタコマチ。
あたしは衝撃の事実を知ってしまった。
アキタコマチは――同じ女子中学生だとばかり信じていた緑のパルフェアの正体は――。
「人妻」
「ヒトヅマ」
アキタコマチのおタマ片手に出てきた所帯臭いエプロン姿は、完全にそう!
童顔。
貧乳。
低身長。
とても成人女性が変身しているとは思えないかわいさあふれる変身名乗り口上。
『はじける巨峰のスウィートメモリー♪ フェアマスカット!!』
どこが巨峰だこのまな板ロリが!! と帝国一同や一般市民も思っていたが、それを口に出さないでいたのは女子中学生だったからなのに。
一体全体どういう経緯で女子中学生と人妻が組んでパルフェアをやっているのか。
そしてあたしの愛しい妹分をいかにたぶらかしたのか。
「おのれアキタコマチ! がるるるるる! わん! わんわん!」
「オチツケ、イヌハオレダ」
嫉妬と混乱で狂いそうになるあたしはハバネロスになだめられて落ち着きを取り戻す。
しかし問題はここから。
アキタ家に乱入するのは時期尚早、こっそり内部を盗み見るか、それとも――。
ここであたしは閃く。
「正々堂々、招かれて入る良い方法があるわ。ふふふ」
着替えましたるはテレビリポーターの衣装、ハバネロスにはカメラを乗っける。
そしてでっかいしゃもじを掲げれば完成ね。
「突撃! お隣ティータイム!!」
「バカジャネーノ」
偽番組リポーター作戦の何がダメというのか、どうせ愚民は騙されるわ。
「はーい、今参りまーす」
「どうもー! 突撃! お隣ティータイムで~す! よかったら取材を……」
「あらあら、うちでよければぜひ~。ちょうど美味しい紅茶があるのよ~」
「マジカ」
「おっじゃましまーす」
作戦成功、無事に敵本拠地にあたしとハバネロスは潜入することができた。
外観通りのオシャレな内装、リビングには素敵なローテーブルとソファー。白のパルフェア、コシノヒカリはカーペットに寝転がって、なにかと戯れていた。
なにか、ペットと。
(ーーああっ!)
ネコ。ネコ。探し求めていた銀毛のネコ!
あの気品溢れる澄まし顔のネコ! 情熱のスパイシス! ついに見つけた!
「げっ」
と人語を一言こぼすスパイシス。
情熱のスパイシスはネコと少女、二つの姿を使い分ける。これはパルフェアも知る事実。あたしの正体に気づいても一般的ネコのフリを続けるのは取材班に化けたこちらの出方を伺っているのか。
「じーーーー」
「……にゃう」
一体どういう魂胆なのか。
あたしの下を離れて、人妻の家に転がり込んで猫じゃらしと戯れているなんて。
あまつさえ、第十七話では引導のカレーネをパルフェアに変身してこてんぱんにぶっ飛ばして。
おかげで引導のカレーネは大好物のカレーを断ち、ハヤシライスを食してハヤーシにパワーアップしようだなんて言い出してめんどくさいことに。
「そ、それでは取材をはじめまーす」
様子見に偽番組をノリと勢いでやってみるが、パルフェア達はおバカで素直なのですんなり信じきって午後のティータイムをあれやこれやと披露する。
「わわわ! わぎ、輪切りにしたりぇも、リェモンを紅茶に添えて!」
あざとい。
コシノヒカリ何だこのあざとい緊張っぷりは。
本当に腹立たしいほど愛嬌があって愛されガールで嫌いったら嫌いだわまったく。
一方、アキタコマチの方はもこもこミトンを着けて、お茶菓子を運んできた。
小麦粉と砂糖の甘く香ばしい、なんだか良い匂いーー。
「できたてのチョコクッキーよ、はい、ワンチャンも一口どうぞ~」
「ヨセ、ヨセ、ヤメロ」
ぱくっ。
ごくんっ。
ばたんっ。
紅蓮のハバネロス、戦闘不能。
「ヨイコハマネシチャダメダ……ゼ」
「いっぬーーーっ!?」
くそっ、毒を盛られた。犬にチョコを与えるなんて非常識な。いやわざとなのか。
「よくもハバネロスを毒殺してくれたわね! パルフェア!!」
あたしは激怒した。
もはや健在の四天王はあたし一人! 正体を表したあたしにヒカリが驚く。
「ああっ、あなたは!」
「一番弱い人ねー」
「ぐふっ」
アキタコマチの言葉の先制攻撃にあたしは深く傷ついた。
「うるっさいわ!! ハバネロスの仇! スパイシスは力づくでも返してもらうわよ!!」
あたしは冷蔵庫へと掛けて、フードロス食材を探そうとした。
怪物を召喚するためだ。
しかしその手を、まだ変身もしていないのに信じられない力でアキタコマチが掴んで止めた。
「あのね、このおうち、新築なの」
「い、いた、いたた、はな、離せ……」
「三十年ローンなの、わかる?」
動かなかった。
動けなかった。
新婚夫婦の三十年ローンの新築一軒家の重みはとてつもなかった。
「ね、わかってくれるわよね?」
「は、はい! わかりました! わかりましたから! 出直します!!」
あたしは逃げた。
ぐったりと倒れ伏したハバネロスを引きずって、一目散に逃げた。
もう二度とあの家には入るまい。そう心に刻みつけ、あたしは泣く泣く敗走するしかなかった。
あたしは郵便局のATM横のネコ探しの張り紙を、剥がす。
ちゃーんとテープ後が残らないよう丁寧に。
なんだか夕陽が眩しくって、泣けてきちゃったわ。
「あの、どうされましたか……?」
「ネコ、見つかったんです。だいじょうぶですから……」
郵便局のお姉さんにまで心配をかけてしまった。悪の料理帝国の四天王が聞いて呆れる。
「じゃあ、嬉し涙なんですね、よかった」
「ええ、まぁ、はい」
「わたしも、小鳥なんですけどね、幼い頃ペットが行方不明になって。それっきり見つからなかったことがあって……。本当に、見つかってよかったです」
「でも、なんだか拾ってくれた人の方にすっかり懐いちゃってるみたいで……。裕福なおうちだし、このまま拾い主のところで過ごした方がいいかなって……」
何を弱音を吐いているのやら。
力づくで奪い返すと意気込んでたのに、あきらめきれやしないのに。
もう愛想を尽かされてしまったのかもしれない。
あの子の、スパイシスの本心を知る勇気が涌いてこない。
目頭が熱くなってきた。
ああ、泣くにしたって、縁もゆかりもない郵便局員さんの前でなくたっていいのに。
「ぐす、ぐす、ごめんなさい、すぐに泣き止みますから」
そしたら。
何も言わず、郵便局員のお姉さんはハンカチを渡してくれて。
「本日はまもなく閉店です。ハンカチは、もし返したくなったらまた後日にでも」
爽やかな笑顔、茜色きらきら。
また来よう。
そしてあたしは奪還作戦に打って出た。
スーパーが大量の食品ロスを起こしがちな来る二月上旬、恵方巻の日。
これまでにない最強のステルナーを従えて、スーパーの駐車場を舞台に激戦を繰り広げた。
フェアクリーミィ、コシノヒカリ。
フェアマスカット、アキタコマチ。
フェアシナモン、あの子と。
あたしは三人を相手にこれでもかと恵方巻ステルナーを操り、大立ち回りを演じた。
「あっはっはっはっ! これでも喰らいなさい! 恵方巻ミサイル!!」
「もがぁ!?」
容赦なくパルフェアのお口を塞ぐ、恵方巻。
そのまま特大サイズの海苔をぐるんぐるんにパリッとと巻きつけ、身動きを封じる。
『スゥゥゥゥテルナー!!』
「いいわよステルナー! 商業主義のために過剰生産され、棄てられるお前の悲しみをあいつらに存分にぶつけておやりなさい! 悔しかったら食べきってから吠えることね!」
「もが、もがががが!」
「開いた口が塞がらないとはこのことよ、フェアクリーミィ! フェアマスカット! ここなら三十年ローンも怖くはないわ! あっはっはっ!」
いける。勝てる。
ついにパルフェアを蹴散らし、愚かな一般市民どもに帝国の恐怖を知らしめられる。
そして、そうすれば、きっとフェアシナモンは……。
あたしのかわいいスパイシスは帰ってきてくれる。
「が……がぶ! がぶ、がつがつ!!」
「なっ! フェアシナモン、急にどこからそんな力が……」
「ごくん! はぁ、けほ、けほ……」
恵方巻を食べきったフェアシナモンは凍てつく冷気でステルナーの特大海苔を氷結させ、砕く。
身動きの自由を得たシナモンのアシストでさらに白と緑、クリーミィとマスカットも自由になる。
形勢逆転はあきらかだった。
「なぜ、どうして食べ切れたのよ」
「……美味しかったから」
「くだらないわね、こんな金儲けの道具のどこが」
「お姉様の情熱がいっぱいに詰まった恵方巻きが、美味しかったから!!」
「なっ!?」
情熱のスパイシス。皇帝陛下の名付けはやはり正しかったのかもしれない。
寒気立つほどの凍てつく氷を纏いつつ、彼女の瞳は火傷するほど熱くてゾクゾクさせてくれた。
「確かに、人間は愚かですお姉様。でも、少しずつフードロスをなくそうと頑張っている人達がいる。廃棄されるしかなかったモノたちに、この手をのばす人達がいる。無理やり痛みや恐怖でわからせようとする帝国のやり方は、間違っています。だから、私はお姉様と戦います」
「じゃあなんで!」
「でも、お姉様の、ディアボラ帝国の願いだって間違っていません。だから、こんなに美味しい恵方巻になってしまったんです」
「ぐっ」
あたしは何も言い返すことができなかった。
嫌悪感が伴うほどのド正論、綺麗事、理想論。それをまっすぐに言えるあの子が、うらやましい。
その美しい輝きは不思議と、あたしのそばにいてくれた時よりもずっと魅力的だったから。
本当に、あたしは悔しかった。
マスカットとクリーミィが各々の魔法の杖でステルナーを封じ込めにかかる。
「タヴァスコ、あなたが帝国で一番弱い理由はひとつ。あなたが一番、ステルナーを無駄なく美味しく作り上げてしまうからよ」
「どさくさにまぎれて謝るけどチョコクッキーはごめんね! ハバネロス元気!?」
「うるっさいわ! うるさいうるさい元気ようるさぁーーーいっ!!」
また負けるのか。
敗北は見えても、ステルナーが浄化されるその時まではあたしは逃げなかった。
綺羅びやかな衣を纏い―ー。
燦然と輝く氷の花。
「パルフェア! クリスタライズディナーエンド!!」
強く、優しく、美しく。
フェアシナモンの咲かせる大輪の花、情熱みなぎる浄化の光を最後まで見届けたかったのよ。
「……あきらめないからね、パルフェア!」
捨て台詞を吐き、あたしは去ろうとしたけれど。
その背に届く、愛しい声。
「……またいつか、いっしょに食卓を囲みましょう。お姉様」
ああ、まったく。
光堕ちなんて、大っ嫌い。