Ep5 First contact~逝ってしまった好物の行方~
「休日がぁ…終わっちまったよ~~~」
五月六日の午後三時、天気は快晴。
桜の木は、華やかな桃色から若葉色へと衣替えし始めようと準備をしているのか、その身に纏いし艶やかな衣装をあたかも重荷とでも言いたそうに、一枚一枚丁寧に、時には風に煽られ豪快に脱いでいく。
中空は淡い桃色に満たされ、ひらひらと下に落ちていく。脱ぎ捨てた桜の花びらがまるでカーペットのように大地に広がっていた。
しかし、そのカーペットは決して豪華なものとは言えず、踏まれ汚され雨に晒されるうちにそれは潰され枯れ果て黒ずみ、もはやそれがもとの桜の花びらだとは思えない姿をしている。
盛者必衰のことわりをあらわす…………
時は常に動いているのであり、永久的なものはこの世界に存在しない。桜も恒久的な美しさを誇ってはいられないのである。
いや、寧ろ華やかさが一時だからこそより美しく感じられるのだろうか?
首を上に向けて桜の木をまじまじと見ると、その中には黄緑色の新たな命が芽吹いているものがあるのに気付いた。
真也は今年は地球温暖化の影響で暑くなる時期が早いとニュースで言っていたのを思い出す。
ヒュオオオーと突如風が舞い上がる。
「……っ?」
その風はここ最近まで感じた、寒さの混ざる風などではなく暖かさを凝縮してこってりしたようなものに思えた。
真也は気付いたように大空を仰ぐ。しかしその行為の失礼さを悟った真也は自然と、まるでひれ伏すように左手で目を覆う。
「………………」
天空では太陽がまばゆい光を放っていた。
夏はもう近くまで迫っているようだ。
「うぅぅぅ……、やずみぃぃぃ…………」
一期一会という言葉があり、去るものに拒否反応を示すのはただの駄々っ子である。
…………、…そしてここにも駄々っ子がいた。
「やすみがぁ、ほしいぃよぉぉーー!」
お酒で酔っているかのように千鳥足で、しかし表情は飲酒時のそれとは真逆の状態の果てしなく鬱なもので。
そんな今にも行き倒れそうな中学二年生が通学路を歩きながら、自分の駄々をただひたすらに吐いていた。
時は放課後、その者の名は遠藤真也という。
真也が浮浪者になりながら、帰宅の途についているわけはいたってシンプルである。
それは五月一日から昨日まで行われていたものが終わってしまったからだ。
すなわち、GW。
元々は映画鑑賞週間やらなんやららしいが、現在では五月の長期休暇のことをいう。
真也はこの五日間ずっと家にこもっていた。インターネットやら漫画やらゲームやらアニメを早朝から深夜まで思う存分嗜んだのだ(平均睡眠時間約三時間)。
そんなダメ人間は、ある意味異世界で長い間過ごしていたので、学校に行くという今この瞬間が辛くて辛くて仕方がないのであり…、
「や゛ずみ゛がごい゛じい゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛!゛」
……休みが恋しいらしい。
普通は濁点が入らない文字はおろか、ビックリマークの類いにすら濁っていることから、これがどれほどの思いかは一目瞭然であろう。
「我欲休日」
真也は言葉が唐突に漢文調になった。恐らくは休日欲症候群の末期症状であろう。これに返り点が打たれたとき、心肺停止状態に陥ったと考えてもいい。
「あっ…、ヘブンだ」
そんな帰り道、真也は目の前に『ヘブンイレブン』という名のコンビニエンスストアがあることに気付いた。
辺りを見回してみるとここは地元の駅付近の商店街のようで、真也はグチグチと嘆いている内に帰宅道を大きくズレてこっちの方に来てしまったようだ。
はぁ、ちょっとめんどいな…と自宅までの長さに憂い、また休みに対する欲求も未だ抑え切れずにいたため真也は少し苛々した。
「気晴らしにあれでも食うかな…」
そう決意すると真也は本来校則で定められている《学校制服での店舗立ち寄り及び購入の禁止》を堂々と破りコンビニのなかに入っていった。
「お嬢様!危ないですのでお戻りになって下さい!」
歳は五十代後半といったところだろうか?
燕尾服を身に纏う朗らかな顔付きの老体の男は、しかし突然の事態に戸惑い戦慄していた。
老人は顔面を血が抜けたような蒼白に染めながら、必死で誰かに対し何かをやめさせるように懇願している。
「大丈夫よ。ちょっと自転車ってやつでそこら辺を走ってくるだけなんだから。じいやは先に家に帰ってていいわよ」
「おっ、お嬢様!そんなわけにも参りませぬ。旦那様もお困りになられますよ!」
しかしその必死の懇願は全く通じず、その“お嬢様”と呼ばれた少女が一言一言を口にすればするほど“じいや”と呼ばれた老人の蒼白加減は増していく。
少女はココアカラーの鮮やかな長髪を頭の両横でツインテールに結び、上流私立のブレザーを着こなしていた。胸部の主張が乏しい部分も見られるが、それを補っても余りある可愛らしさを全体から放つ少女は、傍らにある黄色い自転車に手を掛けながら老人を宥めるように言う。
老人は自分の整えられた短髪の白髪に手をやり、焦るようにそれを掻き乱し必死の説得を続けるが、長引けば長引くほど事態は好転から掛け離れていく。
「ですから、お嬢様!自転車はせめて自宅の庭園で楽しんで下さいとあれほど!」
「私は自転車の神秘性に浸りたいわけじゃないの、効率性を生かしたいのよ」
「で、ですが旦那さ…」
「私を縛らないでよ、もう私行くねじいや!」
「おっ、お嬢様ぁ!」
とうとう老人の態度に痺れを切らしたのか、少女は自転車にぎこちなく跨がり不安定に揺れながらも一~二回ペダルを強めに踏むと、老人の制止を無視してすいーっと行ってしまった。
「お待ち下さいお嬢様!」
老人の叫びが空しく谺するなか、黄色い自転車は小さくなっていった。
「ふっふーん」
真也はビスケットとチョコレートの合わさった菓子の箱を手に、先程の陰鬱な気分はどこへやら…ルンルン気分で家に向かって歩いていた。
真也には好物がある。
それは、コンビニエンスストアで百余円で購えるチョコレートビスケットである。
港の名を冠したその菓子は、板チョコレートの包装くらいの大きさのパッケージに包まれている。それはバックに十六方位指針と中身のチョコレートビスケットが描かれ、各所に金色が使われた蒼色の高級感溢れる箱に詰められて売られているのだ。
そしてその直方体の箱の広い面を表としたときの右の面の開け口を開くと、そこからはこれまた高級感溢れる黄金色の内包装が現れるのだ。
「…………」
その黄金色の内包装。
密封包装が施されたそれは、箱で使われた蒼色と金色の彩色比率が逆転したような造りになっている。おそらく密封分断時の名残だろうか長方形の内包装には両端にギザギザがある。他の一般的な菓子ならば、そのギザギザの一つの谷を縦に割るように開封するのだが、これが『アルフォート』となれば話は別。
『アルフォート』(正確には『アルフォートミニチョコレート』の場合)の黄金色の包装の端には見るとギザギザの近くに、三角形をいくつも積み重ねたような矢印と共に『OPEN →矢印の矢印の方向に引いてください。』と書かれていて、ツルツルの方の側面の部分からどこでも少し力を入れれば切り開けるようになっているのだ。
そしてこいつを横一線、綺麗に切り取れればその日はなかなかついているのたが…。
「…なっーくそっもぉー…またかよ!あーもうチクショー!!」
しかし今日はどうも運がないらしく何度も切れ目が右側面のギザギザの方へ行ってしまい、開け口がボロボロにる。真也は泣きたくなった。
「…まぁ、なんにせよとりあえず開いた。ふふん!さーてオレのあっるふぉーとぉー!」
しかしそれでもなんとか開けられて、プラス思考。大事なのは中身中身!
包装を開くと中身を引き出せるように紙製の受け皿があり、その上には一口サイズのチョコレートの下に、そのチョコレートより一回りか二回りほど小さいビスケットが重なるようにくっついている菓子が、受け皿の上をパズルのピースのように隙間なく埋め尽くしていた。
「むっふっふっふー」
その一つを手に取る。真也は思わずにやついてしまう。
チョコレート一つ一つの表面には風を受けて邁進する雄大帆船が彫られている。
港ゆえの彫像であり、また港は様々なものの出会いの地…。チョコレートとビスケットの運命的な出会いを評してこの菓子はアルフォートという名がついているらしい。
この菓子はパッケージに内包装、そして菓子本体に至るまでの全てを雅やかな造りにこだわっており、まるで敬うかのようにこれを食す者を貴族の気分に浸らせてくれるのだ。まあ、一つ言えば小さな穴がいくつかあるビスケットが、菓子の上品さを多少崩しているような気がするが、それでもアルフォートはその外見だけが売りではないと真也は思うのだ。
真也は手に取ったアルフォートを一口に頬張り、そして咀嚼した。
「あ~む、…んんんん~んん~♪♪♪」
その瞬間、口中をほんのりとした甘さがヒトラーの独裁政治が如く完全に支配し、そして気付いた時には全身に『春』が訪れていた。
辺りは蝉でもいそうな気温と陽気で、すれ違う人の中には、汗をハンカチで拭うサラリーマンを見掛けるほどであるが、真也の周囲は異なった。
真也には見えたのだ。
自分の周りに確かに存在する桜色のオーラを。
『春』の化身たるそれはやがて真也を包み込むように収縮していった。
「ふわあぁぁぁ…、美味しい…」
真也の表情は今日一番の穏やかさを見せる。浮かぶような気分だ。
今ならば、体重計に乗って0キログラムを叩き出せる自信が真也にはあった。
そう、この味こそがアルフォートクオリティ。
板チョコレートというものがある。
あれはあまり愛せない。真也は思う。
オレは甘いのは大々々好きだが、板チョコレートは食べるたびに甘さが増し、口の中に広がる甘さがこってりとしたしつこいものになってしまい水が飲みたくなってしまうのだ。
また、食べ終わった後に残るネチャネチャ感。その後味が好きな人もいるんだろうがオレはどうあがいても好きにはなれないのだ。
その点、アルフォートは違うと思う。
コクのあるミルクチョコレートの甘みと全粒粉ビスケットのあのパサッとした感触は、まるで中和するようにお互いの弱点を消し、協調するように長所を高めあうのだ。つまり、チョコレートとビスケットが生み出す、春の小鳥の囀りのようなハーモニーが口を幸せな甘さでいっぱいにしてくれるのだ。
「幸せだ……」
真也はあまりのことに感情が高ぶり思わず感涙してしまった。
今ならば、七言絶句の文体で素晴らしい詩が書けるが自信が真也にはあった。
「わわっ!!止まらない!!そっ、そこの人…危なーーい!!!」
甲高い少女の叫びが真也の後方から聞こえた。
今のこの思いを書き綴ろうと筆記用具を取り出そうとするモーションをとっていた真也は、その声を聞きゆっくりと振り返ると
「んあっ?ぐおぉっっ…!!」
唐突に体に衝撃が走った…と思ったら宙に浮いていて、気付いたら地べたを舐めるように転がっていた。
「なっ?何だぁ…?」
地べたに座ったまま上半身だけ起こすと少し先の方に倒れた黄色い自転車があった。
そしてようやく真也は自分が自転車に撥ねられたのかと理解し、分かった瞬間に背中を痛みが走った。真也は痛みに顔を歪める。
「あっ、大丈夫…ですか?」
撥ねた時に上手く自転車から降りられたのか、傍らには運転者と見受けられるブレザーの少女がいた。
背中がとても痛くとても大丈夫ではなかったが、お弁当で食べ残した漬物のようにそんなことは……、
もう、どーでもよかった。
「(かっ……可愛い…………)」
真也の少女の一目見た率直な感想である。
年齢は一つか二つほど下くらいだろうか?茶色く鮮やかな長い髪をゴムでツインテールにする少女はブレザーの制服に身を包んでいた。
美少女とは彼女のことをいうのだろうか?ギャルゲ的なシチュエーションも手伝って思わず見取れてしまった。
「(やべっ…マジ可愛いな)」
真也の無反応に少し困り顔になってしまっている少女の姿はかなりぐっときた。
「きゅ…救急車を呼んだほうがいいかし…」
「大丈夫!元気百倍!!シンヤンマン!!!」
「…………、呼んだ方が良さそうね」
さすがに彼女が可哀相になってきたので、立ち上がりはっきりとした声で元気表明する真也。
いきなり立ち上がったために痛さが背中を駆け巡ったが、女の子の手前だから我慢我慢。
「元気になったなら良かったわ。怪我していたらどーしようかと…。でも一応診てもらった方が…」
少女は少し安心するが、それでも撥ねてしまった事実が重くのしかかるのか心配を絶やさない。逆にここまで献身的だとそれに甘えたくなってしまうのだが、真也はその心配を振りほどこうと装うが…、
「いやいや、全然大丈…ぬおっ!?」
「どーしたの?」
真也は信じられないものでも見てしまったような顔をして、それ相応の声を上げた。少女は真也のそのただならぬ態度に慄いた。
「オ…」
「おっ?」
少女は真也の言葉をリピートする。
「オレの…」
「おれの?」
「オレのアルフォートがあああっ!!!」
「…………、あるほおと?」
真也の視線の先の地面には無残に散らばったアルフォート達の屍が転がっていた。
また、不運にも近くには水たまりがあり、入水自殺を図ったいくつかのグループが今日未明に土左衛門となって浮いていたところを発見された。さらに酷いのは落下による衝撃なのか、R十五指定されそうな残酷な描写が含まれる死に方をした同志もいた。
「…………、くっ…オレの…」
春が去った。
「あ…。すいません弁償します」
さっきまで「あるほおと…、あるほおと?」と聞きなれない言葉だったのか目を点にしながら考えていた少女だが、ここにきてようやくアルフォートが菓子だということが分かったらしく、少々呆れながらも、それでも罪の意識から弁償宣言をする。
「あの、それ…、今から買いな…」
「いいって、気にすんなよ」
「あ…」
少女は財布でも取り出そうとしたのか手持ちの鞄に手をつっこむが、真也はその少女の腕の肘辺りを優しく掴み、笑顔を向ける。
「で、でも…」
「いや、…なんつーかさ」
真也は照れ臭そうに少し少女から視線を反らす。
そこには街道が通っていて夜でもないのに何十台もの車が走っている。それはこれが日本の主な大きな街道の一つであるためで、少し先の横断歩道では長めの信号待ちに多くの人が待たされていた。
「オレの不注意でもあるなって思ってよ。せっかく声をかけてくれたのにオレが反応遅かったせいで事故になったとも言えるじゃん」
「いや、私の…」
「だから気にすんな。人間は失敗する生き物。お互いこのことを教訓として生きようじゃねえか」
「……………………」
少女は口を閉じ穏やかに微笑んだ。
「おっ!まだ二つ生きてんじゃん!!あーん。んー♪やっぱアルフォート最高!!」
真也は蒼色の箱を拾うと中にまだ生存していたアルフォートの存在に気付き喜んで一つを口にした。
「あっ、そうだ。お前も食べるか?」
「えっ?私!?…いや、いらない」
真也は少女の方に最後の一個のアルフォートが入っている受け皿を向け、食べることを薦めた。
「えー、要らないの?美味しいのに~」
少女が地味に本気で嫌がっているのを見て、自分が否定されているように感じられた真也は少し拗ねた。しかししばらく説得するうちに少女は折れたのか、
「あなたって、優しいのね」アルフォートを手に取った。
そして食べてから少女は感想を言った。
「…、まあまあね。この間のベルギーのやつには劣ると思うけど」
「甘いのに辛口~~!ってか、ベルギーって?」
少女の辛辣な評価にしょげる真也。そして気になるワードに疑問符を投げつつ、真也はあることに気付いた。
「それはこの間お父さ…」
「って、ちょっと待った!その制服、もしやお前『應麗学院』の生徒か!?」
「え?今頃気付いたの?」
「こいつは、たまげた。いや上品な制服だとは思ってたが、まさかな…」
少女は当然のように答えるが、真也は驚きのあまり開いた口が塞がらない。
私立、應麗学院。
日本中の大企業や政界に医学界のトップや天皇家などの貴族の御曹司やお嬢様を集めた幼稚園から大学まである、日本有数の私立学校。
庶民を廃絶したその学校は偏差値ももちろん高いが、トップを集合させただけに権力が高く、この学校の一つ一つの行事は経済界に大きく影響を与えると言われている。
単純に言えば、真也とは一生縁のない人達が集まる学校なのだ。
「…………」
「なっなによ、…ちょっとひいた?」
「いや…全然。今までそんな人と会ったことなかったから驚いただけだ」
少女は真也が黙ったのを見て自虐するように真也に聞くが、真也は誤解を解くために宥めてそう言った。
「りお…」
「ん?」
少女がなにごとかを呟く。
「私の名前。聚楽園梨緒って言うの…」
「へー、…って聚楽園!?聚楽園って言ったらあのドリンクメーカーのか?オレあのお茶なかなか好きだぞ!!」
凄い…。あの有名会社の娘さんかよ。何か違う世界にいるみたいだよと真也は噪ぐ。
どうやら、真也は浮足立つと先走る悪い癖があるらしい。おかげで無駄な勘違いを招く。
「あー、それはお父様のグループの一つね」
…さらに上のお人だった。
後で聞いた話だが、梨緒パパは聚楽園財閥のトップらしい。そういえば聚楽園財閥って言葉を公民の授業で聞いたような、聞かなかったような…。
「オレは遠藤真也。公立の諫山中学ってところに行ってるんだが…知らないだろうな」
「いや、知ってるわよ。有名だもの」
「へー、…有名?」
「VIPの息子さんが通っているのよ。知らないの?」
「いやぁ…、初めて聞いた」
真也は記憶をほじくり返そうとした。しかし考えども考えども記憶にない。梨緒も梨緒で「違ったかしらね~?」と頭に人差し指を当てていた。
「ってか、ちょっと長居しすぎたな。じゃあ自転車気をつけろよな!じゃあな」
「あっ、さよなら」
真也は少女に背を向け、左手を上げてさよならのサインをする。それに釣られるように梨緒も笑顔で答えたが、
「……、っ!!?」
しかし、真也の左手首に銀に煌めくものを見てその笑顔は凍り付いた。
「(はぁ~、あの娘めちゃくちゃ可愛いかったなあ。あぁ…、メアド交換したかった。また会えるといいなあ)」
真也は事件の感想と個人的な切望を胸に秘め、鼻歌混じりに家に帰ろうと歩み出す。
梨緒は俯いたまま歯ぎしりするように顎に力をいれた。何かに対し怒っているかのようだった。
__真也の切望は結構早く叶いそうだ。ただ…、真也が最も望まぬ形で。
梨緒は思いっきり歯を噛み締めてから、真也にも聞こえるように静かにこう言った。
「対戦」
「あんっ?」
真也が訝しんだときには、ヴィクターリングから放たれた翠色の光が『因果孤立』の世界を創り出した後だった。
「……っ!?」
急いで後ろを振り返る真也。左側に見える大きな街道には真也の知るいつも通りはなかった。
まるで時が止まったのかと思わせる重い空気の中、一人だけ不自然に震える影があった。
「…………」
影は喋らない。
真也はその影に問う。
「お前…、中二病患者なのか?」
停止という名の静寂が包む、“いつも通り”を模した世界には…、
「…………」
苦虫を噛み潰したような顔で、悠然と立ち尽くす…、
___一人の美少女がいた。