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Ep34 Count jammer ~俺は弱腰の隷也~

送れて申し訳ないです…。あとがきにお詫びとお知らせが載っていますので読んでください。

 


能力複製レプリケートアビリティー


僕達は基本的に相手のキャパシティーを探るとき、その相手が使ってくるスキルから推測していきます。そんなキャパシティーとスキルの関係はしばしば木の幹と木の枝に喩えられます。人がとある木の名前を理解するときには大概が幹ではなく、枝か、そこにつけた葉や花や実で判断するからです。

しかし、そういう意味では一ノ瀬いちのせ大和やまとのキャパシティーは次元が違うと言えます。先の例を用いるのであれば接ぎ木。それも遠縁の植物すら受け入れ可能の万能幹。彼は一つの幹でリンゴ、モモ、ヤシ、ヘチマ、バナナ、ブドウ等、様々な植物を育てられるというのです。

これがどういう意味を持つかというと、その最たるものが概念戦の不成立でしょう。まず、スキルからのキャパシティー読みは僕がしてしまったように誤解が生じてしまいます。なにせ、今回の場合はキャパシティーからキャパシティーを読んでいるのと同じだからです。その前段階のキャパシティーを一ノ瀬のものだと勘違いしてしまうのはなんら不思議でないのです。

その上、仮に『能力複製レプリケートアビリティー』という答えに辿り着けても複合能力なのでコピーしたキャパシティー間で各々のセキュリティホールを埋めてしまうのです。

大雑把な例を出すと『絶対防御イグノアー』と『総耐防御シェルターコート』。前者は強弱に影響されませんが、『戦意皆無よわゴシ』など攻撃でないものを通してしまいます。後者は攻撃でないものまで弾くことが出来ますが、災害よりも強力なものは防ぎきれない。

ですが、この両者を併用することによって弱点が互いに補完されてしまうのです。これこそが『能力複製レプリケートアビリティー』に概念戦の通じない最大の理由と言えます。

そもそもこの問題を酷く脅威的なものにしてしまっているのは『能力複製レプリケートアビリティー』の未知数性にあります。“相手がどんな能力か分かるのに、相手がどんな能力を持っているか分からない”という矛盾です。




―――――…一ノ瀬は相当数の部下がいるはず。


つまり最低でも数十種類の能力、最悪三桁代は所持していると言っても過言ではないのです。




しかも未知数なのはそれだけではありません。


一度に使用できる能力数。そして彼が能力を手に入れられる条件。




―――――最初は右手で触れるのが条件かと思いましたが、『絶対防御イグノアー』に関しては僕に一切触れずに使えてましたので否ですね。




しかし、そうなると一ノ瀬はわざわざ『絶対防御イグノアー』を使ってまで僕に触れたのは何の意味があるのでしょうか。それに彼が口ずさんでいた『トリニティー』…とは?








「まあ、今はそんなことよりも目の前の膠着状態をなんとかすることが先決ですかね」



委員長(♂)はキッと数メートル先にいる二人組の男女に目を向ける。そこには澁谷しぶやかなで新宿にいやどあきらという二人の入閣間際テンアラウンダーがいた。



「『極閃艦砲メガトンビーム』」



ポマードがバッチリと決まったリーゼントに異常に丈の長い学ランを身に付けた少年、タイムマシンにでも乗ってきたのかと疑ってしまう装いの彼が左手を前に出してその様に言う。

するとその手を中心に半径一メートル位の魔方陣が空に描かれ、更にその周りにハナマルのようにいくつもの小さな魔方陣が出来上がる。



「むっ…!」



委員長(♂)は身構える。魔方陣に周囲から青白く煌めく光の粒のようなものが集まり、早い勢いで中心魔方陣と同程度の太さの光線が委員長(♂)に放たれる。



―――――ぐっ…!!



マトモに正面から喰らう委員長(♂)。そうは言っても彼の周囲にはほぼ完全状態を表す透明色の『絶対防御イグノアー』が張られてはいるので直撃ではない。しかし、電撃でも走っているかのような振動を感じて表情を曇らせる。



―――――先程から何度かこの攻撃を盾で受けましたが、威力は僕が今まで受けた攻撃で1、2を争いますね。



委員長(♂)はダメージを受ける“長い時間”、爆撃が鳴り止むのをひたすら防空壕で堪え忍ぶような緊張と恐怖のハイブリッドな感覚を味わっていた。



「くっ、これでは攻撃に転じられませんね」



委員長(♂)は、そうは云ったが、実際は転じられるくらいの余裕はあると思っていた。新宿の『極閃艦砲メガトンビーム』は名前負けしていて、実は光線ほど早くはない。どころかハンドガンの銃弾にも劣る、いいところ高速道路を走る自動車くらいのスピードであった。加えて八秒間程の冷却時間インターバルを要し、光線の軌道も変えられないみたいだった。

ならば、敵の光線を受け流し、新宿の攻撃時間と冷却時間の隙を使って彼らとの距離を縮め、翡翠色の武装モードで攻撃を仕掛けることも出来るのだ。



―――――だけど、僕はそれをしない。



委員長は怒濤の攻撃を受けながら、その端に幽かに映る少女を視界に止める。優勝準候補イレヴンと呼ばれるほどの実力を持つ、“最も強い入閣間際テンアラウンダー”である。


そんな彼女がまだ何もせずに控えている。このことの恐ろしさが分からない委員長(♂)ではない。こんな見え見えの隙を使えば、澁谷奏の未知数で強力な一撃の餌食になるかもしれない。



だが、今の状態がじり貧であることも委員長(♂)は分かっていた。

攻撃は防御に成り得ても、防御が攻撃にとって代わるなんてことは極めて難しいのだ。それはサッカーでいくら優秀なゴールキーパーがいても、一点でも決められないのならば勝つことが出来ないのと同じだ。



「やはり、堅いな」



攻撃を撃ち終えた新宿は冷却時間に突入しながら、左手でぐーぱーしながら関節を絶え間なく鳴らし続ける。


「そう言ってもらえて光栄ですよ。ただでさえ“対『天変地異ディザスター』”の戦力を僕に当ててもらっているというのに」

「………」


委員長(♂)は然り気無くそのように言って、相手の様子を伺う。午前中に学校で遠藤真也に、彼が昨日遭遇したという優勝候補ベストテンの戦闘を聞いておいたのが生きたようだ。

その時に聞いた伏見ふしみ雪成ゆきなりが持っているという最強の対防御、『総耐防御シェルターコート』。これへの対策ということでほぼ間違いないだろう。

一ノ瀬大和は去る前に「城は、もし一斉に優勝候補ベストテンが襲ってきたらのため」だと言っていた。そうなると彼らを撃破するのにまさか一ノ瀬一人で、もしくは即興のコンビを組ますとは考えづらい。自分以外の優勝候補ベストテンへの対策チームを結成している可能性が高いのだ。

なら、今回もそれをあてがうのではないかと考えるのが自然であり、その中でピタリとくるのが『総耐防御シェルターコート』なのである。


「一ノ瀬さんは僕を仮想伏見として情報を取るためにトドメをささなかったんですね?」

「そうか、言いたいことはそれだけか?」

「はい、ならば、一ノ瀬さんのその油断が命取りであることを教えようと、ちょっとヤル気が出てきただけです」

「そうか、…なら、そろそろ両手を使うか」


委員長(♂)はこの『動揺』という言葉を辞書に載せていない男の無表情を動かすために躍起になっていたが、新宿が何気なく云ったこの一言に逆に動揺させられてしまう。筋肉を頑張って操作しなんとか表向きには隠せたが、こめかみから冷や汗がスルリと一滴落ちた。

新宿両手を突きだしチャージに入っている。二つの魔方陣が重なり8の字が90度傾いたような、無限の記号が描かれる。彼の言うことは嘘ではないようだ。両手ということは単純計算でも二倍、少なくとも先の攻撃より強力か、範囲か持続時間が延びたことは事実だ。



―――――破られるかも…知れない。



僕の“ほぼ”完全状態の『絶対防御イグノアー』は二度ほど破られたことがある。

未だに正攻法で破壊されたことはないが、あれほどの攻撃は………、ってあれ?






ここにきて委員長(♂)はとある疑問に辿り着いた。


―――――いや、でも…確かに。だが、どうやって…




それは、新宿程度の中二病患者ヴィクターが“『絶対防御イグノアー』を撃ち破る程の破壊力を持つ攻撃を放てること”である。


確かに最強の力キャパシティーとはその名の冠する通りに基本的になんでもありな力である。


だが、それでも能力格差は存在するのだ。




キャパシティーがそれをどういった理由で采配しているのかは分からないが、攻撃力においてたとえそれが入閣間際テンアラウンダーであろうとも、優勝候補ベストテンには及ばない。

真也は強大な攻撃力を持つ四天王寺してんのうじ龍鵞りゅうがの『壹萬鬼夜砲テンサウザントデイモンズカノン』は、放つのに溜めが10分必要だったと言っていた。




だとしたら、やはり、新宿がたった数秒間の内であれほどの威力の攻撃を連発出来るのはおかしい。何かカラクリがあるに違いない。

つまり、実は澁谷はなにもしていないのではなく、ちゃんと攻撃に参加しているということ。



未だにそれだけは未知数だが…、





「だが、そうだと確信すればもはやためらうことはない!」

「何を企んでいるかは知らないが、もう遅い。『極閃艦砲メガトンビームダブル』!!」




二本の太い光線が委員長に迫り来る。



「…!? 正気か?お前?」

「仏頂面が、やっと驚いてくれましたね」



委員長(♂)はニヤリと笑う。

たが、新宿がそのような態度をとるのも無理はない。なぜなら委員長(♂)は近付いてくる光線をよそに、翡翠色の武装防壁モードへと『絶対防御イグノアー』をシフトチェンジしていたのだから。

それはミサイルが迫る中、シェルターを飛び出し無装備でうろちょろしていることに等しい。



「けども、僕は至って真面目さ。アンド、チェックメイト」

「なっ?」



言うと、委員長は右斜め前に跳ぶ。

そして、新宿の攻撃の姿を横っ腹から拝んだ。



「やはり、澁谷さんのキャパシティーはそれでしたか…」








委員長(♂)はほんの少し前まで新宿の攻撃に対して誤解をしていた。


しかし、それも仕方ない。相手がそう思わせるように仕組んだ巧妙な作戦なのだから。


“光線”と言われ、“常に攻撃を真正面から”受け、“攻撃を喰らう時間が”長ければ、だれだってあのように勘違いしてしまう。




だから、委員長(♂)もこの光景を見たとき、心底感心した。



この……、






二メートルの“球状の光弾”を見た時は…!








「…ふぅ、どうやら貴方もここまでのようね」


澁谷奏はここで初めて喋った。


何事かを諦めたように、しかしそれでいてまるで他人事のように彼女は澄ましている。


その態度に委員長(♂)は戦慄く。

今度はこっちが攻撃に転じられ、相手が身構える番だというのに、彼女の“時間操作能力”は彼女にそこまでの自信を与えられる代物だというのか。





どのような原理かは知らないが、澁谷奏のキャパシティーが時間操作能力であることは間違いない事実だ。


理由は新宿の攻撃が光線状でなかったことにある。



おそらく、新宿の攻撃は本来はもっと遅いのだろう。そして、チャージやインターバルももっと全然長いのではないかと考えられる。

その根拠は新宿の攻撃を喰らっている時間の異様な長さ。もしあのスピードが通常ならば、たかだか二メートル級の球体にそんなに攻撃時間があるわけがない。あって、一秒か二秒だろう。だというのに何十秒も続いたのは、委員長(♂)が攻撃を喰らっている間だけ澁谷が“時間を早めるのをやめた”からだ。寧ろ、遅めた可能性だってある。

そうすれば、スピードは非常に遅くなり、光球の通過時間も長くなるという仕組みだ。しかもこれによって、相手に「光線だ」と勘違いもさせられ一石二鳥になるわけだ。




「そんな…っ、待ってくれ!助けてくれよ!俺達二人で初めて最強なんじゃないのか?」


この澁谷の態度によって最も動揺していたのは新宿であった。

彼のまるで別人のような豹変ぶりに委員長(♂)は多少呆れつつも、事態の不透明さに戸惑いを隠せない。




―――――澁谷の狙いはいったいなんなのでしょう?




「もはや貴方は用済みなんですよ、新宿さん」

「そんなっ!そんなこと一ノ瀬さんが黙っているとでも?」

「ここは私に一任されています。検証の結果、あなたは優勝候補筆頭迎撃アンチベストフォーファイアの任には向いていないと判断されました。後任は田端さんか池袋さんが適任かと…」

「そんなっ!バカなっ!」



どうやら、内輪揉めのようである。

新宿の方が澁谷から一方的に見放されているようだ。

成る程、先程までの新宿の全く動揺しない、巌のような強固さは、澁谷あってこそのものなのか。


しょせん、ハリボテ。

虎の威を借るなんとやら。



―――――ここは真也くんに倣いましょう。




通常、こんな惨めな姿をさらせば少なからず戦闘に萎えが差すものであるが、よわゴシはこの時反応が違う。むしろ逆、敵のミスは最強の武器だと思っている卑怯人間代表の真也は意気揚々と躊躇なく攻撃を繰り出すだろう。



「いきますよっ!」



両の手をブレード状にして新宿に迫る。

まずは確実にこの男を倒すのだ。



「きっ来たっ!な、たっ…頼む!助けてくれよ!まだ、負けたくねぇよ!」


新宿は澁谷にすがりついた。


「ふぅ、惨めな。あれを倒せたら考え直してやらなくもない」


澁谷は考え直したというより、鬱陶しさに堪えられずに根負けして、そう言ったようだった。


新宿もそれを聞いて、しぶしぶ動く。しぶしぶ…動くが…、動いてなおこの男は…





「な、なあ。わざと負けてくれないか?大丈夫だ。お前は殺さない。分かるだろう?俺の能力は攻撃力しか強くないポンコツなんだ」


男は委員長(♂)に女々しく言い放った。

謎の強引理論を繰り出して自尊心もかなぐり捨てて。


それに対してもちろん慈悲の感情なんて生まれるわけもなく、そして委員長(♂)のセリフは決まっていた。





「いやいや全く分かりませんね。なにせ僕の知り合いには攻撃力すら強くない能力を持つ人がいますが、彼は全然ポンコツではありませんからね!」



そして二閃。

強靭なブレードがポンコツな男の体を二度切り裂く。


「があああああああっ!」


彼は大袈裟に声を張り、断末魔の叫びをあげると煙のように消えてしまった。









「使えん、男だ。あれが入閣間際テンアラウンダーだったということが未だに不思議でならないくら………ん?」


澁谷が無感情にそのように述べていると、自分に何かの切っ先が向けられていることに気付き、その方を向く。


「なんのつもりだ…?お前」

「次は貴女の番ですと言いたいのですよ」


その正体はもちろん委員長(♂)である。彼は満身創痍ながらも、「まだやれるぞ」という強気の顔になって澁谷を挑発する。


「ふっ…ふふふふふふ。まさか、私に勝つつもりでいるの?」


澁谷にとってその様子はかなり滑稽に映ったみたいだった。大人が子供に玩具のナイフを突きつけられたような態度をとる。




「いや…、その男は勝つぞ?」


委員長(♂)の後方からとある男の声がした。その声を聞いて澁谷は笑い声を止め、視線をその方に移す。


「なぜならそいつはただ強いだけでなく、超強いわれを味方に付けているのだからな」

「貴様は…『魑魅魍魎カオスインベイド』か」


委員長(♂)が振り返る。

そこには黒髪を天に逆立て、学ランをマントのように羽織り、両手にグローブと左腕を包帯で巻いた黒ずくめの衣服を身に付ける少年がいた。

その傍には辺りをキョロキョロしている柿崎未来(デコイ)もいた。そんな彼女が委員長に話し掛ける。


『あら?遠藤真也は来ていないの?』

「見ていませんが、…今の会話から察するに、真也くんの言っていた四天王寺さんは真也くんが連れてきた戦力なんですね」


委員長(♂)は直接四天王寺に出会ったことはなかったが、能力名とその存在感から理解するのは容易かった。

彼は一旦、澁谷から離れ『絶対防御イグノアー』を無色透明のものにし、四天王寺に近付いていく。



「四天王寺さん。頼りになります」

「………」

「四天王寺さん?」


先程まで孤立無援状態で四天王寺の襲来が素直に嬉しかった委員長(♂)が自然に漏らした言葉だったが、四天王寺はその言葉に驚きしばらく声を出せないでいた。


「貴様…良い奴だなぁ……」

「…は、はぁ…」


四天王寺がなぜか涙を流しているので少し気色悪く感じてしまう委員長(♂)。

普段、真也や彌生に散々な言い種を喰らっている四天王寺にとって、委員長(♂)のこの言葉は彼の琴線に触れたようである。



「我は貴様が気に入った、貴様が嘗て受けたことも、この先受けることもないくらいの最高最大限の助力をしてやろうではないか!」

「………はぁ」


まるで演劇の主人公のように意気揚々と声を張る龍鵞に、早速ついていけなくなってしまっている委員長。

龍鵞には自分に当たるスポットライトでも見えているのだろうか。

そこには“溜められた凡そ三ヶ月分の鬱憤”を自分が代表して払っているような意味合いもなんとなく感じられた。


「気を付けてください。四天王寺さん。彼女はあれでも優勝準候補イレヴン、キャパシティーは時間を操作する類いのものだと思われます」

「関係ないだろう、そんなもの」

「え?」


龍鵞はそう言って愛しそうに委員長(♂)の『絶対防御イグノアー』に触れる。

龍鵞はこの場に来る間の井の頭線の中で真也に他のメンバーの能力について聞いていたのだ。

本来、敵とも言える立場の者にそんなことを教えるなんて言語道断であるが、これは裏返しにどれだけ真也が龍鵞を信頼しているかということでもある。

とはいえ、本人はバカだから多分その計らいに気付いていないのだろうが。


「我々の防御はたとえるなら全方位をコンクリートで固められたサッカーゴールだ。億分の一にもゴールは出来ない、たとえボールが光の早さで放たれていてもだ」

「…あの、特殊相対性理論的に光速の球弾のエネルギー量は並々ならぬものであり、コンクリート程度では簡単に破砕されてしまうと思われますが?」

「あぁーっ!!だったらアレだ!鋼鉄だ!ミスリルだ!オリハルコンだ!」


龍鵞はカッコよく話を進めようと慣れないたとえ話を持ち出したら、弱点を糾弾されてしまったので結局醜く喚いてしまう。


「と、とにかくだな、我が言いたいのは時間など操ろうといかなる攻撃を通さ……」

「勘違いだ」

「はあっ?」


龍鵞が気を取り直して委員長(♂)と喋っていると、それを遮る声が聞こえた。

当然、澁谷奏である。彼女は「ふぅー」とため息がちにこちらを見てくる。


優勝候補筆頭ベストフォーならいざ知らず、攻撃バカと防御以外能無しの男達くらい御せないとでも思っているわけ?」

「なんだ…、虚勢を張れるほどの威勢がいい奴相手で我は嬉しいぞ?」


龍鵞の言うことは最もである。

彼の言う通り、たとえ本当に彼女が光速度の攻撃を繰り出せても――ただし、攻撃力は並のパンチ程度のものとする――委員長(♂)のはもちろん、龍鵞の自動防霊オートガードが防御に遅れることなんてあり得ない。

それは彼らの防御機構が光速度で正確に敵性の攻撃を止められるほど機動性に優れているのが理由だからではない。



それらの能力には『物理的損得』に干渉されないのだ。




この『物理的損得』というものは現象系能力フィナメナキャパシティー概念系能力ノーションキャパシティーとを区別する一つの指針である。


『物理的損得』とはなんなのか。

このことを説明するために一つのたとえを出そう。



あるところに、現象系能力の「炎を操る力」と概念系能力の「対象空間に火炎を生み出す法則を支配する力」があるとしよう。

攻撃対象の周囲に発火性のガスがある場合、前者はガスに誘引させてより強化された炎火を浴びせられるが、後者はあくまで対象しか燃やすことができない。

また、周囲が水で満たされていた場合、前者は炎を起こすことに難があるが、後者は問題なく炎を起こせる。


物理的損得に干渉されないとは、つまり上記のように概念系が「己の法則を極力行使するため」物理現象をたいがい――概念系が100%法則を実現出来る能力ではないから――受け付けないのである。



―――――ゆえに、いかに相手が早かろうが、僕らは防御出来るわけですが…



委員長(♂)はそれでも、己の中の不安が拭いきれなかった。

澁谷が『物理的損得不干渉』に関して知らないことはないはずなのに、彼女は妙に不敵な様子なのだ。

加えて、その時に発した意味深な言葉の意味も分からない。

ただ、委員長(♂)は次の光景を目の当たりにして自身の予感の正当性だけは理解した。


「ガッ…ハッ……!?」


澁谷が一瞬で龍鵞との距離を詰め、その顎にアッパーを決めたのである。彼は悶絶しながら宙を飛ぶ。


「…何が!?」


委員長(♂)は事態を“認識”出来なかった。あの自動防御オートガードが一切反応しなかったのである。その驚いている姿を見て澁谷が委員長(♂)の方を向く。


「だから勘違いだと言ったじゃないか」

「勘違いだって?」

「逆だ…逆なんだ。私を甘く見すぎだと言いたいのではない。逆、その逆。私は所詮準候補スペアでしかない。そんな私が“時間操作だなんて強力な能力を持っているわけないじゃないか”」

「?」


どうやら彼女のキャパシティーは時間操作ではないようだ。しかし、だとしたら先の戦闘からの推理が全て破綻することになり、謎が深まるばかりだ。

それとも、彼女が言っていることが虚偽なのか?


―――――…いや、全てなのか?



委員長(♂)は思考を続けたかったが、そんな場合ではなかった。


「っ!!……バカな!?」


突如、澁谷が委員長の鼻先三寸の位置に現れたのだ。それも、驚くべきことに委員長(♂)の無色透明の『絶対防御イグノアー』の中をである。

だけど、戦き固まっている場合ではない。彼は転び気味に後ろっ飛びをして、彼女の顎狙いのアッパーを…


―――――ワンパターンで助かりま…っぐっ!?


…避けたのだと思った。


違う。


逆、まるで逆。


…マトモに喰らっていたのである。



「っがああああっ!!」


委員長(♂)は地面に伏しながら、それでも気を持っていかれないように保とうとする。


――――――見えないくらいの早いスピードはまだいい。しかし『絶対防御イグノアー』を無視だって!?




これで事実上、彼が『絶対防御イグノアー』を破られたのが三回目になる。


あまりに短時間で次々と破られるので、彼は自分のキャパシティーの頑強さに疑問を持ちたくなるが、しかしやはり、彼女の能力に法則の穴を突く何かがあると考える方が懸命だろう。








「いやぁー!せっかく走ったのに迷っちまって遅れちまったよ!ハハハハ…ってあれ?お取り込み中だった?」


そんな危機的状況下、空気を省みない剽軽な声が響いた。


わざわざ誰なのかなど、勿体ぶる必要もない。それは遠藤真也のものである。

彼は多分事態を半分も理解していないのかもしれない。自分が空気を読めてなかったことにただただ苦笑いで照れているようだった。


「昨日ぶりね、遠藤真也」


澁谷奏がまた見えないスピードで真也の前に移動していた。


「あっ!お前は確か…えっと…一ノ瀬のこれだっけか?」

「…澁谷奏」


真也が暢気な声で小指を立てる。聞かれた彼女の方はそれには無反応で、機械的に名前を言っている。なんとも滑稽なコミュニケーションだ。




―――――あれっ?




そんな二人に委員長(♂)は奇妙な感覚を味わった。確かに戦闘中に、それを忘れさせるような抜けた会話をするなんておかしいにも程がある。が、そこじゃない。そんなことは真也なら特に気にする点ではないのだ。


「貴様には私は止められないよ。今からどっちかを殺す」


真也にそれだけ言うと、澁谷はキッとこっちを見る。


「あれ?なんかお前、妙に饒舌になってねえ?確か昨日は片言じゃなかったかっ…て、おいおい話途中で行くなよ自由か、お前は」

真也が呆れて彼女の背を追おうとするが、“次の瞬間”には澁谷は倒れこんでいる委員長の前に姿を現していた。


「貴様らの中二病大戦ヴィクターウォーズもここでジエンドだ。最後に最高の攻撃を叩き込んでやろう」


委員長(♂)は最期の最期にしくじったと思った。真也が澁谷と会話している唯一のチャンスに、彼に彼女を捕まえるように指示すべきだったのだ。そうすればあるいは…。


―――――いや…今はもう…


委員長(♂)はそこまで考えてから、反省するのは今ではないと気付く。

重要なのはそんなことではなく、被害を減らし、これからに繋げること。

つまり真也みらいに託すことである。


「真也くん!逃げてください!!」


この声を言い終わる頃か言い終える前かに委員長(♂)は踏み潰された蟻のように、プチッと殺されるはずだった。




「つーかまぁーえたっ…と。って、委員長(♂)?逃げろってどういうことだ?」

「!?」


あろうことか、委員長(♂)に放たれるはずだった神速の鉄槌は、“ゆっくり歩いてきた”真也に後ろから掴まれていたのである。


「どうしてだ?こいつには通じていないのか?」


驚いたのは委員長(♂)だけでなく澁谷にとっても想定外の出来事のようだった。彼女は顔面蒼白させて真也に振り返っていた。


「ん?ん?ん?なんだ、お前ら二人して?オレの顔に今日の昼飯のおにぎりの昆布でもついていたか?」


ただ一人、本気で状況をつかめていない真也は首を傾げながらオドオドしていた。


この男は自分が澁谷の高速についていけていることに何で平然としていられるのだろうか。






―――――…待ってください。



委員長(♂)は自分が抱えている不可解な記憶に気が付いた。



―――――澁谷は僕の目の前に一瞬で現れましたが、それに追い付いた真也くんは確かに歩いていたおぼえがあります。



澁谷が委員長(♂)に話しかけている間に間に合ったのか、いや、あの場所からここまではそれなりの距離がある。正直走ったとしても微妙だろう。委員長(♂)の中に、ゼノンの亀に追いつけないアキレウスのような哲学的渾沌が渦巻く。



「もしかして貴女は…」


委員長(♂)がある答えにたどり着き彼女に話しかけようとしたとき、澁谷は一瞬で真也の戒めを振りほどき、また次の一瞬で彼の後ろに回り、その延髄に左肘を当てようと迫る。


「だから、なんなんだよ、さっきから」

「きゃっ!」


真也は彼女の左腕を取り、背負い投げの要領で地面に叩きつける。

真也の柔道の腕前は授業で獲得した浅いものだが、その実力はクラス全員から一本とるなんていう伝説を残すほど折紙つきだ。柔道部員にしつこく勧誘されて困った顔をしていたのを委員長(♂)思い出す。




―――――けど、これで確信しました。



「ったく、だからさっきからなんなんだよ澁谷さん。なんだって“そんなゆっくり動くんだ”?あれか?Wii fit トレーナーがスマブラ参戦決定したからリスペクトしてんのか?」


真也には彼女の動きが遅く見えるみたいだ。

いや、より正確には委員長(♂)達だけは彼女の動きを勘違いさせてしまっているようであった。



「なぜだ、なぜ私の『認識阻害カウントジャマー』が通じていない!!」






考えてみれば今回の戦い、真也くんのことを含めて奇っ怪な点が多々あった。



・なぜ防御が破られたのか

・なぜ“目に見えない”速さなのか

・なぜアッパーを避けれたと思ったのか

・なぜ同じアッパーなのに四天王寺さんは気絶したままなのか





時間という概念は一種類でなく、その中に心理時間というものが存在する。


人は誰しも「子供頃と比べて今の方が時間が過ぎるのが早いな」とか「楽しいときや忙しい時って時間を短く感じるな」などと経験したことがあるだろう。これが人間が「感覚で把握する時間」の心理時間というものである。原因は体温などと諸説あるが、キャパシティーは認識の問題だと考えているようだ。


おそらく彼女の能力は相手の認識を邪魔することが出来る類いのものなのだろう。

認識を鈍らせて時間の経過を早く感じさせ、認識を鋭くさせて時間の経過を遅く感じさせる。

彼女の点と点の移動を可能とさせているのは認識鈍らせの究極で、防御が通じなかったのはもっと簡単で、ナイトホークステルス機のように「攻撃の認識」を阻害させられたからだ。そして、アッパーを避けれたと思ったのは距離感の認識を阻害していたからだろう。





…えっ?四天王寺龍鵞が気絶してしまった理由は?だって?


さぁ~、多分あれじゃない?天性の打たれ弱さ。






「誰が天性の打たれ弱さだ!!こらっ!!」


そんな中、ガバッと龍鵞が飛び起きた。寝言のように何かを叫んでいたので、さすがに敵味方問わずポカンとしてしまう。



「…どうした?四天王寺」

「えっ?あっ…いや、なんでもない」

「…よだれ垂れているぞ?」

「…ありがとう」


龍鵞は恥ずかしそうに小声で喋りながら、彼にしては珍しく素直に感謝の辞を述べ、そしてよだれを拭いた。真也は未だに事態は掴めていないみたいだが、雰囲気的に場の優劣だけは理解できているみたいで、渋谷に向き直り彼女に提案をしようとする。





「よく分からんが…。オレは先に行って一ノ瀬をぶっ飛ばしたいと考えている。別にお前のことはどうでもいい」

「………………」

「どうやらお前のキャパシティーはオレには効かないみたいだが…、まさかこのまま戦いを続けるなんてオレはお前を低く評価していないぜ?」

「私に退けと?」

「おいおい、わざわざ言わせる気か?」


真也は澁谷に和睦交渉を開始したのだ。これは彼が「女の子となんて戦えない」などという爽やか系主人公のような心構えを持っているからではもちろんない。彼らの目標は柿崎未来を助け出すことであり、澁谷と戦う必要も、究極、一ノ瀬と戦う必要もないのだ。これから待ち構える困難に対して体力や能力や策などを出来るだけ温存したいのである。

逆に澁谷にしても自分の能力が通じない相手とこれ以上戦っても、得なんてないのだから願ってもないことのはずだ。


「…条件がある」


しばらく考えた後、澁谷は無感情な声でそのように言った。真也はそのふてぶてしさに純粋に笑ってしまう。


「ハハハ、状況が分かっていないお嬢さんだな」

「………………」


しかし構わず頑なに黙ったままこちらを見てくるだけの澁谷。



「ふぅー、分かったよ…聞こうじゃないか澁谷」




真也は髪をポリポリかいて諦めたようにそのように言った。彼が最後の最後、詰めの部分で非情になりきれないのは彼がよわゴシである所以だろう。

…とはいえ、その部分に限っては彼にしては珍しく主人公っぽいと言えるのだが。




「本当に帰してしまって良かったんですか?彼女が素直に退いてくれるとも限りませんよ?」


澁谷の姿を見送ると委員長(♂)が心配げにそう聞く。彼女自身だけでは太刀打ちできなくても、誰かを引き連れてくれば強力になってしまうのだ。真也は「そこは運任せだな」と軽く返した。


「しかし解せんのは彼奴きゃつが条件として提示したもの」


彼女は退く条件に真也の髪の毛四本、血で濡れた布片というものだった。


「逃げるにしても健闘の証が欲しかったんじゃないですか?大切に小瓶にいれてましたし」

「案外、オレのこと好きになっちゃったのかもな」

「『「それはない」』」


真也が冗談混じりにそのように言うと、その場にいた他の三人が声を揃えて即答する。それを見て「なんだよぉ、そんなはっきり言う必要ねぇじゃねえか…」とショボくれる真也だったが、彼はしばらくして伸びをしながらこんなことを言った。




「にしても、澁谷だっけ?あいつ“スゲェー速かった”なぁー!!ビビったぜマジで!」

「…えっ!?」『はあっ!?』



真也がケラケラ笑いながらスッキリした顔で妙なことを言うので委員長(♂)と未来(デコイ)は大声で聞き返した。確かに彼女は速かった。そのことに関してはなんの問題もないのだが、それを“能力が通じていなかったはずの真也が言うのがオカシイのである”。

龍鵞だけはギリギリまで寝ていたので、事態についていけずおろおろしている。



「へっへへー!ハッタリ大☆成☆功」

『ど、どういうことよ』

「どうもこうもねぇ。オレにも奴の動きは早く見えていたってことさ」

「しかしなぜ…」


と、委員長(♂)は聞きかけてハッとなる。彼は真也を主人公としてあまりに過大評価し過ぎていたみたいだ。

『ヒーローは遅れてやってくる』なんて言葉があるが、これは逆を言えばヒーローでなければ必ずしも遅れることはないということになる。つまり、真也が委員長(♂)達が本当の本当にピンチになってからやってくるなんて話は偶然にしては出来すぎているんだ。


「全ては入念の観察の結果だ。澁谷の心理系能力パラサイキキャパシティーは発動範囲があるみたいだからな」

「遠目からは影響されなかったのですね」

「あぁ、最初はお前らの戦い見てコントでもやってんのかと思ったよ。委員長(♂)が時間に言及した時にようやくピンときた」

「はぁ。それで今回のハッタリを考えたわけですね。…というか、それって君は僕が二人を相手どっているときからいたんですか。酷いですね」

「いや、…ごめん」


二人の会話を聞きながらも未来(デコイ)は未だに納得出来ないことがあった。


『けど、早く見えていたなら最後に澁谷さんの攻撃を止められたのはどうしてだい?』

「それは僕も聞きたいです。あの時貴方と僕には100メートル程の距離があったはずです」


能力が通じている状態で澁谷の認識阻害の速さについていけるものなのだろうか。


「ありゃ簡単だ。オレは全力で走って澁谷が下らねえこと喋ってる間に追い付いただけだ」

『100メートルだぞ?分かってんのか?』

「分かってねえのはお前らだぜ」


真也はそう言って自分が出てきた入り口を指差す。


「お前らは距離感の認識も阻害されてたんだよ」


さっき見た景色と全く違うみたいだった。今いるとこらから入口まで距離にして10~20メートルといったところしかないのだ。澁谷の能力射程はよほど短いと見えた。しかしそれでも謎は残る。


「でも、あの時には貴方も距離感を阻害されていたのでは?」

「確かにそうだが、敵の能力を知り、正しい距離を理解しているオレとお前らでは認識が違うさ。ミュラーリヤー図形だって矢羽根の知識があれば初見の人よりは長さが同じだと認識しやすいだろう?」


委員長(♂)は真也の話を聞きながらゾッとしてしまう。彼の恐ろしいところは困難の打開策を誰よりも早く思い付くことというよりは、それを実行出来るというところにある。

言わずもがな、作戦を立てることと行うことは違う。柔道のテキストを見ながら相手を倒す空想に浸れれば、悪漢に襲われた際にもそれを行うことが出来るだなんてトンデモ理論が成立しないのは分かるだろう。



今のは大袈裟なたとえではあるが、これをやってのけるのが彼の強さなのだ。



「真也くん…」


それが彼が自分の作戦を強く信頼してるからなのか、何度も練り直した後なのか、実はそれすらもハッタリで偶然の結果を作戦だなんて嘯いているのかは委員長(♂)には分からない。



「彼の…一ノ瀬さんのキャパシティーの正体が分かりましたよ」




それでもそれが優勝候補筆頭いちのせやまとを打ち倒す力になることだけは委員長(♂)には分かっていた。




『あとがき』


前回、あんなこと言っといて三ヶ月も更新が遅れたことをまず謝ります。

実は理由があるのです。私は8月1日から新作小説の掲載を考えていまして、そのためのストック作りと平行していたらこんなことになってしまったのです。

つきましては、これからの更新も鈍足になってしまいます。最悪三ヶ月一回更新とか…。

数少ない楽しみにしてくれている人はスイマセン。8月1日から掲載する小説も永谷節がそれなりに現れていてそれなりに面白いと思います。

読んでくれたら嬉しいです。


タイトルは『ぬるゲー魔法世界の禁断魔法(物理)』です。

タイトルは報告なく変わることがあります、申し訳ありません。



では、またいつか。





―――――真也の柔道の話は実は第一章からの伏線…

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