Ep32 Spirit of emulation ~あっち⇔こっちな城兵共~
小説制作でタイトル決めるのが一番時間かかるくせにそんなに深くもないタイトルを考えることで有名なのは、よわゴシだけ!
「ちょ、え、待っ…、えっ?ナニコレ?」
第一声は緊張感のない剽軽なものであった。
「えっ、これ井の頭公園なん?マジ!?変な建物あるけど?動物公園の不思議な遊戯とかモルモットとの触れ合いコーナーとか新幹線の乗り物とかオレ好きだったのに全部潰れてんじゃん。え~~、頭オカシンじゃね?一ノ瀬とかいう奴」
遠藤真也は因果孤立の空間にて井の頭公園を踏み潰すように存在する巨城を見てこのような感想を漏らした。
「全く、悪趣味ね」
「いい趣味だ…」
「え?」
「あ、…ご、ごほん。ふっ、ふん。神聖なる樹精霊の領土に手をつけるとは…悪の風上にも置けん奴よ」
九条彌生と四天王寺龍鵞もまたこの建物を見て各々に感想を述べる。
彌生は城に対し冷たい目を、龍鵞も同様に口では否定的なことを言ってはいたが、城を見る目はキラキラしていた。流石はモノホンの中二病、こういったファンタジックなものに憧れるのだろう。
「ふっ、さっさと入ろうぞ」
龍鵞は内装も早く見てみたいとそわそわしているのか、ルンルン気分をステップで刻みながら歩を進める。
「おい、どこに行こうとしているんだ?四天王寺」
「はっ?入り口だが?」
確かに直径5~6mはありそうな入り口へと向かっていた龍鵞。だが、なぜか真也はあたかもそれを不思議そうに聞いてくるのだった。龍鵞にはわけが分からなかったが彌生はどうやら検討がついたみたいだった。
「お前、ラストなんちゃらとかいう御大層な名前な割には発想のスケールが貧相なのね」
「【聖光を斬り裂く者】だ!というか、貧相とはどういう意味だ!」
「ん」
自分のことをバカにされ憤慨する龍鵞だったが、彌生が指で上を差したため思わずその方向を見る。
「上?」
「一ノ瀬大和は多分上にいんだろう?だったら下からチマチマ登っていくんじゃなくて、上にガッと言って外から砲撃ぶっかまそうって話よ。ね?真也」
「ま、そういうわけだ。彌生が風の力でオレ達を浮きあげて、お前の『百鬼夜砲』で撃ち抜いてから侵入する」
「お、おおう…!」
龍鵞にとって真也の策は余程魅力的に映ったのだろうか、唸るようにして感銘を受けている感をひしひしと出していた。
「はっ!い…いや、もももちろんそんなこと分かっていたさ。ただ、我が口からわざわざ言うまでもないと思っただけさ」
が、その姿をニヤニヤと見られているのに気付いて、普段のしゃべり方で誤魔化す。しかしその声が上ずっているのは分かっていないのだろうか。
『…』
真也達がそんな風に会話している間中ずっと柿崎未来(デコイ)は考え事をしていた。
―――――これで、私の仕事はひとまず終わった。一ノ瀬様の『トリニティー』が完成するまでは待機だけど、どうするかな。
彼女はある中二病患者のキャパシティーであると同時に、運営委員会の支援を受けた特殊な存在である。彼女には自我があり、能力者が「消そう」と思って消せる存在ではないのだ。
「おい!デコ子なにしてる?」
そうやって黙り込んでいた未来(デコイ)に真也は声をかけた。
『…』
「おい、なにボサッとしてんだよデコ子!」
それでも反応がないので真也は彼女の腕を引っ張りこちらを向かす。
『ちょっと、デコ子って私のこと?』
「他に誰がいる?未来の本物に近い偽物じゃ言いづらいんだよ。デコイだからデコ子、シンプル イズ ザ ベスト!」
『やめてよ、恥ずかしい』
「じゃあ、デコちゃん」
『デコちゃんって言うな!』
その時、すっと体が浮き上がる感覚を未来(デコイ)は味わった。彌生が風によって生み出した浮力でどんどん足が地から離されているのである。
『え?え?なにすんのよ?私を降ろしなさいよ』
「は?なに言ってんだよ、お前も行くんだよデコ子」
『はぁ~!?』
「どうせ暇なんだろ?ならついてこいよ。あ!彌生、この辺でいいわ」
真也がそう言うと、空への上昇が止まる。だいたい200mくらい浮上した。
「ん?」
上昇してからしばらくしても何も起きないので、疑問を持って攻撃班の方を見ると、龍鵞は目をつぶり、片目だけ細く開けたりしながら「高いいっ」とか言っていた。
「おい!四天王寺!早くしろよ!さみぃだろ!」
「うっ…うるさい!いっ今やろうと思っていたんだよ!」
「待てよ四天王寺、まさか一度この場に召喚するんじゃないだろうね?千なんて数、私は支えきれねーよ!」
ハッとなって彌生がそのように注意する。言われて「あっ」と漏らす真也。さすがの彼でもそこまでは頭が回っていなかったようだ。だが、どうやら心配はいらなそうだ。
「大丈夫だ、あれは演出だ。冥界から直接エネルギー体として呼び出すことも可能だよ。そん時は浮遊物体だから質量の増加もない」
龍鵞はそのように言ってから腕を上にあげ、右手をピストルのように構える。するとそこに様々な色の球体が集まり、混ざりあい、どす黒い一つの直径30cm程の球体になる。真也は「っていうか、こいつ今、自分で演出とか言っていなかったか?」とポツリと思った。
「あ、四天王寺……あんま下は見ない方がいいぞ」
「なっ!?たた高いところなど怖くない!行くぞ!『百鬼夜砲』!!」
真也は龍鵞が幼稚園児でも分かるくらいにあからさまに高いところに対して恐怖心を抱いていたので、特にバカにする気持ちからではなく、単純に心配してそのように言った。だが、龍鵞は恥ずかしいのか誤魔化すように、八つ当たり気味に城へ攻撃する。そうやって放たれた『百鬼夜砲』によって巨城の中心部に大きな穴が開いた。
「よし、行け」
「ぬおぉっ!?」
「うわあああああっ!!」
『きゃああっ!?』
それを見て彌生はその穴に強引に放り込む。三人は咄嗟のことに思い思いに叫び声をあげた。彌生は主に四天王寺が怖がる声を聞いてなんだか満足そうに笑った。
そうしてから自分もゆっくりと穴に入り床に着地する。
「ん?あら?シンヤ達は?先に行ったのかしら」
しかし辺りを見回しても誰もいない。彌生は、シンヤ達が自分を置いてきぼりにしていったのかと軽く考えてから、とぼとぼと通路を歩いていく。
しかし、もちろんそんなことはない。正解は彼女の着地地点のすぐ近くの床が抜け落ちてしまっている穴にある。彼らは運悪くそこに落とされてしまったのだった。
「ったく、何が楽しくて一人で行かなきゃいけないわけよー」
そんな愚痴をグダグダと吐きながら進んでいるとしばらくして開けた場所に出る。
「あ?んだこりゃ?進めねえじゃねえか」
彌生は上を向きながら言う。
その場所は8m四方の正方形の床だがそのどこにも扉はない。否、無くはない。この部屋は高さが30mくらいはあり、その頂上付近に出口がある。また、上は一部が外と吹き抜けになっていた。先程の四天王寺の攻撃で破壊されたのだろう。
普通の人ならこの事態は万事休すだったが、彼女にとっては何の問題もない。自分を浮かせてそこに行けば良いのだ。そう考えて、彼女が風を生み出そうとした時だった。
「そうそう進めない進めない、それをよく分かっているじゃないですか」
部屋の真ん中くらいまで来ていた彼女は、後ろから声がかかったのに気付いてくるりと振り返る。
「あ?」
すると入り口周辺に四人の男女がいた。と、同時にガラガラと扉が閉まる。閉じ込めたようだった。彌生は四人はしばらく見てから落胆してタメ息した。
「んだよ、いきがる声がしたと思ったら、ただの雑魚かよ。面倒くせぇー」
いかにもやる気の無さそうな様子を見せる彌生に対して対面の三人はカチンとくる。しかし取り巻きのリーダー格のような人がそれを宥めて、すっと一歩出て、彌生に言う。
「その余裕がいつまで続きますかね?」
「はぁー、あのな?そこのお前。そういう台詞を吐くから雑魚だっつってんだよ。ズレてんなあ」
「御忠告、肝に銘じます。俺の名前は東京輔と言います。以後、お見知りおきを…。さて、我々は一ノ瀬様によって編成された対九条彌生用のチームです」
「……なんだって?」
彌生の言葉に動じずそのようにリーダー格の少年が言った時、彌生は十八番の挑発行為をやめてその少年に一瞥する。
「我々は対九条彌生用に編成されたチームだと言ったのですよ、『海中帝都』!!」
「ん!?」
―――――まずいっ、地域支配系能力か!!
彌生は地面からどこからともなく水が涌き出たのを見て直感的にそう判断して反応する。
そこから怒濤の勢いで水が涌き出て瞬きをした次の瞬間にはもう、この部屋全体は水に満たされていた。
―――――危なかった…。
彌生はあのとき咄嗟の判断で出来るだけ多くの風を操り自分の周りに厚い空気の層を作り出して水の侵入を防いだ。
今、彼女の周りには直径2m程の球状の空気の塊が存在している。彼女は見上げる。部屋の20mくらいの位置に先程の四人がいた。能力者の保護下にあるからなのか、なぜか彼らの周りには彌生のように空気の層がないというのに、呼吸も出来るようだし、衣服が濡れてもいなかった。
「さすが…一筋縄じゃいきませんか。けど、これで…お前の風を制限しました」
「『時限爆雷』!!」
「『尖装戦槍』!!」
リーダー格のその言葉と伴に取り巻きの二人が各々の能力を行使する。
「ちっ」
彌生は降りかかる槍や爆弾を、自分にまとわりつく空気を使って空気砲を撃ち込みそれらから身を守る。
「やわいんだよ、雑魚ども」
「だが、空気は無限ではないはずさ。槍や爆弾にやられるのが先か窒息するのが先か。どちらにせよお前は詰んでます」
「は?風がダメなら電気を使えばいいじゃない!しかも水ならお前ら全員感電死だよ」
彌生がそのように言うと、穴に向かって落雷が降り注ぐ。
『自在弾材』
敵能力者の最後の一人が体を変質させ頂上付近で部屋と外とを断絶させるように蓋に変態する。すると電気が蓋を越えて下に来ることがなく、その上、変態した中二病患者にもダメージがあるようには見えなかった。
「彼は電気系に対する対防御を持っていてね、これでお前に対する雷の攻撃も封じた。チェックメイトですよ」
「『時限爆雷』!!」
「『尖装戦槍』!!」
九条彌生の武装がほとんど外されて中二病患者として丸裸にされてしまう。
「はぁっ!!」
彌生はそれでも諦めずに何度も何度も雷撃を撃ち込む。が、その度に空しく弾かれるだけであった。
「対防御と言ったでしょう?根性論でどうにかなるものではありません。無駄なことです、じゃんけんでグゥはパァに勝てないように、理論的に無理なんですよ」
委員長(♂)が評するところの遠藤真也に似た戦略的思考、すなはち概念戦の強者。それによって一ノ瀬大和は自分が直接手を下すまでもなく、優勝候補を倒すことに成功しようとしているのだった。
―――――遠藤真也に似てる…ねえ?フフ、確かにその通りかもね
残り少ない空気を使って敵の攻撃を防ぎながら彌生はだいたいそんなことを心中思っていた。
「ふっふはふはふは」
そして自然と笑い声が出てしまう。
「お前の言うところの雑魚に敗北してしまう屈辱を受け入れられず、絶望しての狂い笑いですか?」
東は勝利を確信していて、彌生の奇怪な行動を単なる負け犬の駄々にしか考えていないようだった。それに対して「ちげぇよ」と彌生は言ってから、このように続けた。
「この程度で私を倒せると思っている甘さが、あいつに似ていると考えたんだよ」
「は?」
「この状況を打破する方法なんざ多すぎて迷っちまうよ!まあ、お前らを雑魚呼ばわりしたことをお詫びして、一番残酷なものをチョイスしたけどな」
「はっ、なにを、戯れ…言を…?」
ここでリーダー格の少年は異変に気が付く。
最初は気のせいかなんかだと思っていたが、普段より“水が冷たく感じた”のだった。
「なっ!?」
そして次の瞬間にこの異常を確信する。“自分の周りにある水が凍りついたのだ”。
「っな、何が…!?」
「お前ら、ペルチエ効果って知っている?知っているわけないよねえ、そんな貧相な頭じゃ。簡単に言うと金属に電気流すと温度が下がったりするの、冷蔵庫に使われている技術よ。私はこれでマイナス100℃にまでも下げられる」
この城は様々な材質で出来ているようだ。たまたま城の破壊された部分に剥き出しの鉄筋を見つけたので思い付いた策である。
「このまま冷えと呼吸困難にさいなまれながら、じわじわとくたばればいいわ」
彌生の周りには空気が張られている、その大半を占めているであろう窒素の融点はマイナス209.86℃、沸点ですらマイナス195.13℃であり彼女が凍りつくことはない。その上、空気をシバリングさせて温度を上昇させているのだ。
「じゃあ、私は行くぞ、勝手に苦しみな」
ちなみにゴムはガラス転移点近くまで温度を下げた時、分子が自由に動けなくなり常温ほどの伸縮が出来なくなる。そのため、部屋を割くように覆っていたゴム人間は縮んでしまっていた。彌生は雷の耐防御の壁が取り払われたのを見てから落雷を自分の近くに落とし氷を割る。それによって上に向かう小さな穴が産み出された。彌生は途中、動けないのでのたうち回ることも出来ずに苦しむ氷壁に閉じ込められた少年少女を楽しそうに見ながら頂上にあがり、そこで適当な通路を見つけ、進んでいく。
「うわあああああああああああああああああ!?」
一方その頃、彌生に乱暴に吹き飛ばされたために、着地をしくじり城内で絶賛落下中の真也と龍鵞と未来(デコイ)。
「………」
落下中であったが真也は落下慣れしているので実に冷静だった。龍鵞が生まれたての赤ん坊のように叫びワメき散らすのに、苛立ちを覚え、愚痴を言えるレベルである。
「仕方ねえな…」
真也は手を伸ばし龍鵞と未来(デコイ)を自分の傍に引っ張り、そうしてから相手の腹回りを片手で抱えるようにして持ちながら、ちょうど整列前ならえの一番前の人のポーズをとる。
「『戦意皆無』!!」
落下の終着点が見えてきたなと感じると真也は即座に能力を発動した。すると真也(達)の落下力はゼロになり、ふわっと無事着に成功した。
「うわあああああああああああああああああ!?」
「おい、もう落ちてねえっつうの」
いつまでもかしかましく大声を出して暴れるので真也は堪らず手を離し龍鵞にそう告げる。
「った、…?…ふ、ふん、べ、べべ別に貴様の助けなどなくとも我は自分でなんとか出来たわハハハハハ!!」
ズベッとうつ伏せの形で真也に床に捨てられ痛みが走るが、それが激しいものでないことを知った途端に助かったのを悟り、龍鵞は普段の調子を取り戻していた。
「男のツンデレとか虫酸が走ること甚だしいからマジでやめて」
「ツンデレって言うなよ!」
『……おい』
真也と龍鵞がそうやって話していると、真也に誰かが声をかけた。
『………おいっ!』
「ん?どうかしたか?」
未来(デコイ)の言葉に真也は「はて?」と首をひねる。
『どうかしたかじゃない!!私も下ろせ!!いつまで抱き抱えるつもりだ!』
「あぁ!あまりに軽かったもんで気付かなかったぜデコちゃん!」
『だからデコちゃんって言うぬわふゎぁっ!?』
「すっげーなあ、腹回り肉片が一切見つからん。こぉーゆうのって胸に集めるコツとかあんのか?」
未来(デコイ)は喋っている最中に腹部に奇妙な感覚が走り、思わず喘ぎ声にも似た艶かしい響きを吐いてしまう。その原因は真也が彼女を支えている方の腕にある手で、彼女のへそ回りを直に執拗にいじっていたのだ。それに気付いた未来(デコイ)は堪らず暴れだす。
『はっははは!くすぐったい、こら、やめろ変態セクハラエロスふっははは!!』
「ははは、ごめんごめーん。つい、普段未来が絶対にしないであろう反応をするのが面白くて。ほら、降ろしてやっから」
真也もさすがにやりすぎたと感じたのか、彼女をその場に降ろしてあげる。
『く・た・ば・り・や・が・れ!』
「あべしっ!?」
地に降り立った彼女はすぐに切り返し、真也の鳩尾辺りにあるであろう経絡秘孔をグーパンで貫く。
『お前のような人間失格者には一ノ瀬様がわざわざ手を下すまでもなく、この私が地の獄の果ての果てに葬り去ってくれるわ!』
「ごべべべべべべべっ!!!!」
貫いただけでは終わらない。次に未来(デコイ)は放った腕とは逆の腕で今と同じ場所を貫き、次にそれと反対の腕で同じ場所を貫き、また別の腕で貫き、繰り返し繰り返し繰り返し。
それを瞬く間に何度も行う。その猛威はまさに白金色に煌めく流星群の如しである。
「ぐ…ふ、に、人間でもないやつに人間失格呼ばわり去れるとは…」
『うるさい!』
「めがはっ!!」
既に瀕死の状態でふらふらとしていた真也に、彼女はトドメの両拳を真也の眼球に放つ。
※良い子は真似しないでください。
「つか、触れて思ったんだが、やけにリアルだよな」
『この変態はまだ殴り足りないのか?』
「いやややや!そうじゃなくて、本物に限りなく近いってのもまんざら嘘じゃないんだなって」
『当然だ、我がご主人は最高のお人だからな』
未来(デコイ)は真也の言葉にピクッとなり、再び握りこぶしが造られるが、真也が慌てて違うと説明すると、主人を褒められたのがそんなに嬉しいのか、すぐさま機嫌よくする。
「未来のキャパシティーなんかも使えるのか?」
『いや、さすがにそういったのは無理だし、もちろんご主人のキャパシティーも使えない。完全に似せられるのは姿形と身体の強度、あと運動能力は極力似せられる』
「だよなあ!もしキャパシティーまで物真似出来るキャパシティーなんてのがあったら、オレは絶対に勝てないと思うね。まあ、そんなことより、誘導尋問チョロくて助かるわ~」
『あ!コラお前、遠藤真也!よくも私を騙したな!』
「うん、あまりにもあっさりと話してくれてオレもびっくりした」
「ところで、遠藤真也…」
しばらく遠巻きから見ていた龍鵞はかねてから聞きたいことがあった。
「なんだ?」
「駒東の駅で、わざわざやらせたアレには何の意味があるんだ?」
「ああ、それか。まあ、ぼちぼち分かるさ、気にすんな。ほら、ちゃっちゃと行こうぜ」
それから、彼らは取り敢えず道なりに進むことに決めた。どれくらい落ちたのかは知らないが、それでも一番下ではないだろうと考えながら、真也はずっと黙って思考していた。
―――――オレは…なんであいつにあんなセクハラしてしまったんだ。
よく「やらないで後悔より、やって後悔」なんて言葉があるが、今の真也の心情的には逆のものがあった。
―――――おかしい、本能的というか、自然と体が動いていた。普段のオレなら絶対にそんなことしないのに、なんでだ?
「………」
「………」
自分達の近くでなんかボソボソと喋っている真也が、あまりにも気持ち悪いので生理的に近付けない、寧ろ遠くで他人の振りをしたいと思う龍鵞と未来(デコイ)。
―――――あいつにはどうしてもこういうことをしたくなる…え、…ちょ、…なんだなんだなんなんだこの気持ち…ま、待て待て!!ええっ?もしかして!もしかしちゃってそぉーいゅぅーことなのオレ?
歩きながら10分程思考に思考を重ねた結果、真也はついに結論にたどり着けたようだった。
―――――オレって…まさか、未来のこと好きだったのか?いや、確かに未来は可愛いしスタイルもいいし、あの奇妙な喋りがなければ…あ!?だ、だからオレってばデコ子に…、普通(?)に喋る未らigm@jpギャ/wtmハt゜=ib!?
急に恥ずかしくなって顔を両手で覆ってしまう真也。そしてこんなポーズをしてたらもしかしたら他の二人に悟られたんじゃないかとも考える。とはいえ、それはただの邪推で龍鵞と未来(デコイ)にとっては相も変わらず気色悪くしか映らなかったが。
そうこうする内に広い場所に出る。部屋全体は楕円形で壁はまるで観客席のように幾重にもアーチがあった。これを見て真也はふと思い出した。
「これは…あれだな、コロッセオみてえだな」
「というと、ローマのコロセウムのことか?その割には闘技の場であるはずのここには、障害物のようなものが全く見当たらんが」
「それは俺には邪魔だったのさ。だから一ノ瀬様に除去させてもらったのさ」
「誰だ!?」
真也達の会話に入ってくる声が一つ。それを聞き付けた真也達はキッと声の方に視線を送ると、闘技場の敵サイドの入り口に影が二つ。真也達に話しかけてきたのは身長140cmくらいで、かなりポチャとしている男だった。
「俺は品川晶なのさ。んで、こっちにいる娘が高田馬夢子なのさ」
「よろしく」
男に促されて、彼女は一言それだけ言う。すると未来(デコイ)の顔がパアッと明るくなった。
『ご主人!』
どうやら高田馬夢子というのが未来(デコイ)を作り出した張本人のようである。しかし、高田馬の方はどこかイライラしている様子であった。
「ちっ、このクソ人形。それじゃ私のキャパシティーバラしてるようなもんじゃないか。使えない、これだから自律可動型は面倒なんだよ」
『あっ、す、すいません…ご主人』
悪態つきながらひたすら中傷を続ける高田馬。それを聞き未来(デコイ)は一転して暗くなり申し訳なさそうにする。
「はあ?すいませんじゃないよ。だいたいお前が何でここにいんの?外待機だろうが、勝手に…」
「おいおい、待てって、流石にそれは言い過ぎってもんじゃねえか?」
真也は思わず二人の間に割って入ってしまう。いくら人間でないからと言って、ここまで精巧な彼女の尊厳を否定してはだめだろう。
「なによ?遠藤。お前には関係ないだろうが」
「生憎、お前のように関係ないという理由で人種差別や動物虐待を見過ごせるほど冷えきった感性は持ち合わせていないんでね」
「は?なに、お前キモい。もしかしてこの人形に友情やら愛情やらを感じちゃった系なの?物神崇拝?ハハッ、それは異質同士お似合いかもね」
「なんだと…!!」
変わらず蔑んだ目をやめない高田馬に真也も怒りの沸点に達して歯軋りしてしまう。真也が殴りかかろうという衝動に負けそうになっていると、ここで声がした。
「おい、そこのゴミクズ共」
龍鵞である。彼は腕を組みながら偉そうに喋り出す。
「貴様らはわざわざこんな茶番劇をするために我の進行を邪魔するというのか?」
仮にも優勝候補である龍鵞がそのように言うと、余程貫禄というかオーラのようなものがあるみたいに思えるのか、品川と高田馬は圧倒され、緊張している面持ちであった。
―――――翻訳すると「無視されると淋しいから構って構って」か?
が、一度戦い、それなりの時間を龍鵞と過ごしている真也は彼の中二病の本質を見抜いている。
だから真也は心でこんなことを思っていたが、彼のお陰で冷静さを見失わずに済んだことを素直に感謝してツッコまないであげることにした。
「俺達は対四天王寺龍鵞用に組織されたチームなのさ」
「我の対策だと…?ふっ…無駄なことを」
龍鵞は鼻で笑っていたが、内心自分が注目されていたことが嬉しいようだった。
にしても、と真也は思う。対四天王寺龍鵞対策とは、まるで一ノ瀬は予めオレ達がこの場所に来ることを知っていたということではないか。
あの男にはオレ達がああやって突入することも折り込み済みだったというのか?いや、そんな馬鹿な…。この城はあまりに大きい。突入点の正確な場所まで分かるわけもない。となると…
「この城の内部構造はキャパシティーによって自由自在なのか?」
「なっ!?」
高田馬は真也の発言に過剰に驚く。それは真也が話の脈絡ガン無視の突拍子もないことを言ったことと、それが正解だったことの二重の驚きが重なったためである。
「ほう、さすが、今のでここまで推察したのさ?」
「その反応は正解だと受け取っておくぜ」
正解だということは、ちとマズイと感じる真也。龍鵞は気にしていないだろうが、対策完了ということは概念戦で既に勝利してしまっているということだろう。
真也は龍鵞に一応「気を付けろ」と耳打ちしておく。
「余裕だ」
予想はしていたがやはり無駄か。仕方ない、なら、せめてオレが奴らの対策式を掻き乱してやるぜ。
「四天王寺龍鵞の戦法は単調だ。『自動防霊』と『英檄攻霊』、そして召喚魔獣によって小回り的に攻撃しながら、『鬼夜砲』という大砲でフィニッシュする」
「ほう?」
やめてくれよ品川さん。こいつ誉めるほどスゴくはないよ。龍鵞が調子にノるからマジ勘弁してほしいんだ。
「単調にして最強。だが、穴はある」
「あ?」
龍鵞のこの反応は品川に戦闘方法が完璧でないことを指摘されたことばかりが理由ではないようだ。140cmのふっくらした少年であるはずの品川がみるみる内に巨大化していったのである。
彼は最終的に8mの筋肉質な巨躯へと変貌する。そして皮膚は岩石へと変質し衣服は鉱物のような頑強な鎧へと変化した。
「『内部顕現』」
「ふんっ、随分立派だが、優勝候補でもないのにこの力…おそらくなんらかの制限があるはず」
龍鵞は見上げているのに見下したように言う。真也は「春香ちゃんの全力が3分くらいしか持たないのと同じことか」と思った。
「ははっ、四天王寺さんの言う通りなのさ。『内部顕現』は基本、肉体の一部を数秒間強化させるものだからさ。今の完全状態で全力を出せば一分も持続せずにエネルギー切れさ」
「…解せんな。まさか貴様はこの我『聖光を斬り裂く者』を一分足らずで倒せるとでも思っているのか?」
「らすと?いるみな…?」
「あぁぁ…気にしないでやってくれ」
品川は龍鵞の言葉に混乱しているようだった。本来の真也はこういった疑問や誤解を利用するのだが、なんか恥ずかしいのでそれはしない。
「もちろんさ。四天王寺さんの言う通り、まさか一分足らずで倒せるだなんて思っていない。だから僕は闘わないのさ」
「は?その格好で支離滅裂だな。まるで見えてこないのだが」
これには真也も龍鵞に同意見だった。しかし真也は次の瞬間に起きた事象を見て彼らの言いたいことのだいたいのことに気がついた。
「『粗製乱造』!!」
高田馬夢子がそのように言うと、闘技場に今の状態の品川が十体増えた。分身の能力…真也は未来(デコイ)を見てハッとなる。彼女は確かデコイについて「姿形、強度、運動能力を真似できる」と言っていた。
「ふん、下らん子供騙しを…!愚かな、そのデコイはキャパシティーまで物真似することが出来ないのは周知の事実だ」
「違う、違うんだよ四天王寺!」
途中まで同じことを考えていた龍鵞は分身をハリボテだと見くびるが、真也は非常に焦った様子でその誤解を解こうとする。
「ちっ…やっぱり言っていやがったか、あのポンコツめ」
未来(デコイ)を睨みながら機嫌悪くそう言う高田馬。だのに、彼女に同じている様子はなかった。四天王寺は本来は高田馬がしていても不思議でない表情を彼女ではなく真也がしていることに違和感を持つ。
「その通りさ、キャパシティーは真似できない。だが、私のデコイは強度と運動能力は極力似せられるの」
「あん?」
高田馬は言うが早く、龍鵞が呆けている内に『内部顕現完全体(デコイ)』の一体を龍鵞に向けて突進させる。
「がっ…!?」
でかく重そうな図体のくせしてチーターのように俊敏な突撃、金属と金属が思いっきりぶつかったような音が鳴る。見た所、『自動防霊』に『英檄攻霊』を追加させたシールドでも勢いを完全に殺しきれたわけではなさそうで龍鵞はくらりとよろめいた。
「はーん。さすがは優勝候補様、今のは新幹線がぶつかるのに匹敵する衝撃だったはずなのに無傷で済むなんてマジチート」
「ふ、ふん、そ…その程度か。『希望』も『聖光』も我の前では無為なものよ、フハハハ」
最初、「希望とか、なにを言っているのかこいつは?」と真也は思ったが、すぐに「あぁ…新幹線の名前のことか」と気付いた。
龍鵞はあのように強がったが、新幹線程の威力というのは伊達じゃないようだ。現に高そうな硬度を持っているように思われた『内部顕現完全体(デコイ)』だったが、衝突後は交通事故よろしく生々しくひしゃげ、ピキピキと幾筋にもひび割れ、最終的には石屑砂塵になり土砂崩れのように脆く壊れてしまう。
「他愛ないよねデコイは…。けど、いくらでも作り出せる」
高田馬は言ってから手を前に出すと地面から生え出すように新たな『内部顕現完全体(デコイ)』が生み出される。
「四天王寺さんの防御力がいくら強いからってさ。デコイ達の多数のラッシュを何度も何度もやられたらどうなるのさ?」
品川がわざとらしくそのように言う。水滴ですら何年もかけて繰り返し繰り返し落ち続ければ石にも穴を開けることが出来る。ましてやこんな神風特攻、優勝候補とはいえ厳しいだろう。
マズイと真也は思い、策を思い付くまで時間を稼ごうと口を開きかけた時だった。
「ふっ、やってみるがいい!」
絶対に考えなしで生きているであろうこの厨二病は真也の心配を完全に無下にして相手を挑発する。
「ぶ!このバカ野郎!どうせ無策のくせに勝手につっぱしんじゃねえ!」
「ふ…ふん!策などというのはゴミクズのやることだ。我には不要よ」
こんな会話をしている間に『内部顕現完全体(デコイ)』が三体こっちに突っ込んでくる。オレは未来(デコイ)の腕を引っ張り龍鵞を信じて盾にするように後ろに回る。
『な!?わ、私は敵だぞ!?』
真也の行動に未来(デコイ)は驚いた。
「そのお前の味方であるはずのご主人とやらは容赦なくお前ごと攻撃を仕掛けてきていたぞ?」
『………』
金属の発破音と言えるものが連発し奇妙な音がコロッセオを支配する。龍鵞は防御に集中することで勢いすらも殺しているようだったが、こうも一辺倒だとどうも防御の方が分が悪い気がする。
にしても、成る程龍鵞相手には中級威力の弾幕攻撃が効果的なんだなと、真也は感心していた。
これが効果的な理由は龍鵞の二つの能力欠陥からだ。
一つ、龍鵞の防御は委員長(♂)や伏見のような絶対性は持っていない。多分、『天変地異』が作り出す災害のどれにも耐えられないだろう。現に“殲空モード”の彌生ですら伏見の攻撃は避けていた。
そして二つ、龍鵞は敵が今使っているような短時間的に弾幕のように張れる中級威力の攻撃方法を持っていなかった。
二つ目の理由から攻撃に転じられない。確かに一軒家程の効果範囲を持つ『壹萬鬼夜砲』なら完全に焼ききることは出来るだろうが、あれはチャージに10分もかかる上に、一つ目の理由から防御にもそれなりのクオリティーが必要とされる。
パソコンと同じだ。高パフォーマンスでFPSをやりながら、ギガバイト級のファイルをダウンロードしていたら異常な時間がかかるだろう。だから『壹萬鬼夜砲』には期待できない。
「…つっても何もしねえわけにもいかねえしよ!くそっ、せめて高速移動手段くらい持ってろよ!」
真也がやりきれない状況に苛立ち歯噛む。
「う、うるさい!」
「うるせーじゃねーよ!お前のせいだかんな!なんか現状打破出来る攻撃手段とかねえのかよ!」
「ぬ…、あるにはあるが、これは一ノ瀬戦で使おうと思っていたのに…」
「うっせーばーか!出し惜しみしてんじゃねーよ!じゃあいつ出すの、今でしょう?早くしねぇーと究極お前ひんむいてヤル気スイッチ探すよ?」
「うっ…わっ…分かったよ」
真也のよく分からないけど妙な迫力に圧されて、いつもの威厳めいたしゃべり方が完全に失せてしまっている龍鵞は怯え怯え了承した。
「じゃ、じゃあ攻撃準備に集中したいから30秒間、我に代わって防御してくれる?」
「ヴァーカ!ヴァーカ!オレがそんなん出来るかよ!せめてその幽霊貸せや!」
「え?でも確か真也のキャパシティーって我の霊を無効化する類いのものじゃ…?」
「ぐ…、」
―――――…あったな、そんな設定も。
四天王寺龍鵞戦の時に使った戦法で彼は真也の能力がそういったものであると思い込んでいるのである。もちろん龍鵞が言うことは正しくない。真也は頭を抱えた。
「あぁーっ!もう面倒くせー!あれだよ!味方の時は平気なんだよ!ご都合主義ってやつだよ!ドゥーユーアンダースタン?ほら寄越せ」
「う…うむ、では霊共、奴の言う通りに動け」
真也の周りに紫の布切れが集まってくる。現在の状態は最硬防御なようで自動的に『内部顕現完全体(デコイ)』の突撃を防いでくれている。だがこれは体に伝わる振動がハンパない。ダイエット用の振動マシンが可愛いくらいである。また、真也は大丈夫だと分かっていても敵が迫ってくると反射的に目を瞑ってしまう。だが、そうするとオートモードとはいえ多少の逃げの姿勢が霊に伝わってしまうのか防御力が落ちてしまうのだ。
これはキツイ。よく龍鵞は操りきれるものだ。
「お…、おい…まだか!」
「しばし待たれよ。これは少々手間取るのだ」
真也がそう聞いたのは代わってからまだ10秒も経っていない時だった。やはりこの能力は真也の器では持て剰すようだ。
今の真也は実に“女々しく”映るかもしれないが、これは甚だしく“辛い”のだ。たとえるなら、腹筋で背中が地面に着きそうで着かない状態をキープするような感じ。
だが、真也は酷しい状態を堪え忍びながら確信していた。これは“一ノ瀬大和の想定外であるはずだ”と。「あんな考えなしで一匹狼の男が、まさか無意味に攻撃に打って出ず、尚且つ他の人に自分の力を貸すなんてことはしない」とまんまと思っているはずだ。
「うおおおおおおおお!!!!」
だから真也は踏ん張る。龍鵞を信じて30秒稼いでやるという面持ちで。
「うおおおおおおおお!!!!」
そして踏ん張るのは真也だけではなかった。
別の時間別の場所で別の人間も命懸けで力を振り絞っていた。
「『飛来軍刀』ゥゥッ!!」
それは芳賀裕一郎である。
数十本にも渡る西洋軍刀が整然と隊列を成してから順に三人の敵に向かって飛んでいく。
「お前ら、おれっちの後ろに来いや」
なぜか海パン一丁で、自分の肉体美でも見せ付けるボディービルのようにポーズを取る男がニイッと笑いながらそう言う。
「『魔性硝板』」
するとサファイア色の厚さ十センチの透明な板が数十枚集まり、彼らの周りを電話ボックスのように取り囲む。だが、堅さはその比ではない。そこに隙間なくびっしりと突き刺さる『飛来軍刀』をもってしても破壊できない。サファイアは砕けないのである。
「無駄なことだといい加減気付かにゃいのかな。おれっちのキャパシティーとお前さんのキャパシティーは似たようなもん。同じ力がぶつかっても無意味なのよん」
「その上、私達もいる。最早あなた一人ではどうにもならないところまで来ているのよ」
海パンの横にいた今時珍しいくらいのガングロメイクをしている少女がそのように言った。確かヤマンバギャルと呼ぶのだったか。
彼女に言われてチラッと芳賀は後ろを向く。そこにはどこかそわそわとしている宮城春香がいた。
「あの…やっぱり……私も戦った方が…」
「いやダメだ。宮城はこんなところで力を無駄に消費するんじゃない。オレは確実に勝ちたいんだ。それにここでお前が出るのは奴らの思う壺だ」
「そんなこと言ってないで出しちゃいなよー」
二人の会話に割って入るように海パンが茶々を入れてくる。
「貴様、いちいち癇にさわる喋り方しやがって。一ノ瀬の犬は躾も施されていないほど野蛮なのか?」
「なんだと」
「それに貴様、ふっ、俺と同じ能力…とか言ったか?」
「…」
「ふざけるな。対した理由もなく飄々とただ付き従っている人間と、理念と情動を持って自ら突き進む人間が同じなわけがない」
海パンは芳賀がこう言ったのを聞いて、またニイッとひきつるような笑顔を見せる。
「かしこかしこまって、にゃーにを言うかと思えば、ただの精神論じゃん。そんなの…っ!?」
海パンはここで体に加わる妙な感覚に疑問を持ち、そしてすぐに答えに辿り着く。
「『霊動念力』!!」
タッタッタッと物々しく春香がこちらに向かって歩いてくる。周囲のものがぐらつき、建物が震え、体は押さえつけられたような感覚に陥る。春香の3分ポッキリの発動時間の超念動力タイムである。
「芳賀さんの気持ちは分かりました。だからこそ私は、芳賀さんはこんなところで力を無駄に浪費せず、芳賀さんの方こそ一ノ瀬さんとの戦いに全力を出すべきです」
「…だが」
「芳賀さんが言っていることを精神論だなんて言葉で片付けてしまっている時点で、私達が本気で戦う価値もないと思うのです」
ここでフワッと二人の体が浮き上がる。
「だから、もう行きましょう…」
「待ちなよ、私達を無視して行けると思ってんの?私のキャパシティーはあなたに対こ…うっ!!」
ガングロメイクの目立つ少女、鶯谷カンナはこれ以上動けなかった。
彼女だけでない、海パン少年の御徒町菊造も秋葉道紀も同様にそのようだった。
優勝候補の一角、九条彌生と互角に渡り合った唯一無二の入閣間際。
そんな春香の使う『霊動念力』によって動けないわけではなかった。九条彌生と真っ向から立ち向かえるほどの勇気、…オーラめいたものに体がビビってしまい何も出来なくなったのだ。
春香はそんな彼女らに目も向けず天井を破壊し上に突き進もうとする。今なら隙だらけ、攻撃の絶好のチャンスである。…にも関わらず体が動かないのだ。
鶯谷カンナは今なら芳賀が言っていた意味が分かるような気がした。
中二病大戦とは、ただ能力が強ければ、ただ敵に対抗出来る能力を持っていれば言い訳ではないと。論理だけでは説得できない強者との対峙による恐怖を、勇気を奮い立たせて向き合うことこそが真に重要なのだと。
そして、長いものに巻かれて勇気なんて埃かぶってしまった自分達にとってそんなのは、あまりにも荷が重すぎると思った。
あとがき
今回、『自在弾材』というキャパシティーがでてきましたが、九条ほどの雷ならたとえゴムでも、なだれ現象や絶縁破壊が起きるんじゃないかと考えた人もいるかも知れませんが、彼のはあくまでゴムだから電気がきかないのではなく、“雷の対防御”であるからきかないという理屈です。