Ep31 Accumulation ~常識破りの多重交差 in 武蔵野~
目標は今の章を5月までに終わらせることかな。
紫外線をふんだんに抱え込んだ夏の陽光が窓際の席には強く突き刺さる。このところはこいつにしてやられて、レム睡眠やらノンレム睡眠やらという閉鎖空間に強制送還されていたのだが、今日のオレは彼らの攻撃が痒いとすら思わなかった。
だからと言って、昨夜よく眠れたわけでもないし、さっきまでの授業に非常に集中できていたわけでもない。「水兵リーブ21」とか言っていた気がするが、最近の中学理科はさてはキチガイなのか?確かにうちの理科の教員は発毛の悩みがありそうだが………。
「成る程、昨日の僕がいない間にはそんなことがあったんですか」
二限が終わった後の中休み、オレ達はこの時間はあまり人通りの少ない木陰のベンチに座っていた。オレの横にはいつもの微笑みマンが今日はそれを絶やして難しい顔をしていた。委員長(♂)にオレの九条と四天王寺、それに伏見と無限ヶ崎との話をしてやったのである。
「ここまで来るとあのリアル中二病お嬢様の話が実感出来るな」
「後悔していますか?」
「しているさ、前悔というものは存在しないからな。だが重要なのはこっからさ」
「それが聞けるなら僕は幾分安心ですよ」
委員長(♂)はオレのよわゴシではなく、弱腰な性格を心配していたのだろう。
だが、それは杞憂というものさ。
「さすがのオレもここまでされたら黙っちゃいねーよ」
「それは、すいません。にしても、一ノ瀬さんの企みとは何なんでしょうか。『反論生成』を欲しがっていたかと思えば、今度は『蹂躙千里』…」
「というか、芳賀。『蹂躙千里』ってのは結局どんな能力なんだ?」
オレは「そういえば」と思い後ろで壁に寄りかかっている芳賀に尋ねる。
「だいたい貴様の推測で正しい。サイコメトリーとテレパシーの併用能力だ。この両者の能力根元は術者の右手。これから離れるほどに能力の精度は下がる」
「あぁー、そっから一ノ瀬の能力を探るのは至難そうだな…」
『当たり前だ。お前ら程度の下等が大和様と対峙するのすらおこがましいのだ』
「………」
オレ達三人は会話を止めて最後に言葉を発した奴の方をジト目で見る。
昨日、オレ達は突如現れた一ノ瀬大和という優勝候補筆頭の中二病患者に手も足も出ず敗北した。
そして、彼に柿崎未来は拐われたのだった。
普通、誰かがいないなんて状況になったら大問題になるだろう。
学校や警察はおろか、翌日の朝刊の一面になるかもしれない。
………だが、そうはならなかった。
『それでもそれなりの相手として尊敬の念を持ってお前らを見てやっている一ノ瀬様に感謝するのだな』
なぜならその柿崎未来は“今、ここで腹立つ物言いで喋っている”からだ。
もちろんこんなイラッとくる―――普段は苛立たないのかと聞かれたら、少し悩んでしまうが―――喋り方をする未来は本物の未来ではない。なんでも、一ノ瀬の配下のキャパシティーらしい。
「おい、偽物。なんのつもりだ?」
芳賀はいつもオレに向けるような威圧感たっぷりの表情で彼女に尋ねる。だが、彼女はそんなもの全く気にする様子なんてなかった。
『だーかーらー、私ただの偽物じゃないし。運営委員の力付随の偽物だし、ほぼ本物だし』
これはどうやら運営委員の方針を逆手に取った一ノ瀬の策というやつらしい。なんでも奴らは中二病大戦が公になることを過度に恐れている。これは噂で聞いただけだから信憑性は自信がないが、たとえば中二病大戦が間接的な原因で死んだ人に対して、その死を別の原因と装ったこともあるらしい。
それで、この話が逆手にとることと何の関係があるかというと、つまりこういうことだ。
人が拐われる→なんで拐われたか?→中二病大戦というものが関係しているらしい。
中二病患者が拐われるということは、上記のフロチャートのように、これが公になってしまう可能性があるのだ。
なら、拐うのを止めるのが手っ取り早いが、一ノ瀬はここで工夫してきた。味方のキャパシティーで未来のデコイを作ったのだ。が、このデコイ、遠距離自律移動が出来るほどには元々優れていなかった。
…が、それでいいのである。
運営委員は大戦が公になるのを恐れているが、同時に大戦が盛り上がることも望んでいる。これはある種のジレンマだ。
ところが、一ノ瀬のデコイ策は『拐われたことが公にならない』上に『大戦が盛り上がる』のである。ならば運営委員はこう考える。一ノ瀬が未来を拐うのを止めるよりも、“そのデコイを強化してあげる方がメリットがある”と。
「お前が本物じゃない時点でそんなことはどうでもいい」
「果たしてそうだろうか?」
「…あっ?」
芳賀が吐き捨てるように言うと、真也が「それは違う」と否定してきた。真顔で腕をくみ、いつになく真剣な真也に芳賀と委員長(♂)は若干圧される。
「お前は本当に本物に近いだろうか?」
『当然さ。ご主人の作る人形はいつだって精巧さ』
「それはお前の憶測であって、主観と依怙贔屓が信用性を著しく減らしてしまっている」
『ふふん、じゃあ逆に聞くけど、お前さんは私のどこら辺が本物と違うと思っているんだい?』
「はっ、それはだな……」
未来(デコイ)の問いに鼻で笑い、そして真也は万を辞して答えようとする。
他の二人の少年は少し緊張した面持ちでこれを見ていた。
「パイオツだ」
「「………はぁ…」」
真也があまりにも堂々と下らないことを言うので心底疲れたように頭を抱える委員長(♂)と芳賀。場違いの言動、新次元の発想、真也のそういった性格には慣れていたつもりだったが、この空気の読めなさは想定の範囲外と言わざるを得なかった。
『っっ…!!?』
未来(デコイ)も口をあんぐりとさせて、固まってしまっていた。『パイオツ』という言葉を知らないわけではないようだ。なにせ見るからに汚男を見下すようにひいていたからだ。
「おいおい、パイオツを甘く見るなよ?こいつは女子にとってステイタスみたいなものさ。中二病患者で言うキャパシティーみたいなものと言っても過言じゃねえな!」
芳賀は「過言だろ」と言おうかと思ったが、真也の迫力に飲まれてしまい、結局は押し黙る選択肢にした。
『かっ…仮に重要にしても容姿は完全に似せた…』
「だからそいつはお前の意見だろう?なぜ正解だと思う?現にオレはお前の胸が小さいからお前が偽物だと見破れた!」
『嘘つけ!朝っぱらに私見てスゲェ驚いていたじゃねえか』
「何を言うかと思えば…やれやれ。そいつは未来があまりにも貧相な体つきになっていたからビックリしただけさ」
『貧相じゃないよ!』
「だからオレが確かめてやるって言ってんじゃん!」
そう言う真也は両手で空気をニギニギさせながら、鼻息荒らげ「にっしっし」と愉悦に満ちた気色悪い声を出していた。
「ひいっ…!」
「おい、バカ、お前…さすがにそれはやめろ」
未来(デコイ)は真也に怯えて震え声を出す。
相手がデコイとはいえ、やり過ぎな感じを得た芳賀は真也を止めに入る。
「ぬっ…放せ!芳賀っ!バカはお前の方だ!お前は気にならないのか!未来がおっぱいガン〇ムスタイルなのかが!」
「俺はこんな時だってのにそんな思考に辿り着けるお前の頭の中身の方が気になるわ」
真也は再びズイッと未来(デコイ)に近付く。
「いいか?今お前が偽物だとバレるのは“お互いにとっていい状況とは言えない”んだ。オレのこの発言は善意であることをお前にはまず念頭に置いてもらいたい」
『お、置いてもらいたいなら、そのワキワキした手を止めろぉ~!』
「だが実際、未来と親しい間柄の友人達はスキンシップのようにπタッチπ揉みをしているという。体育の授業で偽乳…もとい偽物だと怪しまれる可能性は実に現実的だと思うんだが?」
『うっぬっ…だ、だが…』
「あ~あ、バレたらお前のご主人悲しむだろうな~。それだけならまだしも、お前の失態のせいでご主人は一ノ瀬に消されるかもしんね~」
『うっ…うぅ~』
真也はカゴメよろしくクルクルと未来(デコイ)の周りを彷徨きながら言葉巧みに彼女を攻めていく。彼女のよりどころである主人を使って脅すとか、鬼畜で姑息な手段を用いられて追い詰められていく彼女に最初の威厳はない。今の彼女はただ、瞳一杯に涙を溜め、顔色を朱に染めた少女に過ぎなかった。
「遠藤真也め、奴はこの状況を理解しているのか?」
「まあまああれは真也君なりに落ち込んだ空気を温め、且つ、相手の内情を探ろうとしているのですよ」
二人のやり取りをちらちら眺めながら、次第にストレスを溜めていく芳賀を委員長(♂)はスッと宥める。
「なんだって?」
「あのデコイが偽物でありながら、本物とは独立した自我を持っているのなら、真也くんはこれを御すことによって相手がボロを出すのではないかと考えているんです」
「………………本当にそうなのか?」
芳賀は頭をポリポリかきながら、委員長(♂)の意見をそれなりに理解しつつも、「ゲヘゲへ」と人外な言葉を紡ぐ真也を見ると納得は出来なかった。
「いや…、そう思わないと僕は今すぐにでもこのシャープペンシルで真也くんの眼中を貫かんとしてしまうのですよ」
「……、あ、あぁ…そうか……」
芳賀は、「フフフフ」と怖いくらいの笑顔を浮かべながら、尋常でないスピードでペン回しをする委員長(♂)を見て、自分はなぜ真也が好きではなく、委員長(♂)はなぜこいつと長らく居れるのかが分かったような気がした。
「だ~からさ~、偽物ちゃんが本物に近付ける手助けをしてやるから。そうすりゃお前のご主人も喜ぶだろう?」
『ど、……どうすればいいの?』
いたいけな少女は遂に陥落してしまった。
真也は勝利の余韻を愉しむように裂けるほどに口をUの字にする。
「まずはボディーチェックだな」
真也はオペでも始めるかのように両手を平行するように縦にする。
『へ、変態!』
「バカを言うな善意と言ったろう?オレは変態ではない。仮に変態だったとしても変態と言う名の紳士だよ」
『しん…し?』
「そう、紳士。真摯に紳士。I am gentleman.」
『でも、触られるのは恥ずかしいもん』
未来(デコイ)は感覚が麻痺してしまっているのか、なまじ人間でなかった故に常識がよく分からないのか、真也の口車に乗せられそうになる。そして発情期の狼はこのチャンスを逃そうとはしない。
「恥ずかしいのは最初だけさ。なんなら人目が全くつかないところに行くっていうのもオレは吝かではないぜ?」
『っ………ダメ!やっぱり恥ずかしい!』
未来(デコイ)は少し考えてから真也に体を預けようと一歩踏み出すが、しかし恥ずかしさにうち負けてその一歩を戻してしまう。
「まあ、そうだよな、仕方ない。悪いな、オレも無理を言った。こっちも工夫するべきだったな。だからこいつを使おう」
真也がそう言って取り出したのは採寸を測るために使うメジャーである。芳賀は「それ以前になんでそんなもん持ち歩いてんだよ」と思ったがもちろん口には出さない。
「これならお前も恥ずかしくないだろう?それに、より正確だ。ちょっとそこで万歳する形で立ってくれ」
『わっ、分かったわ』
未来(デコイ)は真也に言われるがままにポーズをとり、真也はジャラっとメジャーを伸ばして測り始める。
人間(キャパシティーで作られたデコイ含む)は、ある一つの要求を拒否した後に出された、それより簡易な要求を簡単に飲んでしまうことがある。これは比較対称のためにスタンダードを見失ってしまうのと、一度断ったことによる負い目を感じてしまうことが原因で起きる、訪問販売や合コンでよく使われる基本的心理話法である。
『こ、これで私がより本物に近いことが証明されるのだな!』
詐欺られたことに未だに気付かない哀れな子羊は健気にそんなことを聞いてくる。
「…いや、証明されたのはお前のチョロさだろJK」
『え?』
メジャーをしまいながら一仕事終えた真也は汗をふく。そして指折り数えながら「え?トップとアンダーの差が21.3㎝ってことは未来ってEもあんのかよ…、マジか…!」とボソボソと一人言を呟く。
『………』
未来(デコイ)は一度現状を整理する。
すーはーと深呼吸を二度三度しこれまでの流れを振り返り、冷静な頭で客観的に見てみる。
『………っ!』
そして三秒後、ボッと突沸のように顔を赤くして湯気をだす。
理解したのだ、この恥辱を。彼女はバッと真也と顔を合わせてから言う。
『はっ、謀ったな!』
「うん、測ったよ?」
この一連のやりとりが終わった後、サッカーの審判の試合終了の合図くらい見計らったように、中休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
それを聞いて真也はどこか満足気な様子で教室に戻っていく。
何か納得のいかない三人を置き去りにして。
「へー、偽物が現れたからあまり騒ぎになっていないのね」
期末テストが終わり、先生方は学生の成績をつけなければならないので、中学は早めに終わる。給食を食べ終えた真也達は急ぎ梨緒と合流した。
梨緒はそのように言ってから未来(デコイ)を品定めするように見る。未来(デコイ)は既に先程の災難から立ち直って平常心を保っていた。
「本当に本物みたいね」
『そ、それを聞けて私は安心だ』
「?、こいつ、なにをこんなに神経質になっているわけ?」
「それは気にしないであげてください」
梨緒が、急に未来(デコイ)が焦ったり安心したりと忙しい態度をとったので不思議がったが、話が脱線してしまうのを恐れて委員長(♂)はそれを止める。
「今重要なのは“彼女が僕達を一ノ瀬さんの傍に連れていってくれる”ということです」
委員長(♂)はそうしてから、今いる、遠藤真也、芳賀裕一郎、聚楽園梨緒、宮城春香、柿崎未来(デコイ)という面子にそのように告げた。
「どう思うでしょうか?」
「どう思うも何もないわ」
委員長(♂)のアバウトな質問に対して梨緒は間髪入れずに即答する。
「招待状を受け取ったなら即殴り込みよ。あのエリートかぶれをぶっ倒す!」
相変わらず極論で直情的な奴、こいつなら特攻隊とかに率先してなったんだろうな女なのにと真也は思った。
「でも、これは明らかな罠な気がします…」
「あぁ、俺達はなんとしても早く柿崎書記を救出したい。だが、だからこそ逆に罠にはまって一ノ瀬に会えないのは困るんだよ」
春香と芳賀はこれに対して消極的だった。
もちろん芳賀が言うように彼らは急いでいないわけではないのだ。
「いや…、オレは梨緒の言うように一ノ瀬の話に乗るべきだと思うね」
その中で最も梨緒に賛成しないであろう人物がこのように言った。
「オレにはあいつの考えていることがなんとなく分かる」
それは遠藤真也である。
「これがオレ達を一網打尽にする罠だという可能性は低いと思う。普通、罠ってやつはマトモにやったら勝てないか、互角で辛勝がやっとの場合の時にやるはずだ。だが、あいつはオレ達全員を一人で相手どって実に余裕に振る舞った。そんな奴がわざわざこんなことを企てるとは考えにくい」
「確かに、真也くんの言うことには一理ありますね。じゃあついでに聞きますが、この誘いはなにが理由だと思いますか?」
「奴らにとってオレ達はとるに足らないが、奇襲ってやつは大戦において最も恐れる事態だ。なにせいつ来るか分からない。ゆえに四六時中対応しなければならない。これでは疲弊してしまうし、最悪、それを付け込まれ本末転倒な事態になることもある。だからこそ一ノ瀬は逆に招き入れることにした。いつ来るかが分かれば負けることがないからだ」
「ふんっ、これといい、デコイのことといい、一ノ瀬は氾濫した川から村を守るのに堰を造るのでなく、新たな流れを造って勢いを逃がすのに長けた奴のようだな」
そう、芳賀のこの指摘は実に正しく、能力云々よりもそれこそが本当は怖いと真也は思っていた。
真也は能力が強力な奴は何人も会ってきた。というか真也にしてみれば自分以外の全員はそれに該当すると言える。
だが、一ノ瀬は本当に強い。
強力な能力を持ち、野心家であり、頭がよく、非感情的であり、隙がなく、手際が良く、正体が未知数。
真也は未来が拐われるなんて状況下でなければ一番戦いたくない相手だった。
「でも…、だからといって一ノ瀬さんは本当にいるのでしょうか?」
春香は一通り聞いたけどもこのように反論した。もちろん正論である。なぜなら真也の推測だけでは一ノ瀬の存在を証明できてはいないのだ。しかし真也は彼女にこう言う。
「いや、必ずいる。そして今倒さなければ二度と奴を倒すことは出来ないとオレは思うね」
別にとある現役予備校の宣伝に感化された熱血論ではない。真也には明確な根拠があった。
「奴の野心はアバウトに言ってしまえば、より強力な能力を持つことだ。なあ、委員長(♂)、もし自分がそんな力を持ったらどうする?」
「はっ!試し撃ちですね!」
「?、どういうことよイインチョー(♂)」
真也と二人で納得したような顔をしているので、気になって訊ねる梨緒。
「つまりですね聚楽園さん。一ノ瀬さんは手に入れた力を僕達を使って実験しようとしているのですよ」
「だから、シンヤはいると言ったのか」
「ああ、そして実験のように考えているってことは、奴は今、奴史上最大級に油断しているとも言える。ここを狙わないなんてことはあり得ないわけだ」
『なら、即座に乗り込むってことかい?』
話が一段落着いたところを見計らって未来(デコイ)が真也に声をかけてきた。
「当然!…っと言いたいところだが、向こうが油断していてもこっちが油断してちゃしょうがねえ。先に行っていてくれ。後から必ず追いかける。オレは、“オレの考えうる最高戦力で一ノ瀬に挑みたい”」
「フハハハハハ、理解、理解したぞ遠藤真也。それで我が力を欲するというのか!遠藤真也よ!」
学ランをマントのように羽織り、それを固定するように世紀末戦士のような肩パットを嵌め、手には黒いグローブを、左腕に怪我でもないのに大袈裟に包帯を巻いた少年、四天王寺龍鵞は大声でそう言った。
「はあ?いや、ここ目黒区だし私の中学の近辺だし、どう考えても私に会いに来てるだろ。てか、なんでお前ここにいんの針ネズミ?」
龍鵞の発言に少しイラっときた九条彌生がそのように毒づく。ちなみに針ネズミとは龍鵞の頭がワックスを使って過剰なほどに髪を立たせているからである。
真也達は今、彌生の通っている中学の近くにある、日本一の国立大学の東橋大学のキャンパス内の緑地帯で涼んでいた。
「…」
「あ?なに黙ってんだよシンヤ」
彌生はさっきからそわそわしながらもなにも言えずにチラチラとこちらを見てくる真也に言う。
「いや…彌生の私服とか初めて見たなって思ってさ」
「ま、まあ…、そうね…、私の方はもう中学終わったからね…、」
「へー…、え、あ…そうなんだ」
「うん…」
「…」
「…」
真也と彌生は互いに互いを見ながら辿々しく話し、結局気まずい沈黙に陥ってしまう。真也は自分で作り出してしまったこの重圧に堪えられない。どうにか話題を探そうとする。
―――――昨日は他にいろんなことが起きてしまっていたから忘れていたが、彌生とは何か微妙な関係になっちまってたんだよな。
そんなことを真也が思い出していると、彌生が意を決したように口を開く。
「な、なあ、シン…」
「おい貴様ら何をいつまでも呆けておる。我が貴重な時を無駄にするでない」
が、そこをズイッと空気も読まず龍鵞が割り込んでくる。
「ちっ、この能無し針ネズミが…」
そんな彼に対して彌生は舌打ちして、龍鵞の脳天をエアガン力学と向かい風の壁で超強化された右腕で思いっきり殴った。
「がっ…!?」
その拳が脳天にもう少しというところでバキンという鉄の棒がへし折れるような音がした。
龍鵞の『自動防霊』が攻撃を察知してそれを防いだのである。が、彌生の威力が強すぎたせいか、勢いをもって龍鵞は吹き飛ばされてスッ転ぶ。
「っ…たぁ!」
龍鵞は尻餅ついた尻を撫でる。彌生は満足そうにしていたので最初からこれが狙いだったのかも知れない。
「きっ…さまぁああっ!!貴様九条彌生!我に何をするっ!」
「ごめぇ~ん!針ネズミの針があまりに鬱陶しかったから砕いてあげようという親切心だったんだけど~!」
彌生が悪びれる気ゼロの、相手を小馬鹿にするような表情とトーンでそのように言う。
「貴様先程から針ネズミ針ネズミなどと、この【聖光を斬り裂く者】を愚弄するか!許さんぞ!」
「あ~ら、その設定まだ生きてたの?」
「設定とか言うな!【聖光を斬り裂く者】は混沌歴666年に起きた天界と魔界の…」
「いい、いい、そういった作り話わ。面倒、耳がおかしくなる、脳内レイプされるような気色悪い気分よ、一生桜ん坊野郎」
「なんだと…!この…ゴミクズがっ!」
真也は二人の戦闘にまで発展しかねない言い争いに辟易としてしまう。でこを左手で抑えながら、こんなんでは協定破りを聞きつけて他の優勝候補が来てしま……
「あ」
…う、と考えていたところで真也は妙案が浮かんだ。
だが、とりあえずはこの二人を止めることが優先である。
「おい、お前ら、いい加減に…」
一方その頃、先に向かうことにした梨緒達一行は、未来(デコイ)に連れられ吉祥寺に来ていた。
「ここに一ノ瀬がいるのね…」
吉祥寺駅から歩くこと数分、東京は武蔵野市と三鷹市に跨がるようにして、井の頭公園という自然林地帯がある。元帝室御料林にして正式名称、井之頭恩賜公園は湧水池や都会ながら多くの木々に囲まれ、園内西部には動物園、植物園、自動遊園などがある都立自然文化園がある。春には桜が咲き乱れ、毎年花見客で溢れて大変な賑わいを見せるほどだ。
「な、なんなのこれ?」
そんな嘗ての武蔵野の名残を残す自然公園だが、梨緒が見つめる先にあるものは“普段の”井の頭公園にはないものであった。それはもはやこの場所を公園と呼んでもいいのかと疑問に思うほどである。
「城…みたいですね…。それも湧水池はおろか道路を挟んで向かい側の都立自然文化園にまで広がるくらいの巨大な城…」
委員長(♂)もこれには驚きなようだった。因果孤立の空間内の敵の根城が総面積33万8000㎡をほぼ覆い尽くす程の広さの巨城で、加えてその高さは天に聳える程なのだから。
「これは…キャパシティーなのか?これ程の強力なものは優勝候補級だぞ?」
「これが一ノ瀬という人のキャパシティーなんでしょうか?」
芳賀と春香も同様にたまげているようだった。
「もしくは優勝候補か入閣間際の配下がいるのかも知れませんね」
『感想はそれだけかい?ならボヤボヤしないでさっさと行きな』
茫然自失としてしまっている面々をヤル気無さそうな感じで見ながら、うざったそうに進行を促す未来(デコイ)。
『じゃあ、私は遠藤真也をここに連れてくる義務があるから戻るよ』
そして、それだけ言うとさっさと歩いて行ってしまった。
「どうやら、入り口はここだけのようですね」
委員長が一軒家くらいの大きさの入り口を見ながら言う。
それは古代遺跡のような、吸い込まれてしまいそうな神秘さと荘厳さがあった。
「遠藤の到着を待つか?」
「いや、シンヤは後から必ず来ると行っていたわ。私達は少しでも先を目指して攻略するべきだと思うの」
「聚楽園さんもたまにはいいこと言いますね。リスクマネージメント的にも皆で行き袋叩きに会うのは避けたいです」
芳賀の意見に梨緒が反発し、委員長(♂)も彼女に賛同する。梨緒は「たまにって何よ!」とギャアギャア騒いでいたがもちろんそれは無視。
「それに私達はいつも遠藤先輩に助けられています。たまには逆というのでもバチは当たらないと思います」
最後に春香がそのようにまとめる。
「…………………ふ」
しばらく三人の発言に呆気にとられていた芳賀は思わず笑ってしまう。
―――――あいつのどこがそんないいんだかな…
芳賀はそんなことを思いながら、しかし不思議とどこか悪い気はしなかった。彼はそのあと三人の意見に可否の返事をしなかったが、代わりに入り口に向かう靴がコンクリートを叩く音だけがカッカッと響いていた。
場内はランプが通路を等間隔で設置されていたために比較的に明るかった。一向はなるべく固まりながら歩く。いかなるトラップからも即座に対応出来るように委員長(♂)は翡翠色の『絶対防御』を周り全員をケア出来るように張り、その周りには『飛来軍刀』が360゜×360゜びっしりと浮遊している。
「外はコンクリートだったのに内壁は煉瓦や大理石なんですね」
春香がトラップ警戒ついでに辺りをキョロキョロ見回してそのような感想を述べる。
「そうね、酔狂な趣味なのか、狡猾的作戦なのか…」
「あるいはそうやって深読みさせるのが目的なのかもしれません。大丈夫です。シンプルに行きましょう。敵が出たらそれを叩く、実に簡単でしょう?」
考え込もうとする梨緒に委員長(♂)はこう言う。彼女がストレートに物事を捉えられなくなった時は彼女が緊張している場合が多い。それは彼女自身のキャパシティーにも影響する。真也がいない今、こういった仲間への配慮は自分の役目であると委員長(♂)は理解しているのである。
「…」
やがて一向は足が止まる。
曲がり角や階段などいろいろと通ってきたが、ここにきて二本の別れ道にぶつかったのである。
「どうする?合同でどちらかをめざ…!?」
「きゃっ…!!」
芳賀が、別れるか否か右か左かを話そうとした刹那にそれは起きた。芳賀と春香が乗っていた、向かって右側の床が盛り上がり高速エレベーターのように壁と天井ごと一気に上昇したのである。
「…やられましたね、この城はやはりキャパシティー。能力者は僕達のことを監視していたのでしょう。選択肢にぶつかり気を緩めた所を狙われた。当然でしょう、罠は分かれ道の先にあると考えるのが普通なんですから」
「春香達、大丈夫かしら」
梨緒は心配そうに上を見つめる。今そこはただの壁しかないが。
「真也くんの推理を信じるとしたら城自体で僕達を倒すことはしないでしょう。いや寧ろ城を見たとき僕は真也くんの話を確信しました」
「どういうことよ?」
「一ノ瀬さんが能力を使って実験だけをしたいなら僕達に正々堂々と戦いを挑む方が手早い。が、彼はこんな言わば迷宮だなんて回りくどいことをしている。これは彼が余裕をかまして楽しんでいる証拠です」
「へー、そこまで考えが回っているなんて僕は君達を感心するよ」
「!!?」
彼らが話しているとそこに拍手をしながら近付いてくる影があった。
「お前は…一ノ瀬大和!」
梨緒がガルルと犬のように威嚇しながらそう言う。
女子のように伸ばした茶髪を揺らし、不敵な笑みを浮かべる学ランの少年は確かに昨日現れた一ノ瀬大和と同一人物だった。れいの奏という少女も同じように傍に控えている。
「おやおやこれは、大ボスさんがこんな序盤で現れるとは型破りにも程がありますよ」
委員長(♂)は余裕を装いこのように言ったが、やはりこの状況は予想もしていなかった。
委員長(♂)はデジャブを感じていた。この常識や王道を平気で裏切ってくるスーパートリッキーな動きをする男に。
―――――まるで、真也くんですね……。真也くんが最も戦いたくないとこの人を評していた理由が今の僕にはとてもよく理解できます。
「だが、君達の考えもいくつかは間違っている。僕がわざわざこんな城だなんて形式をとっているのは、万が一僕以外の優勝候補達が総攻撃してきた時を考えてさ。それに僕は状況を楽しんではいるが油断をしているつもりはない。そして…」
一ノ瀬はここでパチンと指を鳴らす。するとガタガタという大きな音がして、壁や天井が生き物のように動き出して体育館のようなスペースを造り出した。
「『巨城顕造』…これは“今”僕の能力だ」
起きた自称と一ノ瀬の発言から委員長(♂)はこう考える。
―――――つまり、これが一ノ瀬のキャパシティーであり、炎や雷や終いに竜だなんてスキルを使えるのはこの迷宮城のトラップのみを顕現させているからなのか。
「…っ」
圧倒されている“フリ”をしながら“それなら策はある”と委員長(♂)は内心考えていた。
中二病大戦は、実際に現れる現象からヒントを得、相手のキャパシティーを推測し、そこから弱点を探すのが基本的な戦い方で、これを『概念戦』と呼ぶ。
「どうやら真也くんを待つ必要もなさそうですよ聚楽園さん」
「なんだと?」
これを聞き、梨緒が反応するよりも先に一ノ瀬の表情が険しくなった。
「概念戦は終了しました。あとはそれを戦闘として実行に移すだけ、こんなものは作業です」
「う…嘘だろ?主人公が来る前にやられる展開なんざ僕でも予想できないぞ」
概念戦に能力の強弱は関係ない。むしろ強いことこそが命取りとなる場合だってある。
概念戦がどういったものかがより分かりやすくなるようにここで1つたとえを挙げよう。
ブラックボックスの中に狂暴な生き物が入っていて、この中に手を入れると大怪我をしてしまうとしよう。
ここで怪我をあまりしないように指を少しだけ、一瞬だけ入れてみる。するといくつか情報が手に入る。指が濡れた、中は水で満たされているようだ。少し怪我をしたが噛まれたような感触だ。
ここから中にいるのは肉食性の魚類ではないかと推察出来る。これが推察出来れば対処方法はいくつかある。水に電気を流すか、そもそも水を抜いてしまうか。
概念戦とは、大雑把に言えばこういったブラックボックスを見破り対抗策を考えることなのである。
委員長(♂)は様々な噂、真也や初瀬川凛華からの情報、そして実際に体験したことからこのブラックボックスを読み解き、これを打ち砕く策を導き出したというのだ。
「『水流武装』『多重凍結』『檄雷鎗双』…」
一ノ瀬は素で焦った様子であった。急いで右手に雷撃を纏わせた突撃槍のような巨大ツララを生み出す。
真也は言っていた、「奴は今、奴史上最大級に油断している」と。
そして、ふだん隙がない奴ほど油断というものは大きな敵になるのである。
「では、行きましょうか聚楽園さん」
「ええ!」
委員長(♂)は『絶対防御』を透明にして意気込む。梨緒はいつもの様子ではっきりとそれに答えた。
小さな小さな積み重ねは、やがて奇跡と呼べるような大きな力になるのである。