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Ep29 All hit on target ~知り合いの正体に唖然~

最近、友人のゲーム製作の脚本作り手伝わされてて更新おそくなりましたー。なんか、この頃、私の小説がインフレしているなんて言われるけど、大丈夫なはずさ~(多分)

 


「ムゲンガサキ…レイジ?」


今度こそ一ノ瀬いちのせ大和やまとの到来かと思っていた真也の予想は、昨今の関東地方の天気並に外れたみたいだった。

しかし、それにしても今、何が起こったというのだろうか。さっきまであれだけ激しく瞬いていた流星群は、あたかも最初からなかったようにどこにも見当たらず、さっきまであれだけ重くのし掛かっていた重力は、音もなくピタリと止んでしまった。

いや、事象の結果から見れば起きたことの理解は簡単なことである。すなはち、このムゲンガサキはキャパシティーを糸も簡単に打ち消してしまったのである、ただその右手を翳すことによって。





―――――いや、待て待て。それってオレの能力の究極系じゃないか!





『“相手の”能力を無かったことにしてしまう』。それも伏見ふしみ雪成ゆきなりの『災厄の力とっておき』を、優勝候補筆頭ベストフォーの他を寄せ付けない圧倒的な力さえをだ。

そして驚きはそこにとどまらない。もっと注目すべきは彼の削除範囲だ。たとえば、2013年2月初頭にロシアで隕石による被害が大きく取り立たされたが、あの被害は隕石の直接被害というよりは、衝撃波等による二次発生的現象によるものが大きかった。

今回の攻撃は、そのロシアを襲った隕石とは異なり垂直落下だったので、状況も違うと言えるが起こらないわけではない。

だのに、今、どこを観察しても隕石によるあらゆる二次発生的現象の痕跡は見られない。

つまりこの男は能力適外範囲まで綺麗サッパリ打ち消してしまったというのだ。

まったく、なんて羨ま妬ましい能力だろうか!




「ムゲンガサキ…だって?お前…あの無限ヶ崎むげんがさき零次れいじなのか?」


真也の後を追うように九条くじょう彌生やよいも“よろよろと生まれたての小鹿”のように立ち上がり、真也の目の前にいるムゲンガサキという異形を見てそのように言った。

無限ヶ崎は彌生のその姿を、状況に戸惑っている真也と意味深に見比べながら、やがて彌生に答える。


「サウイフ、オマヱハ、クジョウ ヤヨイ。アフノワ ハジメテダッタナ」


無限ヶ崎は変声器を使ったような声…というかもはや合成音のようなものをどこからともなく発する。



「…、彌生、こいつももしかして」


真也は彌生の耳許で囁く。


「あぁ、シンヤの想像通りよ。私も実物は初めて見るわ。無限ヶ崎零次…優勝候補筆頭ベストフォーの一角よ」


やはり、と真也は息を呑む。彼の能力の全貌は未知数だ。しかし唯一分かるのは彼がとんでもなく強いということ。ただ、そんな彼がなんでこんな弱々しい真也を助けたのか。真也にとってはそれが一番に謎だった。彼は意外な顔して小動物愛好家なのだろうか。とまた、真也はアホなことを考えてみた。

そしてその疑問を抱えるのはどうやら真也だけではなかったようだ。




「あっはっは。これは当たりみたいだったな。まさかお前が出てくるとはな、無限ヶ崎零次」

「…、」


一歩一歩地をしっかり踏み締めるように伏見が真也達の方に戻りながら言う。無限ヶ崎は彼の方に顔を動かして…、正確には顔の絵の面を動かして黙りこける。


「お前は勢力争いには興味がないのかとばかり思っていたが、やはり一ノ瀬側につくのか」

「ちょっと待てよ、それじゃあまるでオレ達が一ノ瀬の仲間みてえじゃねえか!」


伏見が構わず続けると、あまりにも強引な彼の言い分に真也が意見する。悪の一味みたいな呼ばわりにカチンときたのだ。とはいえ、それが無視されるのは目に見えているが。


「オレワ、ベツニドチラノミカタデモナヰガ?」

「その割にはなんで奴らの味方をする?」

「オヤオヤ、キョウテヱ ヲ ヤブッテ、ベストテンヲ タオソフトシテヰル フシミクン ノ テキニナルコトノ、ドコガフシギナノカナ?」

「…こいつ」


無限ヶ崎は、今この場を支配している伏見の偽物の正当性を揺るがすことで、自分の目的を隠した。伏見の強引な理論は自身の圧倒的な力あってこそなのだ。同じレベルの能力者に対峙されれば元も子もない。


「ナンテナ、タダ オレワ。ノチノ オオキナ ヰンガホウカイ ノタメニ、ヰマ ダイジナ ピヰスヲ ウシナイタクナヰダケサ」

「因果崩壊だと?」

「ハハ、タダノ ザレゴトサ。オマヱニワ カンケヱ ノ ナヰコトダ」


何を考えているか分からない無限ヶ崎は気の向くままに伏見をおちょくっているようだった。伏見雪成は翻弄されるがままになっていた。無限ヶ崎とは余裕の総量で負けている。しかしそれも当然、仕方のないことであろう。議論では正論に身を委ねている方には随分と歩があるものなのだから。


だが、その程度で黙り込むほど伏見も落ちぶれてはいなかった。


「ふっ、だろうな…そうだろうな、関係ないな無限ヶ崎零次。ここでお前ごと消してしまえばいいのだから」


伏見は吹っ切れたようにそのように言ったのだ。


「……キデモクルッタカ?ワレワレ“サンニン”ヲアイテニ」

「あー、ゴホンゴホン…」


無限ヶ崎の台詞を聞いた真也はわざとらしく咳払いをした。その音に気付いて振り返る無限ヶ崎。


「………………?」


彼は真也の謎の咳払いに対する意味を理解しあぐねていたようだったが、しばらくして伏見に向き直った。


「ワレワレ、ヨニンニ ヒトリデ タヰコウデキルトデモ?」



どうせオレは戦力外ですよー。と苦笑いしながら心内で拗ねる真也。


それを他所に伏見は確信を持った様子で会話を続ける。


「お喋りに華咲かせ過ぎじゃねえか無限ヶ崎」

「ナニガ、イヰタイノダ?フシミ」

「いや、せっかく俺を倒す絶好の機会だってのに、なんでまた仕掛けて来ねえのかな?と思ってな」

「……………」


伏見の言うことは正しい。通常、優勝候補ベストテン同士では戦いをしてはならないのだが、今回は伏見の条約違反という十分な大義名分がある。


そもそも、彼らにとって同盟状態にある今は好ましいとは言えない。


同盟とは優勝候補ベストテン同士の牽制合戦によって発生する過剰な緊張で、無駄に疲労困憊してしまい、その為に漁夫の利的に他の中二病患者ヴィクターに倒される事態を防ぐための消極策なのである。


これは20世紀後半にあった冷戦下のような、無駄な軍拡で国内経済を冷え込ませるような状況の二の舞にならないようにするための策で、すなはちイマヌエル・カントの『集団安全保障論』である。


これは一見、良策に見える。ほとんど優勝候補ベストテンが一丸になっているのと同じことであり、自分の身は100%保障されたようなものなのだから。


しかし先程も言ったように消極策なのである。もちろん、国際連合のような「恒久的な平和を求めるため」という目的ならば、この策は非常に効果的と言えようが、これは平和を求めるものではない。その逆、戦いにこそ真意がある。


つまり、この同盟によって自分は生き残れるが、同時に強敵も最後まで生き残ってしまうのだ。


だから今回は同盟を維持したまま強敵を一人倒せるという絶好の機会なのに、それをしない無限ヶ崎は“出来ない理由がある”と踏んだのだろう。


「冷静を装っているが、…というか、冷静と否を判別しづらいが、お前にとっても今のこの事態は想定外だったんじゃねえの?」

「ソフ、オモウカ?」

「だって、だからお前は今、忙しくて動けないんだろう?」

「……ッ!?」

「俺が世間知らずの坊っちゃんとでも思ったか?甘いな、俺は知っていることは知っているんだよ、そこの木偶の坊クン。それとも“受話器”とでも呼ぶべきかな?」

「………ハハハ、オソレイッタゾ。ベストフォー ナドト ジショースルヨウナ ヲトコ ダト アナドッテイタノガ、ハンセヰテンカナ」

「おい…、自称だと?今、聞き捨てならないことを聞いたが?」


伏見はここまでしたり顔を浮かべてきていたが、無限ヶ崎が言った簡単には聞き過ごせない言葉が耳に入るや否や、彼は額に皺を寄せた。


「ハッハッハ チョーハツヲ マトモニ ウケテ、アタマニ チ ヲ ノボラセテイル ジテンデ、オマヱノ ウツワモ タカガシレテイル ト イヰタイノダ」

「受話器風情が、30秒で消し炭にしてやる」

「オレハ ソレナリニ ケンゲンヲ イタダヰテイル ホウダ。サンジュフビョーモ アレバ ジフブンサ」

「『災厄の…』」


先手必勝の理か、伏見は無限ヶ崎が言葉を言い終える前に技を発動しようとした。それも、初っぱなから『災厄』を使ってきている時点で彼の言う30秒というのは決してオーバーな言い回しではないことを真也は悟る。



無限ヶ崎は動じることなく右手を上げた。



「トマレ…」




瞬間、閃光が迸る。


そして真也が目にしたのは天空から生えた雷の幾筋が無限ヶ崎の右手に―――より正確には右手人差し指から一センチ空といったところだが―――集まる様子、そしてそれはあたかもシャッターで撮らえたかのように、奇妙なオブジェとして今もなお君臨していた。

真也はこの時勘違いしていた。無限ヶ崎は天空から雷を呼び寄せてトールが如くそれを武器とするのだと思っていた。





…雷撃地獄』」





伏見がそう言ったのを聞いて真也は今度こそ今の攻防の真実を理解した。


つまり、無限ヶ崎は伏見の雷撃攻撃を一瞬で止めてみせたのである。


「ヌルイナ…」


止まった雷撃に無限ヶ崎がそっと触れると、それに亀裂が走り、伝播し、そしてガラス細工の終末のように砕け散った。


「『四重人奏カルテット』」


真也は目眩がしたのかと思った。一瞬、無限ヶ崎の体が陽炎のように儚く揺らめいたかと思えば、彼は同時に複数人存在していたのだ。そして彼らは一斉に高速で動き回る。

そのまま伏見を攪乱するようにしながら無限ヶ崎は攻撃の隙をうかがっているようだった。それが伏見を苛立たせる。


「小賢しいぞ!!『災厄の熔岩烈風』!!」


先の『火災旋風』とは並々ならない量の熱量を放出させる赤色の豪風が、伏見を中心とした四方八方に放たれる。そんな中、分身した無限ヶ崎は呆気なく一人また一人と呑み込まれ灰塵となる。


「あっはっはー!バカを見たな!無限ヶ崎ぃ!分身するということは己の授かる権限も分散されるということだ!」


真也にはイマイチ理解できていなかったが、おそらく、権限というのは無限ヶ崎の能力のことを言っていて、それを個体ごとに分けてしまったから、先程の『現象幻化エフェクトイレイザー』が使えなくなってしまったか、伏見の技を消すには不十分の強さになってしまったということなのだろう。






「マヌケガ。オマヱノ カセツハ、ケンゲンヲ キントーニ ワケタバヤイノ ハナシダロフガ」


そう、真也が目眩がしたように感じたのは無限ヶ崎が四人に増えたからではない。“五人”に増えたからである。自分の目の前に一人と遠くに四人というフォーメーションで。


「くっ、この…、嘘つきがぁっ…!」

「おいヲヰ、ヒトギキノ ワルイコトホ ヰフ。オレハ ベツニ ウソナド ツイテハ ヰナイ。チャント ヨニン フエタダロウガ」


四人になるのではなく、四人追加されるというミスリーディング。


そして、もちろんそれだけでは終わらない。


伏見は相手が優勝候補ベストフォーだからか、目の前のことに集中しすぎた。

そのために自分が使った、熔岩烈風だなんて辺りの被害が尋常でないものに対して、真也と彌生が“なんの防御行動もとっていない”ことに疑問を持てなかったのだ。

真也と彌生、ついでに氷付けの龍鵞が伏見から非常に離れた位置にいて、且つそこが『現象幻化エフェクトイレイザー』の右手が届く範囲であるという異常性に。


「成る程、さっきの四体はさながらデコイのデコイと言ったところか。権限だけは分散させずに一極集中させての」


伏見は全てを理解してそのように言った。依然、空気が張りつめるなか、一人だけ置いてきぼりにされている奴がいた。




「おい……、真也?どういうことだ?何が起きて…?そしてこいつは誰だ?」


四天王寺してんのうじ龍鵞りょうがである。


先にも言ったように、ここは云わば『現象幻化エフェクトイレイザー』の効果範囲である。彼を行動停止に追い込んだ氷結は既に液体と化していた。


「あーだー、面倒くせぇな…今北産業わ。未だにオレすらも完全には把握しきれていない状況だ。今度会える機会があるなら茶でも啜りながら話してやるよ」

「なっななっ…つ、つまり、それは…ぼくっ……ゴホン、わ、我とまた友人として会ってくれるという…」

「んんー?」


こんな状況下なのに微妙に嬉々としている気色悪い龍鵞。オレは「もう二度と会えなくなるかも知れないほどの生死の瀬戸際」を皮肉って言ったつもりだったが、なにを勘違いしてやがんだ?いったい。

まあ、それでも龍鵞は納得したように質問をやめたので、オレもなにも言うまい。


「ジャア、サラバダ」

「は?」

「えっ?」


無限ヶ崎は意味深な言葉を吐くと、彌生の右肩に左手を置いた。真也と彌生は思わず面食らってしまったが、真也は次の瞬間の光景にまた唖然とさせられてしまった。


「え、彌生は…?」


さながら古典的なマジシャンのように九条彌生はその場から姿を消してしまっていたのだ。


「や……やよっ…はっ! てめっ…」

「オォット、ヱンドウ シンヤ。オマヱガ ヰキスギタ ヲクソクヲシテ、ムイミナ ヰキドホリヲ スルマエニイフガ、コレハ テンソホ ノフリョクダ」


怒鳴り声の叱責を前に、無限ヶ崎に手のひらを顔の前に出されて、真也は奇妙な気分にさせられた。言うなればくしゃみをしようとして、途中で止められたようなむず痒さ。

確かに真也は強引論理で憶測した。だが先の『打ち消す能力』を目の当たりにすれば、彌生を同じように殺したと考えてしまうのは仕方あるまい。


「ど、どこに?」


怒りの矛先を失い、戸惑ってしまった真也は取り敢えず咄嗟に浮かんだ疑問から聞いてしまう。


「バショハ ワカラヌ。ココカラ ダイタイ ニキロ サキダナ」

「彌生は無事なんだな…」

「アァ、ブジダ。モウシワケナヰナ。ヲマヱノ ナカマニ タイスル ネッケツカンヲ、モット コウリョ スベキダッタ」

無限ヶ崎は相も変わらず合成音のような声色だったが、それでも彼がすまなそうにしているのを、どことなく実感した。


「スベテノ ギモン ト ゴカヰ ヲ カヒシォウ スルナラバ、『ニガシタ』ダナ」

「逃がしただって?」

「イヰカ、ヱンドフ シンヤ。ケツロンカラ イフト オレデハ アイツハ タヲセン」

「でも、あんた…あの『優勝候補筆頭ベストフォー』なんだろう?」

「フカクワ ヰヱンガ、コンカイノ セッショクハ オレモ“ソフテヰガヒ”ダッタ」


真也には分からない強者達の大局的な駆け引きがあったのだろう。


それが今回はなにか緊急事態が起こったのではないだろうか。


真也は振り返ってみる。



無限ヶ崎はここまで様々な能力を真也に披露してきた。


『打ち消す力』『止める力』『増える力』『速くなる力』そして『送る力』。


これほどの反則級の能力を持ちながら、彼は伏見を倒せないと言う。


伏見は無限ヶ崎をいつしか『受話器』『デコイ』と呼んでいた。


無限ヶ崎はおのが能力を「授かった権限」と言った。





――――――それはつまり、








「お前自身が…無限ヶ崎本体の『四重人奏カルテット』なのか?あるいは……また別の能力で?」



ここにいるこいつは無限ヶ崎であって、無限ヶ崎でない。


この事態が本体にとってあまりに緊急だったが自分は事情があって行かれない。



真也は既に経験している。


四重人奏カルテット』の分身は召喚の場所に誓約はない。

実際先程使われたさいも伏見の前の分身と、自分達の前の分身は距離があった。


だから分身を行かせた。



そして分身はあくまでも分身でしかない。



優勝候補筆頭ベストフォーでないものが、優勝候補筆頭ベストフォーを力業で勝たせることは難しいのだ。




だから“別の方法で勝つことにした”。






「貴様、無限ヶ崎。それでも優勝候補筆頭ベストフォーとしてのプライドはあるのか!」


伏見は無限ヶ崎の行動を理解して、憤り、叫ぶ。




「『プラヰド』?シランナ」

「逃がすことで、そもそもこの戦いを支えていた、協定違反の存在そのものをウヤムヤにしようだなんて」



そう、無限ヶ崎が打ち消したのは伏見の能力だけではない。



「タダ、オレガ シッテヰルノワ……」



この戦いの根拠そのものを打ち消したというのだ。








「『カツ』ト イフコトワ、『アヰテヲ タオス』ト イフコトデワナク、『ジブンヲ マンゾクサセル』トイフ コトダトナ」







次の瞬間、オレは肩に何かが触れたような気がしたと思ったら、戦場から一気に日常に戻された。











「…………………」


真也は日光がさんさんと降り注ぐ青空をぬぼっと見つめながら、無限ヶ崎に最後に耳打ちされた台詞を思い出していた。真也の推理に対する是でも否でもない、全く検討違いで意味不明の解答。



「『その能力を大切にしろよ』って、なんだよ…」



考えても考えても分からない。

能力とは単純に真也の思考能力を誉めているのか。

それともキャパシティーを誉めているのか。


「まあ、単純に考えて推理を誉めたってことだよなあ」


オレが深く考えすぎているのか。

だが、あの無限ヶ崎が、あのタイミングで、あの雰囲気で言ったことが実に不可解な感覚を受けてしまうのだ。


「………、今、何時だ?」


思考が行き詰まったら考えることを放棄するのは真也の得意技である。

それは気分転換というポジティブともとれるが、彼の場合は「面倒くせぇ」というネガティブから来ている場合が多い。


「って、うおっ!着信多っ!?」


おもむろに取り出したケータイを開くと委員長(♂)からの着信が何件もきていた。因果孤立の空間ニアーディメンジョン内は電波が届かないのである。


「いったいなんだってんだ?メールで知らせりゃいーのに」


そうボヤいてから折り返し電話でもしようとした時だった。

キキッというブレーキ音と共に聞き慣れたかしかましい声がした。



「あら、真也じゃない。こんなところでボケッとなにしてんのよ」


真也が音の方向に目をやると、そこには物の価値に疎い庶民でも分かるような高級感溢れる薄手のセーラー服を身に纏う、ココアカラーの髪をツインテールした少女がいた。


「梨緒か」


爆発の現象系能力者フィナメニスト聚楽園しゅうらくえん梨緒りおである。


「なにしているんだ?こんなところでいったい?」

「私は見て分からない?自転車通学、いわゆるチャリ通よ。なにしてるはこっちの台詞よ」

「お嬢様がチャリ通とか…キャラメルマキアートが好きな番長並に違和感あるわ。おい、そこの殺人運転…いったい今日は何人ひいたんだ?」


真也は梨緒の傷だらけの割に、真新しさを醸し出す黄色の自転車を見て、あながあち冗談でもない中傷をしてみる。


「失礼ね!今日はまだ大丈夫よ!」

「きょ…今日は?」


プンプンと怒りながらとんでもないことを言ってのける梨緒に、真也は初めて彼女に出会った頃のことを思い出して恐怖に震えた。あのとき自転車に衝突されたことは一生忘れないだろう。日本はそろそろ自転車も免許制にした方がいいんじゃないか?と真也はその身を持って思う。


「そんなことより真也。私、最近思うの」

「殺人運転をそんなこと呼ばわりとは正気の沙汰を疑うが、いったいなんだ?」


すると梨緒は腕をくみ黙ったまま、ズイと真也の顔に自分のそれを近付けてじぃっと瞳を見詰める。


「な…なんだよ」


真也はだんだん気恥ずかしくなってしまう。彼女は生意気だが、それでもただでさえ美少女。ましてやこんな近くに寄られたら、息遣いやら匂いやらまで伝わってきて思わず失神してしまいそうになるのだ。



「あんたはもっとメインヒロインを大切にした方がいいと思う」

「…………………………いきなり何だ?」


梨緒が突然、突拍子もないことをのたまい始めたので、真也は先刻感じていたものを全て吹っ飛ばし、真顔になった。せっかくさっき理解に苦しむことを投げたばかりだというのに、なんで難題というものは同時にやってくるのだろうか。


「最近、なんか春香とばかり一緒にいるわよね」

「そ、そりゃおめぇ、春香ちゃんはか弱い後輩だしよぉ」

「わ・た・し・は?」

「はぁっ?好戦的な爆発使いが何言っ…いえ、か弱いですよね。はい、か弱いです」


ギラリと刃のような瞳に睨まれ、冷や汗と同時に丁寧語になる真也。彼女はいったい何を怒っているのだろうか。


「しかも、春香と一緒に結局九条倒したとか言うし。私はだめだったのに」

「そ、それはたまたま…」

「そして極めつけは、あれだけなんだかんだあったくせに、放課後毎日九条と仲良く喋っているとか…」

「…な、なぜそれを…?」


真也は嫌な汗をダラダラとかきながら、こんな梨緒に「今さっきまでその彌生と共闘してた」なんて言ったらどうなっちまうんだろうと考えていた。

だが、真也も言われながら不満を持ち始める。確かに以前「梨緒を守る」とか言ったけども、それが他の女の子といてはだめな理由にはならないだろう。



「なんだよ、さっきから、付き合っているわけじゃあるめいし」

「私にも分からないわよ!」

「はあ?」

「なんか、分からないけど、真也が、他の人と楽しそうに話しているのを見ると、ムカつくのよ!」

「お、お前、それって……」


梨緒は「しまった」という顔をした。勢い任せに自分の真意をさらけ出してしまったのだ。さすがの真也も梨緒のキモチに気付いてしまったのか、彼はゆっくりと口を開く。








「普通じゃねえか」

「え?」

「いいか、自分よりも幸せそうな人がいたら妬ましくなる。これは普通のことなんだ。変に卑下する必要はオレはないと思う」


真也は腕を組んでうんうんとうなずきながら、ジジババのように偉そうに高説たれる。


「あ、いや、そうじゃなくて…」

「寧ろオレはそれを醜いと感じて秘めているのはどうかと思うね。精神的不健康だ。そういう時は皆の換気扇と名高いオレを罵倒すればいいさ」


前言撤回。真也はここまでされても全く気付いてはいなかった。片寄った推理力、いや、この場合は真也が『よわゴシ信者』であることが誤解を招いたのだろうか。

そうこうしていると真也の手からピリリッと電子音がした。彼が不思議に関節を鳴らしているわけではない、手に持った電話に着信が届いたのだ。


「もしもし、委員長(♂)か?」

『やっと繋がりましたよ真也くん』


電話の相手は委員長(♂)だった。よっぽど急ぎの連絡だったのか、電話越しに彼が安堵しているのが分かった。


「悪いな、いろいろあって出れなかった」

『いろいろ?』

「詳しくは後で話すが、そうだな、今はちょうどメインヒロインさんに説教喰らっていたとこだよ」

『はて?不思議ですね。僕は説教していたおぼえはないのですが』

「同感だな。オレもお前をヒロインと呼んだおぼえはねえのですが?」

『まあ、それはさておき。真也くん、まずは即座に駅向こうの公園に向かってくれますか?近くに飲み屋やゲームセンターのあるところのです』

「なにがあるんだ?」

『単刀直入に言いましょう。彼女、柿崎かきざき未来みらい中二病患者ヴィクターです』

「……マジか?」


真也に走った衝撃は並大抵のものではなかった。

彼がケータイを落とさないでいれたのは奇跡であろう。


『そして、彼、芳賀はが裕一郎ゆういちろうも』

「だが、オレは学校で二度も戦った。奴らとはその時、全く邂逅しなかったが?」

『先程、調べましたが、二人は生徒会の外回りだったそうです。そして、今日も』


今日も、という単語に真也は強く惹き付けられるものがあった。


「まさかだが、委員長(♂)。最近の芳賀の功績ってのは、外回りの成果じゃねえだろうな?」

『ビンゴ、大当たりです』

「て、ことは、奴らはキャパシティーを使って悪を裁いてるつもりでいるのか…」



「急いで行け」とは言ったが、正直な話、委員長(♂)は真也のこのあとの行動に興味を持った。

芳賀の行為は多少の荒さこそあるが、校則違反という名の悪をキャパシティーによって成敗する“正義”の行いである。

真也はこの“正義”に対してどのよ…


「んなら、その付け上がり野郎はさっさと潰さねえとな」

『!?』


委員長(♂)も想定外な程に真也は即断した。


やはり『よわゴシ』は『よわゴシ』なのだった。

この『よわゴシ』とは所謂、弱腰ではない(とはいえ彼が弱腰でないことは肯定できないが)。

こんがらがるかも知れないが、要するに彼の考える平和維持のスタイルのことである。


これは善悪という問題ではない。

真也が抱える『よわゴシ』という信念にとって、単に、芳賀の行動が“気に食わない”のである。


『なら、急いで行ってください。間に合わなくなります』


委員長(♂)は「成る程」と思いながら、そう促す。


「いや、急ぐ必要は無さそうだぜ?」

『はい?どういうことですか?』

「どうやら…なんの偶然か……」


真也はここで通話を切り、ケータイをポケットにしまって、ある一点を見詰める。




「その近くにいるみたいだからな」




その一点の方向から風が突き抜けて真也の髪を揺らす。

真也はただそこを見詰めた。梨緒と共に“その公園”を。


たいした遊具はなく、ベンチがいくつかあるだけで、辺りに乱立する居酒屋やゲームセンターとも浮いていて、公園というよりは空地と言う方がニュアンスは近かった。駅向こうであるために、学校職員やPTAの目はほとんど向かない。まさに不良がたむろするのにはうってつけと言えた。

だが…、普段は様々の混ざりあった趣のないアルコール臭と、タールのベタベタしたヤニ色の煙幕の立ち込めるこの場所は、



今は、無数の青い洋式片刃サーベルが宙を舞っていた。




公園は終末の戦地となっていた。


諫山中屈指の不良共が地にゴロゴロと転がっているのである。


その中心に立っていたのは眼鏡をかけた目付きの悪い一人の少年であった。



「芳賀………」



真也は口にする。

それにいち早く反応したのは芳賀の近くにいた柿崎未来であった。


「真也くん…」


彼女にいつもの天真爛漫さはない。あるのは何かに怯えたようにおどおどしている様子だけだ。真也には隠し事がバレた深刻さにも見えた。ふと見ると、彼女は宙に舞うのと同じタイプのサーベルを手にしている。直接戦う気はないのか、柄の方を左手で峰の方を右手で持っていた。


「なんだ?誰かと思えば貴様か遠藤真也」


こちらはうって変わって冷静にしている芳賀。装っているのではない、本当になんとも思っていないのである。鋭い目の瞳はバグズでも眺めるように興味がなさそうにしていた。


「あえて問おう、お前はそのサーベルで何をしていると」

「正義の粛清だよ」


真也の険しい顔に「ハッ」と鼻で笑いながら答える芳賀。そして地面に転がっている不良の頭を足蹴にしながら続ける。


「このクズどもの拠り所は自身の暴力……いや、正確にはそれへの過信…盲信みたいなものだ。だから自分より力が強いものの言うことを聞くし、上下関係が出来る」

「………………」

「だから、ちょいとそいつを利用させてもらう。こいつらがこいつらたらしめているものってのは、警察や先生や生徒会、そういったものは『正当性』『権力』があるからこそ一般生徒は従わなければならない…この論理に対する反抗だ。そんなものに頼らなければ自分たちに勝てないのだという奢りだ。単純に言ってしまえば反抗するのがカッコイイとか思っているようだ。残念なオツムだなぁっ!」

「がぁっ!?」


芳賀が思いきりよく不良の顔を踏みつけたので不良は悲鳴をあげた。


「反抗こそが奴らの品格であり尊敬の証のようだ。さながら魔王を討伐せんとする勇者ってか?中二病だなあ。そして暴力が奴らのアドバンテージ。全くバカだよなあ。このシステムはまさしく奴らが毛嫌いしている権力そのものじゃねえかと」

「それでお前は奴らの論理を壊しにいったということだな。権力、正当性だけでなくこいつらの拠り所の暴力までも圧倒することによって」

「その通りだ。クズにクズだと理解してもらうにはシンプルなのが一番だからな。クズは黙って支配されていればいいのだ。身分を弁えろという話だ」

「お前は…こいつらを何とも思わねえのか?」


真也は芳賀に詰め寄る。


「俺は逆にそれをこいつらに聞きたいね。無意味に秩序を乱すことをどう思っているのかと」


しかし芳賀もひかない。


「お前の理論は分かるよ。全ての人間が精神的に自制すれば秩序は一定し、確実な平和が訪れるというのだろう?だが、抑圧された政治とは反動もまた大きくなるんだよ。お前だってアラブの春は記憶に新しいだろう?」

「ふん、そんなことか…。ぬかりはない。暴力で屈させるだけでなく、弱味も握ってある。それにお前の事例で出てくる愚王、愚党首、愚大統領の政治は俺のとは違う」


ここで芳賀は顔を弛める。


「なあ、遠藤真也。これは他ならぬ諏訪原すわばら生徒会長のためでもある。あの人の苦労を軽減してあげられるのだ。だから俺と協力しないか?」

「協力…だと?」


突如言われた「協力」という言葉に顔をしかめる真也。


「お前も元不良だということは知っている。情報を寄越せ。そしてお前自身も俺のように屈服させろ」

「不思議だな。これはお前の毛嫌いする“不良”のやり方じゃないのか?」

「違うね」


芳賀は即答する。


「これは正義の名の下の公務執行だ。刑法220条には逮捕監禁罪というものがあるが、警察が囚人を刑務所に放り込んでも罪にはならないだろう?」

「まるで新約聖書のような詭弁ぶりだな」


真也はそう言ってから、次のように続ける。


「オレがそれにノルとでも思うのか?」

「さあてな?ノラないのならば始末するだけだ。必要悪にそこまで固執していないしな」

「ノルわけねえよ。そんな精神社会病質ソウシャルサイコパス。お前の妄想はさながらオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』やジョージ・オーウェルの『1984』ようなカコトピアに過ぎねえとオレは思うね」


真也は大きな声で言った。

彼にとって、この答えは客観的道徳的善悪に基づいたものではない。

宗教あるいは政党のような価値観の違いによる反発である。要は馬が合わないのだ。


真也にも真也のやり方がある。

ここであえて善悪の問題を持ち込むならそれは主観的なものになるだろう。



そう、主観的に善を選び反発した真也のように。


そして、




「言って…くれるじゃあ…ねえか……遠藤真也。……『戦闘開始デュエルスタート』!」



主観的に善を選び、悪を排除しようとする芳賀もまた然りなのだ。


翡翠色の煌めきが拡散し、因果孤立の世界ニアーディメンジョンが織り成される。



「柿崎ーっ!」


芳賀がそのように声をあげると、一瞬未来は驚いたようだったが、次の瞬間には無数のサーベルが1メートルくらい上昇した。


「『飛来軍刀サーベルダンス』。彼女のキャパシティーだ。味わって死ね」


芳賀がそのように言うとそれが真也を目掛けて翔んでくる。真也は咄嗟に伏せて頭を手で覆った。備えたのである。“サーベル”にではない。



「『粉塵爆発バーニング』!」



真也とサーベルの間を無理矢理縫うように尋常でない熱量が現れる。

それは紅く橙で黒い爆発と強力な爆風を産み出す。


「あっづ!?熱いわ!!お前さー…、ちっとは手加減しようよ梨緒!これじゃあ凶器がナイフから爆弾に変わったに過ぎないぞ?」


真也がぐちゃぐちゃになった髪を直しながら文句をたれる。


「うっさいわねー。助かったんだからどうでもいいじゃない」

「ああ…、なんか最近、本当にどうでもよくなってしまっているオレは人間としてマズイ気がするぜ…」


と、二人が会話をしていると。



「ふっ…ははっ…スゴいじゃないか。スゴいキャパシティーだ。これがあれば鎮圧が容易く出来る」


芳賀が笑って言った。


「………………」


真也は黙って芳賀を見る。


「安心しろ遠藤真也とその連れ。お前らは消さない。オレの足として使ってやる」

「使わせるかよ。そしてつぶしてやるお前の野望も。梨緒!」

「分かったわ」


真也は梨緒に声を飛ばす。彼女は真也の意図を理解してか目の前に爆発を起こす。


「?」


芳賀は気付く。この爆発は攻撃ではないと。黒々とした霧のような爆煙のこれは、爆発というよりは煙幕に近かった。



――――――こう、煙くてはサーベルもうまく操れまい。




真也は煙幕の中動いていた。既に相手の配置は記憶しているし、見えない中を動く訓練は十分に積んできた。普段の練習の賜物である。




―――――さて、今のうちにあの面に一撃入れてメガネ割ってやらあ……




と、真也が内心ほくそ笑んだ時だった。






「なんだ、そこか…」


冷めきったような芳賀の声が耳に入ったと思ったら、ザクッという肉の割けるような音も追って聞こえた。




そして、太股に走る痛み。


「いいぃっったぁっっ!!」



真也は思わず尻餅ついて痛みがするところに手を伸ばす。手はドロリとした温かい液体と、そこから生えるようにして存在する冷たくて硬い物体をとらえた。



「芳賀っ…!?」



煙が晴れて一メートル先に立つ芳賀は相も変わらず氷のような瞳をしている。


それは自分の能力に誇りがあり、余裕があるという様子であった。





「オレのキャパシティーは『何かを何かに100%当てる法則を支配する能力』だ」




「え…………それって……」


梨緒の顔が曇る。


「どうしたんだ?梨緒」




「ふっ、女の方は賢いようだな。そうさオレは優勝候補ベストテンの一人……」




真也と梨緒は呆然として、ただ芳賀を見ている。




「………『百発百中クリティカル』さ」

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