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Ep27 Best tens~バカと厨二と召喚魔獣~

言いづらいので四天王寺龍鵞の真名の読み方を変更しました





真也は強く、大きく一歩を踏み出し、


そして、また一歩、また一歩と直進していく…





















…後ろに。













「って、おい!!!!」



四天王寺してんのうじ龍鵞りょうが【真名は『聖光を斬り裂く者ラストイルミナス』】は彼の自身のキャラを忘れてしまうくらいに怒鳴りながらつっこんだ。彼は真也の突拍子もない行動にそれくらいに動揺していたのである。


「いや…はっ!?フハハ、我としたことが…、これは逃げると見せかけた攻撃か!!この龍鵞、危うく敵の罠にかかるところだったぞ。フハハハハハハ」






龍鵞は納得したように頷いてから笑い続ける。





「ハハハハハハハ………ははっ…ははは…はっ?」



しかし一向に攻撃をする素振りを見せないどころか、どんどん自分と距離を離していく真也。九条くじょう彌生やよいも半ば呆れながら、それでも彼の性質を少しは理解しているので黙って真也に付いていこうとする。






「なんで、我から離れるなんで逃げる、なんでなんでなんでなんだ!このゴミクズラビッシュ野郎!!ふっ…ぐうっううう!!」


だが、言動に理解できない龍鵞は、自分の思い通りにならない現状に怒り心頭して、だだっ子のように怒鳴り喚き散らす。両の手を強く握り締め、激しく歯軋りをさせながら、目を普段より吊り上げ、踏ん張るような姿勢になる。








霊合爆撃ゴーストリノフュージョン!!」






彼がそのような言葉を怒鳴るように発すると、その場を立ち去るように歩いていた真也の目の前の空間が歪む。いや、実際には歪んでいない。ただ、薄紫色クリアパープルの布切れの集合体―――龍鵞の叫んだ言葉から推測するにこれは霊なのだろう―――が突如現れたためにそのような感想を漏らしたのだ。



「っ!?」



真也は咄嗟のことだったが、龍鵞の叫んだ言葉から技か何かだろうと直感し、ほとんど反射のように後ろに跳ぶ。その着地とほぼ同時に目の前が弾ける。道路と塀に穴ぼこのようなものが生じる。真也はなんとか避けたが、破壊の衝撃を受けて尻餅を着く。そしてそのまま首を後ろに向けた。


「ばっ…バカヤロ…」

対戦開始デュエル



銀色の三つのリングから翡翠色の光が連鎖するように煌めく。それは一瞬、世界を一色に染め上げたかと思ったら次の瞬間には元のように戻る。しかし見えている風景は現実でも、ここは現実ではない。因果孤立の空間ニアーディメンジョンという中二病患者ヴィクター共の無法地帯なのである。

真也の漏らした文句に被せるように「対戦開始デュエル」の言葉を口にしたのは、なんと実は彌生であった。しかし彼女がその言葉を発したのは「戦おう」という意思からではない。

そもそも中二病対戦ヴィクターウォーズにおいて現実で能力を使うのはタブーである。死人が出る可能性があること、第三者を巻き込む可能性があること等その理由は多岐に渡るが、その全ての根本は「中二病対戦ヴィクターウォーズが関係者以外に知れ渡ることへの危惧」である。優勝候補ベストテン同士の戦闘によって現実界に生じるAEOCにすら、運営側としては過敏な対応をとっているのだ。現実界においての優勝候補ベストテンの直接攻撃ならば尚更である。



「…ふぅ」


しばらく、一歩間違えれば死ぬかも知れなかった未来におののく心を落ち着かせることに真也は勤しんで、ようやく喋れるくらいに回復した彼はゆっくりと立ち上がり尻に付いた砂などを手でパンパンと払いながら龍鵞の方を向く。


「…お前なあ、さすがにオレだっていつまでも無知ってわけじゃあないんだぜ?」

「はあっ?」


真也が不意討ちに対する怒りで睨むような眼で見ながら、しかし意外にも呆れたような口ぶりをしたので、龍鵞は若干量戸惑う。


真也はそれに構うことなく話を進める。


「今、おたくら優勝候補ベストテン共は、名前はよく知らんがナンチャラ協定とか言って不戦条約を結んでいるんだろう?こっちには九条彌生がいる。もし戦おうってならお前は条約違反だ。残りの八人の優勝候補ベストテン共がお前を確実に葬るだろう。経済制裁下にある某国を見れば一目瞭然だろ?お前もそんなに戦いが好きなオツムのイカれた奴じゃねえだろ?」


真也は知っていた。初瀬川はせがわ凛華りんかとの会話で出てきた優勝候補ベストテンの二つの勢力。彼らがお互いの被害のために、そしてなによりAEOCの発生を極力抑えるために国連ばりの不戦体制を取っていることを。


「確かに遠藤真也、貴様の言う通り、今、奴らとの条約を破るのは懸命ではないな。だが、どうやら貴様は勘違いしているようだ」

「勘違いだと?…っつーか、なんでオレの名前知ってんだ?」


真也は龍鵞の含んだ言い方に疑問を呈し、ついで自分の名前が呼ばれたことに驚いた。龍鵞は腕を組み、薄ら笑いを浮かべる。


「確かに我はかねてより九条彌生と闘ってみたいと思っていた。条約が敷かれる以前、一度だけ手合わせしたが、決着がつかなかったんでな」


成る程な、だからお知り合いだったのか。真也はそんな感想を抱きながら彌生の方を向く。話題に登った当の彼女はというと、なぜか不機嫌そうにしている。




「はあっ?圧倒的に私の勝ちだったろうが?」


…あぁ、そういうことか。と真也は一秒で不機嫌の理由を理解する。彼女の性格的にこれは予想できた。真也は最強の力キャパシティーに『反論生成カウンターアーギュメント』のような未来予知能力を持っていなかったが、彌生に対する龍鵞の次のセリフを真也は難なく予想できたのでこのように言った。


「次にお前は「あっ?どっちかというと我の方が上手だったわ」と言う」

「あっ?どっちかというと我の方が上手だったわ。…ハッ!!」



マジかよ…こいつ。真也はあまりに予想通りに行動した龍鵞に少しひいた。ひかれた彼はなんとか威厳を取り戻そうとゴホンと鈍く咳払いをすると、続きを話し始める。


「そんな折りに、我がもとに実に面白い噂が舞い込んできた。なんでも優勝候補ベストテンでもないのに優勝候補ベストテンを倒した中二病患者ヴィクターがいるとかいう話だった」

「ほう、そいつはスゲェ話だな」


真也はだんだんバカらしくなってきたので、話し半分で聞くつもりだったが、今の話を聞いてかなり興味を持った。真也も一度だけ優勝候補ベストテンとは戦ったことがあるから素直に驚いたのだ。






「って、…なんだ?」


龍鵞が黙ったまま眼差しを向けてくるのを不審に思う真也。やがて彼は笑い出す。


「フフフフ…フハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」


魔王が玉座に腰掛け、人間の弱さを嘲笑うように、いかにも偉そうに勘に障るような笑い方を続ける龍鵞。そのまま顎が外れればいいのにと真也はちょっと思った。


「貴様はゴミクズラビッシュなのか否かよく分からん奴だなぁ」


クククとおでこに人差し指と親指を置きながら、演技臭い笑いを未だに交えて話し始める龍鵞。真也はさっさと帰りたかったが、我慢して聞くことにする。


「謙遜とは面白いぞ遠藤真也。いつまでもしらを切るのになんの意味がある。我は知っているのだぞ?貴様が優勝候補ベストテンの一角、九条彌生を倒したということは」

「……………………はいいいいいっ?」


真也は数筋の冷や汗を垂らした。状況はまだまだ掴めて切れていなかったが、どことなく嫌な予感というやつを感じたのだ。


「おいおい、無駄な抵抗か?流石の我もカチンとくるぞ?」


真也の疑問符を、しらを切っているととった龍鵞はわずかに怒りを募らせる。真也は恐る恐る聞いた。



「え?えっとぉ…もしかしてもしかしてオレが彌生を倒したっつった今、お前?」

「そうだが?」


揺るぎない返事。真也は今度こそ事態を完全に理解した。


「あああああ、まさか。まさかまーさか…戦う相手ってのは彌生じゃなくてオレか?そしてそれこそがお前の言っていたオレの勘違いってやつか?」

「そうだが?」


揺るぎない返事セカンド。真也は事態を受け入れたくなかった。なにせ相手はこんなバカでも優勝候補ベストテンなのだ。彼は彌生と戦った時のことを思いだし腰が抜けそうな感じになる。そして龍鵞がトドメのように次の一言を放った。


「つまりだ、我は九条彌生を倒すほどの実力を持つお前を倒すことによって、九条彌生を制したことになるのだよ。要するにアレだ試金石だな」



真也は笑いたくなった。それもいっそ、龍鵞のようにフハハハハハハと。




――――――なんだよなんだよ?オレが彌生を倒しただと?確かにそうかも知れないが一人じゃ………あ…!そうだよ!



真也は敵の言い分の矛盾を発見した凄腕検事のようにニヤリと笑い、自信満ち溢れた感をビンビンに出しながら喋り始める。


「いいか?四天王寺、勘違いはお前の方だ?」

「おいそこのゴミクズラビッシュ、その名は我の現世における仮の名だ。今は『聖光を切り裂く者ラストイルミナス』と呼ぶがいい」

「………、えっと、じゃあ『聖光を切り裂く者ラストイルミナス』」

「なんだ?」


嬉々として応える龍鵞に対して非常に殴りたい衝動に駆られた真也だったが、ここは堪えねばならぬと心を穏やかにしようと試みる。


「いいか?勘違いはお前の方なんだ」


「勘違い…だと?」


龍鵞は調子にノっているのか、いちいちマンガ臭い言い回しを使ってくる。


「そうだ勘違いだ。いいかそもそも本当は………っ!」

「本当は…なんなんだ?」


龍鵞は真也が話す口を途中で止めたことを不思議がった。彼はどうしたのだろうか。それがどうしたもこうしたもないのだ。真也はことここに至り重大なことに気が付いたのである。

本当は真也は次に「…戦ったのは、ほとんど宮城みやぎ春香はるかという別の中二病患者ヴィクターなんだよ」とセリフを続けるつもりだった。

だが、もしこれを言って龍鵞が信じたのなら、彼は今度はその足でそのまま彼女の下に向かう可能性があるのである。それは実にゆゆしき事態と言えた。


「おい?どうしたんだ?呆けた顔をして?」

「い…いや?なんでもないさ」


真也は焦る。…が、ここで一つ妙案を思い付いた。


「あっ!そうそう、つまりさ。あれだよ。その噂。本当じゃないのよ。本当の本当はオレは勝っていないわけ。いわゆるデマよデマ。風評被害ってやつ。なあ?彌生」


彼は噂自体を否定して、最後に彌生にふった。真也はさっきの彌生と龍鵞のやりとりを思い出したのだ。彼女はプライドが高い。こんなよわゴシに負けたなんて事実を彼女が認めるわけがないと踏んだのだ。


「全く、四天王寺。お前って本当バカだよね?」

「あっ?」


ふられた彌生は、最初にいい感じの挑発ジャブを咬ました。真也は心の中でガッツポーズをとった。そして次のセリフで真也をめちゃめちゃに貶し、龍鵞をガッカリさせて真也に冷めた視線を送りながらトボトボと帰るのを期待した。マゾでないのに自分が誹謗されて喜ぶ人間なんて彼くらいなものである。


が、真也は分かっていなかった。











「お前程度がシンヤに勝てるわけないだろ?私がギリギリ勝てなかった相手なのよ。お前なんかは圧倒的に敗北するに決まってるじゃん。今すぐ逃げ帰ることをお薦めするわ」

「うんうんそうだそうだ、帰れ帰れ…って、ぬぅゑぇゐぇええええええEEEEEEっ!!!!!!?」


真也は彌生の言葉に頷いていたが、しばらくして彼の思っていたことと真逆のことをかしおる彼女に驚きの声をあげる。彼が彼女に向ける顔には驚嘆と恐怖とその他諸々の感情が混ざりあった、端的に言って気持ちの悪い表情が出来上がっていた。


「ふっ!」


真也の強烈な視線に気が付いた彌生は、顔を輝かせながら左手でGOODのサインを出す。



――――――お前ええええっ!!!!!!なに「言ってやったぜ☆」みたいな顔してんの!?大間違いだよ!なんでそんなこと言ーたのよお前!




真也は尋常でない顔で彌生に訴えていたが、当の彼女はよく分からずにケロっとしている。真也は彼女がわざと真也を困らせようとしたように思うかもしれないが本人はそんな気はさらさらない。

これは真也が九条彌生という人間のプライドの本質を理解出来なかったことが今回の反省といえる。とはいえ仕方のないことだ。真也はまだまだ経験が浅いチェリーなのだから。


しかし、仕方ないという理由で害悪の鬼が黙っている道理はないのだ。




すくなくとも、目の前におわす害悪の鬼ヴィクターは。







「倒す、薙ぎ倒す、殺す、いや屍と化させる、そこのゴミクズラビッシュを!そして今こそ我こそが真の強者であることを証明しよう!!」



四天王寺龍鵞ラストイルミナスが吼えた。そしてそれに応えるように彼の周りの空気が歪み、陽炎のように震え、紫立ちたる霧のようなものが現れる。


「それは、幽霊?」


真也は今度こそ完全に分かる。彼の周りに浮游する異形の何かを。


「ふっふっふ、我が最強の力キャパシティーは『魑魅魍魎カオスインベイド』、ありとあらゆる妖怪魔獣を召喚使役出来る能力だっ…!?」






――――――そうかい、そうかい、そいつは御解説ありがとよ。





龍鵞が何事かを言い終える前に真也は彼に向かって走り出していた。真也は経験則で分かる。敵に時間と距離を与えるのが非常にまずいことを。優勝候補ベストテンとはすべからく最強の中二病患者ヴィクターである。

だから真也はこう考える。それらの能力は実に派手で凄まじいものなのだろうと。この考察は九条彌生との戦いを参考にしているからだろう。実際は阿佐倉の『百発百中クリティカル』のような能力者もいるのだが、今回はその読みで正しい。

非常に長い槍も懐に忍び込まれればナイフに劣るのだ。なれば、最弱の力も接近せんならば強靭な能力とマトモに戦えるかもしれないのである。


「ふんっ…ゴミクズラビッシュには聞く耳という人間の能力を持ち合わせていないのか?」


真也が迫っていても龍鵞は落ち着いた風だった。少なくとも相手は九条彌生を倒したという認識がある割には雑魚でもあしらうかのようである。これが彼のスタンスなのだろうか、それとも絶対に侵略されないと自信を持てる秘策か何かがあるのだろうか。

そうこうする内に龍鵞と二メートル圏内に入った真也は、いつの間にか握っていたのであろう砂を龍鵞に向かって投げた。実はさっきの龍鵞の攻撃で破砕された場所からちゃっかり持って来ていたのだ。


「っ、小賢しい!」


龍鵞は鬱陶しく顔を歪める。彼が近くで飛び回るハエを追い払うように手を振ると、それに付きまとうように例の紫色の霧が射出されてコンクリ片の混ざる砂を薙ぐ。


「っ!?」


龍鵞は驚く。なぜなら目の前から急に遠藤真也が消えたからだ。彼は左右をキョロキョロとする。


「…まさか逃げたか?」


人間はもし、このような場面に出会したら、ほとんどの人が相手が虚空へと消えたと考えるかもしれない。なぜなら人は常識的に“人の高さを越えてジャンプする”ことは出来ない。だから相手を探すときに“上を見る”ことをしないからだ。




――――――このまま死角に潜り込み、そのイラつく顔にワンパン決めてやる。




真也は龍鵞の頭上付近に浮遊しながらそのように考える。

弱腰空走スカイウェイカー』。真也が彌生との戦いで開発したスキルである。「落下力を自身の攻撃力とみなす」ことによって晴れて重力から解放された真也は空中を滑走することが出来るのである。

続けて真也は自身の能力で音もなく彼の背後に着地すると、後頭部に一撃を入れようと試みる。気絶させてゲームオーバーというわけだ。


「がっ…痛っ…!!」



と、次の瞬間、鈍い音と共に悲痛の声をあげたのは“真也だった”。



「なっ…!?」



拳を出したタイミングで龍鵞の周りを無秩序に飛び回っていた幽霊の一体が、龍鵞を護るように真也の拳の前に出たのだ。幽霊は触れないとはよく言うが、真也がそれに触れた感触は鋼鉄でも殴ったようだった。よくそんな体で飄々と飛び回れるものだ。


「ほう?後ろにいたかゴミクズラビッシュ野郎。いったいどんなカラクリだ?」


真也がパンチしようとした左手を介抱するようにさすっていると、事態に気が付いた龍鵞が振り向き、仕返しとばかりに彼も拳を突き出す。そこに何体もの幽霊が絡み付き彼に甚大な攻撃力を与える。


英霊突撃スピリチュアルチャージ!!」

「ぐっ…あっ…!!」


真也は咄嗟に両腕をクロスさせてガードをとるが、龍鵞の無茶苦茶な攻撃をそれだけで抑え込めるわけもなく、彼は思いっきり後方に吹き飛ばされた。落下による衝撃は『戦意皆無よわゴシ』で殺したもののマトモに喰らった左腕は骨折でもしたのか酷く腫れていた。


「てめえっ…!!」


真也は龍鵞をキッと睨む。一度は腕を切断した経験もあるので、それに比べれば大したことはなかったが、それでも彼の強さだけはひしひしと伝わった。その様子を見て龍鵞は満足気な顔をする。


「フハハハハハハ!!我が能力に恐れをなしたか!我が『自動防霊オートガード』は「全自動で敵のあらゆる攻撃を検知し、防御する」能力で、我が『英檄攻霊プラスインパクト』は「意のままに操れる超攻撃」の武器なのだよ!」


つまり、絶対に隙を突かれることのない超上索敵の防楯に、いかなる状況下でも最適に迫撃出来る変幻自在の攻鎗を持つというのである。


「だぁーが、流石の我も若干量はヒヤヒヤしたぞ?遠藤真…也?」


龍鵞はここで言葉をつまらせる。なぜなら、彼はデジャブュを経験していたからだ。目の前から迫り来る真也。龍鵞は呆れ果てた。こんな単純細胞の奴に負けたのならば九条彌生も相当に老いたなと考える。




―――――ふんっ、正直言ってやる気が微塵も出んが、まあ、せっかくだから我の特別を喰らわしてやろう。『自動防霊オートガード』で奴の身体全体に発動させ、それに『英檄攻霊プラスインパクト』を纏わせたカウンターという合わせ技をな。




龍鵞は目を瞑った。ここからは作業だ。開いている必要もないのだ。入力は済ませた。あとは能力が全自動でやってくれる。もはや真也など敵ではないのだ。





確かに真也は敵ではないかもしれない。


だが、

人間の真の敵はいつだって油断だということを我々は忘れてはならない。




だから、もし、龍鵞が気を抜かずに、せめて目を開いていたのなら、彼は突き出された重い拳によって、顔を不細工に歪めながら、激しい痛みと共に後方に吹き飛ばされることもなかっただろう。



「ぐっ…がぁっ…!!」



そう、痛み。

初めてに近いくらい経験の薄い感覚。龍鵞はこの感覚に気付いたときあまりに久方ぶり過ぎてこれがなんなのかすら理解できなかった。ただ、瞳に雫が溜まるばかりである。真也にとってはもはや親友の如き感覚を。



「いってぇぇぇえええ!!!!痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」



その正体を理解してからの龍鵞の行動は実に早かった。威厳のキャラはどこへやら。サッカーで使ったなら確実的に相手にイエローカードを渡せそうな勢いで、女々しく叫びながら辺りをのたうち回る。



「こんのっ…ゴミクズラビッシュ野郎!!」



しばらくして、黒いグローブをはめた両手で殴られた顔を押さえて満身創痍ながらも立ち上がった龍鵞は、真也に汚ならしく罵った。対する真也は龍鵞の黒々とした何かを真っ正面から受け止めるように威風堂々と立っていた。

この時、真也は痛がっている相手に追撃を仕掛けても良かったのだが、あえてしないことにした。そして、こう言う。


「四天王寺…、いや、ラストなんちゃらだったか?まあ、そんなことはどうでもいい。お前が自分の能力について教えてくれたからラッキーだったぜ」

「はっ…?どういうことだ?」


真也が龍鵞に理解できないことを言うので彼は訳が分からなくなってしまう。その他方で彌生は真也が龍鵞のガードを撃ち破れた理由にある程度の推測がついていた。





―――――なるほどね。『戦意皆無よわゴシ』の「自分の攻撃力をゼロにする」法則を使うことで『自動防霊オートガード』の索敵を逃れたのか。





この時、九条彌生は知るよしもなかったが、今回のような能力の使い方は真也にとって二回目である。初めて使ったのは彼が『絶対防御イグノアー』と、つまり委員長(♂)と戦った時だ。

以前も説明したように、全自動プログラムとは利便性が非常に高いが、その他方、臨機応変性が低いので穴を突かれると簡単には対処が出来ないのである。




―――――相変わらずスゴい奴よね。頑強な防御壁に対して壊していくという発想とは別の手段を用いるなんて…。言うなれば『忍び腰スニーキングスタイル』ね。





「貴様!どういうことだ?説明しろ!」


沸き上がる苛立ちのためか、だんだんと自身のキャラが崩壊してきているのにも気付かず喋り散らす龍鵞は真也を威嚇する。

だが彌生は予想する。真也は彼に今の攻略法を教えるわけがない、と。なぜなら自分だったらそうする。能力についてバラせば真也は龍鵞の追体験をしなければならないのだ。

戦う前に自軍の策略をわざわざ宣う軍師がどこにいようか。そんなことをするのは正々堂々を謳う実に主人公らしい主人公だけである。醜く狡い主人公として落第点の真也がそんなことをするわけがない。




「いいだろう。オレも教えてやるよオレの能力を」







「…!!!?」


真也が主人公みたいなこと言っている。

その一点において九条彌生と我々は大いに驚かなければいけないようだ。そしてこの場合、彌生はこんな無謀な行動をとる真也に対して説得を試みなければならない


「し…シンヤ?」

「ばか、止めんなよ。これには」

「なに言ってんの?とめるわけないじゃない。なかなかにカッコいいよ、シンヤ」


…のだが、九条彌生はツッコミ役としては力不足なのである。寧ろ真也の行為を素晴らしいと感じるくらいなのだから。


「えっ?マジか!」

真也は誉められるのが嫌いではない。寧ろ結構嬉しいようで鼻に手をやって実に キ モ チ ワ ル く 照れ臭そうにしていた。


「まあね。まるでシンヤが主人公みたいよ!」

「いやはは、それほどでもー…って!オレはもとより主人公だぁーっ!!」

「おい!くだらねえことやってねえで早くいいやがれ!」


真也と彌生が話していると龍鵞が急くように怒鳴ってきた。


「いいか、よく聞け。オレの最強の力キャパシティーは『亡霊削除ゴーストスレイヤー』。お前の使う幽霊の力は全てオレの前では無効化されるんだよ!」

「なん…だと…っ!」


真也の衝撃のカミングアウトに驚きを隠せないにしても、演技がかった言い方と振る舞い方をする龍鵞。彼は別に驚くフリをしているのではない。このような言い回しをするのが彼のスタンスなのだ。

彌生も龍鵞には劣るが真也の意外な発言には驚いていた。なぜなら彼女の方は真也の能力が『戦意皆無よわゴシ』だと知っているからだ。





「だからお前にとっては無敵の布陣だったのかも知れないが、オレにはなんの意味もなさない。残念だったな、今なら醜く逃げようともオレは目をつぶってやるよ」

「フッ…ハハハハハハ!!!!実に滑稽だ!実に滑稽だと我は今感じておるぞ遠藤真也ァっ!」

「はっ?何を言っている?」


ニヤリ顔から一転、突如巻き起こった龍鵞の笑い声に対して真也は不思議がる。


「何をって、たかが『自動防霊オートガード』と『英檄攻霊プラスインパクト』を破っただけで我を倒したように装っていることだよ」

「なんだと?まだ何があるって言うんだ?」




―――――成る程成る程、そういうことね。






九条彌生は今の一連のやり取りを見て真也の狙いを悟った。




―――――そもそも、『忍び腰スニーキングスタイル』はあくまで“『自動防霊オートガード』への対処法に過ぎない。だからシンヤは『英檄攻霊プラスインパクト』の方は攻略出来ていない”。それを敢えて自分の能力を「霊能に対して強いものだ」と公言することで、自然と信じこませた。なにせ四天王寺は実際に破られた経験をしたからだ。それにあいつは能力だけが強いだけで戦闘センスなんてのはからきしないからな。




事態の劇的さとそれゆえの滑稽さから彌生は内心ほくそ笑む。

しかし実際、今回の作戦が上手くいったのは龍鵞の性格、性質だけに関わっているわけではない。最も大きいのは真也と龍鵞の霊能に対する考え方の違いにある。

真也は概念系能力者ノーショニストである。だから自身の戦い方から物を見てしまうために、あらゆる能力的現象を一度言語化して捉えてしまう。たとえば『炎』に対しては「気体が燃焼して熱や光を発生させている状態」という感想を持ってしまうのだ。

対する龍鵞は中二病患者ヴィクターの中でも最強の召喚系能力者で、より上位カテゴリで表現するならば、彼は現象系能力者フィナメニストなのだ。だから現象を現象として、画像的に捉えてしまい、無理に言語化すれば漠然的になり、だから『炎』ならば「熱くてボワッとしてるもの」となってしまうのだ。


つまり、真也は『自動防霊オートガード』と『英檄攻霊プラスインパクト』を概念的に全く別のものと考えたが、龍鵞にしてみれば現象的にどちらも同じ霊に過ぎず、ただ、その霊が違う役職を持っているという認識でしかないのだ。




この認識の違いによって真也は言葉だけで彼の『英檄攻霊プラスインパクト』を封じることに成功したのだ。だが、真也に息つく暇はない。なぜなら龍鵞にはまだ攻撃のカードがあるようだからである。




「言っただろう?我は妖怪魔獣といった類いのものも使役出来ると。たかが矮小な幽霊を封じたところで何をぬか喜びしているかという話だ」

「…………っ」


この時、真也は「オレはそういったものも無効化出来るんだよ」と敢えて言わなかった。あまりに大仰過ぎると嘘だと見抜かれやすいという理由もあるにはあるが、真也は正直な話、そういった嘘も龍鵞は信じるのではないかと考えている。

では、なぜ言わないのか。あらゆるものを否定された人間は最後どうなるか。この質問の答えの一つに『自棄』というものがある。単純な話、龍鵞は自暴自棄になって霊能攻撃を繰り出す可能性があるのだ。しかし実際の真也は『英檄攻霊プラスインパクト』を無効化には出来ない。龍鵞の自棄によって、せっかく積み上げた嘘が綻んでしまうかもしれないのだ。


「っ…!?」


ふと気付くと、龍鵞の後ろには二体の巨躯が佇んでいた。高さは凡そ二、五メートルで中々の筋肉質。しかしそんなことよりも最も見落とせなかったのは身体中が茶色い毛で覆われていて、極めつけの豚鼻に牙であった。


「フハハ、驚いたか?ゴミクズラビッシュ野郎。こいつはオークつってな、甚だしい力が取り柄の魔獣だ」


言うと、龍鵞は指を鳴らす。それに反応した片方のオークが近くにあった、時速二十キロメートル制限の標識を容易く引き抜き、それを投げ槍の要領で投擲する。


「…っ……」


ビュンと真也の頭の左上方三十センチメートルの所を標識をすり抜けると、ドギャアと何か石のようなものが砕け散る音がした。真也はその間動けなかった、後ろを振り向けなかった、というか、振り向きたくなかった。




―――――いや、無理無理無理無理!!これ何てクソゲ?あんなの複数と肉弾戦とか無理すぎんだろ!




真也は見た目こそ冷静を装っていたが、背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。



「フハハ、強さは分かってもらえたようだな。だが、貴様は曲がりなりにも我が顔に傷をつけた程の男だ。ゆえに我が最強奥義で迎えよう」

「……最強奥義?」



言うと龍鵞は、真也の疑問に答えず先程標識を投げたオークとは別のオークに手をかざした。



「…!? なにしてやがる!」

「何度も言わせるなよ。我は妖怪魔獣の類いを“使役”出来るのだ、と」



真也は今度は演技とかではなく驚きのために声をあげる。龍鵞が手をかざすとオークの周辺が渦のように捻れ、次の瞬間にはピンポン玉くらいの大きさの茶色の球になっていた。彼はそのまま指で拳銃の形を作る。玉は人差し指の先に位置していた。


「お前っ…!!なにをしようと」

「シンヤっ!伏せなさいっ!」


球から感じる言い知れぬ圧倒的なプレッシャーに、再びの追及を加えようとしていた真也は突如響いた彌生の怒号に反射的に従ってしまう。






「奥義、『一鬼夜砲デイモンカノン』!!」






真也は頭上に夥しい熱量を感じた。そして非常に大きい破砕音を耳にして咄嗟に音の方向に顔をあげる。


「なっ…!?」


そこにはローンが何十年も残っていただろう二階建ての一軒家が、爆撃機の襲撃を受けたように深刻に破砕されていた。


「フハハハハハハハ!!恐れたな!今、恐れただろう遠藤真也!!」

「な、どうなっていやが…」


真也は困惑を隠さずにはいられないくらいに動揺していた。


「使役したのだよ!奴の力をエネルギー体として集束させ、貴様に射出した。ハハハ光栄に思うがいい!この奥義を優勝候補ベストテン以外に使ったのは貴様が初めてだ!」



それはもはや使役の意味合いが違った。彼は妖怪魔獣共をもはや道具のように扱えるのだ。いうなれば、捕虜にグレネード持たせたまま敵陣に走らせたり、零戦や回天でイージス艦に特攻させることに相違ない。

攻撃量をエネルギー量へと変化させるのは、質量をエネルギー量へと変化させるかの法則に似ているものがあるが、真也はその原理を完全に理解することは出来ない。そもそも龍鵞ですら分かっていないのかもしれない。人間は別に筋肉の原理を理解しているから体を動かせるわけではないのと同じである。


「はっ…はは、この程度かよ…優勝候補ベストテン!」


真也のこのもはや強がりにしか見えない発言も、微量とはいえ実は根拠がある。彼は既に龍鵞の前に九条彌生と戦っているのだ。あの時に見た大気落としスーパーセルや、それを止めた正体不明のアレに比べるのならばこんなもの可愛いものである。

だから、真也にとっては残念なことに彼の予想は当たった。




「もちろんさ。“この程度のわけがない”」





真也は息を飲んだ。彼の言葉と、彼の周りに集まる無数の妖怪、魔獣共に。大小様々で色形様々な彼らの集団の中心に居立つ龍鵞は右手を高らかに掲げる。




「フハハ、一鬼ですらあの威力。果たして百鬼ならどうなるか。面白い結果になるのは間違いねえよなゴミクズラビッシュ野郎!」




百鬼共の周辺が再び陽炎のように歪むと、龍鵞の右手の平に渦巻きのように吸い込まれ、やがて地球儀大の混沌が滲み出る暗黒色の球体が完成する。



「喰らえよ、『百鬼夜ほ…ハンドレッドデイも…っごほっ!」




龍鵞は血ヘドを吐く。顔を走る熱さにも似た痛みが再来する。一メートルくらい吹き飛ばされて、彼の右手に宿っていたエネルギー体は音もなく消失した。



「がっ…!く、こんのっ!ゴミクズラビッシュ野郎がっ!」



龍鵞は絶え絶えながらようやく立ち上がり、真也をきっと睨み付ける。




「うっせ!さっきからラビッシュだかラディッシュだかよく分からねえが、なんとなくムカつくんだよ」



遠藤真也は左拳を右手で丁寧にさすりながら言った。

彼が行ったことは実に簡単である。“百鬼のエネルギーを龍鵞が集めている隙に顔面にグーパンを咬ました”のだ。一鬼の時ですら龍鵞はエネルギー変換に時間が掛かっていたのだ。百鬼ともなると殴りに行ってお釣りが出るほどである。

しかし、そうだと分かっていてもこんな卑怯なことを平然と実行出来る真也は中二病患者ヴィクターのなかでもそうそういないだろう。



「百鬼がダメなら千鬼だ!集えよ貴様ら!」




しかし龍鵞は破られた理由を全く理解していないようだった。量を増やせば増やすほど隙が生まれているのにも気付かずに。

真也は段々と気付いてきていたのだ。龍鵞の性格、性質を。たとえるならば、彼は拳銃を所持する豚、オスプレイに搭乗する赤ん坊、超強力冷却能力を行使する⑨。つまり無駄に攻撃力は持っているが戦闘センスに欠けているのである。



「んなことしても、無駄よ」



真也は改めて拳を握り締める。

とはいえ、攻撃の隙を狙うといえば実は誰もがこの『百鬼夜砲ハンドレッドデイモンズカノン』を攻略できるように思えるかもしれないが、全くもってそんなことはない。そもそも普段の龍鵞に隙なんてものは存在しないからだ。

これは、今の龍鵞が頭にきているため、正常な判断が出来ていない…なんていう意味合いではない。彼がパニックだろうが、落ち着いていようが関係ないのだ。


なぜなら、彼がいかなる精神状態であろうが、『自動防霊オートガード』は謙虚に働くからだ。







普段ならどでかい大砲をチャージングするのに、最高峰のレーダーを備えた盾と小回りも大回りも効きまくる矛のお陰でなんの邪魔も入らないのだ。



だが真也の『戦意皆無よわゴシ』はその盾を無効化させ、その矛を機能停止に追い込んだのだ。がら空きで遅漏の大砲なんざ何も怖くない。




真也の拳が龍鵞に三度迫り、彼に勝利を確信させた時だった。




「なっ…!ぐっ、熱っ…!」




突如、真也は強烈な熱量を持った突風に煽られて握った拳を開き、反射的に顔を覆った。




「な、なんなんだ?」



真也はいつの間にか激変した景色にギョッとなる。辺り一帯が燃えているのだ。そしてそこに橙色の竜巻のようなものがあるのに気付いた。



「確か…火災旋風っつーんだっけか?地震際、ガスつけっぱにした幾つかの家宅から生じた火災が集まって出来るとか言う……」



真也はハッと龍鵞に目をやる。しかし意外にも彼もこの現象に呆気にとられていたようだ。まあ、無理もないだろう。あんな屈強な千鬼がものの数秒で焔に燃え散らされているのだから。



「まさか、嘘よね?なんであいつが来たの?」





ただ、その中で一人、彌生だけが事情を知っているかのように戦慄としていた。真也がどういうことか聞こうと思ったとき、またもや突然、大きな雪崩と幾つもの雷が発生して中断させられる。

真也はこの状況に余りにも圧倒されていて、自分達が彌生の『向かい風の壁ウィンドリフレクション』に助けられているのにも気付かなかった。




「…だれか、いやがる」





この未曾有の災害の中、真也はその中心地にしかし全くの無傷で君臨する人影を見付けた。肩まで伸びた男にしては長めの黒髪に、日本では浮いてしまいそうな感じの燕尾服を着用した少年。




彼は見下すような目をして、一言いった。








「ついに見つけたぞ、遠藤真也」


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